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第二章 賑やかなる日 5

 観光なんて浮ついた目的ではなかった。
 アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)にとってアムトーシスを訪れるのは、ひとえに見聞を広めるためだった。アムトーシスに住んでいる魔族は、そのほかの魔族とは気質が違うと聞く。地上に出たり、あるいはザナドゥのより闇の濃い場所にひそむ魔族は、残忍で酷たらしい、邪悪なオーラを常に放っている。だが、アムトーシスやその周辺に住んでいる魔族たちは、人間に対しても比較的友好的であり、とてもおおらかだというのだ。実際、シャンバラ、カナン、ザナドゥとの間に採択されたリッシファル宣言はそれらの魔族の働きによるものが大きい。アルツールはそんな気質の違う魔族たちが住んでいるアムトーシスという町を、実際にこの目で確かめたいと思っていた。
 なのに――なぜ、この男がついてきたのか。
「いやあ、素晴らしきかな、アムトーシス! この地でワシは、新たな芸術を見つけることに精を出すぞぉ!」
 司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)が両腕をあげて大声でさけんでいる。アルツールは疲れた顔をしながら、仲達に言い聞かせた。
「司馬先生、もう少し落ち着いていただけますか。その……せっかく招待されたのに失礼があってはいけませんし、地上の人間が誤解されてもマズイので……」
「なにを誤解されることがあるか、アルツール! ワシはしごくまっとうな目で芸術鑑賞しているだけだ! だいたい、貴公は前々からワシに対する敬愛というものがだなぁ――」
「わかりました。わかりましたから、とにかく落ち着いてください」
 アルツールは仲達の声を途中でさえぎって、必死になだめた。仲達はひどく納得のいかない、不機嫌そうな顔をしながらも、一応は声をひそめた。場所は噴水広場だ。周りの目もあるし、アルツールは恥ずかしさで逃げ出したかった。そんな気持ちも知らず、仲達はきょろきょろと辺りを見回して、アルツールにたずねた。
「ところで、アスタロトのやつはどこにいったのだ? 姿が見えぬが」
「アスタロトは自分の元職場に行きましたよ。こちらでの仕事を放り出したまま地上に出てしまったので、引き継ぎなどをしなければならないようです。溜まっているものもあると言ってましたしね。それに、アムドゥスキアス様やグラパスさんへも挨拶をしなければならないという話でした」
「ふぅむ。あやつも忙しいな」
 仲達は同情するようにつぶやいた。
 そうこうしているうちに、その話題にあがっていたアスタロト・シャイターン(あすたろと・しゃいたーん)が二人のもとに帰ってきた。ちょうど、仲達が「裸婦像や裸婦スケッチでもしている場所はないのか?」と真面目な顔でわけのわからないことを口走っていたときだった。
「裸体とは、他の人間の注目を集めるという意味では最も原始的なもの。つまり、美しさを感じる、とは突き詰めれば対象に本能的なエロスを感じたという事。逆に言えば、エロティックであると言う事は、その存在は見ただけで本能的に美しさを感じ取れるレベルの美しさを持っているという証左なのだ」
「おや? お二人で芸術談義ですか?」
 アスタロトが二人の間に割って入ってきた。アルツールはもう逃げ出したいというような顔で首を振った。仲達の演説のような主張は止まらなかった。
「よって、芸術の都でワシが裸婦とかを見たいと思ってもなんら不思議なことではない! ……あ、だからといって丸見えなら良いってわけでもないぞ」
「別にわたくしは見せるためにこのような格好をしているわけではありませんよ。これがわたくしにとって自然なことなのです」
 アスタロトは腰巻き程度しか身に纏っていない。だけど露出とか半裸とかとは違うらしく、あまり機嫌の良さそうな顔はしなかった。
「ああ、エロスよ……いずこに……!」
「いいからもう落ち着いてください。というか、帰ってくださいよ」
 アルツールはひどく憔悴した顔で、ため息を深くつく。見聞を広げるという目的は、なかなか果たせそうになかった。


 『ビクトリアンズ』と呼ばれる店は、うずまき通りでも指折りの洋服店で、地元のお客さんだけではなく観光客からも人気があった。
 そんな噂を聞きつけて、さっそく店にやってきた四人の観光客。紫月 唯斗(しづき・ゆいと)紫月 睡蓮(しづき・すいれん)プラチナム・アイゼンシルト(ぷらちなむ・あいぜんしると)リーズ・クオルヴェル(りーず・くおるう゛ぇる)は、店に並べられているたくさんの服飾品を見て、嬉しそうな悲鳴をあげた。
「すごーい! なんだか夢の国に来たみたい!」
 リーズが色彩豊かな服たちを見て、興奮冷めやらぬように言う。唯斗は木製ハンガーにかけられている服を手にとって、それにうなずいた。
「確かに、個性的な服が多いよなぁ」
 現代風のものから民族的なものまで、時代を問わずに様々な服が揃っている。感心したように服を見てゆく唯斗に、睡蓮が「じゃあ、せっかくなんでお着替えタイムとかどうですか!」と言った。
「お着替えタイム?」
「せっかくの観光地ですから! 現地で買った服で見て回りたいじゃないですか! それに、色んな服も試してみたいですし」
 試着室は空いているようだ。お店の人もニコニコしている。リーズだけは「そんな恥ずかしいこと、できないわよ!」と顔を真っ赤にして怒っているが、「まあまあ、リーズさん」とプラチナムになだめられていた。リーズ、プラチナム、睡蓮がここにあるたくさんの服に着替える様子を想像する。いや、うん……悪くなさそうだ。
「じゃあ、さっそくいきましょうー!」
「あ、ちょっと、睡蓮っ! きゃああぁぁ!」
 睡蓮とプラチナムに左右の腕をがっちりと掴まれて、リーズは奥の試着室へと連れ込まれていった。
 がちゃがちゃともみ合う音や、リーズの悲鳴。服が脱がされているのであろう、衣擦れの音などが店内に響く。「あ、ちょっとどこ触ってるの! ああぁ!」という、すこし艶めかしい声も聞こえて、唯斗はなんとなく男一人で取り残されているのが気まずかった。そのうち、どたばたした音が徐々に収まってくる。どうやらリーズも観念したらしい。睡蓮が「出来ましたー!」と言って、試着室のカーテンを一気に引いた。
 そこに、まるで絵の中から飛びでてきたような少女たちが立っていた。睡蓮はすこし和装っぽい段々にひらひらが裾広がりしている、黄色と白と赤を織り交ぜた服。プラチナムは貴族っぽさを放つ、灰色のドレスだった。両腕に腕輪や指輪の装飾品も飾られていて、高貴な雰囲気がある。そしてリーズは、そのどちらとも言えない幻想的な服を着ていた。赤みを滲ませた色合いの衣を、白い紐や帯が植物の蔓のようにいろんなところで絞っている。ジーンズっぽい生地のパンツをはいていて、活動的な感じと可愛らしい感じが上下で別れている印象だった。
 試着室から出てきた三人は、唯斗の前に並んだ。
「ど、どう?」
 リーズに声をかけられて、唯斗は夢うつつの世界から呼び戻された。あまりにも綺麗で、目を奪われていたのだ。リーズの目を見つめながら、唯斗は恥ずかしそうに言った。
「いやその……綺麗、だった」
 リーズの顔がぼっと赤くなった。
「ちょっとぉ! 兄さん! リーズさんばかりズルいです! 私たちはどうですか! 可愛いですか!」
「お、おう。もちろん可愛いに決まってるじゃんか」
 睡蓮に詰め寄られて、唯斗はうなずく。だけど、視線はリーズをちらちらと見ていた。それを見逃さないプラチナムが、独り言のように言う。
「ふむ。マスターはああいう格好が好みなのですね。店主、もっと服を用意してください。必ずマスターを欲情させてみせます」
「おまえはなに言ってるんだよ……」
 プラチナムは本当に店主に服を用意させた。
 もちろん、睡蓮とリーズもだ。唯斗に褒められたからか、口では嫌がるものの、リーズは最初ほどの抵抗は見せなかった。なんのかんのと、睡蓮たちと一緒に色んな服に着替えるのを楽しんでいる。
 ファッションショーは、それ以後もしばらく続いた。


 忍者装束の若者が、試着室で次々と服を着替える女性たちを目の前にしている。
 葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)は偶然にもそんな場面を目撃した。それは吹雪は、これは許せない、といきどおった。なぜなら、リア充は撲滅されねばならないからである。複数の、しかもかわいい女の子たちとイチャイチャしやがって。吹雪の心に、鬱屈とした思いがこみ上げてきた。まるで、全世界の独り身な老若男女たちの願いが集まってきたかのようだ。
 これは制裁を加えねばならないと、吹雪が動き出した。
「いただくであります!」
 唯斗が店から出てきたその直後だった。気配を消して近づいた吹雪が、唯斗の懐から財布を盗み出した。あっ! と声をあげた唯斗が気づいたときにはもう遅い。吹雪の背中は通りの向こう側まで遠ざかっていた。
「ど、泥棒おおおおおぉぉぉ!」
 唯斗の嘆きが街中に響き渡る。
 人垣を割っていく吹雪。その姿を、彼女のパートナーのコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)も発見していた。
「あ、吹雪っ! ……って、あの子、なにやってるの?」
 コルセアに気づくどころか、吹雪は一目散に人の波を掻き分けて逃げてゆく。するとその先で、シャムスたちの姿が現れた。騒ぎに気づいたシャムスたちも吹雪のほうを見る。危ない。このままじゃぶつかる。と、偶然にも近くに、もう一人の相棒の上田 重安(うえだ・しげやす)の姿を見つけた。
「お、吹雪。そんなところでなにやって――」
「忍法、空蝉の術!」
 重安の身体を目の前に引っ張り込んだ吹雪は、それを盾に強行突破を図った。重安も災難だ。急にどうしたとさけび、悲鳴をあげた。シャムスたちは突然のことに驚くものの、待ち構える姿勢になる。
 が、その瞬間――巨大な八本脚の馬に乗った青年が、吹雪とシャムスたちの間へと躍り出てきた。
 馬の身体に道を阻まれた吹雪は、そのまま正面衝突して吹き飛ぶ。重安も犠牲になった。吹き飛んだ拍子に、盗んだ財布がぽろっと落ちる。追いついた唯斗に財布を取りもどされて、吹雪は捨て台詞を残していった。
「お、覚えてろであります!」
 完全に三流の悪者である。コルセアは呆れた目でそれを眺め、あとで吹雪を見つけようとその場を後にした。
 残されたシャムスたちは、自分たちを助けてくれた馬に乗った青年を見あげた。
「すまない。どこの誰かは知らないが、助かったな」
「いえ、とんでもないです。バウンティハンターは賞金稼ぎであるとともに、正義の味方でもありますから。困ったことがあったら、いつでもこのバウンティハンター宵一にご連絡を……ごばぁ!」
「リィムとコアトーもいるのでふ!」
「みゅ〜!」
 十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)が自己紹介している最中に、リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)コアトー・アリティーヌ(こあとー・ありてぃーぬ)が飛びこんできた。二人に吹き飛ばされた宵一は、スレイプニルと呼ばれる馬から落馬する。リイムとコアトーはそれにもまったく気づかない様子で、シャムスに自己紹介した。
「そうか。おまえたちは賞金稼ぎなのか」
「はいでふ! コアトーちゃんも僕も、まいにち頑張ってるのでふ!」
 リイムはまるで挙手するように答える。その仕草がかわいくて、シャムスはくすっと笑った。コアトーが「ワタシたち、領主様と仲良くなりたいな」と言うので、シャムスたちは宵一らと一緒に町を見て回ることにした。よしよしその調子だ、と宵一が内心でうなずく。領主様たちにバウンティハンターの存在を知らしめるチャンスだった。リイムとコアトーに夢中になってるみたいだし、これですこしはバウンティハンター十文字宵一の名前を知ってくれただろう。
 ゆくゆくは、南カナンの専属の賞金稼ぎとして名を馳せるようになってみせる! 宵一は野望に胸を躍らせた。
「リーダーは何をひとりで遊んでるんでふか?」
 めらめらと心に炎を燃やして、ひとり大声をあげる宵一に、リイムは首をかしげる。
「放っておけばいいのよ。どうせ、妄想に浸ってるだけなんだから」
 宵一の妄想はエスカレートしているようだ。有名なバウンティハンターとして賞賛を浴びることになった自分の姿に、よだれをたらしている。コアトーはやれやれと呆れて、肩をすくめるような仕草をした。