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一会→十会 —指先で紡ぐ、聖夜の贈り物—

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一会→十会 —指先で紡ぐ、聖夜の贈り物—
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【思い切りが大事?】


 手作りのクリスマスプレゼント。
 その言葉は、自分でも出来たら素敵だろうな、と三井 静(みつい・せい)の心に響いた。
 工房内でそれぞれ自分のできる事をと作業を進めていく契約者達を眺めて、静は自分の両手を眺める。
 ごっこ遊びができる人形や、愛嬌たっぷりのぬいぐるみを作れる程、器用とも言えない自分の掌を見て、知らず溜息を吐いた。
 と。溜息に視界がぶれた拍子に机の上に無造作に置かれた本に気づいた。
「包装の基本と、応用?」
「はィな。ここ、ラッピング班なンで。こんなん使ってちょちょいっとね」
 呟きを拾った紺侍は追加分の包装紙を机の上に広げた。それぞれ枚数は少ないものの無地や柄、不透明に透明と目に鮮やかと種類に富んでいて眺めているだけでも楽しい気分になる。
「やってみます?」
 聞かれて、静かは何か出来るほど器用ではない自分を振り返り、同時に、自分でも出来たら素敵だろうなと想い馳せた心も思い出す。
 素敵だろうな。と感じた自分に素直に応じたい。臆病な静は、口癖が「怖い、な……」から伺えるように大抵は逃げの姿勢である。
 でも今は逃げる必要性は皆無で、室内に漂う雰囲気は暖炉で暖められた空気の様に、心安らげるものだった。
 少しだけ。ほんの少しだけ、積極的になっても良いだろう。
 あげたい。与えたい。という気持ちを形にするのだ。
 それで、喜んで笑ってくれたらとても嬉しい。そう想像するだけで心がくすぐったい。
 あの、と高身長の紺侍に向かって、見上げる形で静は声を掛けた。
「やってみたいんだけど……教えてもらえる?」
「勿論。じゃ、このあたりからやってみましょっか」
 紺侍が静の前に置いたのは、包みやすそうな箱だった。簡単なものから教え、段階を追って難易度を上げていく。プレゼントは包んだ先から増えて、中身に合わせて選ぶ箱や包装紙もリボンも多彩。
 時間をかけて丁寧に最後の仕上げに神経を注ぐ静は、ふと、顔を上げた。
 顔を上げる余裕が出来たとも言えるが、包装済みのプレゼントが量産される速度が上がったことに気づいた。
「だーかーらー、ラッピングなんて簡単よ! これをこうしてこうして……ほら!」
 上出来! とセレンフィリティが得意気なではなく至って普通の顔で披露されたのは、丸箱の折襞も綺麗なシリンダー包みに、添えるリボンの結び方は子供心くすぐる派手目な加減に整えられたプレゼント。
 他にも綺麗よりも、中身を期待して早く開けたくなるようなワクワク感満載にカラフルに包まれる様子に、眺めていた契約者達は「おおー」と驚きと感心の声をあげた。
 そんな声を出したくなる。このセレンフィリティという女性は最初こそお菓子作りに参加したくて自ら進んで手を上げたのにも関わらず、初対面のクロエを除く周囲に一致団結とばかりに、お菓子作りはご遠慮してもらい、周りに回ってこのラッピング作業をお願いした形だったので、悪い書き方をするとそれ程期待されてなかったのだ。
 大雑把。いい加減。気分屋。の三拍子揃った客観的評価で期待されてなかった分、ギャップにセレンフィリティの印象は大きく覆った。
 天才料理人と己を自負し、お菓子作りにも自信があった彼女の「あたしも作るわ」の第一声に、誰が慌てただろう。セレンフィリティの本来の料理の腕、曰く「教導団では自他共認めたお料理兵器」「ナラカ人も二度死ぬ」と料理方面の悪名は高く凄まじい程で、その噂を知っているが為に真偽は別として止めたくもなるし、
「セ、セレンの腕は我々のおやつを作るだけというには、ちょっと勿体無いよ」
料理の腕が駄目なのは本人のせいではないと言葉を選んで実際に止めに入った。
「えー、そう?」
 そうそうと頷き、彼女の恋人たるセレアナは彼女の両手を掴み重ね、自分の方に引き寄せると、パートナーの目をじっと見つめた。
「そうよ。それにセレン。セレンの作るお菓子は私だけのものよ」
 他の誰かの為になんて作らないで、と。トドメの殺し文句の効果は絶大で、セレンフィリティはあっさりとお菓子作りを諦めた。
 という遣り取りを見聞きしていた静は、こなれた感じのセレンフィリティの手元を見て、音すら激しく適当感たっぷりな無造作からどうしてこういう絶妙で繊細な結果になるのか少しだけ不思議に思う。不思議に思いながら、出来上がっていく品を端から丹念に観察し、それを手本に自分もステップアップを目指す。
 料理が絶望的なセレンフィリティはしかし包丁を持たせ食材を切らせるとピカイチだったりする。これは推測ではあるが、特定の作業で作る形に対してのセンスがずば抜けて高いのだろう。
「綺麗にラッピングされたプレゼントの箱を開封する時の子供のワクワクドキドキな気持ちを、下手なラッピングで白けさせたらだめでしょ?」
 と言ってのけるセレンフィリティに、恋人の意外な一面と遭遇しびっくりと驚いていたセレアナは現実に引き戻された。溜息を吐き、そして、うっすらと微笑んだ。
「そうね。期待してくれないと困るわね」
 言ってセレンフィリティより早くはできないが、セレアナも丁寧に心を込めてラッピング作業を進める。
 網細工の縁飾りが可愛いバスケットにたくさんの出来たておやつを詰め込んだクロエ達の登場に、セレンフィリティはおやつの時間だと立ち上がった。


*...***...*


 降って湧いた休暇に琳 鳳明(りん・ほうめい)が人形工房を訪れてみると、たくさんの人が集まって何か作っていた。
「なんか今日、人多いね」
「うん。孤児院の子に贈るクリスマスプレゼント作り」
「へえー」
 相槌を打って、鳳明はリンスの手元を見た。難しいであろう作業なのに、ごく自然に淀みなく行われているため、すごく簡単そうに見える。
 流れるように創作は行われ、あっという間に人形ができる。
「すごいねー……」
「何が?」
「言うと思ったよ、それ」
「?」
 きょとんとするリンスの前に、マグカップが置かれた。次いで、鳳明の前にもマグカップが置かれる。中身はコーヒーで、置いたのはクロエだった。
「すごいけど、でもそろそろきゅうけいしないとだめだわ」
 めっ、と人差し指を立ててクロエが言うと、リンスは数秒黙った後マグカップに口をつけた。
「ほうめいおねぇちゃんもどうぞっ。おかしもあるのよ、たべて!」
 見れば、テーブルの上には出来立てらしいお菓子が並び、それまで人形を作っていた人たちも一旦手を止めてのんびりとしていた。動き回っているのはお茶を注いだり新しいお菓子を持ってくる人たちだけだ。どうやらおやつタイムに入ったらしい。
 グッドタイミングだー、と幸せな気分でクッキーを齧る。ナッツ入りのチョコチップクッキーで、一口食べただけで幸せな気持ちになった。
「美味しそうに食べるね」
「リンスくんも食べなよ」
「俺はいいや。さっき食べたし」
 短い会話を終え、リンスは人形作りに戻った。その様子に触発されたか右に倣えか、お菓子を食べていた人たちもちらほらと作業に戻っていく。鳳明は、もう一枚クッキーを食べる。もう一枚。
 マグカップが空になったところで、申し訳ないな、と思った。周りはこんなに頑張っているのに、私はお菓子をご馳走になっただけ。それって、どうなんだろう。
 かと言って、手伝うにも鳳明には人形作りの経験なんてない。今から作り方を教わったところで、果たして完成はいつになるのか。
 腕を組み、んん、と唸って考える。自分には、何ができるのか。
 ふと、視界の端にカラフルなものが映った。視線を移す。フェルトだ。人形作りの一環で余ったらしいそれは、手触りもよくなかなか上等なものだ。
「……ねえリンスくん。これ、使ってもいい?」
「いいよ」
 了承を得たので、さっそく作業に取り掛かる。
 やろうと思ったのは、フェルトを使ったマスコット作りだった。マスコットくらいなら教わらなくとも作れるし、時間も大してかからないだろう。
 どんなのがいいかな、と考えて、真っ先に思い浮かんだのはリンスの顔だった。おあつらえ向きに正面に座っているので、観察もしやすい。
 やってみようか。やってみてから考えようと思い、手を動かす。
 まず顔の部分を作り、縫い合わせ、中に綿を詰める。
 青と黄色で目を作り、糊でくっつけると、
「おお……顔っぽい」
 なんだか楽しくなってきた。次いで鳳明は、髪の毛の部分を作る。紐を一緒に挟むようにして頭に貼り付ければ、完成だ。
「でーきたっ。ほら見てリンスくん!」
 ん? と顔を上げたリンスにマスコットを見せる。
「簡単似顔絵風マスコット!」
「へえ……上手いね」
「でしょでしょ。我ながらいい出来だと思うよ」
「うん。可愛い。これ、俺?」
「の、つもり。デフォルメだけどね」
「似てる。よく見てるね」
「……うん。見てるよー」
 リンスの言った意味とは、恐らく別の意味でも。
 リンスは鳳明の発言の意味に気付いた様子もなく、マスコットを見ていた。
「それ、リンスくんにあげる」
「いいの?」
「返品も受け付けております。すると酷いけど。私が。精神的に」
「しないよ。何言ってるの」
「防衛線張ってみた」
「しないから。大切にする」
「そう? へへ。嬉しいね」
 笑って、鳳明は「よし」と気合の声を発する。
「作業してる全員分、作るぞっ」
「……多くない?」
「……やっぱり? いきなり心折れそうだな……でも頑張るよ!」
 だって、ここにいる人たちは、子供たちのためにと動いている。
 そんな優しい人たちに、何かひとつくらいあったっていいじゃないか。
 ただその前に。
「お茶、おかわりくださいっ」