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リアクション
第三章 浮世絵屋1
「この付近で同人誌が買えると聞いたのだが……」
アーヴィン・ヘイルブロナー(あーう゛ぃん・へいるぶろなー)が、『東雲細見(しののめさいけん』(※東雲遊郭ガイドブック)を両手に路地を歩いていた。
東雲遊郭はマホロバ幕府公認で作られただけあって、きちんと整地されている。
碁盤のようなブロックごとに建物が連なっていた。
……といっても、お目当てのものを自力で探すのは難しい。
アーヴィンも例にもれず、ばか高くて重いガイドブックを買わされる羽目になった。
「せめてブロックごとにジャンルと番号くらいつけてほしいものだが……ん? ここか! 『衆道』ジャンルは!!」
路地の女子率が高くなり、道行く男の格好も明らかに違う。
その一角に、壁を背にした卓に行列している一行を見つけた。
アーヴィンの眼がきらりと光った。
「新鋭女流同人作家『明仄 AKEHONO 』さんの卓はここかー!」
「あっ! 誰かと思うたらアーヴィンさんやないの! こないなとこで何してんの!?」
「ん、真尋……秋日子まで?」
アーヴィンは、両手に怪しげな書物を抱えた奈月 真尋(なつき・まひろ)と東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)に出くわして眉をひそめた。
彼はぶっきらぼうに答える。
「別に。文化研究活動の一環だが。それより、お前たちのその手にあるものはなんだ。もう入れたのか……!?」
「残念やね。さっき、最後の一冊が売り切れたって。さすが明仄姐さんのサークルやわ。徹夜して並んだかいあったわ」
そういって満足そうに戦利品を取り出し、広げてみせる真尋。
黒い乱れ髪の武者の絵がある。
そこはかとなく漂う艶やかさ、なまめかしさ……。
アーヴィンはがくりとひざを着き、ぎぎぎと歯ぎしりした。
「完売だと!? ふざけるな! 時代は【侍×影蝋】だ! 主従モノに通じるものもあるが、これはまたひと味違うものなのだよ。さらに【侍×侍】!!繁栄したお家と落ちぶれた武者という組み合わせもイイ! ああ、年下攻めもいいな。小姓に攻めたてられる殿様とか、将軍様な!」
「なにゆうてんの。侍は忍タンのモノや!【忍×侍】で耐えて忍んで、堪えきれずに墜ちるのがええんやないの。主君への背徳心で相乗効果バツグンや!」
往来で繰り広げられる不毛なカップル論争。
秋日子はにやにやしながら二人を見つめている。
保護者として付き添って来ていた志位 大地(しい・だいち)が秋日子に尋ねた。
「いいのですか、止めなくて。なんだか異常にアツイですよ。おかしいですよ、彼ら」
「大丈夫ダイジョーブ。なんだかんだいって仲がいいんだから」
「仲がいい……のですか?」
カップル論争は、いつの間にか総受け論争へ発展している。
『可愛い子を泣く寸前まで追いつめ、笑顔にする』ことが趣味という、特殊性癖のある大地はそこでよからぬ想像をする。
総受けというからには、縛りモノが一大ジャンル。
縛りモノなら『くのいち』もくい込み具合も良い。
そういえば、今晩『まほろばチャンネル』温泉旅の特別番組をやるのではなかったか。
確かリポーターはナイスバディの新人『くのいち お華』。
ぜひとも彼女の温泉シーンまでに帰宅しなくては……。
大地は、本来の目的を達成して帰宅するべく、撮影カメラを取り出した。
眼鏡をくいっとあげる。
「まあ、せっかくだし。面白いから撮ってやりますよ」
秋日子と自分のパートナーであるシーラ・カンス(しーら・かんす)を連れ、遠のく大地。
カメラをセッティングして悪い笑顔をのぞかせる。
「くくく、真尋さんとアーヴィンくんをこれをネタに追いつめる!」
大地のパートナーであるシーラ・カンス(しーら・かんす)は、以心伝心知ってか知らずか、真尋たちに近づき、さらに追い打ちをかけていた。
「そういえば、前にアーヴィンさんからもらった誕生日プレゼントってどうなったんですの? 真尋ちゃん、すごく喜んでたらしいわねぇ。アーヴィンくん、プレゼント買うときってどんなこと考えてましたのぉ?」
「……なっ!!」
言い争いをやめ、絶句する真尋とアーヴィン。
顔をまっかにしながら言葉にならない。
シーラと秋日子はじっと彼らを見つめている。
「ふーん、ふたりって仲いいんだなぁ」
「た、誕生日の話は……放っておくのだ!」
アーヴィンはしどろもどろになっている。
痴態を撮られていることに気がついた真尋が声を上げた。
「シーラちゃんはええよ。だが大地、てめーはダメだ。隠れドS変態に何に使われるかわからへん!」
「ちょっとまちなさい、だれが変態か。紳士をつけなさい、紳士を!」
騒ぎがいっそうひどくなった。
道行くが彼らをみている。
シーラは離れたところでちょこんと腰かけ、先ほど手に入れた同人誌の新刊を読む。
本の影には携帯電話がみえる。
「みんな楽しそうですわぁ。あ、そうだわ。アーヴィンくん×真尋ちゃんも良いですわ。素敵な本が描けそうですわね」
カシャ、カシャ……
シーラは絶妙なタイミングで携帯電話のシャッターをきり続けていた。
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