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空の夏休み

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空の夏休み

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【3】


 遠野 歌菜(とおの・かな)月崎 羽純(つきざき・はすみ)は魔法の雲で空の家を作った。
 日差しを避ける大きな白い屋根もテーブルも椅子も、お店にあるものは調理器具以外魔法使いの創った不思議な雲で出来ている。
 夫婦2人のお店なので広くはないけれど、雲島をイメージしたリゾートなお店はお客さんでいっぱいだ。
 海の家と同じノリで、焼きそばとかカレーとかそれっぽいものも置いてあるが、ここの自慢は“雲”にちなんだメニュー。

 ・ふわっふわのメレンゲを使ったパンケーキ
 ・焼きメレンゲ
 ・ムース各種(抹茶味、苺味、チーズ味)
 ・メレンゲスープ
 ・綿菓子

 歌菜は鉄板に、均等に三つ生地を流してまぁるくパンケーキを焼き始めた。
 羽純は小さな冷蔵庫に入れておいたムースを取り出し、皿の上に奇麗に盛りつけている。
 二人とも空着の上にお揃いのエプロン姿だ。
「小さいけれどかわいいお店で、好きな人と一緒にお店をするのって、ちょっと憧れてたんだよね」
「ん? ああ、いつでも甘いもの食えるし、いいよな」
「もう。そういうことじゃなくて」
 ほっぺを膨らませる彼女に、フッと羽純は笑った。
誰かの笑顔の役に立つ、ってのも……悪くないよな」
 それに……歌菜がいきいきと働いているのを見ると、こっちも楽しくなってくるしな。
 羽純は愛おしそうに歌菜を見つめた。
「すみません」
 そこに、沢渡 隆寛(さわたり・りゅうかん)がやってきた。
 監視員のアルバイトをする彼は空着の上にパーカーを羽織っている。
「いらっしゃいませ。冷たい飲み物も美味しい料理もありますよ。持参して頂ければお魚の調理もまかせてください」
「それは至れり尽くせりですね」
 胸を張る歌菜に、隆寛は微笑んだ。
「あいにく魚の持ち合わせがありませんので、冷たい飲み物をふたつ。持ち帰りで頂けますか?」
「それならオススメがあるぞ」
「雲島をイメージした雲島メロンソーダです。爽やかさと甘さがたまりませんよ♪」
「ではそれをふたつ」
 冷蔵庫から取り出した冷えたグラスにエメラルドのソーダを注ぐと、カランコロンと中の氷が涼しげな音を上げた。

 ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)御神楽 舞花(みかぐら・まいか)はお昼をとろうと空の家に来た。
 舞花は持ってきたデジタルビデオカメラをテーブルに置き、籠手型HC弐式を操作してレポートをつけている。
 2人はカゲノ鉄道会社から、レジャースポット視察のため島に来たのだ。
 観光資源としての有用性を調べる……という目的だが、たぶんそれだけではない、と舞花は気付いている。
 視察とおっしゃいましたけど、たぶん陽太様と環菜様から、ノーン様と私への夏休みなのでしょう。
 お二人らしい心遣いですね。ノーン様は気付いてないようですけど……。
「けど、調査はきちんと行いますよ」
 舞花は持ってきたデジタルビデオカメラをテーブルに置き、籠手型HC弐式に音声入力で記録を行う。
 そこに、歌菜がパンケーキと抹茶のムースを運んできた。
「わーい、パンケーキだぁ♪ レポートはあとにして食べよ食べよ♪」
「……そうしましょうか」
 舞花はくすりと笑った。
 パンケーキにはクリームとメープルシロップがたっぷり。頬張れば柔らかさと甘さが口の中いっぱいに広がる。
「はぁ幸せ♪ すっごく美味しいね、このパンケーキ」
「ええ。こっちのムースもとても美味しいです。失礼ですが、こういった店舗で出るレベルのものではありませんね」
 もぐもぐ口を動かしながら、舞花は真面目に食レポを記録する。
「良かったらお写真一枚如何ですか?」
 歌菜は言った。
「写真?」
「記念写真のサービスをしてるんです。魔法の雲の椅子に座って、雲海をバックに決めポーズ。きっとよい記念になりますよ♪」
「せっかくだから撮ってもらおうよ、舞花ちゃん」
「そうですね。記念に」
「ありがとうございます。それでは……」
 衣服を正して座る舞花と、ダブルピースのノーンを撮った。
「わーありがとー」
 ポラロイドカメラから出てきた写真をもらってノーンは嬉しそうだ。
 その時、ジャングル・ジャンボヘッド(じゃんぐる・じゃんぼへっど)がこちらに近付いてくるのが見えた。
 見た目はゴリラ、頭脳はテクノクラートのシャンバラ人。通称、JJだ。
「JJちゃん、久しぶりだね!」
「これはノーンさん。このような場所で会うなんて奇遇ですね」
「JJちゃんもバカンス?」
「蟻の調査に来たんです。浮遊島の蟻の生態を研究しようと思いまして……」
「あ、JJさん」
 そこに通りかかったのは、何故か大きなコンロを抱えたコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)だった。
「おや、コハクさんではありませんか。ご無沙汰しております」
「それなに?」
 ノーンはコンロを不思議そうに見つめた。
「ああ、美羽が鍋したいって言うから借りてきたんだ。まぁ夏に鍋もどうかと思うけど……」
 肩をすくめた。
「あ、そうだ。良かったらJJさんも一緒にどう? アゲハさんも一緒に。きっと美羽も喜ぶよ」
「JJちゃんばっかりずるい。ワタシも鍋したぁーーい」
 ノーンは唇を尖らせた。
「もちろん、良かったら2人も来てね」
 コハクが言うと、ノーンは大喜び。舞花も控えめに「……すみません」とお礼を言った。
 そしてJJも鍋のお誘いを受けることにした。
「アゲハさんは賑やかな集まりが好きですからきっと喜びます。お邪魔でなければ参加させてください」
「そうこなくっちゃね!」


 ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)の空の家は地元の食材を使った創作料理のお店だ。
 旧スク水風の空着を来たネージュが、小さなお店の中を走り回り、自慢の料理を腕によりをかけて作っている。
 カミナリカサゴとニジアジを粗挽きミンチに。
 自慢のスパイスで下味をつけ、さっくり成形、フィッシュパテに加工してからフライにする。
 アツアツのそれを雲海のようにふっくら仕立てた白いふわふわマフィンにサンド。
 そして玉子のたっぷり入った特製タルタルソース。もちろん、生野菜もいっぱい入ってる。
「ネージュ特製“雲のお魚マフィン”だよー」
 フランカ・マキャフリー(ふらんか・まきゃふりー)立木 胡桃(たつき・くるみ)は目を輝かせた。
 フランカは可愛らしいフリルがあしらわれた青と白のワンピース空着、胡桃は緑のビキニタイプの空着を着ている。
 言葉を喋れない胡桃は「んきゅー」と言って、ホワイトボードに『おいしそうです〜〜』と書いてみせた。
「たべよたべよ、くるみおねえちゃん〜」
「んきゅ」『じゃあ、いただきますしましょー』
 大きな口で頬張った瞬間、サクッ! ふわっ! じわっ! の三重奏が奏でられた。
「はううううう……おいしいですー」
「んきゅう……」『お口の中が幸せです……』 
 ミーナ・リンドバーグ(みーな・りんどばーぐ)も一口食べて、マフィンの虜になってしまった。
「とっても美味しいよ、このマフィン」
「ありがとう。気に入ってもらえてよかった」
 三人の幸せそうな顔に、ネージュも表情がほころぶ。
「でも不思議な味のするお魚だね。なんだろ、口の中がぱちぱちする気がする……?」
「ふふ、おもしろいでしょ? 雷を食べるカミナリカサゴが入ってるんだ。電気でぱちぱちする新食感なんだよ」
「ふえええ、そんなお魚がいるんだ。雲島っておもしろ……あ、あれ?」
 彼女は怪訝な顔になった。
「今、味が変わったような……?」
「それはニジアジの所為だよ。食べるたびに味の変わる不思議な魚なんだって。このお魚もおもしろいよね」
「ふえええ。すっごーい。雲島は不思議食材の宝庫だねー」

「太陽がいっぱいじゃ……!」
 ジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)は雲の平原を前に唸った。
 傍目にはチンパンジーにしか見えないジョージだが、一応、大人の身だしなみとして腰巻きを着用している。
 自分がただのチンパンジーではなくひとつ上の男……ならぬ、ひとつ上の猿人であることを主張しているようだ。
 そして、ネージュの店のパラソルテーブルの下に、笠置 生駒(かさぎ・いこま)が座っていた。
 がさつな生駒なだけあって、空着も地味な……なんか、ベージュの地味なやつだった。
「雲の上にこんな楽園があったとはのぅ。しかし生駒よ。優雅に寛ぎたくなる気持ちもわからんではないが、遊ばんと損じゃぞ?」
「わかってるよ。ただ、その前に……ちょっとお腹が空いちゃって」
「なんじゃ腹が減ったのか。それなら海らしくカレーでも焼きそばでも……」
 そこに、ネージュが料理を持ってきた。
「お待たせしましたっ! コウテイマグロの香草グリル〜魅惑の黄金ソース添え〜だよっ♪」
 コウテイマグロの赤身を、オリーブオイルを加えた香草ペーストに漬けて、じっくりとグリルした逸品。
 ソースには地元の高級食材フウセンウニを使った味も見た目も至高の一皿だ。
「あ、これ美味しい」
 一口食べた生駒に衝撃が走った。
「上品なマグロの味もさることながら、この濃厚なウニのソース……たまらないなーこれ」
「お客さん、お目が高いなー。これはね、フウセンウニのソースなんだ。とっても濃厚で美味しいでしょ。一個500Gもするんだよ」
ご、500Gじゃと!
 ジョージは目を剥いた。
「うおおおいっ! 高いんじゃないのかこれ!」
「2000Gだよ」
に、にしぇぇぇぇんごるだぁぁぁぁぁ!?
 稲妻に打たれたような衝撃だった。
「な、何をしとるんじゃ生駒! ただでさえお前が破壊した備品の弁償でカツカツだっちゅうのに、高いもん食いおってからにっ!」
「もぐもぐ……あんたも食べればいいじゃん」
「余計、カツカツなるわっ! ウニなんてもんはわしら庶民とは縁遠いもんなんじゃぞ!」
「そんなことないよ?」
 ネージュは言った。
「……む? どういうことじゃ?」
「高級って言っても、フウセンウニはこの辺の海にはゴロゴロいるんだよ。自分で取りに行く分には取り放題だし」
「え? そ、そうなのか?」
「うん。だって最近魔法で創られた島だからね。漁業組合もまだないんだ」
「ほほう……」
 それを聞いたジョージの目が妖しく光る。
「……いいことを思いついたぞ」