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リアクション
第二章 賑やかなる日 4
「うおおおぉぉ……こりゃあ、予想以上だ」
柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)は抑えがきかなくなって、驚嘆の声をあげた。
観光地には遠くからきた綺麗な女の子も多いとよく聞くが、噂は本当だった。右を見ても、左を見ても、綺麗な女の子がたくさんいる。中にはこぶつきのひどく惜しいお魚ちゃんたちがいるが、ほとんどはいまにも釣ってくれと言ってるような悠々自適な川魚たちだった。これはナンパにいかないわけにはいかない。むしろ、しないほうが女の子たちには失礼になる。桂輔はそう判断した。
しかし、障害はある。
「桂輔? なにをしてるのですか?」
「うわああぁぁぁ!」
突然、後ろから話しかけられて、桂輔はとびあがった。ふり返ると、アルマ・ライラック(あるま・らいらっく)がきょとんとした顔で立っていた。なにをそんなにビビっているのかと、訝しげですらあった。
「いきなり話しかけるなよ! びっくりするだろ!」
桂輔に怒鳴られて、アルマはむっとなった。
「なんですか? 勝手にベンチに座ってぼけっとしてたのは桂輔のほうじゃないですか。私は桂輔が喉がかわいたというから、仕方なく飲み物を買いに行ったというのに……。理不尽にもほどがありませんか?」
「あ、悪い……。そうだったな」
よく見ればアルマの両手には紙コップのジュースがあった。果実をしぼったフレッシュなジュースだ。二人はベンチに隣同士で座って、しばらく喉のかわきをうるおすのに時間を使った。
しかし、その間も桂輔は考えていた。ナンパに行くにはどうしてもアルマが邪魔になる。バレたらこっぴどく叱られるのは当たり前で、それどころかずっと拘束され続ける可能性すらあった。それだけはなんとか避けたい。そのためには、一投を投じる必要があった。
「お、あんなところに洋服屋があったんだな?」
「洋服屋、ですか? 本当ですね」
ベンチから見える道を挟んだ向かい側に、どうやら服飾品を扱っているらしい店があった。
桂輔はジュースも底をついたことだし、さっそくそこに行ってみることを提案した。桂輔が自ら、しかも洋服なんかに興味を示して動き出すなんて珍しい。もしかして、私の服とかでも買ってくれる……みたいなサプライズがあるのだろうか? 可能性としてはかなり低い希望に顔をすこしだけ赤くして、アルマは快諾した。
店にはたくさんの洋服が並んでいた。ザナドゥ仕様ということもあってか、民族的なものが多くて独創的だ。だけど、色鮮やかなそれらの服は美しく、アルマはあまり表情には出さないもののわくわくした。
桂輔がなにか店員と話している。しばらくすると、なぜか店員たちがにこにこと笑みを浮かべてアルマの周りにやって来た。
「え、あの……いったい、なんでしょうか?」
「桂輔様から賜りました。アルマ様のコーディネートをするようにと」
「は? コーディネート? いったい、何の話……」
「ささっ、参りましょう。参りましょう」
「ちょっ、あの、話を聞いて!」
アルマが抵抗するのは照れ隠しだ、とでも言いつかっているのか、店員たちは笑顔をまったく崩すことなく、アルマを店の奥へと引きずっていった。作戦は大成功だ。桂輔は心の中でガッツポーズした。
あとはもう街へ繰り出すだけである。店の人にはしばらく自分は外に出ると言ってるし、これで心おきなくナンパが出来る。桂輔は店を飛びだして、観光客が休憩している中心地である噴水広場に向かった。が、どしゃっと。噴水広場に着いたとたん、背後から聞こえた不気味な音にぎょっとなった。
「ちょっと待ちなさい、桂輔」
まるで化け物が近づいてきたみたいな顔で、恐る恐る桂輔はふり返った。
「ア、アルマさん? なんでここに……」
アルマは民族衣装的なザナドゥの服に身を包んで、桂輔をにらみつけながら仁王立ちしていた。肩とかを出した、すこし露出が強めの衣装は、色素の薄いアルマの肌や髪ともよく合っていて、はっきり言ってとても綺麗だ。だけどいまはそれどころじゃなかった。ガチャっとかまえたニルヴァーナライフルの銃口が、桂輔の頭部をぴったり捉えていた。
「どうせあの店で私を足止めしようという魂胆だったんでしょうが、そうはいきません! 覚悟しなさい!」
「ちょっっとおおおおぉぉぉ!」
なんの躊躇いもなく引き金がひかれ、銃弾が頭部をかすめた。とっさに避けなかったら、貫通してたよ、いま!
「すみませんすみませんすみません! 謝るから許してえええぇぇ!」
「許しません! 死んで詫びなさい!」
ライフルを構えた綺麗な女の子に追いかけられる男を見て、噴水広場にいた観光客たちは思った。
「……過激な痴話ゲンカだねぇ」
その日、夜刀神 甚五郎(やとがみ・じんごろう)たちはアムトーシスを観光していた。
きっかけは偶然だったのだ。ツァンダのとある商店街で買い物をしていると、レジの人から福引き券をもらった。たった一枚だし、どうせあたるはずないとガラガラを回すと、これが見事に特賞を引き当ててしまったのだ。賞品はザナドゥはアムトーシスへの観光ツアー。しかも四人分だ。甚五郎はさっそく観光会社に連絡をいれて、満を持してアムトーシスにやって来たのだった。
一緒に連れてきたのは、草薙 羽純(くさなぎ・はすみ)、スワファル・ラーメ(すわふぁる・らーめ)、ルルゥ・メルクリウス(るるぅ・めるくりうす)の三人だった。初めてのザナドゥに浮かれる彼女らは、アムトーシスに着くなりフラフラとどこかに行ってしまいそうになる(特にルルゥが、だが)。甚五郎はなんとかそれを引きとめた。
「観光マップもあるんだ。観光客たちに向けたオススメルートも書かれているし、それを頼りにしようぜ」
「ふむ。そうだな」
羽純がうなずき、それから町の景観に目線を向けた。
「ザナドゥ一美しい町という触れ込みも、あながち間違いじゃなさそうだな。これはたしかに見事なものだ」
「ねーねー、そんなのいいから、早く行こうよー。ルルゥ、おなかすいちゃったよ〜」
ルルゥが羽純の後ろでお腹をおさえている。憔悴した顔に、ぐぅ〜という腹の虫の声が重なった。
「甚五郎殿。どうやらルルゥ殿が空腹を訴えているご様子。まずは腹ごしらえなどいかがかな?」
スワファルが甚五郎に提案した。深紅と漆黒の色を織り交ぜた蜘蛛型のギフト。その姿と声は、初めて見る子どもを泣かせてしまうのではないかというぐらい、威厳と凄みを放っている。ただし口調には、柔らかい響きも混じっていた。
「そうだな……。食が集まるグルメストリートがあるらしい。そっちに行ってみるか」
こうして、とりあえずの目的地が決まった。
グルメストリートで腹を満たした甚五郎たちは、それからアムトーシスの各名所を回った。噴水広場。『ピクトのお面』のある水路。砂糖菓子の館。うずまき通り。終始、ルルゥは笑顔で、きゃっきゃっと楽しそうに騒いでいた。ちょっとだけうるさくも感じられたが、甚五郎たちはそれがむしろ幸せで、ルルゥを見ていると楽しい気分になった。やがて闇が濃くなってきて、夜が訪れる。アムトーシスにも夜があるのかと思うと、すこしだけ親しみも感じられた。
「土産はどうするか」
甚五郎がみんなにたずねる。スワファルがガチャガチャと関節の音を鳴らしながら言った。
「我は傷ついてきた外装を直すために、うずまき通りに売ってた塗料が欲しいのだが……」
「また、えらく特殊なものだな。わらわは……せっかくだからアムトーシスで採れた地元野菜の瓶詰めが欲しいの」
「どっちも変わらねぇじゃねえか。ルルゥ? おぬしはどうする?」
ルルゥはかなり時間をかけて悩んだ。頭をひねり、うなり声みたいな悩ましい声をあげ、何度も何度も首を動かす。そしてようやく、ピンときたものがあったようで、笑顔になって答えた。
「絵が欲しい!」
「絵?」
羽純が聞き返した。
「うん! うずまき通りで売ってたの! みんなの絵を描いてくれるんだって!」
「ああ、なるほどな……。絵描きの店か」
甚五郎は納得した。そういえば、そんな店もあったか。三人はあまり興味がわかず、店の前をスルーしてしまっていたが。確かに絵を描いてもらえると、それは一生物として残るものになるし、良いかもしれない。自分たちへのお土産にはピッタリだ。甚五郎は他の二人を見た。羽純もスワファルも、こくっとうなずいた。
「よし、じゃあその店に行ってみるか!」
「わーい! お絵かきお絵かきー!」
ルルゥは跳びはねるように喜んで、先に走りだす。「ルルゥ! 危ないぞ!」と言いながら、甚五郎たちもその後を追った。
その後、絵描きからもらった絵には、真ん中にルルゥが嬉しそうな笑顔でのっていて、三人がそれを囲む家族のように描かれていた。
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