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星降る夜のクリスマス

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星降る夜のクリスマス
星降る夜のクリスマス 星降る夜のクリスマス

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●Just the way you are(3)
 
 結局ザカコ・グーメルがアーデルハイト・ワルプルギスをツリーの下まで連れ出せたのは、パーティ終了後となった。なかなか話しかけるタイミングがつかめず、話しかけたところで長く時間を取るのが難しかったりと、容易に調整ができなかったのだ。
「アーデルさん。もう皆さん大半が帰ったのにお付き合いいただいて……感謝します」
「なに、酔い醒ましもしたかったところでな。ちょうど良いのじゃ」
 ツリー周辺だけ雪が積もっているのを互いにいぶかったが、風情があるということで納得することにした。
「寒かったら上着をお貸ししますが……」
「いや、問題ないのじゃ。それはそうとザカコよ、その一張羅、よう似合っておるの」
「このスーツが……? 恐縮です」
「いい男は身だしなみから、と言うからのう」
「はい、心します」
「まあ別に、私は『いい男』じゃから好きになるというわけではないが」
「ははは……一本取られましたね」
 ザカコは頬を緩めていた。
 アーデルハイトはこのところ、かつての活力を取り戻しているように思える。今の戯れもそのあらわれだろう。
「戻ってきたばかりの頃と比べると、最近は明るい表情も多いですよね」
「私がか?」
「ええ、ザナドゥの一件から無事に一年過ごせましたが……あのときはまた何か事件が起きて、すぐにアーデルさんが去ったりするかもと思っていました」
「油断できない状況じゃったからのう」
 新雪を踏まないよう気をつけているのか、アーデルハイトはひょこひょこと歩いている。
 そろそろか……と、ザカコはプレゼントの包装を取り出した。
「メリークリスマス!」
「なんじゃ薮から棒に……っと、それは?」
「クリスマスプレゼントです。良ければ受け取って頂けませんか」
 まるでそれが初めてのラブレターであるかのように、捧げ持って渡す。
「すまんなあ。私はそのように気のきいたもの、持ってこなかった。私だけもらうようで悪いが……」
「いいんですよ。気持ちですから」
 では……とアーデルハイトが受け取ったのは、新品のマントと留め金だった。数種類ずつ用意している。
「おっ、そろそろ換えがほしいと思っておったのじゃ!」
 アーデルハイトは素直に喜んで、もらった品を惚れ惚れと眺めていた。
「センスが良いのう。私の好みじゃぞ、どれも」
「良かった……好みもありますから、不安だったんですよ」
 本心だった。頭にかかっていた黒雲が晴れたような気がする。
「そうかそうか。じゃがこれは気に入った。……そうそう、言い忘れていた」
 アーデルハイトは、幼子のように喜色満面で言った。
「メリークリスマス! じゃな」

 レギオン・ヴァルザード(れぎおん・う゛ぁるざーど)は特に見るでもなく、ツリーに集う人々の物語を眺めていた。アーデルハイトとザカコの姿も目にしたが、追うことはせず歩き続ける。
「パーティの帰り道……こっちじゃなかったか……」
 イルミンスールにはそうそう来るものでもないので道が判らない。だが、こちらでないことだけは確かなようだ。引き返そうとする。
 さっさと帰りたかった。彼は閉会のどさくさにカノン・エルフィリア(かのん・えるふぃりあ)を置いてきたのだから。
「レギオン!」
 だが、その考えはこれで終了となった。
 カノンが立っていた。走ってきたのだろう、息が荒い。
「こっそり置いて帰ろうとしたでしょ! アタシをないがしろにするなんて生意気よ!」
「……待て、それは誤解だ」
「どう誤解しようがあるのよ! レギオンにとってアタシは何なの!」
 ――参った。
 こういう質問をされそうだったから、レギオンはカノンと二人きりにならないようにしたのだ。パーティ会場ではできるだけ人を交えるようにし、帰路は彼女を置いて先に出て……。
 ちらりとカノンは上を見た。
 ――何で都合良く……。
 彼女は思う。
 なぜ、ヤドリギの下なのか。これではまるで……いや、それはともかく、せっかくの機会だと彼女は考え直した。
 レギオンとの距離を少しでも縮めるために何か言わないと。
「ねえ答えて! ……アタシはレギオンの何!?」
「……パートナー……だが」
「そういう意味で訊いたんじゃない! わかってるでしょ!」
「……いや、文字通りの意味で考えただけで……」
 だがその弁明は致命的だった。突然カノンは限界に達したのである。
 要するに、キレた。
 自分の身長ほどもある白銀の長剣を抜くや、ぶんぶんと振り回してきたのだ。これは光条兵器だ。冗談では済まされない。
「……やれやれ……またか……」
 けれどレギオンは落ち着いていた。実は彼らにとって、この程度のことは日常茶飯事なのである。ほとんどレクリエーションといっていい。
「アタシはレギオンのこと知ってる!」
 大上段からの大振り、レギオンは簡単にかわした。
「いっつもムスッとした顔して、あんまり他人と話さなくて、仕事バカで!」
 横殴りの一撃。彼は身をすくめて回避した。
「でも、それはただ昔の事気にしてアタシや他の人と距離とってるだけで!」
 今度は足払いが来た。今度は跳躍で避けた。
「……アタシはレギオンが幸せになっちゃいけないなんて思わない! 昔何があったからって、レギオンはレギオンだもん!」
 突進……と見せかけてフェイント、再度の大上段だ。
 さすがにこれは際どい。レギオンは間一髪、雪に転がり紙一重で剣を逃れたのである。
「待て、カノン」
 普段の抑揚のない口調よりは、ずっと血の通った言葉で彼は呼びかけた。
「お前の言葉は届いた……剣を収めろ」
 そして彼は、語ったのだ。
「……人殺しに明け暮れた日々を過ごし、血の匂いが染みついた俺は……誰かのそばにいるだけで、その相手を返り血で汚すと思っていた」
 彼の言葉は独白に近い。しかし、カノンは剣を戻し、黙ってこれを聞いた。
「だからこそ、俺は他者と深い仲になってはいけない……俺に幸福をつかむ資格はないと思い、自身を戒めていたんだ……」
「……バカね」
 握り拳で、とん、と彼の胸をカノンは突いた。 
「アタシは言ったよね。レギオンが幸せになっちゃいけないなんて思わない、って……大事なのは今でしょ?」
「……言うは易し、だ。俺の過去を受け止めるというのは……血の海で泳ぐことに等しい」
「だったら泳いであげるわよ! わかった!?」
 しかし……と、レギオンがこれ以上反論することはできなかった。
 その口を、彼女の唇がふさいだからだ。
 そう、ここはヤドリギの下……。

 緋柱 透乃(ひばしら・とうの)緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)は、表立ってパーティに参加するのは避けた。
 現在、二人にはとある隠された事情がある。まだ表沙汰にはなっていないようだが、何があるかわからないので、あまりたくさんの人目にさらされるのは歓迎できるものではなかった。
 だから二人はクリスマスツリーが見える場所で、かつ、人通りの少ない場所を選んで敷物をしき腰を下ろした。
 二人っきりのクリスマスパーティだ。
 酒食の用意もしている。保温機につめたケバブサンドを頬張ろう。寒いので、ドリンクはお湯割りなんていいかもしれない。ポットに用意した湯はたっぷりとあった。
 湯気あげる食事を前にして、透乃は回想するように言った。
「陽子ちゃんとは出会ってから約三年、結婚して一年半……一緒にクリスマスを過ごすのは三回目」
 言いながら指折り数える。楽しい年月を。
「そして、今回がこうして落ち着いて過ごせる最後のクリスマスになるかもしれない」
 口に出して言ってみると、なんでもないことのようでもある。
 しかしその意味は重い。……少なくとも、ことが露呈すれば世間一般は重大な受け止め方をするだろう。
 罪と言われるだろう。後ろ指を指されるだろう。
 そうして、穏やかな生活は引きちぎられるようにして終わる……だろう。
 それを考えると、明るくなりきれないものがあった。
 このとき透乃の手を、しっかりと陽子が握っていた。 
「私は透乃ちゃんさえいてくれれば、どんな状況下におかれていても幸せです」
「……ありがとう。でも、まったく悔やんではいないよ。他人に作られた常識や良識に流されることなく自分の意志でやりたいことをやった結果だから」
 回遊魚のように定まった人生なんてまっぴらだ。
 追われる身になる日はいつか、それはわからないが……聖夜は存分に楽しみたい。
「それでは食べましょうか?」
「うん。いただきます!」
 二人は大いに呑み、かつ食べた。
 やがて胃の腑が満ちると、今度は気持ちのほうが盛り上がってきた。
「見えますか?」
 陽子がツリーを指して言った。
「あの飾り……ヤドリギですね。ヤドリギの飾りの下ではキスが許されるという伝承があります。また、愛する相手とヤドリギの下で口づけをかわせば、二人の愛は一層強まるとも言われています。この場所はヤドリギの真下ではありませんが、下ではあるので……キスには最適です」
 言葉の末のほうは、いくらか気恥ずかしげになっている。
「ふぅん……」
 透乃はいわゆる『乙女心』が全然ないので、伝承とか伝説と言われても簡単に信用したいとは思わない。むしろ、おまじないよのようなものは好きではなかった。
「珍しいね、陽子ちゃんがそんなことを言うなんて」
「実は……『ヤドリギの下でのキス』、という言い伝えにはずっと憧れていましたが、透乃ちゃんがそういったものを好まないことを知っていたので、口にしたことがなかったのです」
「うーん……無粋でごめん」
「いいんですよ、そういうところも透乃ちゃんの魅力ですから」
 でも今夜はクリスマスイブ、特別の夜なので……と小さな声で言う陽子を、安心させるべく透乃は微笑んだ。
「気にしなくていいよ。陽子ちゃんが喜んでいるのなら、それに勝るものはないもの!」
「本当ですか!? だったら、私たちにとって今夜のキスは、初めてや結婚式でのキスと同じくらい特別なものになりそうです」
 陽子は『ラブアンドヘイト』を発動し、手元にも複数のヤドリギをもたらした。
「ヤドリギがいっぱい……ということは、キスもいっぱいしなくちゃ」
 言うが早いか透乃は陽子に覆い被さる。体重をかけて彼女を押し倒した。両手首をとって敷物に押しつけ、ガードできない唇にキス。
「あっ……やぁ……透乃ちゃん、そんな……」
 透乃のキスは唇で終わらない。次に陽子の首筋にキスの雨を降らせ、そのままするすると降りて敏感な場所を求めていく。
「こんな外で……恥ずかしいです」
 陽子は身を捩って逃れようとするが、それは形ばかりの抵抗に過ぎない。
「人目に付かないことは確認済み! それが分かった時点でもうこのことばっかり考えてたよ〜」
 透乃が激しさを増すにつれて陽子の手から抵抗力はなくなり、いつの間にか積極的に、透乃の服のボタンを外し始めているのだった。
「メリークリスマス、陽子ちゃん」
「……はいっ……透乃ちゃん」