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空の夏休み

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空の夏休み

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【10】


「ここが釣り場ですね」
 舞花ノーンは鍋の食材を求め、岩場に来た。
「たくさんをお魚とって、みんなにお腹いっぱい食べてもらおうね」
「ええ、頑張りましょう」
 魚はいろいろいるようだが、舞花はアオゾラウオとカミナリカサゴを狙うことにした。
 エサとして持ってきた青紫の薔薇を針に付け雲に落とす。
 するとすぐにあたりが来た。
「慎重に……」
 焦らず魚の動きを想像して、ここぞの時に一気にリールを巻く。
「来ましたっ!」
 雲の中から、奇麗なブルーの魚が現れた。
「あはっ釣れました……」
「わ、写真撮ろ、写真! おにーちゃんと環菜おねーちゃんに見せないと!」
 ノーンはそう言って、記念写真を撮った。
 今度はエサに雷起しを付けてみる。するとまたすぐにあたりが来た。用意したエサはバッチリだ。
 アオゾラウオとカミナリカサゴはおもしろいように釣れる。
「雲釣りも楽しいものですねー」
 ところでノーンはと言うと、彼女はマウイの釣り針に何も付けず、糸を垂らしていた。
 狙うのは大物中の大物コウテイマグロ。エサはいらない。使うのはスキル“幸運のおまじない”のみ。
 しかし、
「釣れないなぁ……」
 まったくあたりが来ない。
 けれども、ノーンは手頃な岩に腰をかけて、どっしり構えた。
「ゆっくり焦らずだよね」

「……あたりが来ないな」
 刀真は竿を上げ、首を傾げた。
 アオゾラウオとカミナリカサゴを狙ったのだが、エサが外れだったため全然反応がなかった。
「仕方がない。目標を変えよう」
 取り出したのはビー玉、陽の光に透かすときらきら美しく輝く。
 針に付け、キャスティングすると、今度はすぐあたりが来た。ニジアジだ。
 竿を遊ばせ、好きなだけニジアジに暴れさせる。まだその時じゃない。
「戦いは駆け引きだ。じっと待つことも大切。そして機が来たら躊躇なく一気に攻める!!」
 その時、ニジアジが静かになった。暴れ疲れたのだ。
 刀真は攻撃に転じ、一気にニジアジを釣り上げる。
 光を七色に反射する美しい魚だ。
「こっちのエサは正解だったようだ」
 この海にすむ魚は好き嫌いが激しいが、好きなものへの食いつきはすごいようだ。
 ニジアジはおもしろいように釣れる。
「そっちもニジアジ狙いか?」
「……む?」
 声をかけたのは、同じく雲釣りを楽しみに来ただった。
 装備は、名竿『無垢』にラインリール、光条石から削り出した光物ルアーだ。
 雲に投げて泳がせると、ニジアジはすぐに食いついた。
「来た来た!」
 激しく暴れるニジアジだが、無垢は子どもをあやすようにしなやかなボディで力を受け流す。
「へぇいい竿ですね」
「数々の沢や湾の主、果ては雲海の魚と死闘を繰り広げてきた竿だ。繊細で、それでいて力強い」
 楽々とニジアジを釣り上げた。
「このルアーは使えるようだな。今度はこっちのエサで試してみよう」
“虹色のサングラス”?」
「ああ。派手好きなニジアジならいけるんじゃないかと思って」
 投げるとまたすぐあたりがあった。
 ただ、
「……なんだ!?」
「どうしたんです?」
「す、凄まじいあたりだ! この手応え、さっきの何倍も……!」
 戸惑いながらも持てるテクを駆使して、巽は竿を上げた。
 ところがエサに食い付いたのはニジアジではなく、真っ赤な空パンを履いたレンだった。
 割られたサングラスの代わりに、虹色のサングラスを装着してクールに釣られている。
「れ、レンさん……!?」
「こんなところで会うとは奇遇だな」

「え? 機雷を括りつけられて海に!?」
「俺がLV100を超えていたから良かったものの、他の人間だったら死んでいるところだ」
 幸い空中で爆発したため、生態系に影響は出ずに済んだが、レンという種の存続は限りなく脅かされた。
「大体、ダイナマイト漁は日本では禁止されているというのに。まったく恐ろしい奴だよ、リンダは」
「人間爆弾にされてそれで済ませるレンさんも恐ろしいけど……」
 巽はポリポリと頬を掻いた。
「しかしまぁ偶然にしても会えて良かった」
「会うにしてももっと心臓に優しい登場を頼むよ。サングラスで釣り上げられるとかじゃなくて」
 巽は無垢を調整して、再びキャスティングする。
 次の目標はコウテイマグロだ。
 エサに見向きもしないプライドの高い魚と聞く。ならばエサではなく、知恵と技術で戦うまでだ。
 雲間に見える大きな魚影を見つけては、挑発するようにルアーを動かす。
 あたかも“お前なんか眼中にねぇよ”とでも言わんばかりに、あえて無視するように。
 これで自尊心がくすぐられてくれればいいのだが、そううまくはいかなかった。
「……ダメだ。全然あたりが来ない」
「流石にコウテイは一筋縄でいかないようですね」
 刀真は言った。
 それから竿を片付けて、準備運動を始めた。
「……あれ? もうおしまいか?」
「いえ。ニジアジはもう十分釣りましたから、次はウニを狙おうかなと」
 大きく息を吸い込んで、刀真は雲海に飛び込んだ。

「どうやらコウテイマグロに苦戦しているようだなっ!」
 そこに、今夜のBBQの食材を求め、奈津萌黄バロンがやってきた。
 狙うのはただひとつ頂点。この海で最も気高く美味しい魚。コウテイマグロだ。
「……あ。良かったら、一緒にBBQしない?」
 萌黄は、レンと巽に声をかける。
「ああ。構わんぞ。俺はもとよりそのつもりだし、BBQは皆でするほうが楽しいからな」
「じゃあ自分も参加させてもらおう。たくさんニジアジ釣ったから、皆で食べようか」
 それから、萌黄は監視員の真言にも声をかけた。
「良かったら監視員さんも」
「わ、私も?」
 困った顔で、隆寛を見ると、彼は微笑んだ。
「よろしいのではありませんか。この仕事も夜には終わりますし」
「それではお言葉に甘えて……」
「……けど、コウテイ狙いなら苦戦するぞ?」
 巽は言った。
 しかし奈津は自信満々で海の前に仁王立ちした。
「聞く所によればヤツは誇り高き魚だという……ふっ、ならばあたしとのプライドを賭けた勝負を避けるはずがない!!」
 それからバロンに。
「今回ばっかりは師匠の助けはいらないぜ。あたしの力だけで! ヤツを! 倒す!!」
「元より手を出すつもりはない。言っただろう、プロはオンオフを分けるとな!」
 師匠の厳しさにニヤリと笑い、意気揚々と雲海に飛び込む奈津!
「!?」
 しかしここで気付く事実!
 奈津は泳げない!
うわああああーーーっ!!
 もがけばもがくほど雲の底に吸い込まれていく。
 とその時、不思議な力に引っぱられて、奈津は雲の外に。そのまま岩場まで運ばれて戻った。
 それは、真言の空飛ぶ魔法の力だ。
「泳げないのに飛び込む人がありますかっ」
「す、すみません……」
 叱られてしゅん。
 それから、大地にばんっと手を付き、バロンに頭を下げる。
「調子にのってましたすいませんでした。お師匠さまのお力をお貸し下さいっ!」
「むっ。何度も言わせるな、俺はオンオフを分けると言っただろ」
 今日は本気で何もしたくないバロンだが、奈津がこの調子では寂しいBBQになりそうだ。
「ここまで遠出したからには旨いものは食いたい。仕方がない、妥協案とするか」
 渋りながらもバロンは魔鎧(リングコスチューム)に変身。
 奈津はロケットシューズとバロンの空中戦闘を味方に付けて、いざ第2ラウンドに!
「……見つけたっ!」
 雲海を悠々と泳ぐ黄金の大魚。その堂々たる姿はまさに皇帝の名を頂くに相応しい。
「おいマグロコラッ! あんたが本当に誇り高きコウテイマグロだというのならあたしの挑戦を受けなっ!」
 マグロがこっちを向いた。
 同じ言葉を持たないが、誇り高き者同士通じ合う部分があったのかもしれない。
「あたしとあんた、どっちがこの雲海での真のコウテイか。互いの誇りを賭けて今決しようじゃないか!」
 気のせいか、マグロの目が光ったように見えた。
 そして宣戦布告は受理されたようだ。マグロは凄まじい速度で突撃して来た。
「ヤツの攻撃は高速の体当たり……ならあたしは防御を固めてカウンターの一撃を狙う!」
 弾丸のような体当たりを紙一重でかわし、胴に腕を回しがっちりロック!
 そこからジャンピングバックドロップの要領で一気に陸上へ……行くはずが持ち上がらないっ!
「な、なにっ!?」
 戸惑う奈津にバロンは言う。
『ヤツのパワーを甘く見るな。まだヤツの体力は満タン、弱らせるのだ!』
「弱らせるったって……」
 その時、巽のルアーがマグロの目の前に投げ込まれた。
 普段なら見向きもしないが、今回は違った。
 ルアーに巽の修羅の闘気が込められている。これは巽からマグロへの挑戦状だ。
「さぁ、こいよマグロ! コウテイだなんて偉そうな肩書きつけた所でたかが魚だと思い知らせてやらぁ!!」
 俺と勝負しろ。挑まれて逃げては皇帝の名に傷が付く。
 マグロは“あえて”ルアーに食らいついた。
「かかった……!」
 釣り糸(ライン)が切れない様に気をつけながら、巽は左右に走らせて相手の体力を奪う。
 けれどその力は凄まじく、巽の身体が持っていかれそうになる。
「うおおおおおおおおおおおっ!!」
 とその時、彼の身体をレンと真言、隆寛と萌黄が支えた。
「頑張れ、巽!」
「監視員としては危険な勝負は止めなくてはならない気もしますが……」
「ここまで来たからには釣り上げて欲しいものです」
「もう一息だ! 美味しいご飯を皆で食べよう!」
「ありがとう……!!」
 巽の目に更なる闘志が宿った。
 握りしめた釣り竿は大きく湾曲し、限界寸前のところで、マグロの怪力に持ちこたえている。
「さすがはコウテイ……無垢じゃなきゃ、一発で折られてる所だ……!」
 どちらも引かぬ戦いが続く中、マグロが勝負に出た。
 マグロはスピードを増し、奈津は振り落とされそうに。巽も糸を切られそうになる。
「……す、すごいことになってる!」
 ひょっこり雲から顔を出した、刀真はマグロとの激闘に目を丸くした。
 そして激闘の最中、誰にも知られずひっそりとノーンの“幸運のおまじない”の効果が発動した。
 ここまでの流れから蚊帳の外だった彼女の釣り針に、たまたまそこに来たマグロの、ちょうど口元が引っかかったのだ。
「きゃああっ!!」
「ノーン様!」
 不意の強烈なあたりに驚くノーン。舞花も慌てて手を貸す。
 しかし驚いたのはノーンだけではない。マグロのほうも驚いた。その一瞬、マグロの力が弱まる。
「今だっ!」
 奈津は今度こそジャンピングバックドロップの要領で一気に陸上へ。
 そのままマグロを地面に叩き付ける!
 奈津の耳に、カンカンカンカン! とゴングが聞こえた。彼女には聞こえたような気がした。