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一会→十会 —指先で紡ぐ、聖夜の贈り物—

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一会→十会 —指先で紡ぐ、聖夜の贈り物—
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リアクション



【白くはためく贈り物】


「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデ――うわあああっ!!」

 いつものように名乗りをあげようとしたドクター・ハデス(どくたー・はです)だが、名乗りが終わる前に契約者の攻撃を食らってふっ飛ばされてしまった。やはり年末ともなると忙しく、わざわざ敵の名乗りを聞いている暇などないのであろう。……そういう問題ではないのかもしれないが。
「くっ、おのれ、契約者どもめ! せめて名乗りを上げるまで待つのがお約束というものであろう!
 名乗りの途中で攻撃するなんて、最近の若い契約者は……」
 よろよろと立ち上がったハデスが苦言を口にするが、聞かせるべき相手は既にこの場に居なかった。北の地から吹いてくる風がハデスと部下の戦闘員たちを凍え上がらせる。
「むぅ……寒いな。放置されることがこれほど寒いとは。そういえば咲耶の姿を見ないが、どこに行ったか知らないか?」
 ハデスの問いに、部下は皆首を横に振る。しかしそれは高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)から予め「私が人形工房に行っていることは兄さんには“絶対”知らせないでください」と念を押されていたためであった。ハデスより咲耶の言うことを聞く辺りに、二人の力関係が見て取れる気がしないでもなかった。

 一方その頃、咲耶はリンスの人形工房にて、ハデスへの贈り物を考えていた。
(兄さんへの贈り物、何がいいかな。兄さんはオシャレをするようなタイプじゃないし……やっぱり兄さんといえばあの白衣よね。
 白衣なら、私にも作れるかな……難しいかな)
 決して器用とは言えない咲耶は、果たして自分に作れるのだろうか、と思い悩む。けれどせっかくの贈り物、兄さんには喜んで欲しいし、役立つものを贈りたい。
「よ、よしっ、白衣にしましょう!
 あの、すみません。私、服って作ったこと無いんですけど、教えていただけますか……?」
 というわけで、咲耶は周りの人たちに助力を請いながら、白衣の作成に取りかかるのであった――。

「ふふふ、兄を思う妹の健気な姿、素敵ですわね」
 悪戦苦闘しながら白衣を縫う咲耶を、ミネルヴァ・プロセルピナ(みねるう゛ぁ・ぷろせるぴな)が面白がるように見つめていた。ひとしきり様子を楽しんでから、その場を離れたミネルヴァの下へ、綺麗に包装された小箱を抱えた御神楽 舞花(みかぐら・まいか)がやって来た。
「あら、このような場所で会うなんて、まさに奇遇ですわね。ごきげんよう、舞花さん」
「はい、ご無沙汰しております、ミネルヴァさん。……実は私、ミネルヴァさんに先年頂いた贈り物のお返しをしたいと思いまして」
 そう言って舞花が、抱えていた小箱をミネルヴァに差し出す。
「覚えていてくださったのね、嬉しいですわ。……開けても?」
「ええ、どうぞ」
 舞花の許可を受けて、ミネルヴァが箱の蓋を取れば中には、小分けにされたお茶菓子が収められていた。手作り感を残しながらも高級感漂う作りなのは、舞花の素養の賜物であろう。
「ティータイムに素敵な逸品ですわ。ありがとうございます、舞花さん」
「喜んでいただけて何よりです。……もしミネルヴァさんのご都合がよろしければ、あちらに席を用意していますが、いかがでしょう」
「ええ、もちろん受けましょう」
 誘いを受けたミネルヴァを連れ、舞花は工房の一角へ移動する。そこは他の契約者たちが持ち寄ったり手作りしたお菓子も(舞花が作ったビスケットも、作業をする者たちのためにと置かれていた)置かれていて、ちょっとした憩いの場にもなっていた。
「では、失礼致します」
 席に着いたミネルヴァへ、舞花が紅茶を注いで差し出す。芳醇な香りが、心を落ち着かせてくれる。
「……美味しい。このような紅茶が飲めるのなら、ぜひ舞花さんをお傍においておきたいですわ」
「お褒めのお言葉、ありがとうございます。こちらもお口に合えば幸いです」
 カップを置き、ミネルヴァは皿に載せられたビスケットを一枚取って口に入れる。硬すぎずされども柔らかすぎず、ほどよい甘さを残して溶けていくビスケットは、つい続けて口にしてしまいそうなほどだった。

「や、やっと、出来たわ……」
 満身創痍といった様子で、咲耶が完成した白衣を掲げ、見つめる。あちこちほつれがあり、決して出来がいいとは言えないものの、何度となくふっ飛ばされる兄のために形状記憶素材で出来ており、穴が空いても焼け焦げてもいつの間にか再生しているという優れものであった。
「後はこれを、兄さんに渡せば――ハッ! 兄さんの気配が!」
 キュピーン、と何かを感じ取った咲耶が、常に持ち歩いているツッコミ用のスリッパを抜くと、玄関先へ先んじて向かう。

「フハハハ! 我が名は――」
「作業に集中してる皆さんに迷惑をかけないでくださいっ!!」


 そして、玄関を開けて名乗りをあげようとしたハデスの頭を、スリッパでぶっ叩く。正面からスリッパをもろに食らったハデスはのけぞる格好で吹っ飛び、地面を転がって壁にぶつかって止まる。
「……な、何故咲耶がここにっ!?」
「それはこっちの台詞ですっ! 兄さんこそどうしてここに?」
 言いながら咲耶は、部下を険しい目で見る。部下は身体を硬直させたまま、首を全力で横に振った。どうやらハデスが人形工房に来たのは部下が漏らしたからではなく、ハデス自身の決定によるものらしかった。
「……まぁ、いいです。それよりも兄さん、また白衣をボロボロにして。白衣代もタダじゃないって分かってます?」
「も、もちろん知ってるさ。今回は俺が名乗りをあげる前に攻撃をしてきた奴らが悪いのであって――」
「言い訳は聞きたくありませんっ」
「……はい」
 勢いで正座させられたハデスが、しゅん、と顔を伏せる。と、何かが差し出されているのにハデスが気付いて顔を上げれば、折り畳まれた白衣を突き出してくる咲耶の姿があった。
「……だからこれからは、この白衣を着てください」
「これは……咲耶、お前が?」
 こくり、と咲耶が頷く。白衣を受け取ったハデスが袖を通すと、袖の長さから肩の広さ、裾の長さまで実にハデスの背丈に合わせて作られているのに気付く。
「ほう、これは……。サイズはぴったりだし、これなら何度吹き飛んでも平気そうだな。
 咲耶、ありがとう」
「あっ……ち、ちが、違うんだからねっ! その、あの、えっと……もー!」
 ストレートに感謝の言葉を告げられた咲耶がしどろもどろになりながら、真っ赤にした顔を手で隠して工房へ逃げ帰る。
 首を傾げるハデスの後ろで、部下たちはええ話や……と涙ぐんでいた。

(ふふふ、ハデスさんと咲耶さんは、本当にいつ見ても飽きませんわね。
 秘密結社オリュンポスのスポンサーとして資金提供している甲斐がありますわ)
 二人のまるで夫婦漫才のようなやり取りを、舞花とのお茶の時間を楽しみながらミネルヴァが見守っていた。
「環菜さんの御出産予定は、確か来年の2月頃ですわよね」
「はい、そうです。陽太様はこれまで以上に環菜様に付きっきりで」
「ふふ、こちらも負けず劣らず、ですわね。
 ぜひわたくしの方から、お祝いの品を贈らせてくださいな」
「そんな、お気遣いなく。……ありがとうございます。ミネルヴァさんのお気持ちが、嬉しいです」
 笑顔を見せる舞花へ頷きながら、ミネルヴァは心の中でこの機会を利用する方法を模索するのであった。