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リアクション
15
テディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)は、『守る』ことが大好きな奴だ。
その行為に重点を置きすぎて、守る対象である皆川 陽(みなかわ・よう)のことは何も気にしていなかった。
一方で陽は、パートナーと対等な人間関係でありたいと頑張っていた。なのに、テディは守る守ると連呼した。
いい加減頭にきて決闘して、言いたいことをすべて言って、距離を取った今、わかる。
「僕って反抗期だったんだな……」
ずっと、陽はテディの『自分の理想像』の押し付けに腹を立ててきたけれど、よくよく考えてみたら自分も同じことをしていたのかもしれない。
テディが自分の理想を求めていたとしたら、さながら自分は理想の自分を求めていたわけだ。
そんなことにも気付かずに、相手に伝わらない、その部分だけを抜粋してヒステリックに怒っていた。
なんでわかってくれないんだ。
お互い同じ主張を声高に繰り返したのも、今となってはある意味仕方なく思える。
それでもテディは、陽の言葉を受け止めてくれた。
自分は?
言いたいことを言って、去っていっただけ。
学校だって行ったり行かなかったりで、意図的に距離を置いたり、避けたり。
勝手だったな、という気持ちで、胸がちくちく痛かった。何か、したい。きっとこれはただの自分の自己満足なんだろうけど、テディに一言、謝りたい。
都合のいいことに今日はクリスマスイブだ。プレゼントを用意すれば、声をかけるきっかけが作れる。
陽は、ベッドから起き上がると出かける支度をして部屋を出て行った。
テディは、自室のソファに目を閉じてもたれかかっていた。眠かったわけじゃない。ただ、そうしていると少し、時間の経過が早く思えるからそうしていた。
陽と一緒にいられなくなってから、どうやって時間を使えばいいのかわからなくなった。
そもそも僕は、どうやって毎日過ごしていたっけ。
そんなことすらわからなくなることも、時折あった。
こんこん、と乾いた音が耳を叩く。最初は気のせいだと思った。音がもう一度繰り返されて、来訪者という可能性に至る。
尋ねる部屋間違えてますよ。そう言ってやろうと思ってドアを開けるとそこには陽がいて、予想外の出来事に驚きを通り越して無反応になってしまった。
「メリークリスマス」
目の前の陽は、小さな口を開いてそう言った。手に持った傷薬を、ずい、と差し出してくる。
「え……と?」
脳の処理が追いつかずぎこちなく固まっているテディに、陽は「クリスマスプレゼント」と素っ気なく答えた。
これは、なんだろう。夢か。いや、傷薬を渡される夢なんてシュールすぎて見ていられない。たぶん現実だ。受け取った傷薬の瓶は冷たい。
「あの、……陽?」
「今日は、言いたいことがあって来たんだ」
その前口上に、テディはびくりと身体を強張らせた。口の中が乾く。鼓動が速くなる。何も言えなくなって、ただじっと陽を見た。
陽は、苦笑にも自嘲にも見える笑みをかすかに浮かべると、「ごめん」と言った。
「え」
「ごめんね、今まで。僕は一方的に怒ってたけど、僕だって同じだったんだ。本当に、ごめん」
謝罪の言葉に、テディは目を瞬かせた。陽が、謝っている。謝るのって、どういう時にするんだっけ? 悪いと思って、仲直りを申し出る時だ。じゃあ、もしかして。また、前のような関係に戻れるのかもしれない。
だけどそんなの、都合のいい願望だ。それは、テディにもわかっていた。
「それとね。今、僕はテディの主君ということになっているけど、解消したい」
だから、続いた言葉にどこか、やっぱりな、という気持ちもあった。
「それは……もう、僕の顔を見たくないから?」
「違う。そういう、拒絶でも反発でもなくて。もう、解放してあげようと思って」
解放って、なんだ。自分は好きで陽といたのに、まるで縛られていたように。
いや、陽は常々そんな風に言っていた。守ることに執着している。僕に縛られないで。でも、果たして本当にそうなのか。僕は縛られているのだろうか。僕が望んでしていることなのに?
「元々この関係は、僕の自分勝手で成り立ってたんだよ」
陽は言葉を続けるが、意味がよくわからなかった。どういう意味だろう。自分勝手? 勝手なものか。嫌なら反旗を翻すことはできた。できた、はずだ。それをしなかったのはテディの自由意志なのに。
守りたかった。
それは、テディの生まれた意味で、それこそは、本能的なものかもしれないけれど。
陽を、守りたかった。
ずっと傍に、いてほしかった。
それは、本心であるはずなのに。
「僕がテディの主になることを選んだのはね、僕が引き受けなければ、テディは誰か他の人を主にしてその人のために生きてその人のことだけを見るようになるんだろうなって思えたから。それが怖くて、引き受けたんだ。僕は。勝手でしょう」
ああ、確かに勝手だ。ここにきて急に離れていってしまうあたりが、特に。
「ごめんね、テディ。こんなずるい僕じゃなくて、もっと立派な、忠誠を捧げられるに足る人を探してください」
深々と頭を下げると、陽はくるりと踵を返してしまった。
「待って」
「……?」
呼び止めたが、どう言葉を続ければいいのかわからなかった。だけど、呼び止めなければもっとずっと遠くへ行ってしまう気がして、勝手に口が動いていた。
「僕は、陽がいいんだ。陽じゃなきゃ、嫌なんだよ」
「縛られてるんだよ」
「陽はそう言うけど。何度考えたって、僕の主は陽なんだよ。ねえ、縛られていないって可能性も考えてよ。僕の気持ちなんだって」
沈黙が、落ちた。
息も詰まるような静寂はいつまでも続くかのようだったが、「じゃあ」という陽の声で破られる。
「もう少しだけ、距離を置こう。よく考えて、もう一度話そう」
「……わかった」
「うん。それじゃあね。メリークリスマス」
今度こそ去っていく陽の背を見た後、テディは自室に戻り天井を仰ぐのだった。