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太陽の天使たち、海辺の女神たち

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太陽の天使たち、海辺の女神たち
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●Tonight Tonight(6)

 二人はベッドの上、一枚の毛布をわけあって、あとは隠すものもなく素肌同士で触れあっていた。
 博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)リンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)が、結婚してもう三年目。
 今日は、リンネの誕生日祝いを兼ねての旅行となった。
 愛し合う二人のバカンス。日が暮れても、花火が終わっても、何だか寝てしまうのがもったいなくて、こうしてふたりで毛布にくるまっている。
 灯りは、ベッドのところの淡い暖色灯だけ。
「もう三年目……あっという間だったなぁ。リンネさんと過ごす毎日は、本当に楽しくて幸せだから」
「リンネちゃんだって、ちょっとまだ信じられないくらいだよ」
 話ながらすりすりと、身を寄せてくるリンネはまるで猫のようだ。
 開け放した窓の外に、星空を見ることができる。無数の星々、銀の砂を撒いたような。
「僕は血の繋がった家族がいないって、前、お話したよね」
「うん」
「だから本当の血の繋がった家族って、どんなものかわからなかったんです。それまで。でもね、リンネさんと結婚して、こうして一緒に暮らして、一緒に御飯を食べて、一緒に笑って、一緒に眠って……当たり前に思っていた毎日が、こんなにも幸せに思えて。リンネさんのお顔を見るたびに、自然と笑みがこぼれてくる……リンネさんは、そんな幸せを、僕にくれました」
「リンネちゃんは当たり前のことをしただけだよ。リンネちゃんだって、いっぱい幸せをもらってるもん」
 それで、僕……と博季は言った。
「……血が繋がってるわけじゃないけど、これが、本当の『家族』なんだろうなって、思えたんです」
 博季は義父に育てられた。その家庭において何不自由なく、幸せに過ごしていたのは事実だ。それは博季の人格形成に良い影響を及ぼしている。けれどただ唯一、『血の繋がり』というものを知ることだけはできなかった。
「僕に『家族』の暖かさと、その幸せを教えてくれたリンネさん」
 毛布の下でそっと手を伸ばし、博季はリンネを抱いた。
「今までも沢山言ったけど、まだまだ言い足りない。どれだけ言っても伝え切れない。大好きです。愛してる。リンネさん」
「こんなにいっぱい愛してもらえて……リンネちゃんのちっちゃい体は、博季ちゃんからの愛でいっぱいなんだよ! だからね、リンネちゃんは」
 リンネはふふっと笑って告げた。
「博季ちゃんを、リンネちゃんからの愛でいっぱいにしてあげたいな!」
「……!」
 もうたまらない。
 博季は、ぎゅっと彼女を思い切り抱きしめていた。
 裸の体で彼女を全身で感じる。彼女の髪に顔を埋め、彼女の匂いに包まれる。
 ――今、本当に幸せだと思える。
 降らせるのはキスの雨、この雨は、芳醇なる愛にとっての栄養素だ。
 たくさん、たくさんキスをしたけど。まだ、足りない気がする。
「愛してます。愛してます。リンネさん」
「愛してる。愛してるよ。博季ちゃん」
 博季はリンネの耳に囁いた。
「僕の、かわいいかわいいお嫁さん、と」
 ――愛してるよ。

 少尉への昇進はセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)に、大きな変化をもたらしていた。
 軍歴は短くないが、これまで色々あってその機会に恵まれなかった彼女だが、昇進した途端(これまでが暇だったわけではないが)一気に多忙となっている。研修、訓練、レポート提出……尉官とはこれほど忙しいものだったのか、今年の夏は仕事漬けかと、セレンフィリティは半ば絶望していたという。
 そんなさなか、届いたのが環菜からの招待状である。
 ――絶対に行く。行きたい。
 三日分の仕事を一日でこなし徹夜も厭わぬというオーバーワークで、なんとか余暇の日数をかせぎ、彼女はセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)を連れ、堂々と島に上陸したのだった。
 ルカルカ・ルーをはじめとして、島には教導団の士官が、バカンスを楽しむ姿があちこちで見られた。
「少佐をはじめ、優雅に休暇を楽しんでいるみんなが、その陰で殺人的な仕事量をこなしてここにいるのかと思うと、なんだか感慨深いわ……」
 今日は彼らが、ちょっと違って見えるセレンフィリティであった。
 目一杯遊び、海辺の日光浴も、夜の花火とバーベキューも満喫して、くたくたになって二人はコテージの寝室までたどり着いた。
 生乾きの髪にタオルを巻いて、タンクトップにホットパンツというラフな格好でセレンはベッドに腰掛けた。かたわらにはミネラルウォーター、今日はちょっとオーバーカロリーなのでシンプルにいきたい。
 気持ちのいいシャワーだった。しばし、ただぼんやりと脳を休める。
「今夜は眠らせないわよ……ここ最近は本当にご無沙汰なんだから」
 昼間、太陽を背に浴びながら、砂場に寝そべって彼女が、同じくうつぶせのセレアナに言った言葉だ。
 ――思いっきり言い切っちゃったなあ……。
 ご無沙汰は本当。欲求不満気味なのも本当。
 餌抜きの状態で何日も堪えた肉食獣のごとく、セレアナを貪りつくしたい――そんな気分なのも、まぎれもなく本当だ。
 でも、
「すっきりしたわ」
 と、寝室に入ってきたセレアナを見て、セレンのなかの獣欲は小さくなっていった。
 ――いきなり食い散らかすというのも、それはそれでセレアナのことを大事にしていないような……。
 そんな、殊勝な気持ちが芽生えたのだ。
 なぜって、湯上りのセレアナは本当に綺麗で……長い足、白いうなじ、濡れた髪の毛……そのすべてが崇高なものにすら感じられたから。守りたいと思えたから。
 だけど、その一方で。
 ――汚したい。壊れるくらい滅茶苦茶にしたい。
 そんな、背反する感情が、眠っていた獣性がむくむくと頭をもたげてきたのも、事実。
 そんな感情を抱くのは、やはり自分が軍人という矛盾する職業にあるせいかもしれない――そうセレンは考えた。軍隊というのは、『守る』と称して壊したり殺めたりする組織なのだから。世のほぼすべての戦争は、防衛の美名のもとに行われるものだから。
「どうかした?」
 ベッドに腰掛け炭酸水のボトルを開けたセレアナは、不思議そうな顔をしてセレンを見ていた。
 ――攻めて来ない?
 昼間セレンがあんなことを言ったものだから、セレアナはここに入ったとたん彼女の欲望に組み敷かれると想像していた。だからもう、下着は付けずにここに来た。
 ところが、予想に反してセレアナは、なかなか手を出してこないのだった。
 しばらく二人は無難な話をしていたが、いきなり、キスをした。
 セレアナが、セレンに。
 しかも単純に唇を重ねるにとどまらない。ねっとりと濃厚なキスだった。
 いつもとは逆なのだ、セレンから動くのが普通なのだ。それだけにセレンの驚きは類を見ないものだった。
 離れた唇と唇が糸を引くと、口を拭うこともなくセレンは言う。
「き、今日はなんだか変!? セレアナから仕掛けるなんて!?」
 戸惑うがむしろ、この倒錯したシチュエーションに彼女激しく体が震えていた。……期待で。
「……たまにはいいじゃない、私の方からセレンを求めても」
「あ……そんな!」
 二人は折り重なる。やはりセレアナが上で。
 決して短くない愛の時間が果てて、まどろみのなかでセレンは、
「愛してる」
 という声を聞いた気がした。
 ――目を開けよう、抱き寄せて、セレアナに愛の言葉を返そう。
 けれどつい、じらせたくなり、心地良いまどろみにもうしばらく身を任せるセレンなのだった。

 主催者というのは気楽なものではない。
 御神楽 環菜(みかぐら・かんな)はこの日、一番最後まで仕事をしていた。無論、島には運営スタッフもいるのだけれど、彼らはバーベキュー終了とともにお役御免として労をねぎらったのちに休ませ、あとはずっと、片付けや運営データの整理に忙しくしていたのである。
 彼女一人であれば、いかな御神楽環菜とて一日でこなせる仕事量ではなかった。
 でも、彼女のかたわらには、公私を共にする最良のパートナー御神楽 陽太(みかぐら・ようた)がいる。
 陽太のパートナーエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)、そして御神楽 舞花(みかぐら・まいか)も家族同様だ。彼らは文字通り環菜の手足となってよく働いてくれた。
 皆で手分けしてもかなりの仕事量だったが、それでも、なんとかくつろぐ時間を残して終えることができた。
「……はい、これで作業は完了。ご苦労様」
 パタッとパソコンを閉じて環菜は息をついた。
 ここは本部のコテージ。広さは他のものより少し大きい程度だが、さまざまな機器が充実している。といっても中央にはちゃんと、ダイニングテーブルが設置されているのだった。
「お疲れさまでした」
 そこにタイミングよく、陽太がアイスティーを乗せた盆とともに姿を見せた。
「ちょうど喉が渇いていたところよ。私のこと、何でもわかってるのね」
「夫婦ですから」
 くすぐったいような笑みを洩らして、環菜は陽太にキスをした。
「わーい、お茶お茶−!」
 跳ねるようにしてノーンが、冷たいグラスを取りに来る。
「ふぅ、今日はなかなかハードでしたわね」
 首を左右にポキポキ鳴らしながら、エリシアもテーブルに着く。
「お疲れ様でした。万事、とどこおりなく進行して良かったと思います」
 舞花の唇にも、満足げな笑みがあった。本日彼女は裏方として、メイドロボを指揮して活躍している。
「もう遅いから寝てもいいけど……」
 壁時計を見て呟く環菜に、
「大丈夫、わたし、眠くないよー」
 はーい、とノーンは言うのである。
「俺も」と陽太。
「わたくしたちも平気ですわ」エリシアは舞花とうなずき合った。夜は強い彼らなのである。
「せっかくです。これから『お疲れさま会』にしませんか?」
 さっとエリシアが取り出したのは、一組のトランプだった。ちなみに裏側の模様は馬場正子校長……蒼空学園グッズらしい。
「いいわね。集中しっぱなしだったから、軽いゲームで頭をほぐしたいわ」
「大富豪でよろしいですか?」
 エリシアは提案した。ポイント制の勝負にしたいという、一位が三ポイント、二位は二ポイント、三位一ポイント、四位はゼロ、五位はマイナス一……という風に順位をつける五回戦分だ。
「……それで、トップの者が、このメンバーの誰かに何かリクエストできるルールというのはいかがです?」
 なおエリシアは、自分が優勝したら『皆でモンスターレースに行きましょう』と言うつもりだ。
「面白そうです」
 舞花は真っ先に賛成した。優勝したら全員にリクエストしたい。『コスプレ大会はいかがでしょう?』と。
「やろうやろう! それでやろう!」
 ノーンも大賛成だ。内心、ノーンが決めたリクエストは『蒼空学園のカフェテリアでやってるスィーツのフェア。おにーちゃんと環菜おねーちゃんも一緒に食べに行こ?』というものである。楽しそうだ。
「俺も賛成です」
 陽太はうなずいた。
 ところで陽太の願いだが、これはちょっと、口に出しづらい。皆のいる前では。
 なぜって、『環菜に一日、思う存分ゴロゴロ甘えてみたい』……というものだからである。
 まだ勝負が始まってもいないのに、もう恥ずかしくなってきた彼である。やっぱり、『皆で国外旅行に行きましょうか』なんて無難なものにしておこうか。いや、でも、やっぱり……?
「私ももちろん参加させてもらうわ。じゃあカードを配るわね」
 環菜がトランプをシャッフルしだすと、全員がテーブルを囲んだ。
 ……そして。
「やられた!」
 お手上げ、というポーズでエリシアは降参の意を示した。
 計算と駆け引きには一日の長のある舞花、運の力が常に味方するノーン、そして、なんとしても勝ちたいと気合い十分のエリシア……この三人の総合力は伯仲していた。
 しかし、環菜は三人をさらに上回っていたのである。
 つまり、優勝の栄冠は環菜に輝いた。
「悪いわね」
 ふふっと環菜は余裕の笑みを見せた。なんだかんだ言って環菜も負けず嫌いなので気分が良さそうである。
 なお陽太は、ついつい優勝したあと「なにを希望したらいいのか……?」と気にしすぎて、本来の実力が出せず再会に甘んじていた。(でも、ほっとしていた)
「それで、誰になにを希望するのー?」
 ノーンに聞かれて、「そうねぇ……考えてなかったから……」と顎に手を当ててから彼女は言った。
「陽太と、夫婦水入らずの夜の散歩に行かせてもらっていいかしら?」
 えー、という声、ヒューという声、それぞれだが、環菜は照れつつもすっくと立ち上がったのである。
 いくらか芝居がかった口調と仕草で、
「それではマイハズバンド、ご一緒願える?」
「ええ、喜んで……マイワイフ」
「あー、じゃあもうわたくしたちは先に寝ますわー」
 気を遣ったのか、わざとらしくエリシアがそう言うのが聞こえた。
 星空を眺めながら、陽太と環菜は並んで歩く。手をしっかりとつないで。
 三年前の夏の終わりの夜、二年前の七夕……深夜にふたりで話したのを懐かしく想い出しつつ。
 いつしか波打ち際まで来ている。潮騒が、美しい音楽のように流れていた。
「本当はね」
 ふっと環菜が言った。
「エリシアからルールの提案があったとき、とっくに私、願いを決めていたの」
「えっ……!?」
「だから、ずっとポーカーフェイスだったかもしれないけど、結構必死で頑張っちゃった……大富豪ゲーム」
 舌を出し、悪戯っぽい表情を環菜は見せた。強面の実業家として名高い御神楽環菜。彼女にこんな顔があるのを知っているのは、きっと、世界中で陽太だけだろう。
 キスすべきタイミング――と陽太が思ったときにはもう、環菜は軽く顔を上げ、目を閉じて彼を待っていた。
 愛しく、熱く……互いを求め合う。とろけるような、キス。
「切なくなってきちゃった」
 唇を離すと、彼女は陽太の胸に額を押しつけた。
「部屋に戻らない? この火照りを、鎮めて」
「鎮めるどころか」
 陽太は言ったのである。
「もっと大変なことにしちゃうかも、しれませんよ?」