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星降る夜のクリスマス

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星降る夜のクリスマス
星降る夜のクリスマス 星降る夜のクリスマス

リアクション


●ザ・病魅泣兵虚髏死遭無(やみなべころしあむ)(タイトル提供:ノエル・ニムラヴス)

「ローラ、パティ、こっちよ」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が呼びかける。
「見えないよ。暗い。暗い」
「ちょっと、ロー、どんどん進んで転んじゃだめよ」
 その声についていくのはローラとパティだ。会場で「闇鍋に行かない?」と美羽に誘われて来たのだ。ローラは「行く行く」と二つ返事だったが、パティが渋ったので多少遅れてしまい、電気が落ちてからの入場となった。暗幕をくぐって入ってくる。
「美羽、大丈夫なんでしょうね? ゲテモノばっかり出てくるんじゃないの?」
「その点なら大丈夫。実際にいろいろな鍋料理を見てみると、スープさえ美味しければちょっと変わった食材でも、意外と何でも美味しく食べられてしまうじゃない。今回、スープを作るのがあの料理の天才、馬場校長だから信用してるわ」
「本当でしょうね……。それに、私はこの後約束があるから、ここで具合悪くなったりしたら困るんだけど」
 おや、という顔をベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)はしたものの、あえて黙っておく。美羽も気づいたに違いないし。
 さあ席を確保した。
 一同は鍋の前に横並びになる。
「蒼空学園初代校長の環菜さん、二代目校長の涼司さん、三代目校長の正子さん……今日はそうそうたる面子が一堂に会しているのですよね。闇鍋、環菜さんと涼司さんを引っ張り込めなかったのは残念でした」
 正座してベアトリーチェがいった。本当に真っ暗だ。火があるからほんのりと足元くらいは見えるが、あとは隣の人の顔も見えない。
「みんな重要人物だし、それぞれ予定や挨拶があって全員集まるのは難しいよ。でも、二人とも時間があれば顔を出すとは言ってるし」
 言いながらコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)は、もそもそと体を動かした。翼が邪魔にならないよう正座するのは結構難しい。
 美羽の言う通りだった。たしかに、さまざまに阿鼻叫喚も引き起こしている今夜の闇鍋だが、どえらいものを選ばなければよくできているのは事実だ。食材も、まともなもののほうが(当然)多いのである。熱い鍋は、寒い日には嬉しい。
「喜んでもらえて嬉しいぞ」
 どこからか正子の低い声がする。声はドスが効いているし見た目は怖いが、美羽たちは彼女が、料理の達人であり常識的な人物であるのを知っている。正子は闇鍋なんて企画をやっただけでなく、聞けば、開場に際して気合いの入ったパフォーマンスをやったというが、それもすべて、喜んでもらうためにあえてやったものだろう。
「これ、鶏肉ね?」
 ローラが訊いた。どうやらベアトリーチェが入れた食材を食べているらしい。
「ええ、巨大で獰猛だけど、味は格別というパラミタチキンです」
 もちろんパラミタチキンの肉はスーパーマーケットなんかでは売っていない。この夜のため彼女は野山を駆け回り、全力でパラミタチキンを狩ったのだという。文字通り『馳走』というやつだ。肉を捌いて加工するのまで、全部一人で成し遂げたことを含めて偉業といえよう。
「なにこれ? ビーフジャーキー?」
 肉を噛みながらパティが言った。なにやら機嫌が良さそうだ。よかった、と笑って美羽は言った。
「だとしたらそれは、私が入れたもの。どう? 鍋っていいでしょ?」
「……ふん、まあね」
 あいかわらず『素直』という言葉の似合わないパティなのである。
「それはそうとして、闇鍋の良いところは顔が見えないこと。なので本音が話しやすかったりしない? そういう前提で聞かせてほしいんだけど……二人の恋バナ」
「恋バナ!? つまり恋愛の話ってこと!?」
「大丈夫、うちのコハクはベアトリーチェが遠くに誘導したから。ここは女子だけよ」
「ないない! ワタシ、恋話、ないよ!」
 ローラが即座に否定したものだから、パティは「む……」と唸って、
「なんか怪しいのよね、ローってば……最近、特に」
「ないない。ワタシ、色気より食い気ね」
 などと言って碗をかき込む音で黙ってしまうローラだった。
「余計怪しいなあ……気になる人がいるとか?」
「あー……恋とは違う気、するけど気になる人……いた。でもまたそれと、別で……」
「なによそれ! ちょっと、ロー、初耳よ!」
 なんだか怒り出すパティを「まあまあ」となだめて、
「そんなパティはどうなの? 切との仲は」
「あいつはただの同居人よ。勝手に熱を上げてるだけ」
 そうなのー? と美羽とローラが同時に疑いの声を上げた。さっき『私はこの後約束がある』と言っていたので超がつくほどに怪しい。されど「知らない」とパティはヘソを曲げたように、口を閉ざしてもう語らないのだ。すると、
「あーあ、パティが羨ましいなぁ。切は積極的だし、一緒に暮らしてるわけだし……」
 本当に羨ましそうに美羽は言うのである。
「美羽、でも恋人、いるね?」
「そうよ。別にあたしは羨まないけど、あんたが一番恵まれてるはずでしょ? 一般的に」
 だといいんだけど……と美羽は溜息をついた。
 話題の中心であるコハクに視点を動かしてみよう。
 彼は、確かに少女三人の話題の聞こえない場所にいる。
 けれどなんとなく、彼にもわかるのである。彼女らが色めいた話をしているのだと。
 ――季節はまさにクリスマスイブ、か。
 外に出ればクリスマスツリーがある。
 とても大きくて、飾りつけも豪華だ。
 飾りつけの定番、ヤドリギがあるのも容易に想像がつく。ヤドリギの『お約束』くらい彼とて知っている。知っているけれど……それに美羽を誘う口実が思いつかない。
 ――そもそも、きっと大勢の人がいる場所で、美羽にキスするだなんて……。
 とてもではないが、できそうもないのだ。
 なんだか収まらぬ気持ちを無理に抑え込みながら、コハクは黙って鍋の具を口に運んだ。

 神楽坂翡翠はこの場にいるが食事はしていない。
 これは避けているとか逃げているとか、そういうわけではないのだ。
 彼は最初から食べるつもりなどなかった。むしろ自分の役割は別にあると信じ、そのことに積極的に協力していた。
 それは……救護係である。
「はい、大丈夫ですか。胃薬はこちらですよ」
 翡翠はそう言いながら、ぐったりしている葛城吹雪に手当を施している。凶悪なブツに当たったらしい。
 会場の一角、救護エリアだけは薄明かりが灯り、この危険な宴で食べ過ぎた者、どえらい食材に激突してしまった者、食べたわけではないが気分が悪くなった者……などを救っているのだ。
 そればかりではない。
「寒いから、お鍋は、温まると思いますけど、参加の方、気合入りすぎていませんか?」
 リラックスして下さいねと優しく笑みながら、温かい茶を注いでまわったりもしている。闇鍋会場を歩くにしても心配無用、ダークビジョンを発動しているからだ。
「はい、どうぞ。皆さん、お腹壊さないで、下さいよ」
 彼が湯飲みを手渡したのは、なんとも大食漢の女の子だった。ローラである。
「うん。ありがと。お兄さんこそ」
「そうそう。馬場校長と相談して、食べられない場合ギブアップも可能としました。ただし、クリスマスらしい罰ゲーム付きです。ミニスカサンタ、トナカイ、クリスマスツリー、星の着ぐるみ……のいずれか一つを選んでコスプレ撮影していただきます。お奨めは星ですよ。着ると鈴が鳴るんです」
「ワタシ、それやりたい! お星様! チリンチリンって鳴るね」
「いえ、あくまで罰ゲームですので……」
 ははは、と笑って彼は、パートナーの榊花梨のところへ戻った。
「ところで……まだ食べる気ですか」
 かなり平らげているはずですけど、と彼は花梨をしげしげと見る。実際、成人男性でもへばりそうな量を、悠然と花梨は食べ終えていた。彼女の細い体のどこに、これほどの食物が消えているのだろう。
「大丈夫だよ〜」
 と言いながら、なにやら花梨はしきりと、その目を擦っていた。
「もしかして……満腹になってきたから眠い、ということですか?」
「そんなことないよ〜」
 と言いながら彼女は、もう船を漕ぎ出していた。これはもう、ほどなくして眠ってしまうだろう。
「救護コーナーで寝ていい? ……あ、でも、クリスマスだもん、やっぱり甘い物食べたいかも……」
「まだ、食べる気なんですねえ……はいはい。そろそろ闇鍋も終わりです。済んだら帰りましょうね。家に帰ってからですが何か作りますけど、何が食べたいんですか?」
「翡翠ちゃん作ってくれるの?」
「まあ、そのつもりです」
「えっとねえ〜……じゃあ、寝ながら考える」
 言うなりもう、花梨はすやすやと、柱にもたれて寝息を立てている。
 やれやれ、と翡翠は溜息した。どうやら今夜は(今夜も……?)彼女を背負って帰ることになりそうだ。
 けれど赤子のように無防備に甘えてくる花梨を見ていると、そう悪い気はしないのだった。

 闇鍋コロシアム……いや、ノエル・ニムラヴスの提案によって『病魅泣兵虚髏死遭無』と当て字されたこの食の祭典(?)も、そろそろ終焉のようだ。
「うむ。皆、よく食べてくれた。そろそろ終わりである!」
 助かった――と素直に喜んだ人がいる。
 それは風馬弾だった。アゾートが心配で、彼女が変なものを得た気配があるたび、
「僕が食べるよ」
「でも……」
「それ、好物なんだ」
「本当に? 無理してない?」
「してないよ! 全然!」
 と笑顔で(といっても闇だから笑顔は彼女に見えないが)受け取って、その業(ごう)を被ってきたのだ。しかもノエルは助けるどころか、
「お任せします」
 と自動的に変なものを彼に盛ってくる。
 確かに、トナカイのコスプレでもして許してもらうという手はあった。
 だけど、
 ――男には逃げてはいけないときがあるよね。
 という最初の信念を守り、彼は大福だろうが、それに焼きそばソースがトッピングされていようが気にせずに完食した。食べきった。
「やったよアゾートさん! 僕、全部……」
 と彼女の姿を探した弾だったが、そのときにはアゾートは、ヴァイス・アイトラーと話し込んでいるのだった。
 結局、闇鍋が終わるまでヴァイスはアゾートを連れ出すことはできなかった。
 彼女が怖がっていたり辛い目に遭いそうだったら、彼はすぐにでも飛び出して会場から連れ出す気だった。邪魔する者があっても強行突破を考えていた。
 でもヴァイスは、そんなことはしなかった。
 なぜってアゾートが、なんのかんの言って楽しそうだったからだ。声しか聞こえなかったがそれは確かだ。
「アゾートさん、闇鍋、どうだった?」
「あ、キミもいたんだ」
 相手をよく見るべく、うんと顔を近づけてアゾートは笑った。
「ボクは楽しかったよ。多少は変なものも食べたけど、悪食も経験、これはこれでいいものさ」
「そうか……じゃあさ、もう終わりだし、クリスマスツリーでも見に行かない?」
 ちょっと強引だったかな――ヴァイスはここでためらった。
 断られたらどうしよう……ようやく、不安になる。
 ここで、ぱっと灯りがついた。暗闇になれた目には痛いくらいの光が飛び込んでくる。
 終わったのだ。闇鍋は。
 一瞬途切れた二人の会話が、ポーズを解かれた動画のように、きっちりと再開する。
「いいよ」
 それが彼女の答え。アゾートは笑ったのである。
「じゃあね」
 彼女は弾たちに手を振って、ヴァイスと連れだって外に出た。
「クリスマスツリーって、スイスでは電飾は使わないんだよ。伝統的な飾りとロウソクだけ。イルミンのはわりと明るいからアメリカ式なのかな」
「そうなんだ。じゃあ眩しすぎるかな、アゾートさんには」
「そんなことないよ。ボクは派手なツリーもいいと思うから……それに、嬉しくならない? なんか明るいと」
 眩しい、という言葉を期せずして使ったが、今そう感じているのは自分だとヴァイスは思った。
 アゾートの笑顔が眩しい。
 エキゾチックな肌の色、水晶のような碧の瞳、基本は物静かなのに、ときおり花が咲いたように微笑むところ……。
 なんだろう、この気持ち。
 妹を見守るのとは、ちょっと違うような……。
 それはそうと、クリスマスプレゼントはきっちり渡そう。ヴァイスはそう決めている。
 平たく削り出した石で作った小花の束に、銀の鎖と小さなパールを垂らした飾り。
 ――アゾートさんが身につけたら、似合うだろうな。