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リアクション
第11章 執事として、少しずつ
「あれ? おじいちゃん1人だけ?」
椎名 真(しいな・まこと)の方に、白くなった髪をソフトリーゼントにした老人が歩いてくる。誰も連れていない彼を見て、真は驚いた声を出した。
ここはツァンダの駅からほど近い街角だ。パラミタを一度見てみたいという祖父――椎名 仁に小型結界装置を2個送ったのは先日の事。誰かと一緒に来れるように、来てもらえるようにと思ったのだが、仁は1人だ。何か、包みを持っている。
「そうですが、何か?」
「いや、おばあちゃんとかが一緒かなと思ってたんだけど……」
「孫と2人で観光もいいと思いましてね。さあ行きましょう」
のんびりと、仁は先に立って歩き出す。祖父と2人だけというのは緊張するというか何というか少々落ち着かない気がしたが、他に居ないのならば仕方ない。
(……父さんが来るより、いいか)
心の内でそう呟いてから、真は仁を追い掛けた。
「待っておじいちゃん! 道案内するよ!」
(……俺は、何をしているんだ……)
見知らぬ街を、息子と父親が歩いていく。真の父、椎名 巌は2人の後を追いながら自問した。パラミタへ共に来るように言われ、何故、俺も行かなければならないんだと一応の抵抗を試みたが両親に勝てるわけがなく。
『ならば変装して尾行しなさい。鈍っていないかテストです』
と言い放たれてしまった。その結果、髪を下ろして執事服を脱ぎ、こうしてジャケットとサングラスという出で立ちで2人を追う羽目になっている。
(何故こんなことに……)
眉間のしわをいつもより深くして、一定の距離を保って尾行を続ける。
――親父はともかく、息子に気付かれる程、俺も甘くはない。
「そうですね。お店を見て回りたいですね」
どこに行きたいか聞いて返ってきたのは、そんな答えだった。旅行者として押さえるべきポイントの1つだ。
「じゃあ俺が荷物持つし、買ったのは俺の方で送っておくからおじいちゃんの好きな店を見てみてよ! 地球には無いようなものもたくさんあるから! ……って、しょっぱながここ!?」
悠々とした足取りで仁が入ったのは、一般的な物から暗器まで扱っているような武器屋だった。店内を巡る仁についていく。祖父は今日、スーツ姿だ。刀を品定めでもすれば、侠客のように見えるかもしれない。だが、実際に立ち止まったのは鞭売り場だった。
「以前はよく、これを使っていました」
鞭の種類は様々あるが、仁は強鞭――教鞭を手に取る。
「久しぶりに触れましたが、馴染みは消えないものですね」
「……父さんは、何を使ってたの?」
「巌は……ああ、ありました。これです」
鞭売り場から離れた仁が探して見つけたのは、紐だった。
「紐……? どう使うんだろう。想像つかないな……」
しかし、こうして武器屋で扱っている以上、愛用者は他にもいるのだろう。
武器屋を出て、食器や茶葉、アンティーク等、色々な店を見て回る。増えた荷物を両手に、一休みしようと喫茶店のドアを開ける。そこで「……ん?」と真は振り返った。先程から、どうにも尾行されているような気がする。既に喫茶店の中に入った仁は、特に警戒してもいないようだ。
(おじいちゃん、が、気にしてないなら大丈夫……なのかな?)
首を傾げつつ、真は仁の後から席に着いた。
「ここが、真のいる世界ですか……」
程良く暖房の効いた店内で、仁は窓の外を眺めていた。店員に2人分の紅茶を注文し終わり間が空いたところで、持って来ていた包みを真に差し出す。
「渡すものがあります。可愛いご主人様から預かってきました。どうぞ」
「可愛いご主人様……京子ちゃんが……?」
祖父につられて可愛いと言ったことに少し赤面しながら、真は中身を確認した。
「これ、コート……?」
一目で特注の品だと分かった。以前に双葉 京子(ふたば・きょうこ)から受け取った執事服に合いそうなデザインから、京子の思いが感じられる。
「自信を持ちなさい。私が保証します」
穏やかな笑みと共に言われ、真はコートから仁に目を戻して頷いた。
「うん、色々あるけど、俺はこの世界で何とかやってる。自信も……まぁ、少しは」
そう言ってから、苦笑する。
「少なくとも、こっちに来る前よりも執事である事にプライドを持ってるよ」
「……それは、良いことです。残りの課題は……父と向き合う事、くらいですね」
仁は心持ち笑みを深め、運ばれてきた紅茶を飲む。不意の言葉に、真は「あはは……」と困った笑いで返す他なかった。
「何か分からないことあったら電話してね、すぐ来るから!」
ホテルに戻り、観光してから明後日に帰るという仁を真は見送る。遠く離れていった先で、祖父はカジュアルな服装の男性と合流していた。知り合いだろうか。
(1人じゃないなら安心、かな)
そうして、真は買った荷物を送るべく、運送屋に立ち寄ることにした。仁はそれを、合流した巌と見送り返す。
「私も、若ければコントラクターになって暴れられたかもしれませんが……。冗談ですよ」
渋い顔をした巌を、にこにことした笑顔で仁は見上げる。
「尾行……気付かれていましたね」
「……恐らく、いくつか修羅場も経験したのだろう」
「変装が功を奏したのか、正体は見抜けなかったようですが」
私から見れば一目で分かるのですけどね、と言う父親に、巌はより一層顔をしかめた。
「……まあ、少しだけ認めてやらんでもない」
やむ終えないというように、若干悔しげに言う巌に対し、仁は楽しそうだった。
「お互い、デスクワークばかりでは腕が鈍りますね」
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