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第一章 再会 7

噴水広場


 去年のお正月から、約一年ぶりの来訪になった。
 アムトーシスはどんな風に変わっただろうと、蓮見 朱里(はすみ・しゅり)は胸躍らせながらザナドゥにやってきた。もちろん、一人じゃない。夫のアイン・ブラウ(あいん・ぶらう)と、一人娘のユノを連れてだった。
 シャムスたちとは噴水広場で再会した。朱里にとっては思い出の場所だった。かつてこのアムトーシスで各地の芸術家たちが、自分たちが磨きあげてきた芸をいっせいに町で披露する芸術大会があったのだ。そのとき、朱里はこの噴水広場で歌を披露した。
 広場にはいまもたくさんの芸術家たちがいた。玉乗りしつつ器用にお手玉をこなす大道芸人から、目の前にたてた大きなキャンバスに絵を描く美術家もいた。それを見ていると、一年前のことも思い出す。
 特にユノは去年とちがって、この一年でおおきく成長していた。去年はまだ生まれたばかりだったが、いまは「パパ」や「ママ」という片言だけど簡単な言葉をしゃべったり、つまかり立ちできるようになってたり、柔らかい離乳食を食べるようになってたりする。子どもの成長は早いというけれど、見違えるように変わっていた。
「すごいもんだな、子どもっていうのは」
 シャムスが感心しながら言う。朱里は幸せそうに笑った。
「ほんとに。でも、だから見ていてとても楽しいんです。自分のことみたいに、ワクワクして、嬉しくなるんです」
 朱里はユノをあやした。ひざのうえに乗ってるユノの手をとって、上下に揺らす。赤ん坊はきゃっきゃと楽しそうに笑った。隣で立っていたアインがそれを優しげに見守っていた。ああ、家族だなぁと、シャムスはなぜだか自分のことのように嬉しくなった。
 そのうち、広場に大勢のお客さんが集まるようになってきた。どうやら、ある一箇所に集まっているらしい。シャムスはそちらを見た。するとそこには見知った顔があった。冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)の姿だ。小夜子はシャムスに気づくと手をふった。
「おひさしぶりです、シャムス様、それにエンヘドゥ様にアムドゥスキアス様も。皆さんお変わりないようで……」
「そちらもな。あいかわらずキレイだ。ところでいったい、そこでなにしてるんだ?」
 もともと男性を偽っていた癖か、誉め言葉を忘れない。広場に用意されている舞台と小夜子のドレス姿を見ながら、シャムスがきいた。
「実はこれから、ここで私の歌を披露するところなんですよ。ライブってわけじゃないですけど、前から計画してたことで。町の人たちも応援してくれたんです」
 魔族たちは、どうやら芸術大会で披露された小夜子の歌声をもう一度聞きたいと思っていたようだった。と、町の人たちの中で朱里に気づいた人々がいた。あれは噴水広場で歌っていた歌姫じゃないか? なに、あの噂の? そんな声が人垣からざわざわと聞こえはじめる。
「朱里さん! もしよかったら、一緒に歌いませんか!」
 小夜子がマイクを使って朱里を誘う。だが朱里はみんなに見られているのが急に恥ずかしくなって、アインの後ろに隠れてしまった。
「どうしたんだ、朱里。いいじゃないか、みんなも期待してる。歌ってくれば」
「でも、そんな急に言われたって……」
 どうしたらいいのかわからず、ためらってしまう。すると足元から、急に声がきこえた。
「だったら、ペトといっしょに歌ったらいいのですよ!」
「えっ?」
 ふいに目を落とすと、そこに小さな人影がちょこんといた。
 朱里とおなじく、噴水広場で歌を披露したことのある小さな歌姫のペト・ペト(ぺと・ぺと)だ。ちっちゃなギターをじゃかじゃか鳴らしながら、ペトは歌いつつ会話した。
「ペトと〜♪ いっしょに〜♪ 歌うといいの〜♪ ですよ〜♪」
 すると、「おお、あの歌声は……?」と、別の人垣から声がきこえた。ペトが歌を披露したときに見にきてくれていた観覧のお客さんたちだ。ペトがまたこの噴水広場に来てくれるのを心待ちにしていたのか、彼らはペトのそばまで駆け寄ってくる。
「ペトちゃん、歌ってくれよ!」
「わ、わぁっ、みんな、あぶないのです〜!」
 魔族たちはペトを胴上げするようにもちあげて、ステージに運んだ。
 青く発光する、不思議な石材で出来た噴水。円形のステージを囲む様に建つちいさな塔の数々。ステージは噴水の明かりで青く照らされ、輝いた。
「ほら、行ってくるんだよ。ユノは僕が見てるから」
 アインがユノを抱いて、ぽんと背中をたたいた。
「ありがとう、アイン。じゃあ、行ってくる!」
 朱里もステージにあがって、歌姫たちが勢揃いした。
 すでに着替えを終えている小夜子のワンマンステージで間をつないでいる間に、朱里やエンヘドゥたちは着替えをすませる。最初は小夜子だけの演目だったのが、気づいたら豪華キャストでおおくりする舞台になっていた。いつの間にかお客さんも増えていて、人垣が噴水広場全体を埋めつくさんばかりだ。

愛し我が子の眠り辺に
優しき歌を歌いましょう

闇(くら)き夜空に星は瞬く
幾千万の想いを浮かべ
ささやかに 安らかに

あの日流した涙の雨も
いつか大地を潤すように

静かな夜に祈りましょう
誰にも等しく 希望と愛を

喜びを分けあい 悲しみを包んで
幸せの願い この胸に


 一足先にエンヘドゥと朱里が混ざって、かつての芸術大会の巨大ステージで歌った歌姫たちの様が再現される。それからペトのソロライブや、朱里のソロが続き、最後にはみんなで合唱スタイルで歌うようになった。

乗り越えた痛み 手に入れた絆
懐かしい場所 約束の場所

路地の隅で 橋の下で 芽吹いた草は
ちっぽけで 頑張って 咲いた花も
一輪じゃ 貧弱で 輝けなくても
集まって 手繋いで 大きな花束に

さよならは言わない きっとまた 帰って来るから
続いて行く約束 ずっとこの 美しい街で


 その間、シャムス、アイン、アムドゥスキアスたちはお客さんに混じって小夜子たちの舞台を見つめていた。そこにはアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)が混じっている。どこかでもらってきたらしいお酒を飲みながら、ペトの舞台をながめていた。
「酒場には行かなくてよかったのか?」
 シャムスがからかうようにたずねた。
「それも良かったんだけどな。なにせペトのステージだろ? なにかトラブルがあったらいけないからな」
「素直じゃないやつだな。正直に見たいからと言えばいいだろうに」
「酔ってもないのにそんなこと言えるか」
 アキュートは照れくさそうに顔をそむけた。しばらく観覧を続けているうちに、お酒をくばっていたスタッフ(たぶん、小夜子が手配したのだろう)からもう一杯、いや……二杯のお酒をもらう。
「一杯どうだ? アムトーシス名物『夜の雫』らしい。なかなか美味いぞ」
「お、いいな」
 シャムスはアキュートからお酒を受け取った。
「じゃあ、おたがいに家族の晴れ舞台を祝して」
「乾杯」
 二人はグラスを当てて軽やかな音を鳴らした。