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リアクション
第2章 白銀の世界で遊びまくり
──愛情。それ以外の動機など不要!
凛々しくそう言い切った一途なパートナーのために、弁天屋 菊(べんてんや・きく)はキマクへチョコレートを買いに行ったのだが……。
「ありゃ、途中でいくつか落としたか?」
引いてきたリヤカーに山積みにされたチョコを振り返り、菊は呟いた。
何となくてっぺんのあたりが減っている気がした。
引き返して探すべきかどうか迷ったが……。
「ま、何とかなるだろ。だいたい、もう誰かに拾われてるさ」
そう結論付けると、種もみの塔へ向けて再び歩を進めた。
そして、チョコの山を確認した親魏倭王 卑弥呼(しんぎわおう・ひみこ)の口から絶望的な悲鳴があがる。
「よりによって本命チョコを落としてくるなんて! おまえ……!」
「いや、ごめん! 悪かったって。でも、仕方なかったんだよ。落としたのがヴァイシャリーならともかく、この荒野だろ? 丁寧に保護してくれてる可能性なんてないじゃんか」
「黙れ。聞き苦しい言い訳をつらつらと……しっかり反省するように、あたいの阿頼耶識の解放でおまえを飲み込んでやる!」
「待て! そんなことしたら董卓へのプレゼントが間に合わなくなるぞ!」
菊は素早くリヤカーの後ろに隠れて叫んだ。
すると、怒りに我を忘れていた卑弥呼に冷静さが戻りかけた。
菊はすかさずなだめにかかる。
「約束の時間まであとどれくらいだ?」
「あっ。そうだった! ヒロイックアサルトなんかやってる場合じゃないよ。菊、大きな雪だるま作って! 罰として素手で作れよ」
「鬼ー!」
というわけで、菊は手を真っ赤にしながら卑弥呼が指定した巨大な雪だるまを作っている。
耐えかねて手に息を吐いて温めた時、リヤカーに雪を積んだ火口 敦(ひぐち・あつし)が通りかかった。
「……何でそんな過酷なことやってるんスか?」
「罪を洗い流してるのさ……」
陰のある笑みで答えた菊に、深くは聞かないっス、と敦は若干引き気味に言った。
「でも、凍傷になったら大変っスよ。手袋がダメならせめてビニール袋でも」
「いや、ばれたら今度は裸でやれとか言われそうだ」
「怖いっスね。ところでこれ、雪だるまっスか? やっぱり動かすつもりで?」
「ああ。動かすことは動かすけど、これは董卓へ一直線だ」
「何するつもりっスか……」
「卑弥呼がね」
どこか呆れたような笑みを浮かべると、菊は卑弥呼の計画を話して聞かせた。
聞き終えた敦は乾いた笑い声をあげる。
「まあ、あいつなら喜ぶと思うっスよ……胃袋異次元っスから」
その時、遠くのほうから敦を呼ぶ声が響いてきた。
「そんじゃ、そろそろ行くっス」
敦はリヤカーを引いて去っていった。
敦を呼んだのは吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)だ。
しかし、それよりも敦は目の前の大きな雪像を、口をぽかんとあけて見上げていた。
「かまくら作るんじゃなかったんスか?」
「あたし達の手じゃいつまでたっても終わらないから、雪像に作ってもらうことにしたのよ」
答えたのは横山 ミツエ(よこやま・みつえ)だ。
「それにしても立派っスねー! これ、野球のユニフォームっスよね? 有名な選手?」
「ま、まあそうね。有名と言えば有名かもしれないわね」
目をそらし、ごにょごにょと言うミツエを敦は怪訝そうに見たが、それ以上は聞かなかった。
この雪像のモデルは竜司自身である。
なかなか整った精悍な顔をしており、スリムな体型は理想的だ。
実物と違うじゃないかとその場の全員から抗議が来そうだが、竜司の脳内の自分像はこれで正しい。
「番長! こっちもできたぜー!」
「名誉番長と呼べ」
若葉分校生達の声に竜司は重々しく訂正すると、雪像にウゴイタンDをふりかけた。
竜司に倣って雪像を作った分校生達も、それぞれ液体をかける。
すると、雪像はぎこちなく動き出す。
「おおっ、動いた! 俺の美緒ちゃんが動いたー!」
「アレナちゃんも!」
分校生達がロマンを持って作った雪像は、やがてなめらかに動くようになった。
「よーし、てめーら! やるからには、でっけーかまくら作るぞ! ついて来い!」
「おーっ!」
竜司は分校生を率いてガイアのところへ向かった。
ガイアは先にかまくらを作り始めていた。
「遅くなったな。今から取り戻すぜ」
「雪像に作らせるとは考えたな」
「野球ができるくらいのやつを作るつもりだ」
「それはいいな。オレも負けられんな。競争するか?」
「いいぜ。ぶっちぎりで勝ってやる」
「ははは! ぬかせ」
竜司とガイアはニヤリと笑い合うと、猛然と雪をかき集め、積み上げ始めた。
「アツシ、あたし達も負けてらんないわよ!」
「何で俺も!?」
自分のペースでやるつもりだった敦だが、ミツエにより無理矢理競争に参加させられたのだった。
少し離れたところでは、御人 良雄(おひと・よしお)とセリヌンティウスがまるで戦争のようなかまくら建設現場を眺めている。
「セリヌンティウスさんは行かないんスか?」
「やれると思うのか……?」
今のセリヌンティウスは、頭と両腕がなかった。
どうやってしゃべってるんだろう……と、良雄は思ったが、答えをもらっても理解できなさそうだったので黙っていた。
「だが、野球には参加しよう」
「どうやって!?」
反射的に叫ぶように聞いた返事は、短い笑い声。
なせばなる、ということだろうか?
また別のところでは、曹操 孟徳(そうそう・もうとく)もかまくら作りを眺めていた。
視界の中心はミツエだ。
「何事にも積極的なのは良いことだ。あのかまくら作りで巨大建築のコツを掴むことであろう」
などと独りごちている。
そんな彼を、典韋 オ來(てんい・おらい)が雪壁の陰からじっと見つめていた。
典韋の背後から、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)がひょいと顔を出す。
「見ているだけじゃ始まらないわよ」
「うわぁ! な、何だよ驚かすなよっ」
「だって、いつまでも動く気配がないし」
「だいたい、その言い方は不服だ! まるであたぃが曹操に恋慕してるようじゃねえか!」
「そんなこと言ってないわ。前世の大恩に報いたいって悩んでたから、チョコで気持ちを伝えたらと言ったのよ」
まさにその通りだったため、典韋はぐっと言葉を詰まらせた。
「あっ、曹操が行っちゃうわ!」
ローザマリアが歩き出した曹操の背を指したとたん、典韋は雪壁を飛び出した。
ローザマリアはくすくす笑いながら雪壁をちょんと突く。
「こんなもの作って隠れなくてもいいのにね」
パートナーにやさしく見送られていることなど知らず、典韋は大声で曹操を呼び止めた。
振り向いた曹操は、久しぶりの顔に笑顔を見せる。
「久しいな、オ來。貴公も雪遊びか?」
「するか! ……あんたに、言っておきたいことがあるんだ」
真剣な眼差しの典韋に、曹操も彼女を正面から見つめた。
「あたぃは、あんたの覇業をこの目で見たかったんだ。だから、英霊になったあんたは天下に覇を号令するんだと、そう思ってた。……だが、それがあんたの決意なら、あたぃは何も言わねぇ」
拳を握りしめてややうつむき、苦しそうに言う典韋の話を、曹操は静かに聞いていた。
「ただ、死に別れじゃまったく味気がねぇ。あたぃの主は、曹操孟徳以外にいねぇんだ!」
バッと顔を上げた典韋が、曹操に箱を投げつけた。
とっさに受け止めた曹操は、なかなか洒落たデザインの箱をまじまじと見つめる。
どう見てもバレンタイン用のデザインだ。
「かつての大恩は忘れねぇ。バレンタインデーってのは、義理立てした主にチョコを贈るもんなんだろ? なら、あたぃが義理立てする人間も、主と仰ぐ人間も、等しく一人しかいねぇ」
曹操は何か言いかけたが、その前に典韋が続けた。
「……悪ぃな、でもたまにはこんなこともしてみたくなるんだ。気分屋なもんだからな、あたぃも」
渡すものを渡せて安心したのか、典韋は少し照れたように笑った。
「オ來よ、貴公の気持ちはよくわかった。朕もミツエに会わなかったら、再び夢を見ようとは思わなかっただろう。そのことが貴公を失望させたのだとしても、ミツエを通して覇道を歩もうと思う」
「わかってるよ」
「手勢は多いほうがいい。覇道の先でまた共にいてくれることを願っている。それとな……」
「そ、そろそろ戻らねぇと! じゃあな、あっさりくたばるなよ!」
典韋は強引に話を切り上げると、雪を蹴立ててローザマリアのところへ走った。
曹操は手の中の箱を見ながら呟く。
「義理堅いのはオ來の美点だが、バレンタインはそれだけではないのだが……」
しかし、それを教えようにも典韋はもういない。
そのうちパートナーにでも詳しく教えてもらえるだろうと、曹操は勝手に期待するのだった。
卑弥呼のチョコダルマ作りは完成間近に迫っていた。
菊が素手でせっせと転がしていた雪玉は、砂糖と細かく削ったホワイトチョコがまぶしてある。
敦が去った後も菊は休むことなくひたすら雪玉を転がしていたのだ。
そして、できあがった甘い雪だるまに、次に卑弥呼は雪だるまの部分部分にさらし餡を加えた。
理由を聞いた菊に、
「同じ味ばかりじゃ飽きるだろ?」
と答えておいた。
最後に、目にチョコクッキーを、口は割った板チョコをくっつけた。
「かんせ〜い! 董卓様、今行くから、待っててね!」
卑弥呼はウゴイタンDをチョコダルマにふりかけた。
「さあチョコダルマ、董卓様はあちらよ!」
塔の入り口を示した卑弥呼に従い、チョコダルマは第一歩を踏み出した。いや、跳んで移動した。
勇んで駆けて行く卑弥呼を見送った菊は、何とも言えない表情をしている。
「どう考えても、かき氷以下だよなぁ」
楽しそうに作っている本人には言えなかったが。
そして卑弥呼のチョコダルマは、約束通り待っていた董卓のもとへ。
「董卓様ー! あたいの愛を受け取ってー!」
この時、卑弥呼の姿は巨大なチョコダルマに隠されて、董卓には見えていなかった。
董卓には、見た目雪だるまが突進してきたように見えていた。
しかし、彼の常人離れした嗅覚が雪だるまにチョコ成分があることを察知した。
董卓は両腕を大きく広げてチョコダルマに駆け寄る。
チョコダルマは頭から董卓の口に突撃し、董卓は大口をあけて受け止めた。
もっしゃもっしゃと食べられていくチョコダルマ。
「董卓様、おいしい?」
「うん、おいしいぞぉ〜。こんなチョコ初めてだぁ〜」
「あたいが一生懸命考えたんだよ」
「うん、もっとほしいぞぉ〜」
「それじゃ、張り切って作るね。今度はさらし餡の代わりにジャムでも加えようかな」
様子を見に追ってきていた菊は、もう雪玉を作るのはたくさんだと行方をくらませたのだった。
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