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【ザナドゥ魔戦記】ゲルバドルの牙

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【ザナドゥ魔戦記】ゲルバドルの牙

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第4章 三人の娘たち 1

「こちらシャウラ! こちらシャウラ! ゲルバドル居城を視覚内に収めた! レリウス、そちらの首尾は!?」
「こちらも同じく。準備は整っています」
 ゲルバドルの上空で、小型飛空艇同士の無線で通信するのはふたりの契約者だった。
 金髪をなびかせた精悍な顔立ちの若者をシャウラ・エピゼシー(しゃうら・えぴぜしー)、そして、銀髪のもとに慧眼とも言うべき双眸を宿すのをレリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)といった。
 彼らはいま、ゲルバドル居城へと続く道を切り開くため、上空からの攻めに打って出ようとしている。小型飛空艇部隊を率いる筆頭の二人なのだった。
「殺しは嫌いだが、噂だと敵組織の大将はオンブに抱っこっぽいな。なら、終わらせるには大将首を取るのが早――」
 と、シャウラはモニタに映ったナベリウス三人娘の姿を確認した。
「って、大将って子どもかよ!?」
 シャウラが驚きの声をあげた。ここにきて、ようやく狙うべき敵をはっきり認識したらしい。
「見た目は子どもですが、強力な魔族ですよ」
 と、そんなシャウラに、飛空艇の後部座席からパートナーのユーシス・サダルスウド(ゆーしす・さだるすうど)が忠告の声を発した。
 レリウスに負けず劣らずの美形である吸血鬼は、シャウラの気性をよく理解している。子どもだといって油断するなという、念を押す意味もあるのだろう。
 だが、シャウラは当惑した。
「けどよ、子どもだろ? ……ったく、やっていいことと悪いことがあるってのは、大人がきちっと教えてやらねえとダメじゃねえか」
「というと?」
「ついでに、会いに行くんだよ」
 至極当たり前のようにシャウラは言う。ユーシスは、そんな彼に呆れたため息をついた。
「無謀というか何と言うか……死ぬのは数十年先にして下さいね」
「不吉なこと言うなよっ!?」
「おい、いつまでやってるつもりだ」
 と、シャウラとユーシスの会話に口を挟んだのは、レリウスの飛空艇に並ぶ、もうひとつの飛空艇からの声だった。
 操縦者はハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)。レリウスのパートナーである男性の剣の花嫁だ。
「もうすぐ突入だぞ。気を引き締めてかかれ」
「分かってるって。あんたらも任せたぜ?」
「へっ……誰に言ってやがる」
 ハイラルは強気にそう返した。
 だが、内心では不安を感じているのも確かだった。同様に、その不安をレリウスが気づいていることも彼は悟っていた。
(いつだって、そうだ)
 戦いの矢面に立って、とどめをさすのはレリウス。そして、ハイラルはそれを援護する。
 情けないことだが、心のどこかで誰も傷つけないで済みたいと思っている。
(もしも、戦って殺す以外の選択肢があるなら……)
 それを、見せて欲しい。
 自分にも、そして、レリウスにも。
 ハイラルはそう願っていた。
「合図だ」
 無線から聞こえたほかの飛空艇仲間の声に、シャウラがそう言った。
 目指すは眼下。ゲルバドルの居城へと続く道である。
ロベルダさん……)
 シャウラは心のなかで、南カナンで別れてきた老執事の名前をつぶやいた。
 彼はいまここにはいない。南カナンで留守を預っている。
 シャウラはもともと彼のもとで、南カナンにもしものことがあってはいけないと守備に当たっていたが、いまはこうしてここにいる。
 別れ際に、彼に言った。
“戻ったら、土産話を肴に一杯やりましょう”
 それを現実のものとするために、シャウラは決意を秘めた目で操縦桿を握り直した。
「――行くぞ!」
 そして、小型飛空艇部隊は空から攻撃を開始した。



 茅野 茉莉(ちの・まつり)が彼女に出会ったのは、何気ないことがきっかけだった。
 ナベリウスの居城を目指してシャムスたちとともに進軍していた彼女は、その道中でふと、ある人影に気づいた。シャムスたちに伝えようかとも迷ったが、それが本当に人影なのかどうも確証が持てなかったため、まずは自分の目で確かめることにしたのだ。
 そして、人影の消えた方角に向かって森をかき分けていったその先にいたのが――彼女だった。
「ナベリウス……」
 正確にはそこには、三人娘が全員いたわけではない。魔神 ナベリウス(まじん・なべりうす)がひとり――ナナがぽつんと石の上に座っていただけだ。
「何をしておるのだ……?」
 茉莉のパートナー、ダミアン・バスカヴィル(だみあん・ばすかう゛ぃる)が怪訝そうに言った。
 その声が耳に届いたのか、ナナがハッと茉莉たちに気づいた。そして、慌ててパタパタと逃げ出そうとする。
「待って!」
 しかしその前に、茉莉は彼女の背中にそう声を発していた。
「…………」
 その必死な響きが伝わったのか、ナナは立ち止まり、恐る恐るだが振り返った。
 そのとき、茉莉は思った。
 今の彼女に敵意はない。そして同時に、何かに思い悩んでいると。
「なにを……迷ってるの?」
 そう感じたときには、すでに茉莉の声色も彼女に対する敵意を失い、優しげな声で話しかけていた。
「もし良かったら、聞かせて」
 そう言って、茉莉はそれまでナナが座っていた石の上に腰かけた。ポンポンと、隣を手で打つ。
 ナナはしばらく迷うように立ち尽くしていたが、やがて――茉莉のもとに駆け寄ってきた。
「何があったの?」
「エンヘドゥちゃんが……」
 それから、ナナはたどたどしくエンヘドゥとのことを茉莉に語った。
 もしかしたら彼女は、誰かに話を聞いてもらいたかったのかもしれない。どれだけ戦いが強かろうが、どれだけ長い時を生きていようが、彼女は子どもなのだ。
(ひとりで抱え込んでたのね……)
 茉莉は、そう思った。
「エンヘドゥさんのことが、気になるの?」
「……バルバトスのおねーちゃんが、人質にしたって言ったの。人質って、つかまってるってことでしょ? どーして、エンヘドゥちゃんがつかまるの?」
「それは……」
 茉莉は開きかけた口を閉じた。
 ここで、バルバトスが敵だということは簡単だ。彼女が地上の支配を狙っていて、そのためにエンヘドゥという盾を利用しようとしているのだと。
 しかし、それを言ったところで、ナナの頭を悩ませるだけだと茉莉は気づいていた。
 彼女にとっては、どちらも味方なのだ。バルバトスも。そしてエンヘドゥも。
 それをとやかく言うつもりは茉莉にはないし、言う権利もない。それを決めるのは、ナナ自身なのだから。
 なら――
「それなら、会いに行ってみたら?」
「にゅ……?」
 茉莉の提案に、ナナは当惑の表情になった。
「会いに行って、そして確かめてみればいいわ。バルバトスが何をしようとしているのか、そして、エンヘドゥがどうしているのか。なにより……あなたの気持ちをね」
「たしか……める?」
「うむ、その通り」
 不思議そうに茉莉の言葉を繰り返したナナに、ダミアンが続けて言った。
「自分の気持ちに正直に行動したらどうだ? 気になっておるのなら、そのことを聞きにいけばよかろう? 会いたいのなら、会いにいけばよいのだ」
 彼女はどこか不機嫌そうに言っていたが、それは、彼女自身の真の名が『ナベリウス』だからだった。
 自分と同じ名を持つ者がウジウジと悩んでいる姿など、見ていて気分の良いものではない。特に、ダミアンがそうした悩み事に立ち止まることを良しとしない性格なだけに、
(そなたは本当に我と同じ名を持つ魔族なのか?)
 と、思ってしまうのだった。
「会いに……」
 ダミアンと茉莉の言葉を聞いて、ナナはつぶやきながら何かを決心したような顔になった。
「やりたいことは、決まった?」
「……うん、きまった!」
 ナナはうなずくと、ピョンと跳ねるように石から降りた。
「ナナ、会いに行く! 会って、エンヘドゥちゃんとまた遊ぶの! バルバトスちゃんにもおはなしきくの!」
 元気よくそう言って、
「バイバイ、おねーちゃん!」
 ナナは茉莉たちから去っていった。
 それを見届けて、ダミアンが、
「これで良かったのか?」
 と、聞いた。
 ある意味でこれは、敵の味方をしたという考え方も出来る。ダミアンはそれを心配するのも含めて聞いたのだろう。
 茉莉は、戸惑いの表情を浮かべた。
「わからない。でも……」
 迷いのなかに核心めいた光を感じながら、彼女は決然と顔をあげた。
「きっと、よかったんだと思う」
 その脳裏には、エンヘドゥに会いに行くと言ったときのナナの笑顔が、浮かんでいた。