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太陽の天使たち、海辺の女神たち

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太陽の天使たち、海辺の女神たち
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●Tonight Tonight(5)

 テーブルに突っ伏し、頭をこつんとぶつけてみる。
 ――この六月に弟が結婚したばっかりに、僕は追い詰められている……というやつかな。
 風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)は自嘲気味に思った。
 昼はたっぷり泳いだし、ついさっきまではコテージの窓から花火を眺めたりしていたけれど、いつしか時刻が深夜におよぶと、ぷっつりと途切れてしまった
 優斗と、パートナーたちの会話が。
 優斗を囲むようにして、中央のテーブルの三方には三人のパートナーが座っている。
 正面にテレサ・ツリーベル(てれさ・つりーべる)
 右手はミア・ティンクル(みあ・てぃんくる)
 左手が鬼城の 灯姫(きじょうの・あかりひめ)だ。
 その三人は三人とも、押し黙って他の二人を油断なく監視していた。
 ついさっきまでは仲良く楽しくすごしていたというのに、どういうことなのだ。
 まあ、実のところ理由はわかっていた。
 この島の標準的なコテージは2LDK、つまり寝室二つ、あとは大きなリビングだ。このコテージも例外ではなかった。標準的な……実に標準的な……。
 つまり、そういうことなのだ。
 沈黙に耐えられなくなったか、テレサがついに口を開いた。
「二人用の部屋が二部屋……部屋割りは『私と優斗さん』、『ミアちゃんと灯さん』で良いですよね?」
「えっ! なに言ってるの!」
 ミアが意を唱える。
「部屋割りは『僕と優斗お兄ちゃん』、『テレサお姉ちゃんと灯お姉さん』でしょ!?」
「ちょっとちょっと、ミアちゃん十八歳未満じゃないですか!」
 ダメです、と腕組みするテレサにミアが言い返す。
「愛があれば年齢なんて関係ないよ!」
「二人とも、基本からして誤っておろう」
 ここで灯姫が参戦した。はっきりと言う。
「部屋割りは『私と優斗』、『テレサとミア』これで決まりだ!」
「決まってなーい!」
「勝手に話を進めないで下さい!」
 これが三すくみというやつか。いや、三すくみとはちょっと違うかな――優斗はそんなことばかり考えて現実逃避をしている。
「だから!」
「なにが!」
「全然わかってない!」
 喧々囂々、三人の議論は終わらない。だんだん言葉は激しくなり、ちょっと刃傷沙汰になりそうな雰囲気だ。ちなみに、たまに『ケンケンガクガク』という人がいるけどあれは間違いだよ――なんて、またも現実逃避する優斗であった。
 だが、いつまでも優斗が蚊帳の外というわけにはいかなかった。
 そもそも、問題の中心は彼なのだ。
 ついに、
「隼人さんは、既に人生最大の決断をしましたよ。さあ今夜こそ優斗さんも男らしく勇気を出して決断して下さい!」
「隼人お兄ちゃんは、既に人生最大の決断をしたんだよ。さあ今夜こそ優斗お兄ちゃんも男らしく勇気を出して決断しなよ!」
「隼人は、既に人生最大の決断をした。さあ今夜こそ優斗も男らしく勇気を出して決断しろ!」
 三人は、一斉に優斗に迫ったのである。
 ――激しい『喜び』はいらない………………『植物の心』のような人生を……そんな『平穏な生活』こそ……。
 どこかの偉人の言葉が優斗の中によみがえる。
 あれ、偉人だったっけ……? まあいいか。
「えっと……」
 もうこれは観念のしどころ、そう判断した彼は、意外な行動に出た。
 片手を上げて、宣言、
「僕は野宿をするよ」
 もしかしてこれ、優斗にとって、生まれて初めて言った言葉かもしれない。
 二時間後。
「夢だ……これは……夢だ。この僕が追い詰められてしまうなんて……きっと……これは夢なんだ……」
 正座した状態で、優斗はブツブツと呟き続けている。
 その周囲には三羽の猛禽類……違う違う、テレサ、ミア、灯姫がいて、ぐるぐると経巡りながら彼に説教をし、決断を迫りを繰り返している。
 なにこの修羅場。なに!?
 ――正義の心を持つ誰かがなんとかしてくれないかな。
 多分、なんともならない。
 朝まで続くのだろうか、この責め苦は。

 一緒に過ごすようになってからの年月:一年半。
 付き合ってからなら:三ヶ月。
 そしてこのシチュエーション(コテージにお泊まり):プライスレス。
 ……と書いてみるとなんだかよくわからないが、期待していい夜のはず。
 ――いやはや……なんというか、これは覚悟を決めろ、ってことなのかね。
 アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)は苦笑いしていた。
「部屋の取り方を間違った……というのは嘘じゃないんだよ。天地に誓って」
「別に、嘘だなんて言ってないじゃない」
 シルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)は照れているせいか、なんだか怒っているような口調だ。
 二人がとったコテージは、カップル用の小さなものだった。つまり、寝室がひとつしかない。
 ベッドも、ダブルサイズが一つしか、ない。
 ――これはその、むう……。
 せめてベッドがツインなら、と言いたくなるがこれは自分のミスなので、誰を責めるわけにもいかずアルクラントは、目のやり場に困って視線を泳がせるのである。
 しかしこういうときにうろたえても仕方がない。彼は、落ち着くことにした。
「ちょっと話でもしようか」
 そう言ってベッドに腰を下ろす。
「うん」
 と並んで座るシルフィアだが、実はちゃんと覚悟はしてきていた。
 ――とりあえず、下着とかはちゃんとお気に入りの可愛いやつ持ってきたけども!
 昼間は遊ぶのに夢中で忘れかけていたが、そのへんは用心にぬかりがないのであった。
 といってももちろん、彼女だって激しく緊張している。だけどそれを表に出さぬよう、笑った。
「えへ、隣に座ってるだけでも……なんだか温かい気持ちになるなぁ」
「そういえば、シルフィアの親のことは、初めて出会った時に聞いたことあったけど、私の家族の話ってのはあまりしたことがなかったな」
 ――それって、こんなときにする話か?
 という心の声がしたが、これをアルクラントは聞き流す。こんなときに無理にムードのある話をしようとして、なんになるというのだ。リラックスして話せることのほうがいい。
「家族といっても、父も母も早くに亡くしててね。さらにいえば、祖父も祖母もほとんど覚えてない。そんなわけでよく話題に出す爺様……曽祖父の元で育ったという話になるが」
「うん、それでいいよ。聞きたい。ひいお祖父さんのことって、よく話題になるけど詳しく聞いたことはなかったから」
「爺様は本当に元気で……熊を投げ飛ばしたり……家には刀が飾ってあったり……ああ、これは法螺話じゃないよ。熊のときは新聞にも載った。そういえば爺様、もとはソコクラントで中佐階級だったらしいね。あの国、戦争したことないけど」
 爺様だったらこういうとき、どうしていたのだろうか――アルクラントは思った――彼の妻、つまり、アルクラントの曾祖母と初めて臥所を共にしたとき。
 なんとなくだが、あの人も自分の先祖の話をしていたような気がする。
「じゃあ、お母さんのことは覚えてないの……? 早く亡くなった、っていう……」
「そうだな……私は母のことをほとんど知らないんだ」
 アルにとってはそれが普通だったから、変だと思ったことはなかったけれど……少し、寂しい気がした。
「じゃあさ」
 とシルフィアは提案した。
「膝枕、とかしてみる? やったことないでしょ」
「え、なに、膝枕……いや、たしかに経験がないけど……」
「いいから」
 シルフィアは彼を手招きして、その頭を自分の膝に誘った。
「なんだか、恥ずかしいな」
 女のやわらかな膝を感じつつ、彼は目を細めた。
「だが、それ以上になんというか、温かい」
「ほかになにか感じない?」
「そうだな、弾力と……ああ、口にするとやっぱり恥ずかしいが……愛、なのかな。うん、愛を感じる」
 これには自信があった。
 心地よさに目を閉じて、アルクラントは呟いた。
「でも私の愛は……君に伝えられているだろうか」
 シルフィアは特になにも言わなかった。
 なにも言わずに、彼にキスをした。
「ん……」
 ディープキス、何秒もかかるような。唾液が水音を立てるような。
 彼は身を起こす、両手で彼女の腕をつかんで、今度は与えるキス。
「何度口づけても伝えられているか……『自信』がもてない」
 さらにキス。今度は彼女の首筋に、次いで、肩口に、
「だから……何度でも言葉にしよう」
 言葉は熱を帯びた。息づかいが荒くなった。
 両手に力を込めて、彼は彼女をベッドに押し倒していた。
「きゃ」
 シルフィアの銀色の髪、長いその髪が、ベッドに広がっている。
 夢中だった。アルクラントのキスは、もう肩や首筋に留まらない。
「くすぐったい……」
 シルフィアが身をよじるのにも構わず、もっと敏感な場所にも、湿った唇で触れていく。
「愛している、シルフィア。俺は君の事をずっと離さない」
 すでにシルフィアの体を隠していたものは、すべてベッドの下に投げ出されていた。
 彼女は生まれたままの姿、彼の頭を胸に抱き、囁きかける。
「ね、アル君」
 甘い吐息混じり、途切れ途切れに。
「すべてを背負って、なんて言ってたけど……私も横で……一緒に行くべき場所まで行くから……」
 ついに彼と彼女は……。
「二人で持って行こうよ。ずっと、ね。離れたりなんかしないよ」
 ……この夜、初めて結ばれた。