校長室
Welcome.new life town
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第28章 個人が特定できない(名前の)孫と空気属性の祖父のある日 両親の代わりに祖父、匿名 権兵衛がパラミタにやってくる。そう聞いて、匿名 某(とくな・なにがし)は結崎 綾耶(ゆうざき・あや)と空京まで迎えに訪れていた。街中を、駅に向かって歩いていく。 「じいちゃんのことだから多分大丈夫だろうけど、やっぱり心配だからな」 「? 某さんのお祖父さん……どんな人なんですか?」 綾耶は、両親に会ったことはあるが祖父とは今日が初対面だ。某は、祖父が1人でも何かのトラブルに巻き込まれることはないと考えているようだが、どうしてなのだろう。 「うーん、存在感が無いというか、空気属性というか……」 つまり、街を歩いていても存在に気付かれないだろうということらしい。 「後、じいちゃんはネットゲームが結構好きだな」 「ネットゲーム……」 それを聞いて、綾耶は少し考えるような仕草をした。それから、おもむろに言う。 「つまり、某さんに似ている、ということですね」 「俺に? 確かに俺もオンラインゲームにはまってたけど……綾耶!?」 某は彼女の言わんとしていることに気付き、慌てて訂正を入れる。 「いや、空気属性じゃないからな! 個人が特定出来ない名前だけど空気属性じゃないからな! 多分!」 「……そうですね。某さんは空気ではないです……。多分」 くすくすと笑う綾耶に、某はやれやれと息を吐く。とにもかくにも新幹線の到着時間は過ぎていて、駅に着いた某は権兵衛を探そうと周囲を見回そうとした。 「まあまずはじいちゃんを探……そうと思ったらすぐ後ろにいた!?」 その途中だった。超至近距離、顎の下あたりに頭を短く刈り込んだ老人が立っている。身長は140センチ台だろうか。 「一体いつから……!?」 「某が空京に来た時からじゃ。それから背後をとっていたんじゃよ」 つまり、逆に迎えに来られていて、街を歩いている間、何気にずっと一緒だったということだ。 「空京に来た時って……声かけようよ!」 「ホッホッホ。」 「いや、『ホッホッホ。』じゃなくて!」 なにはともあれ、とニコニコしている権兵衛に、某は綾耶を紹介する。 「じいちゃん、この娘(こ)は俺の……」 「おお、恋人がいると聞いてたがもうこんな大きな娘(むすめ)をこさえたか!」 「「むすめ?」」 某と綾耶は、はきょとん、と彼を見返した。2人の反応に気付かないのか、機嫌良く権兵衛は飴を取り出した。 「いやぁ若いもんは行動力があっていい! お嬢ちゃん、お菓子でも食べるかい?」 「む、娘じゃないです!」 「いや、娘じゃないんだ」 綾耶と某は、そこでやっと否定することができた。 「ていうか、話は最後まで聞こうよ! れっきとした俺の恋人だから。身長に騙されちゃダメだから!」 「うぅ、それは身体は……こう、ちょっぴり発達してない感じでは、ありますけど……」 身長もそうだが、胸元を見下ろして綾耶は言う。でも、娘と思われるほどじゃない……と思うけどどうなんだろうか。 若干落ち込む彼女の様子に、某は急いで話題を変える。 「しかし、まさかじいちゃんが来るとはなぁ。こういう場所に真っ先に来たがるうちの両親は一体……」 「ああ、ちょっとサイコロ使って世界旅行してくるそうじゃ」 「サイコロ!? なんてとんでもねぇ遊びに興じてるんだよ。暇なのか? そんなに暇まのか? ばあちゃんは……」 「コスタリカにケツァールを見に行ったぞ」 「コスタリカ!? ケツァール!? うちの家族はどんだけ道産子要素満載な用事してるんだよぉ!」 空を突き抜けるようなツッコミは、どこまでも止まる気配がない。 (お祖父さんもご両親に負けないぐらい個性的な人ですねぇ……) 漫才のような2人のやり取りを見守っていた綾耶は、ツッコミの合間を縫って権兵衛に言う。 「それで、お祖父さんはどこへ行ってみたいですか?」 「儂か? そうじゃなあ……世界樹イルミンスールを見てみたいのお」 「これが世界樹というものか。名に負けぬほどにでかいのぉ」 「パラミタの他国にも同じように世界樹があるんだ」 そして3人はイルミンスールを訪れ、案内ついでだからと某は世界樹についての説明をする。 「その中ではこいつが1番若輩者で、特に世界樹のトップというエリュシオンのユグドラシルってのから見たら雑草みたいなもんらしいんだ」 「ほう……これよりでかいのか」 権兵衛は改めてイルミンスールを見上げ、自然と驚きの声を漏らす。 「ユグドラシルとはどれほどのものか……」 それから彼は、感嘆したことなどなかったかのようにけろりとした顔を某達に向けた。 「ところで、なんとなく響きが味噌汁というかユグドラ“汁”って感じがするんじゃがどうだろう?」 「……ユグドラ汁なんてないから! 友好国の世界樹を勝手に片田舎のちょっとした名所レベルに格下げしちゃだめだから!」 「そうか? 案外、えりゅしおんなる所では味噌汁ならぬユグドラ汁が名物として売られとるかもしれぬぞ?」 権兵衛は機嫌よく笑い、その笑顔のままに某に言う。 「某、ちょっとばかり綾耶ちゃんを貸してもらおうかの」 「え、綾耶を?」 「私を、ですか?」 「大丈夫、最近流行りのNTRではないからの?」 「……NTRだけは流行らせない!」 ほっほっほっと、権兵衛は綾耶を連れて世界樹の幹をまわっていく。姿が見えなくなるまで見送ってから、某は不思議に思う。 「しっかし、じいちゃんの目的は一体……。……まさか」 「あの、NTRってなんですか?」 許さん! とばかりに手を握りこむ某が遠ざかっていく。それをちらちらと振り返りながら、綾耶は聞いた。 「まだ綾耶ちゃんには早い用語じゃな。ま、儂が綾耶ちゃんの恋人になるということじゃ」 「え、ええっ!?」 綾耶は仰天して、慌てて引き返そうとする。 (あ、でも、お祖父さん、“ではない”って……) はたと立ち止まって、そこで権兵衛も歩くのを止めて彼女に向き直る。そして、微笑んだままに話し始めた。 「綾耶ちゃん、儂は今、すごく安心しておる」 「……え?」 「なにせ、某を最後に見たのは中坊の頃での。あれから大きくなってるから大丈夫だと思ってはいたが、ほんのチョッピリの不安はあったんじゃ」 「お祖父さん……」 権兵衛の変化に綾耶は少し驚き、居住まいを正して彼と向き合う。彼の笑顔からは、孫を想う祖父としての温かさがあった。 「けどそんな不安も吹き飛んだ。儂にはわかる。あいつはあの頃と違って、ちゃんと『男』になっとる」 権兵衛は再び世界樹を見上げた。天辺が見えない、どこまでもどこまでも上に続くように聳えている、太くて重量感のある樹を。 「儂から見たら、今の某はこのイルミンスールじゃ。世間様から見れば若輩かもしれないが、儂から見れば決して卑下する事のない立派な大樹じゃ。……某がそうなったのは君のおかげじゃ」 そうして、権兵衛は綾耶に優しい眼差しを向けた。 「孫を支えてくれて本当にありがとう。今日はこれを言いたかったんじゃ」 「…………」 陰からこっそりと話を聞いていた某は、権兵衛の言葉に、地に足が縫い付けられたように動けなくなる。散策ついでに、自分が知らない恥話を大暴露されるんじゃ! とか思いつき、結局追いかけてきたのだが。 「じいちゃん……なんだよ、急にシリアスとか反則だろ。あぁ……」 涙が出てきた。せっかく、『男』になってると言われたのに。 「このままじゃまずいんで離脱しよう。匿名某はクールに……去れたらいいなぁ……」 そう思うが、希望通りにはいかなくて。某は目頭を擦りながら猫背ぎみに歩き出した。 「そんな、支えてるなんて……」 某が2人から離れた後、綾耶は権兵衛に一歩近付いた。 「むしろ逆で、某さんには支えてもらいっぱなしです。だから、私の方こそありがとうって、お礼を言いたいぐらいでして……」 話を聞いて、権兵衛は満足そうな笑顔を浮かべた。うんうんと何度か頷き、彼女に言う。 「……そうか。お礼はひ孫で良いからのう、綾耶ちゃん」 「……えっ! ……そ、それは、まだご期待に応えられそうにないです!」 先程までの調子に戻った彼に対して、綾耶は顔を真っ赤にした。