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リアクション
11
カレンダーを見て、橘 舞(たちばな・まい)は拳を握った。
四月一日。エイプリルフール。
通常であらば嘘をつくのは憚られるけれど、この日ばかりは公式に許された日。嘘に騙され、馬鹿だなあと笑い合う日。
ならば、普段ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)や金 仙姫(きむ・そに)に驚かされている意趣返しをしてもいいだろう。
(ふたりが驚くような嘘、か……)
腕を組んで考える。嘘なんて滅多につかないから、考えてもなかなか出てこなかった。
実は私、男の娘だったんです。
(……無理がありすぎますね)
もう、年単位の日々を共に過ごしているのだ。これが本当だとしたら逆に恐ろしい。
親類に不幸が。
(これは冗談になりません)
そもそも嘘でもそんなことは口にしたくない。
「見てください、びっくりですよ。四月なのに雪が……」
言いながら、窓の外を振り仰ぐ。
当然、雪など降っていなかった。だって、四月なのだもの。暖かく、うららかな陽気では、どう転んだって雪は降らない。
(嘘って難しいですね)
心中で息を吐き、再度考え始めた頭の中に、ブリジットの声が響く。
『真実に一滴の嘘を混ぜると、その嘘はわかりにくくなるのよ』
以前、ブリジットが言っていたことだ。そうか。真実味か。確かに重要事項だろう。なら。
「…………」
舞は、机の上を見た。実家から送られてきた手紙が一通、置かれている。
あれを、利用させてもらおうか。
リビングにて。
「報告があります」
ブリジットと仙姫がいることを確認してから、舞は口を開いた。
「実は、私、今度地球で、お見合いをすることにしました。お相手は地球のさる企業の御曹司の方で、お写真を拝見したのですが、穏やかで優しそうな良い人でした」
ここまで半分以上は本当だ。嘘はひとつ。見合いをするという決定事項だけだ。
さあ、ふたりはどういう反応をするだろう?
驚く? 止める? それとも興味がないふりをして、気にかけてくれる?
そわそわしそうになるのを堪えて様子を窺うが、
「へえ、舞が良い人って言うなら、本当に善人なんでしょうね。それで舞がその相手を選ぶのなら、私は舞の親友として、心から祝福してあげるし、応援もしてあげるわ」
ブリジットは肯定的な意見を。
「舞も適齢期だしな」
仙姫は常識的な意見を告げ、反応は終えた。
(……えっ。えっ?)
肩透かしを食らったような気分だった。本当に本気で止めてくれない、というのはあまりに予想外だ。どうしよう。対応に困る。
「そういえば、わらわも前世は見合い婚じゃった」
加えて、初耳情報がひとつ。嘘をつき続けることと、仙姫のことに首を突っ込むこと、どちらにキャパシティを割くか、悩む。
「懐かしいのぉ……あの人もどこかで転生しておればもう一度会って……いや、今頃わらわが現れても迷惑じゃろうな」
何も言えないでいる舞のことはお構いなしに、仙姫は滔々と喋った。懐古の情に満ちた声に、こちらまで胸を締め付けられるようだった。
「あの、相手の方が転生されてるのなら、探してもいいと思います」
いてもたってもいられず、口を出す。
「迷惑なんてこと、ないですよ。会えるなら、会いに行けるなら、動いてみるべきです」
きっぱりと、力強く言い切った。仙姫の背中を押すように。
「……そっか。ふたりとも見合い結婚なのか」
聞き役に徹していたブリジットが、ぽそりと呟く。
「私は無理だな。だって、もう心に決めた人がいるから……」
「えっ?」
それも初耳だ。身を乗り出して問い詰めようとする舞に、ブリジットは苦笑じみた笑みを浮かべて、言葉を続ける。
「ほら、あいつって手先は器用だけど、根が暗いし、ヒッキーだし、商売下手だし、私が傍にいてやらないと、きっと駄目駄目だと思うのよ」
笑みは、いつしか柔らかなものへと変わっていた。愛しい人を思う女の、笑み。
(それって、もしかしなくても)
「リンスさんのことですよね……?」
ああやっぱり、ブリジットは彼のことが好きだったんだ。こんな風に想い、笑うほど。
「やっぱり私の目に狂いはなかったんですね。そうだと思ってました。私も応援しますから、工房に行きましょう。あっでも仙姫の方もありますし……どちらから向かえば」
自分の嘘そっちのけで、ふたりのことを考えていると。
「……ぷっ」
「ふ、ははは」
笑声が、響いた。
「……え?」
なんだか、嫌な予感がする。
「舞、今の話は嘘じゃぞ?」
「私もよ。今日はエイプリルフールでしょ?」
「…………」
やられた。
騙された。
見事なまでに。
(ひどいですよ、ふたりとも嘘をつくなんて)
言いかけて、口を噤む。そもそも先に嘘をついたのは舞だし、その嘘が空回ったのも、相手の嘘に騙されたことも、まだまだ舞自身が未熟なせいだ。
「……もっと精進します」
「とりあえず、まずは論理的なところからいきなさいよ。言葉ひとつにも矛盾は生まれるんだから」
「矛盾? ありましたか?」
「あったわよ。なんで見合い写真見ただけで、相手が良い人かどうかなんてわかったの?」
「あっ……」
やってしまった。細部を練らないとこうなるのか。それにしてもさすがブリジットだ、そんな細かなところに気付くなんて。推理研究会代表にして名探偵の名は伊達じゃない。
反省会じみたことになっている舞に、仙姫が笑った。
「来年を楽しみにしておるぞ。
ちなみに、エイプリルフールの起源については諸説あってな――」
いつもは聞き流しもする薀蓄だったが、今日はきちんと聞いておこう。勉強になるかもしれないし。
そんな姿勢の舞を見て、ブリジットが息を吐いた。
「ほんっと、舞は嘘に向いてないわね」
*...***...*
キャンディ、クッキー、マシュマロ、ポテチ。
様々なお菓子を持てるだけ持って、マリアベル・ネクロノミコン(まりあべる・ねくろのみこん)は工房に突撃した。より正確に言えば、大好きなクロエのところへと。
体当たりさながらに突っ込んで、それをクロエが受け止めて、ぎゅうぎゅうと抱きしめ合いながら、高らかに声を上げる。
「わらわが義兄弟クロエよっ!」
「きゃー。どうしたの、マリアベルおねぇちゃん」
「今日はエイプリルフールじゃ!」
「うん。しってるわ、いっぱいうそつかれたもの」
「道理! 嘘をつくことを公然と許された日なのだからな!」
「えっ、こうぜん??」
「嘘じゃが!」
「えっ」
「ところでクロエ、今日嘘をついてもいい理由を知っているか?」
「しらないわ」
「今日嘘をつき放題である代わりに、その一年はもう嘘をついてはならぬという背水の陣!」
「えっ??」
「嘘じゃが!」
「えっ」
「まあ嘘の天下であることは本当よのぉ。いわば今日は嘘フェスティバル! というわけで開催するぞ嘘フェス! 優勝者にはマリアベル特製お菓子パックかけるたくさん!」
「ふああ、おかし、」
「嘘じゃが」
「えっ」
「ふふふ。わらわの嘘、今日も冴え渡っておるじゃろ? 嘘じゃ、」
「ねえマリアベル、もうやめなさい。クロエちゃんがかわいそうよ」
怒涛の嘘攻撃に、クロエが泣きそうな顔になっていた。つい楽しくて調子に乗っていたようだ。止めてくれたフレアリウル・ハリスクレダ(ふれありうる・はりすくれだ)に感謝の気持ちさえ起こる。
「嘘じゃが」
「は?」
「全く以ってわらわも悪よの」
「そうね、今日のマリアベルちゃんは悪、」
「これも嘘じゃ」
「…………」
フレアリウルがクロエと顔を見合わせた。ふたりとも肩をすくめている。なんだその、やれやれ、というようなジェスチャーは。困った子を相手にするような仕草は。そんな風に見られたら、いっそ感服するまで嘘をついてはっちゃけたくなるだろうに。
(嘘じゃが)
心の中でも嘘をついていると、何がなんだかわからなくなってくるからやめよう、と思った。これは、本当。
「フレアおねぇちゃんもうそをつくの?」
「や、さすがにあたしはマリアベルちゃんみたいな謎の悪ふざけはしないかなあ」
「そうなの? よかっ」
「嘘だよ」
「…………」
「あああごめん。嘘が嘘だから! クロエちゃんみたいな可愛い子相手に嘘つかないから!」
マリアベルがひとりで嘘をついている間に、フレアリウルがクロエに嘘をついていた。
「もー、みんなしてうそばっかりなのね! うそつきはきらいなんだから!」
そしてついに、クロエがそっぽを向いた。口を尖らせ、こちらを見向きもしてくれない。
「おいクロエ」
「クロエちゃん」
「……うそよ!」
かと思えば、それは意趣返しだったようで。
「ふむ。今年の『うそぶけ! 第二十八回シャンバラ虚言グランプリ』はクロエの逆転勝利かのう」
「何それ。初めて聞いたよ」
「空想の大会じゃ」
「くうそうってつまり、うそじゃない」
「そうじゃ。もちろん嘘じゃ」
「あーもう、だんだん何を言ってるのかすらわからなくなってきた」
「わらわもじゃ」
「うそ?」
「いや、本当」
なのでそろそろ、嘘はやめようか。
「せっかくクロエと一緒にいるのじゃ。みなで仲良く菓子を食べるかのう」
「わあい、おか――」
「嘘じゃ! わらわに嘘で勝たねばこの菓子はやらぬっ!」
「……クロエちゃん、あたしが持ってきたお菓子もあるからそれ食べよー」
「はぁい」
「あっこら待て、ちょっと待て。ちゃんと付き合えよ主ら! 義兄弟ぞ!?」
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