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リアクション
【ちょっとだけ手を止めて】
年始の頃の様に一人一人に合わせたプレゼントを用意したい。あの時の様にまた、子供達のことが書かれているあの本が借りられないかエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が破名に相談すると、彼はキリハから院を出る前に渡されていた紙を差し出した。
紙は、名前と簡単な説明が記載された一覧表だった。
「名前と性別と好みだけだが、足りるだろうか? 足りなければ説明する」
あの本は元々留守がちな破名に向けたマザーからの連絡帳の様なもので恥ずかしくて人に見せられないと破名は自嘲気味に言った。
確かに本が無くても、破名自身が説明するのなら、本の中の膨大な情報から探すよりは良いかとエースは有り難く一覧表を借りた。名前を見ると以前は何をプレゼントしたのか思い出されて、少しだけ懐かしい。
作るのは子供達の好みに合わせた、尚且つ、似合うようにデザインした服。女の子にはアクセサリーでもいいか。
作業を進めているといつの間にか破名が立ち歩くのを止めて、話をするようになっていた。話題が子供達の話に移りエースは顔を上げる。
「そうだよ。子供達にとって君は大切な親代わりで保護者なのだから、子供達を寂しがらせたり、悲しませたりしないようにね」
「エース?」
「君が帰って、みんな喜んでいただろ。良かったね」
笑顔を向けるエースは、今こうやってプレゼントを作るという一種想像もしてなかった光景を目にして、破名を連れ戻してよかったと思う。
「帰る場所があるのはいい事だよ」
「帰る、場所、か」
「うん。おかえりって言われなかった?」
ただいまとおかえり。それが帰る場所の定義とするのなら、正しく孤児院は破名の帰る場所である。しかし、帰る場所とエースに言葉として明確にされても破名は複雑そうだった。
その様子に、一度、うん、と頷く。色々と話せない事情があるのを、エースはわかってるつもりだ。
「所で、クロフォードと破名、どっちで呼ばれたい?」
切り替わった話題に破名は一度目を瞬かせ、にぃと唇を横に引いた。
「どちらでも」
呼びやすい方で。改めて聞くことでも無かったかと肩透かしてしまうくらいあっさりしていた。一時期名前を使い分けて拘っていたのが嘘の様である。まるで憑き物が落ちたかのような吹っ切れ具合であった。
「じゃぁ、破名。誰にだって秘密はあるし、他人の全てを知る事も出来ない。俺だって、破名に全てを話している訳ではないし」
と、話を聞くにはまず自分から、という姿勢でエースは会話の切り口を模索する。
「色々と話して、仲良くなると手伝えることが増えるよね。現に子供達の事でこうして協力し合っているみたいに。
子供達には健やかに育ってもらいたいし、幸せな家庭を各々作ってもらいたいから、イベントの時は声をかけて欲しいな。手伝うよ」
勿論、言外にもっと伝えたい言葉がある。エースはいつだって心配していたから。
ただ、考えこむ破名に、エースはわかっていると頷いた。
誰だって秘密を抱えているものだ。
*...***...*
ピンク色と赤のビーズで作った花のブローチのテグスを切ろうと糸切り鋏に手を伸ばした天音は、鋏が指に触れるか触れないかという所で消えたことに、数秒ほど無言になり、あれ? と首を傾げた。
同時に破名が立ち上がり、どこかに移動すると、糸切り鋏を手に戻ってきて、それが在った場所に置いた。
使おうとして手を伸ばしたままの天音はそっくり同じ場所に戻された糸切り鋏に、傾げていた首を戻す。
「君がやったの?」と聞けば「すまない」と短い答えが返ってきた。破名はどこかで何か吹っ切れたのか、無言も多いものの聞けば答えてくれることが多くなって、この程度の受け答えはだいぶ気安くなった。
度々席を立っていたが、そういうことかと天音は納得する。転移魔法でどこかに飛ばしたのなら飛ばした先は本人しかわからない。工房にあるものは自分の物ではないので都度回収していたのだろう。
しかし、こんなにひょいひょいと頻繁に物を瞬間移動させる人間だったろうか。否、使うというより、これは……。
「ねぇ、クロフォード」
二回ほど席を立ち戻ってきたのを眺め、三回目に何が原因なのか見当がついた天音は、可愛らしくデフォルメされたビーズ細工のペガサスを作り終えて、人形と向き合う破名を呼んだ。集中していた所をわざと狙ったのでビクりと肩を微かに揺らすような反応をされたり、向けられた発動直前の転移能力に色彩を変えた瞳の変化は特に気にしない。ただ、能力を使う時は外見的変化が顕れるようになったのかと知る。普段通りの紫色に戻った相手の目を見て、天音は緩く微笑んだ。
「子供達の様子はどう?」
聞きながら新しいのを作ろうとテグスを引っ張り、適度な長さに切った。破名がそんな天音につられるように人形作りを続ける。
「様子と言っても別段普段通りで変わらない、が……そうだな。最近は外の事に興味を持ち始めてるな」
「外?」
「そう。今年に入って来客が多くなったからかも知れんが」
「来客か。ね、クロフォードって意外と交友関係が広いみたいで驚いているんだけど、彼らとはどういう知り合いなの?」
聞かれて「交友関係?」とぎこちなく呟いた破名は、『彼ら』に一度視線を向けて、天音に戻した。
「交友関係なのか?」
聞き返されて、天音は笑顔のまま沈黙する。
「援助を受けているのは確かだ。俺が不慣れな分、気を使って貰っているだろう事は薄々……でも、それは交友というものではないだろう?」
そもそも発端となったアレクは孤児院に寄付をする援助者であると共に、破名を含めた『系譜』を監視している地球の軍隊の人間である。情報の漏洩を恐れる破名は彼のことをむしろ警戒している。
それ以前に、突然良くわからない言葉で話し掛けられたり、子供達には破名が良い事なのか悪い事なのか判断出来ない事を色々吹き込んだり突拍子もない物をバラ撒いたりと予測ができず、何よりも行動の全てが全てあの無表情で淡々とこなすのだ。ただでさえ監視され、弱みも幾つか持たれているのに、対処もできないとなれば下手に抵抗できない。立場がはっきりしている分だけ比例するように交友という単語とはかけ離れている。事情はわからないがアレクが必要だと判断したからこそこういう付き合いになっているんだと破名は言葉を変えて短く説明した。
「そう?」
「ああ」
ぽつぽつと世間話ほど軽快にとは言えないが、返ってくる答えが多くなり会話が成り立つと、破名の屹立行動と物の紛失が無くなった。どうやら集中し過ぎると近場の物を転移で飛ばしてしまうらしい。飛ばしてから即行動するのと慌てない所を見ると暴走等の危ういものでもないようなので、
「ところでクロフォードは、クリスマスに何か欲しいものとか無いのかい?」
天音は作業の手を止めない様にしかし没頭させない絶妙な適度さで破名に話題を振った。