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魅惑のタシガン一泊二日ツアー!

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魅惑のタシガン一泊二日ツアー!
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3.


 さらに夜も更け、消灯時間となった。
 参加した生徒たちも、一応は部屋で静かにしているようだ。
 ルドルフは、薄暗い廊下を見回りに歩いていた。とはいえ、派手な騒ぎでもおこさないかぎり、基本的には口を挟むつもりもない。どちらかといえば、なにか困ったことがあった時に、すぐに手を貸せるように、という意味合いだ。急病や怪我は、どんなときでもつきものだし、とくにパラミタではなにがおこるかわからないところもある。
 そういえばこのホテルには、かつて住んでいた貴族の幽霊が出るという噂もあるようだが……。
 廊下の角を曲がったところで、廊下の片隅に佇んでいる人影に、ルドルフは足を止めた。
「…………そこにいるのは、誰だい?」
 ルドルフは優しげに語りかける。顔をあげたのは、薔薇の学舎の三井 静(みつい・せい)だった。
「あ、あの、ごめんなさい。部屋に戻りますね」
「いや、いいさ。……どうかした?」
 こんな夜更けに一人きりになりたい理由など、心に何かしら抱えている時しかない。ルドルフは静の肩に手をおくと、その顔を覗き込む。仮面越しでも、その眼差しはひどく優しいものだった。
「…………」
 どちらかといえば引っ込み思案の静は、それでもしばし躊躇ってしまう。だが、思い切って、口を開いた。
「ルドルフ校長は……好きな人は居ますか?」
 その問いかけに、ルドルフは意表を突かれたように数度瞬きし、それから。
「もちろん。僕は、ジェイダス様をはじめ、薔薇の学舎の皆を愛しいと思っているよ」
「それは、そうなんですけど、でも、そうじゃなくて……」
 もどかしげに両手を握り、静は俯いた。違うのだ。自分の胸にあるのは、そんな広い、優しい、綺麗なものじゃない。
「……僕のことだけを見てほしいって、そう願ってしまうんです。そんなの、いけないと思うのに……」
 自分を責める口ぶりでそう言った静を、しばしじっと、ルドルフは見つめていた。
(やっぱり、ルドルフ校長も呆れてるんだろうな。だって、ただの我が儘だもの。……でも、どうしても……)
 ぎゅっと目を瞑った静の頭に、不意に、ぽんぽんとルドルフの手のひらが触れた。
「それは、当然のことだ」
「え……?」
「たった一人の人に、自分だけを見て欲しいと望むのは、当たり前のことさ。……けれども、見落としちゃいけない。本当はその人が、何を見ているか。もしかしたら、君が気づいていないだけかもしれないよ」
「そんなこと、……」
 ない、と思う。だが、ルドルフは再びじっと、その瞳で静を見つめている。
 大丈夫だよ、と。そう励ますように。
(碧が、本当に見ているもの……)
 碧の、気持ち。
 それは、わかりたいような、わかるのが怖いような、そんな気がした。

 そんな静を、少し離れた場所で、三井 藍(みつい・あお)は見ていた。立ち聞きをするつもりはなかった。同室の静がいつの間にかいなくなっていて、探しにきたところで、ルドルフと話しているところに出くわしてしまったのだ。そのままつい、声をかけそびれてしまっていた。
 なにを話しているかはわからないが、ひどく親しげにルドルフが接しているのはわかる。まぁ、ルドルフは校長なのだし、人見知りな静がああやって他人と話していることそのものは、喜ぶべきことだ。
 けれども、何故か。静の頭を撫でるルドルフの手に、胸の奥がちりちりと焦げるような気がして、藍は無自覚に眉根を寄せていた。



「……星だ」
 霧が多いタシガンでは、夜空は実はあまり見えない。珍しく輝く星を見つけ、見回り中の瑞江 響(みずえ・ひびき)が小さく呟いた。
「本当だ。……綺麗だな」
 響とともに外の見回りにでていたアイザック・スコット(あいざっく・すこっと)が答える。とはいえ、アイザックの視線は、どちらかといえば、そうやって星を見つめる響の横顔にあったのだが、当の響はまるで気づいていない様子だ。
(アイザックに初めてあった時も、こんな風に星が美しい夜だったな。急に現れた吸血鬼に契約してくれ、と言われて……)
 その時のことを思い出し、つい響の頬が緩む。
「響?」
 どうかしたのか? と訝しげにアイザックが尋ねると、「なんでもない」と響は首を振った。
 そう、あれから、色々なことがあった。
 でもいつでも彼は、こうして側にいてくれた。
 今回の旅行にしても、響が引率や見回りの手伝いをしようと言い出したとき、アイザックはやや不満げだった。そりゃあ確かに、せっかくの旅行を、雑用係で終わらせるのはつまらないことだろう。それは申し訳なく思う。でも、口に出しては不満を一つも漏らさずに従ってくれている彼を、ありがたいと思った。そして同時に、考える。
 俺は、果たしてアイザックに何をしてあげられるのだろう? と。
 最近、よくそんなことを考える。その上で、もしも出来るとしたら……。
「アイザック」
 名前を呼ぶと、響は彼の襟に手をかけ、軽く引き寄せる。そして、そっと頬に己の唇を押し当てた。
「……え?」
 アイザックが、驚きに目を丸くする。けれども、その顔をもうとてもまともには見られなくて、響は背中を向けた。
 感謝とか、愛情を、たまにはこうやって、ちゃんと示すことも必要だと思ったからだが……。
(あークソ。恥ずかしい……)
 どうしても、こういう事にはまだ慣れない。だと、いうのに。
「響!」
 幸せそうに名前を呼ぶと、背後からアイザックが思い切り響を抱きしめてくる。長い腕に強くしがみつかれては、ふりほどくこともままならない。
「おい……」
 人目を気にして、響が身を捩る。だが、その耳元で、アイザックは甘く囁いた。
「大丈夫。誰も居ないぜ。今だけは二人きりだから」
 …そうだな、と響が頷きかけたときだった。
「おまえたちは? ……ああ、見回りか。お疲れ様」
 同じく見回りにまわっていたマリウス・リヴァレイ(まりうす・りばぁれい)が、二人の睦まじい姿にくすりと笑う。途端に響は真っ赤になり、アイザックはむしろ嬉しげに「こんばんは、先生」と挨拶をしてくる。
「仲の良いのはけっこうだが……羽目は外しすぎないように。他人の迷惑になることは慎みなさい?」
「いえ、その、そういうわけでは……っ」
 響が必死になって否定を試みるが、うまく言葉にならないようだ。
「もう遅い。後は私が見ておくから、二人は部屋に帰りなさい」
「……はい、先生。では、失礼をさせていただきます」
 響がかろうじてそう告げる一方で、「おやすみ!」とアイザックはあくまで楽しそうにマリウスへ挨拶をし、二人は部屋へと戻っていった。
(可愛らしいな)
 二人を見送りながら、マリウスはふと笑みをもらす。
 恋愛はどんな形であれ自由だ。もちろんあまりおおっぴらに破廉恥な行為に及ぶようでは困るが。もっとも、薔薇の学舎の場合、理事長からして自由恋愛の固まりのようなところもあるわけで……。
(ラドゥ様が留守番ということは、ジェイダス様は……身体は少年だが中身は大人なのだし……夜のお邪魔はしないようにしなくてはな)
 ふと、あの少年のジェイダスの褥での姿を想像してしまい、マリウスははっと我に返った。
(いけない、そんなことを考えては!)
 思わず頬を両手で覆い、深く深呼吸をすると、動揺をおさめようと努力する。
 それにしても、だ。青年であって色気があるというのはある意味普通だが、少年のままその色香を残している場合、妖しさと背徳はより増すようで、マリウスは時々困ってしまう。
 どうにか落ち着きを取り戻すと、ふぅとまた息をついた。その時だ。
「誰だ?」
 闇のなかに気配を感じ、マリウスは鋭く呼び掛けた。
「……あっちゃー、見つかってしもたか」
 ぺろりと舌をだしたのは、釣り道具を抱えた由乃 カノコ(ゆの・かのこ)だった。どうやら、こっそり抜け出そうと企んだらしい。
「ちょぉ、ねんねしといてや!」
 すかさず催眠術を使おうとするカノコに、「やめなさい!」とマリウスが強く言う。
「どこへ行くつもりなんだ? まず、それを話してみろ」
  薔薇学の生徒はもちろん、他校の生徒も大切な自分の生徒だ。危険なことを企んでいるのでなければ、タシガンの良い思い出をたくさん持って帰って欲しいというのが、マリウスの本音だった。
「……夜釣りや。せっかくやし、雲海のほうまで行ってみよかな思って」
「雲海はやめておけ。ここからは遠すぎる。……そうだな、近くに湖がある。そこまでなら、かまわないぞ。ああ、それと、朝の集合には遅れないように」
「ええの?」
「ああ。タシガンじゃ珍しい星空だ。ああ、それと、これは私の携帯の番号だから。なにかあったら、すぐ連絡をしてきなさい。気をつけるんだぞ」
 マリウスはそう言って、連絡先を書いた名刺をカノコに手渡した。
「話わかるやん。ほな、行ってくるわ!」
 カノコは嬉しそうに笑うと、密かに非物質化して持ち込んだ小型飛空挺に飛び乗った。
 こうもスムーズにいくというのは拍子抜けだが、まぁ、途中までは抜け出すスリルも味わったわけだから、上々というところだろう。
 飛空挺は、星空を悠々と飛んでいく。さて、ああは言われたが、どうしようか。
「……ま、ええか」
 雲海まで飛ぶこともできるが、それは見逃してくれた変わり者の先生を裏切るようで、少しばかり後ろめたい気もして、カノコは言われた通り近くの湖で飛空艇を降りた。
 想像通りの、美しい光景だった。森に囲まれた湖に星空が映り、空の星と一緒に瞬いている。満足げにカノコは頷くと、おもむろに、パートナーのロクロ・キシュ(ろくろ・きしゅ)を召還した。
「わっ! ……メガネメガネ」
 ロクロは驚いた声をあげ、へっぴり腰で周囲をさぐると、ようやく見つけたメガネをかけた。
「みゃあー?」
 悪魔の羽と尻尾を揺らし、ロクロがカノコを見上げる。
「ほら、綺麗やろ。カノコは釣りしちゃーるけの、ロクロさんはお絵描きしててなー」
 カノコはさっそく釣り道具を広げ、釣り糸を湖に垂らした。
「わぁ……」
 ロクロは地上の星空に息を飲み、うっとりと見上げている。そして、暫くして、言われた通りに絵を描き始めた。
 大胆に動く大きな筆を横目で見ながら、カノコはにんまりと笑う。
 幻の魚はいないかもしれないけど。まるで、星が釣れそうな夜だった。

 が、一方。残されたマリウスは、突如響き渡った声に目を丸くする。
「ちんちん無いにゃーっ!無いにゃーっ!ゃーっっっ…」
「はぁ!?」
 一瞬思考停止しそうになるが、慌ててその場を走り出したマリウスだった。

 その叫び声の理由については、少し話が戻る。