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太陽の天使たち、海辺の女神たち

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太陽の天使たち、海辺の女神たち
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リアクション


●Sea of Love (1)

「お、暇そうなパティさん発見!」
 琳 鳳明(りん・ほうめい)が見つけたのはパティ・ブラウアヒメル(ことクランジ パイ(くらんじ・ぱい))だった。
 パティはビーチに背を向けて、一人、波打ち際に座っている。
 着ているのは水着だと思うが、パーカーを上からかぶっているようだ。
 横に回ってみてみると、パティはなにか膨れっ面で、硬いビーフジャーキーをかじっていた。
「パティさん!」
「あんた……たしか林鳳明ね。教導団の」
 じろっと鳳明を一瞥しただけで、パティはまた口を閉ざしてジャーキーを口に運ぶ。大変に不機嫌な口調であり表情だった。
「そうです。それにワタシ、セラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)もいますよ」
 パティを挟むように、二人は彼女の両側に腰を下ろした。
「ん? 今日は愛しのカレシさん不在?」
 どうやらこれは、パティにとって一番言ってほしくない言葉だったらしい。
「知らないわよ、そんなの!」
 まだ結構残っているジャーキーを丸めて口に放り込むと、元々つり目なのをますますつり上げる。
 そしてまた、くちゃくちゃとかみ続けるのである。
 ところが本人の意図に反して、その様子がリスのようで、可愛くもおかしいと鳳明は思った。
「あー……きりちゃん、今日は急用だったみたいだね」
「知らないって言ってるじゃないの。なによ……あんなバカ……」
 言いながらパティは膝を抱き、いわゆる体育座りの姿勢になっている。
「まーまー、こんないい場所に遊びにきたんだからプンプンしなさんな。名前は知ってるみたいだけど改めてよろしく。あ、ちなみにパティさんのことはきりちゃんからよぉーーっくうかがってるから。なんなら、どんな風にうかがってるか聞かせてあげよっか?」
「……いいわよ。別に」
 これはどうも重度の落ち込みモードらしい。パティの目から怒りの色は消えているが、なんだか光が失せている。
 ここで、なにやらピンと思いついたセラフィーナである。
「しばしお待ちを」
 と言って立ち上がった彼女は、ほどなくしてユマ・ユウヅキ(ゆま・ゆうづき)の手を引いて戻ってきた。
「鳳明さんこちらでしたか……そちらは、パティさん?」
 ユマは赤いワンピースの水着だ。地味な色の水着もいいが、情熱的な赤もよく似合う。たとえるならオミナエシの花、白い肌がよく映えていた。
 のみならず、
「パイ! 撮影終わった。遊ぶね!」
 ローラの姿もあった。やはり世界のトップモデル級、セクシーダイナマイトな立ち姿。
 鳳明はすぐにセラフィーナの意図を察して立ち上がった。
「ほら、みんなそろったよ。せっかくの機会だし、一緒に遊ばない? ユマさんもいいよね?」
「ええ、もちろんです」
「私はあんまりそんな気に……」
 などとまだ愚図るパティだが、わりと有無を言わせない感じで、ローラが持ちあげるようにしてパティを立たせてしまった。
「パイ、落ち込みよくない。遊ぶね」
「せっかく来たんだもん、海に入ろうよ。ビーチボールもあるよ」
 さっそく鳳明は海に駈けだした。ざぶざぶと水に分け入って、
「うひゃー。冷たくていい気持ちー!」
 と声を上げる。
「今年の初泳ぎです。私」
 すいすいとユマが、平泳ぎの要領で鳳明に並んだ。顔は決して水につけない。
「わー!」
 幼女のように無邪気に、水をけたててローラが笑っている。
「……ふん、まあ、いい色の海よね」
 あれだけむくれていたパティも、気分がほぐれてきたようだ。よーし、とか言ってクロールで泳ぎ始めた。
 最初の気まずいムードはどこへやら、ほどなくパティもリラックスして、ローラ、ユマ、鳳明と水遊びに興じるのである。いずれ劣らぬ花乙女だ。
 ふと気づいてユマが訊いた。
「ところで、セラフィーナさんは海に入らないんですか?」
「そういえば」
 顔を巡らせ鳳明は気づいた。セラフィーナには、パティを元気づける以外の目的があったのだと。
 波打ち際でセラフィーナはカメラマンたちを誘導していた。
 四人の遊ぶ姿を撮影させるために。
「……ローラさんの撮影に鳳明たちも入れてもらえれば、【ラブゲイザー】の宣材写真も撮れて一石二鳥ですね」
 鳳明の所属するアイドルユニットのマネージャーとして、しっかり営業活動をしているセラフィーナなのである。
「ご友人たちもローラさん同様の逸材揃い、それぞれ違う魅力を備えた少女たちです」
 と巧く誘って、アキレウスの撮影が終わった撮影班を連れてきたのであった。
「……まぁいいか」
 なんだか上手に乗せられたという気もするが、鳳明は納得することにした。
「ローラさん、パティさんと一緒で嬉しそうだし。パティさんもまんざらじゃなさそうだし。ユマさんも一緒に楽しもうっ!」
 そんなこんなで泳いだり、水かけ合ったりビーチボールを取り合ったり、とじゃれあうようにしてしばし四人は遊んだのだが、なぜだか突然、瞬間的に鳳明は我に返ったのである。
「はっ!」
 立ち尽くす。稲妻に打たれたかのように。目は白目だ。
「どうかしたか?」
「どうかしたの?」
「どうしました?」
 ローラ、パティ、ユマが一斉に鳳明を見た。
 けれど鳳明は、思考世界のむこうにいる。
 ――ローラさんって、この中だと長身セクシー担当ってことになるよね。パティさんは炉……もとい可愛い担当。そしてユマさんは、清楚美人担当……。
 巨大な疑問符が出現した。
 ――じ、じゃあ、私は!?」
 アイデンティティの迷宮に迷い込み、貧血気味にふらりとよろめく鳳明であった。
「大丈夫ですか?」
「う、うん、ちょっと、熱中症気味になったかな」
「水分、とったほうがいいね」
「あと、涼しいところで休んだほうがいいんじゃない?」
 三人娘にいたわられながら、鳳明は水から上がる。
「ああ、平気平気、軽いから……」
 顔は笑うが笑顔には、なんとなく影の差す彼女であったとさ。
 やがてクローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)が来てユマを、桂輔が戻ってきてローラを連れ出したのでとりあえず撮影はここで終了となった。

「元気でやっているようだな、よろしい」
 アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)小山内 南(おさない・みなみ)にうなずいて、ビーチサイドを歩く。
「はい、先生もお元気そうで」
「まだまだくたびれるわけにはいかんよ」
 と返事する彼の右手は、愛娘ミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)の左手と結ばれているのだった。
「教師としても、父親としてもな」
 微笑する彼の横顔は、普段の厳粛な教師像ではない。まさしく家庭的な父親そのものだった。
 本日の彼の行動目的は家族サービス、その一言に尽きる。
「先日はショッピングモールに連れて行けなかったからな。そのつぐないだ」
「つぐないだなんて」
 ミーミルは花柄の水着、子どもっぽいデザインだがそれがよく似合う。
「私は、こうしてたまにお父さんといられる機会があるだけで十分です」
「そうか、そうか」
 またもアルツールの頬に笑みがひろがる。娘(正確には義理の娘だが)にはとことん甘い父親なのである。
 二人は今日、海岸をまわってボート遊びや岩場の潮溜まりの海の生物の観察など、子どもにとって夏休みの定番的な体験を一通りした上でビーチまで来ていた。
「それでは、海での遊び方を指導したいと思う」
「はい」
「この島の生物は無害なものが中心だと知らされてはいるが、やはり海は海だ。海には危険な生き物や場所だってあるということを忘れてはならない」
 言いながら彼は、波打ち際にしゃがみこむのだ。
「貝の殻で指を切ったり、流れ着いたゴミを踏んで怪我をするなんてこともままあるから、気をつけてな」
 幸いこのビーチにゴミは皆無といっていいが、貝殻は警戒してしすぎることはないだろう。
「綺麗だからと迂闊に触ったら毒の棘を持っていたりする魚や貝なんてのもいたりする。楽しさに浮かれて油断しないで遊ぶのが、海での正しい遊び方といったところだ」
 このとき父は、短いひとときとはいえ教師の顔に戻っている。
 はい、と真剣な顔でうなずくミーミルに彼は破顔すると、
「……次に海にくるときは、二人も連れて、そろって遊びに来れると良いな」
 他の二人とは、やはり義理の娘にあたる聖少女姉妹だ。色々と複雑な事情があって今日は同行できなかったが、他の二人もまた、アルツールにとって大切な娘であることに変わりはない。
「それでは、海に入るとしよう」
 パーカーを脱いで丁寧に畳むと、アルツールは波に膝をつけた。
「……おっと」
 しかし、彼は足を止めたのである。
「どうしました?」
「いやなに、準備体操をするのを忘れていてな」
「そうですね。水に入るときは必ず準備体操しなくては」
「良い子だ」
 さあ、父と娘の時間はまだまだこれからだ。