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あの頃の君の物語

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幼馴染との思い出〜涼介・フォレストと長谷川真琴〜

 涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)長谷川 真琴(はせがわ・まこと)はいわゆる幼馴染みだ。
 涼介は当時は本郷涼介と言った。
 お家がお隣同士で、2人は小さい頃から兄妹のように育った。
「涼介君」
 2人が中学生になったある日、学校帰りの真琴が涼介を呼び止めた。
「どうしたの、真琴ちゃん」
 近づいてくる涼介を見て、真琴は「あ……」と思った。
「背、また伸びましたね」
「そうかな?」
 自分の頭を触りながら、涼介は少し照れくさそうに笑った。
「自分では分からないんだよね。あ、高いところの食器が取りやすくはなってるかも」
 涼介らしい物言いに、真琴はクスッと笑う。
「あの、涼介君。明日、時間があったらうちで一緒にマドレーヌを作りませんか?」
「マドレーヌ?」
 真琴のお願いに涼介は不思議そうな顔をした。
 涼介は料理がなかなかにうまい。
 本人は趣味程度と謙遜するが、忙しい開業医の父とその手伝いをする母のため、小さい頃から家で料理作りを手伝っており、特に和食にかけては、普通の中学生男子とは比べものにならないほど上達していた。
 しかし、お菓子作りに関して言えば、涼介よりも真琴の方がうまい。
(自分が行って手伝えることがあるかな?)
 そう思った涼介だったが、可愛い妹分のお願いを無碍には出来ない。
 真琴もじっとこちらを見上げている。
「いいよ。家にいてもやること無いし」
 涼介はそう言って真琴の誘いをOKした。
 少しぶっきらぼうに聞こえるような言い方だったが、真琴に時間を取らせたのではないかと気を使わせないようにするための、涼介なりの気遣いだった。
「わぁ、うれしいです。それじゃまた明日」
 小さな花のようは微笑みを残して、真琴は家に入っていった。
 涼介もすぐ隣の家に帰っていった。
「それにしても、2月に作るのがチョコレートではなくて、マドレーヌとは珍しい」
 なぜお菓子作りに誘われたのか、気付いてない言葉を口にしながら……。


 次の日。
 2人は約束通り、マドレーヌ作りをすることになった。
 涼介が真琴の家に行き、マドレーヌ作りのため、準備を始める。
「マドレーヌの匂いから遠い過去の記憶を呼び覚まされて……」
「え?」
 粉やバターを用意してるときに、涼介が歌うように口ずさみ、真琴は不思議そうな顔をした。
「有名な小説の冒頭部分にこういう一説があるんだ。マドレーヌは郷愁を感じるお菓子ってイメージがあるよね」
「そ、そうですね」
 なぜか真琴はちょっと恥ずかしそうに視線を逸らした。
「ええと、それでは次は……」
 卵を冷蔵庫から出そうとして、涼介はあれ? と思った。
 このレシピ、何か見覚えがある。
 小学生の時に作ったのだろうか。
 いや、違う、もっと前。
「あ……」
 これは幼稚園の時に真琴と真琴の母親と一緒に作ったマドレーヌだ。
 涼介と真琴が初めて作ったマドレーヌ。
 想い出のマドレーヌだ。
 それに気付いた涼介は小さく微笑んだ。
(ああ、それで真琴ちゃんが一緒に作りませんかと誘ってきたのか)
 涼介の微笑みに気付き、真琴は彼に尋ねた。
「どうかしましたか?」
「ううん、さ、作ろう」
 そう答えた後、涼介は1つ付け加えた。
「2人で作った方がきっと楽しいから」


 涼介が粉をふるって、真琴がマドレーヌ型にバターを塗る。
 真琴は丁寧にバターを塗ると、打ち粉をして、マドレーヌ型を冷蔵庫で冷やした。
(この一手間が大事なんですよね)
 これをやるかやらないかで型からの離れが違う、と母がそう言っていたことを真琴は思い出す。
 その後は涼介がふるっておいてくれた小麦粉とベーキングパウダー、それから卵、溶かしバター、砂糖、蜂蜜、レモンの皮を混ぜ合わせ、生地を作っていく。
「レモンの皮の分量が難しいよね」
「そうですね。入れすぎても苦味が出てしまうし……」
 2人は慎重にレモンの皮の量を調整する。
 初めて2人がマドレーヌを作ったときには、真琴の母がこれをやってくれた。
 レシピがあるとはいえ、季節によってもレモンの状態が違うし、やってみると本当に難しかった。
 出来た生地を1時間休ませる必要があるため、2人はその間にお皿を用意したり、オーブンを予熱したりしておいた。
 そして、冷やしておいた型に生地を絞り入れて、オーブンで焼き色が付くまで15分。
「焼きあがったら熱いうちに型から外して出来上がり、です」
「やけどに気をつけてね」
 涼介の言葉に優しさを感じながら、真琴は丁寧にマドレーヌを型から外した。

 
 その後、2人は焼きたてのマドレーヌと紅茶で2人のお茶会をした。
 幼馴染みとはいえ、男女だと成長していく間に少しずつ付き合う友達や遊ぶことが変わっていってしまう。
 でも、話してみれば、いつもお幼馴染みで。
 2人は楽しくお互いの話をした。


 お茶会が終わり、涼介が家に帰ることになった。
「それじゃ気をつけて」
 真琴の言葉に涼介は小さく笑った。
「この距離で危険な目に遭ったら大変だ」
 そう言いながら、涼介も真琴の心配をした。
「今日はおばさんいないみたいだし、私が出たらすぐに鍵をかけてね。宅急便とか言われてもすぐに開けちゃダメだよ」
「はい、気をつけます」
 涼介の気遣いがうれしくて、真琴はちょっと頬を染めながら小さく頷いた。
「それじゃ、またね」
 帰っていく涼介の後ろ姿を見守りながら、真琴は楽しい一日を思い出し、少し悩んでいた。
「バレンタインに……渡せますでしょうか」
 一緒に作ったマドレーヌ。
 バレンタインの時に渡す予定だったのだけど、2人で作った方が楽しいと思って今日作った。
 でも、バレンタインのプレゼントと言い出す機会が無くて。
「いつか……妹としてじゃなく見てくれる日が来るといいな」
 ぎゅっと自分の手を握り、真琴は思いをはせる。
 生まれたときから一番近くにいる人。
 今も一番近くにいたい人。
 いつか妹ではなく、恋人と見てもらえるようになりたい。
「それには頑張らなくちゃね」
 涼介に言われたとおり、鍵を閉め、真琴は部屋に戻っていった。


 この時の思いは叶わず、涼介は本郷涼介から、涼介・フォレストとなる。
 それでもパラミタで再会した真琴と涼介は、今でも幼馴染み兼仲の良い友人としての付き合いを続けている。