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第一章 再会 1

ツアコンの制服


「はい、皆さん。こちらをご覧ください。こちらがアムトーシスでも有名な、水路を見守る不思議な顔『ピクトのお面』です」
 御神楽 舞花(みかぐら・まいか)が片手をあげ、アーチ上の橋に掘られている顔を見ながら言った。
 ツアーコンダクターの募集広告を見て、舞花が応募したのがつい先日のことだった。それからしばらくはアムトーシスに滞在しての研修期間だった。なにせ初めての街のことだ。歴史から新しく建てられた観光地にいたるまで、たくさんの知識を頭に叩き込まねばならなかった。さらに言葉遣いも重要となる(これに限って言えば、それほど苦労は必要としなかった。幼少期から舞花が受けてきた教育のたまものだった)。観光局長のグラパス・ブルエル氏の指導の下、こうしてようやく無事に本番を迎えることが出来たのが、なによりも嬉しいことだった。
 御神楽 陽太(みかぐら・ようた)は夫人と一緒に、日夜鉄道事業に奔走していて忙しいのだ。手をわずらわせるわけにはいかない。自分のことは自分でしっかり管理できるよう、頑張らなくては。舞花の心にはそんな思いが刻まれていた。
 魔神 アムドゥスキアス(まじん・あむどぅすきあす)シャムス・ニヌア(しゃむす・にぬあ)、それにその妹のエンヘドゥ・ニヌア(えんへどぅ・にぬあ)と、三人と一緒に観光地を見て歩く護衛や友人の一行は、舞花のガイドを受けて、なるほど、いうようにうなずいていた。
 水路の上にかけられたアーチ上の橋の外壁に掘られているお面は、実にひょうきんな顔をしている。人の顔を二、三度、思いっきり殴って、青あざをつけまくったらこんな顔になるのではないか。そんな感じだ。アムドゥスキアスは我が街の名所を案内できていることに誇らしげだが、シャムスはお面の価値はよくわからない。むしろ、ムカツク顔だ、なんて思ってたりした。エンヘドゥにいたっては笑いをこらえきれないでいる。くっくっと、どうにか笑うのをこらえている声が響いた。
「実はこれはどこの誰が製作したか分からない作品なんです。ですけど、このアムトーシスが建造されたときからずっとこの橋にあったもので、いまでは誰もがこのお面を街を見守ってくれている存在だと認めているそうですよ」
「ふうむ。初めて見たオレにはどうも分からないが、街の人には分かるすごさがあるのだろうな」
「ただでさえ、もう何百年以上も経ってる街ですから。その間、たったの一度も壊れないでこの橋から水路を見守り続けているというだけでも、すごいとは思いませんか?」
 舞花がたずねるような形で言ったことで、ようやくシャムスもそのすごさを理解できた。時の流れは意外と残酷なのだ。老朽化もあるし、それまでに誰かに悪戯されることがあるかもしれない。まして長い長い時間の中での戦いの歴史の中では、やはり建造物というのは何度も造り直されることが多いのだった。そんな中で生き残り続けるとは、なかなかのものだ。シャムスはひょうきんなお面を見直した。
「やるじゃないか、ピクトのお面」
「舞花さんのガイドもすごいよね。よくアムトーシスの人じゃないのに、ここまで調べ上げてるものだよ」
 アムドゥスキアスが感心してみせると、舞花は恥ずかしそうに笑った。
「い、いや、当たり前のことですよ。仕事をやる以上は全力でやらせていただきます。それが働く者の使命だと思ってますから。そうじゃないと、こんな私を雇ってくれたグラパスさんにも申し訳ないですし、それに、この制服だってせっかく作ってもらったんですから」
「制服? そういえば、コンダクターの人はみんなその衣装なんだね」
「はい。アドラマリアさんのブティック屋、知ってますか? そこで作ってもらった制服なんですよ。アドラマリアさんがデザインしたもので、男性と女性で二種類あるんです」
 舞花はくるっと回ってみせた。制服の裾がふわっと広がった。
 制服はアムトーシスの景観を邪魔しないような淡くてひかえめな色合いをしていた。主に白と黒と青の色が使用されている。肩口を黒い色が染めていて、青い線が身体のラインにそって裾まで伸びていた。青の色はどこかアムトーシスの水路の水を思わせる。透き通るようなコバルトブルーの色を使ったと、くだんのアドラマリア・ジャバウォック(あどらまりあ・じゃばうぉっく)がアムドゥスキアスたちへ直々に教えてくれた。
「その、アムトーシスは水の街ですから、スカートやズボンの裾はすこし短くしてあるんです。足元を濡らさないように。それと、首にはスカーフを。こちらは男女共通で」
「すごいじゃないか! こんな機能的で芸術的価値もある制服を作る人が街にいたなんて、領主のボクも鼻高々だよ!」
 アムドゥスキアスが声高に誉めると、アドラマリアは顔を真っ赤にして、ひゅっと引っこむように顔を伏せてしまった。恥ずかしがりで引っ込み思案な性格のため、あまり誉められることにも慣れていないのだ。アドラマリアはたどたどしく言った。
「そ、そんな……私はただ、試作品を作っただけですから。プロデュースしてくれたのは、リナ様で。私は何もしてません」
 アドラマリアはそう言うと、雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)の後ろに隠れてしまった。が、リナリエッタがそれを許さなかった。
「そんなことないわよ、マリア。あなたには素晴らしい才能があるんだから、自信を持ちなさい」
 リナリエッタはアドラマリアの肩をつかんで、前に押し出した。
 どうにかアドラマリアの才能を活かすことが出来ないか。リナリエッタはずっとそのことを考えてきた。今回でそれがすこしでも叶うことになったのだ。これ以上、喜ばしいことはなかった。さらに余計なことを言うなら、彼女はその引っこみ思案な性格を直せばもっと素敵になるはず。しかしリナリエッタは、今回はこれだけでも成果があったと満足した。
 ぱっと顔をあげると、他にもツアー客の姿が歩いているのがちらほらと水路沿いに見えた。それを案内しているのは舞花のようなツアーコンダクターたちで、そのすべてがアドラマリアがデザインした制服を着ていた。
 ああ、綺麗。ぼそっと誰かが言った一言がグラパスの耳に飛びこんできた。
「これは、正式に採用ですかな」

懐かしき友たちとの談笑


 シャムス・ニヌア(しゃむす・にぬあ)はアムトーシスの街を眺め歩きながら、懐かしさに浸っていた。そういえば一年前にも、アムトーシスに日本のお正月をするという話で訪れていたな。もちろん、そこには今のようにアムドゥスキアスもいたし、エンヘドゥもいた。それにあとは……
「あら、お姉さま。あれって……」
「ん?」
 エンヘドゥが何かに気づいて声をあげたため、シャムスは顔をあげた。
 通りの向こうに小さな影がぽつんと見える。一つではない。三つか四つか、それ以上もありそうだ。それは土煙をあげてだんだん近づいてきて、シャムスたちのほうへ向かってきた。するとすぐに、正体も明らかになる。シャムスはぎょっとなった。
「授受! それに飛鳥!」
「シャームースーさまー!! 会いたかったよー!!」
「シャムスー!」
「会いたかったでー! シャムスー!」
「ってロラン兄!」
 どーん! と神楽 授受(かぐら・じゅじゅ)がぶつかってきたと思ったら、続いて飛鳥 桜(あすか・さくら)を出し抜いたロランアルト・カリエド(ろらんあると・かりえど)が飛びこんできた。それだけでも衝撃はすごいというのに、さらに桜の嫉妬の炎がぼっと燃えてしまう。
「Heyyou! それをやるのは僕のポジションなんだ……ぞ!!」
 ロランの位置を横取りするように、桜はシャムスの左腕を奪い取ってしまった。遅れるように、エマ・ルビィ(えま・るびぃ)アルフ・グラディオス(あるふ・ぐらでぃおす)がやって来た。エマは嬉しそうにシャムスの腕に抱きつく授受をほほ笑ましく見ているが、アルフはなぜか飛鳥をちらっと見て、むすっとしていた。心なしか、シャムスをにらんでいるようでもある。桜とアルフを交互に見て、シャムスは、え? と、戸惑ったが、いまは理由が分からないままだった。
「おまえたち、どうしてここに?」
 シャムズがたずねた。桜と授受は同時にやっと笑って、一斉に手紙を取り出してみせた。まったく同じ封筒に入ったものだ。それはアムドゥスキアスの愛用している笛が刻まれた封ロウで綴じられていた。シャムスにも見覚えがあった。観光局設立の報せと、ツアーへの招待状が入った封筒だった。
「もしかして――」
 シャムスは恐るおそるアムドゥスキアスに振り返った。
「うん」
 アムドゥスキアスはきょとんとしながら、うなずいた。