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お見舞いに行こう! ふぉーす。

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お見舞いに行こう! ふぉーす。

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16


 五月葉 終夏(さつきば・おりが)は劇をする予定で聖アトラーテ病院にやってきた。
 発端は、ソレイユで知り合った子が入院していると聞いたこと。
 お見舞いに行こうか。ちょっとでも良くなってもらいたいから。
 なら、どうすれば元気を出してもらえるだろうか? そう考えていたところに、日下部 社(くさかべ・やしろ)日下部 千尋(くさかべ・ちひろ)が誘ってきたのだ。
 一緒に劇をやらないか、と。
 劇の内容はシンデレラ。
 事前に合わせはできなかったけれど、社のアドリブ能力は高いしきっとなんとかしてくれるだろうという信頼があった。
「こんにちは」
 劇を始める前に、終夏は患者の――ルルススの病室にやってきた。ルルススはベッドに横たわっていたが、起きているようだ。
「あ、」
 終夏の姿を見て身体を起こそうとしたので、そのままでいいよと微笑む。
「具合、どう?」
「だいぶ良くなりました」
「そっか。よかった」
 風邪をこじらせたと聞いていたが、心配していたほど悪くはないようだ。ほっと胸を撫で下ろす。
「これお見舞い品。苺ドロップだよ。私、これ好きなんだー」
「ありがとうございます」
「あとね。このあと私たちで劇を行う予定なんだけど……よければ観に来てほしいな」
「私たち?」
「うん。日下部社さん。覚えてる? 何度か一緒に行ったことあったと思うんだけど……」
「覚えてます。具合は大丈夫だから……観に行きますね」
「無理はしないでね。約束」
 指きり、と簡単な約束をしたら、待ち合わせ場所であるホールへ向かう。
 ホールには既に社と千尋がいて、どこから捕まえてきたのかリンスとクロエと紺侍もいた。
「勢ぞろいだねー」
「お! 主役が遅れて登場したでぇ♪」
「リンス君やクロエちゃん、紺侍君も手伝ってくれるのかな?」
 終夏の問いに、即頷いたのはクロエだった。いつも通りの明るい笑顔で、「もちろん!」と元気良く。千尋と一緒に「ねー」と微笑んでいるので、前もって決めていたのだろう。
「オレは雑用とか撮影なら構いませんけど」
「なんでぇ? 一緒に出ようや。せっかくの劇やで?」
「裏方のが好きなんで」
「アカン。出ること。社長命令や」
「社さんそれいつも思うんスけど、ずるい」
 ずるくてなんぼや! と社が笑った。
「それに裏方にはこのパラサ・パックがいるぎゃー」
 合流してからもずっと黙っていた草原の精 パラサ・パック(そうげんのせい・ぱらさぱっく)が笑って言った。終夏はそれに乗っかることにする。
「そういうわけだし巻き込まれてくれないかな、紺侍君。ルル君も観に来るって言ってたしさ」
「えっルルさんも来るんスか。なおさら出たくねェ」
「えー」
「まあそんなわけで、二人の協力は得たわけやけど」
 強制的に話を打ち切って、社は紺侍の協力を確定させる。本当に嫌だったら言ってね、と終夏はフォローしておく。大丈夫スよ、と笑ってくれたので一安心。
 同時に社はくるりと振り向き、そっと距離を取っていたリンスを目を合わせ。
「リンぷー、もちろん手伝ってくれるよな?」
「……内容次第で」
 話だけは聞いてあげる、というスタンスらしい。社はきっと、一緒に舞台に立とうというだろうし、さて彼はどんな反応をするのだろう。
「ほな、説明するで。劇の演目は『シンデレラ』。台本や社スペシャルや!」
 今誘われたリンスと紺侍に、台本が渡された。あの台本は秀逸なものだ。原本から逸脱しすぎない程度に、ちょっとしたコミカルなシーンが挟まれている。読んでいてとても楽しかった。
「配役なんやけど。……えと、俺が王子様やるんよ」
「うんうん」
 異論はない。ここにいる全員、そう思っているだろう。
「そんでな? オリバーにシンデレラやってもらいたいねんけど」
「えっ、私?」
 これまでに終夏はシンデレラといったタイプの役を演じたことはなかった。
「私でいいの?」
「オリバーがええねん。……あ、いや何でもないんよ?」
「? うん。いいよ。頑張る。ちょっと照れるけど」
 でもそれは、ステージでヴァイオリンを演奏するのと変わらない。
 誰かを楽しませたくて、元気にさせたくて、ただ自分にできることを一生懸命やるだけ。それだけだ。
「クロエちゃんとちーには魔法使いをやってほしいんや。双子って設定なんやで♪」
「ふたご!」
「お揃い衣装だよ、クロエちゃん♪」
「きゃー♪」
 こちらの二人は何の問題もないようだ。自分たちも楽しむ気満々でいる。こういう子たちは、上手い下手関係なく、観ている人たちを楽しい気分にさせてくれる。
「それでな。リンぷーには……ぷっ」
「なんで発表する前から噴いてるの。嫌な予感しかしない……」
「すまんすまん。ほんでリンぷーにやってもらいたいのはな。シンデレラの姉や!」
 間。
「やだよ」
 リンスが言った。
「ええやん。リンぷー絶対似合うで!」
「やだよ」
 紺侍は、笑いをかみ殺している。
「なぁ? キツネ、リンぷーの姉姿とか、見てみたいよなぁ?」
「そっスねー。いいじゃないスか、子供たちのためっスよー……ぶは」
「……紡界、楽しんでるね?」
 リンスが紺侍を睨んだ。指摘されたことによって、却って紺侍は声を大きくして笑った。
「だって、女装。女装……」
「キツネも姉役やで?」
「マジで?」
「大マジや」
 間、再び。
「ぷ」
「人形師。どうせ笑うならもっと派手に笑ってくれませんかね。なんか情けなくなるんで。
 ……まァいっスよ。乗りかけた船ですし。アレでしょ学園祭みたいなノリの女装スよね。よーし笑われてやりましょう。『アイツの女装似合わねぇー!』って言われることに定評はありますし」
「キツネ、よく言った! 漢や!」
 社と紺侍が友情を組むのを見ていたリンスが、そろりそろりと後退する。もちろん、見逃すような社ではなかった。
「リンぷーも一緒に劇に参加してくれたら、ちーもクロエちゃんも楽しいよなぁ?」
 わざとらしいくらい優しい声で、千尋とクロエに話を振る。
「「うん!」」
 悪気の一切もなく、頷く二人。
「……日下部。後で覚悟しててね」
 リンスが負けた瞬間だった。


 劇が、始まった。
 終夏扮するシンデレラは、音楽好きなシンデレラ。
 シンデレラは、二人の姉に苛められていた。
「アタシのサイズに合うドレス、早く作ってくださらない?」
 と言うのは紺侍で、観客席から笑いがこぼれた。「そんなデカ女いねーよ!」「似合ってなーい」と、笑い混じりのコメントも飛んできた。それらに対して投げキッスをしたりとパフォーマンスを入れるあたり、なんだかんだで紺侍もノリノリのようだった。
「……シンデレラ。私と姉さんは舞踏会に行くけれど、お前は来てはいけない。どうしても来たいと言うなら、家のことを全てやってからにするんだね」
 凛とした調子で言い放ったのは、紺侍と同じくシンデレラの姉に扮したリンスだった。こちらは驚くほど似合っている。というか、女の子にしか見えない。
「はい、お姉さま」
 シンデレラは従順に頷いて、姉たちが残していった仕事を片付ける。
 お城の舞踏会にいけなくても、平気だ。
 楽しげな様子を想像しながら『ヴァイオリン・ゼーレ』を奏でれば、寂しくなんてないのだから。
 そこに現れたのは、双子の魔法使い、千尋とクロエ。
「オリバーちゃ……じゃなかった、シンデレラちゃんに魔法をかけてあげるねー♪」
「レア・ナ・ニ・イレ=キ!」
 双子の魔法使いが杖を振ると、光が舞った。これは、パラサ・パックの演出効果だ。
 光は終夏の周囲に集まり、一段と強く光り。
 次の瞬間、纏っていた襤褸はドレスに変わっていた。
「わぁ! シンデレラちゃんのドレス姿、いいなー!」
「ほんとう! すてき!」
 小さな魔法使いたちは、自分たちがそうしたにも拘らず綺麗な姿にうっとり。
「ちーちゃんも早く大きくなって着てみたーい! ね、クロエちゃんっ♪」
「うん! ……でも、わたし、おおきくなれるのかしら」
「なれるよ! ちーちゃんが魔法でどうにかしてあげる!」
「……うんっ♪」
 双子の魔法使いの役割は、ここまで。パラサ・パックの演出により、即座に消えてみせる。
 場面が変わる。お城の、舞踏会の中だ。
「おぉ……」
 王子役である社が、終夏を見て息を飲んだ。台詞があるはずだが、続かない。
 やっしー? 小声で囁くと、社がはっとして咳払いをひとつした。
「これはこれは美しいお嬢さん。私と一曲、踊っていただけませんか?」
 楽しい時間はすぐに過ぎ。
 十二時を告げる鐘が鳴る。
 シンデレラは、帰ろうとした。走る。足がもつれる。ガラスの靴が、片方だけ脱げた。
 なんとか魔法が解ける前に家に帰り、それからは以前と変わらぬ生活を過ごす。
 しかしある日突然の転機が訪れた。
 王子が家にやってきたのだ。
「この靴の持ち主を探している! この家の娘よ、履いてみせてくれないか!」
「……じゃ、私から」
 とリンス扮する姉が名乗り出て、靴に足を――。
 すぽ。
「…………」
「…………」
 履けてしまった。いとも容易く。
「えぇっ!? なんでリンぷー履けてまうんや! アカンやろ!」
「ちょっと日下部なんとかしてよ。俺だって履けるなんて思ってなかったよ」
 取り乱す面々の様子に、観客席が沸いた。「しっかりしろ、おうじー!」「その姫はさっきの姫よりぺったんこだ!」なんて声が聞こえた。
「え、えぇい! この娘は違う! あの日踊った娘は――」
 容姿の違いを述べようとしたらしいが、生憎身長も体重も髪の色も長さも、リンスと終夏ではさほど変わりがないのだった。
「もっと、こう、俺の心を鷲づかむ何かがあったんやー!」
「じゃあガラスの靴なんて必要ないじゃない。見つけてみせなよ、王子様」
 姉の辛辣かつ正論なツッコミに、観客席からまた笑い声。
 では、と王子が辺りを見回し。
 シンデレラの元へとやってきた。
「貴女がシンデレラ。……間違いありませんね?」
「……はい」
「ようやく見つけました。私の最愛の人。……道具に頼り、間違った未来へ進みかけてしまいましたが」
 ふふ、と思わず終夏は笑った。社は、笑わなかった。真剣な顔をしていた。役に入り込んでいるのだろうか?
「あの日の出会いはきっと運命だったのだと確信しました」
 ――し、真剣な顔でこんなことを言われると、照れるな……。
 どきどきしながら、次の言葉を待つ。
 次の台詞は確か、『好きです、シンデレラ。私の妃となってくれますか?』だ。
「好きや、オリバー」
 ――……え?
 台本と違う。あれ? 今、なんて言った?
 好き? 好きって、誰が? シンデレラ? それとも私?
 一瞬で、頭の中が疑問符に埋め尽くされる。
 いつから、社は自分の言葉で話していたのだろう。
 いや。これは劇だ。劇の台詞だ。たぶんちょっと、間違えただけだろう。
 ――落ち着け、私。今は劇の最中だ! 台詞!
 台詞を言わなければ。
 続く台詞はなんだったっけ? いや、台詞はない。はにかんで、頷いて、終わりだ。
 だけど。
「私も」
 終夏は、言葉にした。
「……私も、あなたのことが、好きです」
 観客からすれば、これで劇は円満に終わる。
 さてさて、当の本人は?
「…………」
「…………」
 社は真っ赤な顔をしている。きっと、終夏も顔が赤いだろう。だって、すごく頬が熱い。
「以上をもちまして、『シンデレラ』終了だぎゃー」
 パラサ・パックがアナウンスして、舞台を観客席から見えないように隠した。
 その間に、深呼吸する。
 ――今のって。
 今のって、どっちだったのかな?
 盛り上がっていたし、予想外のことがあったからアドリブを入れた?
 それとも?
 ――だめだ。今は訊けないや。
 恥ずかしくて、顔が見れそうにない。