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【アナザー戦記】死んだはずの二人(後)

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【アナザー戦記】死んだはずの二人(後)

リアクション


♯11


「みんな、援護はいいから下がって」
 アンジェラ・クリューガー(あんじぇら・くりゅーがー)は上がった息を整えながら、そう指示を出した。
 鬱陶しい昆虫人間の排除に集中させた方がいい。そう判断したのだ。契約者でない兵士達には、目の前の敵の相手どころか、一定の間合いに入るだけでも危険だ。
 相対するのは、シェパードだったが、その容貌はほんの少し前と大きく違っている。体を覆っていた、そう表現できるのはそれが剥がれた際に見えたのが人間の肉体で親衛隊とは違っていたからだが、鎧の内側の皮膚がアカ・マナハと同じ怪物のそれと同じものにになっていた。
 男女の違いはあるが、その姿はアカ・マナハのそれと同じもの。つい少し前までは、人間寄りであったその姿は、もはや完全に怪物となっている。
 変わったのは見た目だけではない、身体能力から反応速度、その全てが大幅に強化されているのは明白だった。先ほどは、翻弄されるだけだったD.Dの動きを捉え、反撃を命中させている。
「ん、タイミング合わせられる?」
 リース・バーロット(りーす・ばーろっと)に、アンジェラは無言で頷いて応えた。それを見て、リースはすでに半壊している不滅兵団を、けしかけた。
 弾き飛ばされたD.Dと入れ替わるようにして、不滅兵団が殺到する。シェパードは、迫り来る鋼鉄の軍団を近い者から、一体ずつを確実に一撃で仕留めてまわる。
 それで稼げる時間は、数秒だ。アンジェラは近くの鋼鉄兵の背中を蹴って、さらに反対側の壁を蹴り、シェパードの真上、背後側から切りかかった。
「くらいなさいっ」
 振り下ろされる梟雄剣ヴァルザドーン。シェパードは片腕をあげて頭を守る。重たい衝撃が走り、シェパードの足が床を割って、くるぶしまで沈んだ。
 だが、腕の上で梟雄剣ヴァルザドーンも止まっている。
「硬いわね」
 シェパードは腕を梟雄剣ヴァルザドーンの峯にあて、そのままアンジェラごと地面に叩き付けた。
 この時、既に不滅兵団は全滅している。
「アンジェラっ!」
 最も近いターゲットは、アンジェラだ。リースのとっさの凍てつく炎がシェパードを包むが、それは怪物の足を止めるにはそよ風のようなものでしかなかった。アンジェラは、立ち上がろうと手をついているが、もう間に合う余裕はない。
「おいおい、何がどうなってんだ?」
 瞬きする間よりも早く、カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)はシェパードを横から殴りつけた。ジンの拳は、顔面を狙っていたが、殴りつけたのはガードの為にあがった腕だった。
「おっと、この速度についてくるってか」
 ガードの上からでも重い拳は、容易にシェパードを押しのけた、距離にして三メートルほど、シェパードは地面を削り、そこで止まる。両足は、一瞬たりとも地面を離れなかった。
「……ほぅ」
 エクススレイブを活用しパワードスーツの拳に魔力を乗せた一撃は、ガードしたシェパードの腕に亀裂を入れた。だが、それはすぐさま再生し、元に戻る。
「どう見る?」
「あー、この感じはアレだな、既視感ってやつだ」
 ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)にそう返す。
「どういう事だ?」
「こんな感じの奴と殴りあった事があるだろ。まぁ、こっちはそんなに癖はねぇがな」
「……そうか、気をつける必要があるな」
 カルキノスは以前の戦いで、指令級と殴り合いと言うしかない戦闘をした事がある。それに似ていると、彼はそう言ったのだ。
 全く根拠がない言葉じゃないだろう。単なる怪物とは違う、そう判断するに足る何かがあったのだ。それはいわゆる戦士の勘みたいなものだろうが、経験を積んだ者が口にすれば単なる思い付きとは一線を画す。
「一個人を、指令級に近い存在に仕立て上げる事ができる、というのか……」
 過去の事例では、指令級とされるダエーヴァの怪物は、突飛な能力を保有していたが、アカ・マナハに何ができるのかというのはまだ漠然としている。石化の魔眼や怪物の内部に潜入するので、その全てではないのかもしれない。
「まぁ、やれる事をやるだけよ」
 カルキノスはシェパードに専念するしかなさそうだ。
 ダリルは視線をアカ・マナハの方に向ける。こちらは激しい戦闘とは違い、じりじりとした戦いを強いられている。
 原因は、石化の魔眼だ。彼女の周囲には、石化した昆虫人間の姿がある、目が大きい分視野が広くて、嫌でも視界に入ってしまうのだろう。
「こっちを見てもいいのよ、かわいい男の子はあとで元に戻してあげるから」
 あとからやってきた親衛隊の肩に乗って、アカ・マナハは笑みを戦場に向けるだけで、個人としては何らアクションを行わない。親衛隊は対処法を心得ているのか、巻き添えになってはいなかった。
「もう、めんどくさいわね!」
 攻撃を行うのは、親衛隊の役目だ。くの字のナイフで切りかかってくる親衛隊の攻撃を打ち払いながら、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はアカ・マナハの位置に注意する。
「あ、女の子はいらないから」
 幸い、不意打ちや回り込むといった行為で、アカ・マナハは積極的に相手を石にするもりはなく、たらたらと暇そうに、こちらに声をかける。
 非常に腹立たしいが、それができるだけの優位性を、アカ・マナハは有しているのだ。相手の目を見ればいい、複雑な技術や高度な魔法を発動する気配はなく、ほぼ一瞬で相手を石にできる強力な攻撃だ。
「近づいてくる気は、一切ないな」
 夏侯 淵(かこう・えん)の呟きに、ルカルカは「そうね」と応える。無節操に片っ端から相手を石化させるアカ・マナハの石化の瞳の用途を想像するのは簡単だ。気に入った人間を、容易く持ち運びできるようにするためのものである。石化させてしまえば、ゆっくりじっくり顔を改めて、持ち帰るか否かの判断もできる。
 なんて合理的な方法だ。それが、この場において役立っているのは、「ついで」であり「偶然」である事を、淵もルカルカもすぐに察した。それもまた、腹立たしい。
 あるいはこの力を最初から活用していれば、今頃アナザー・マレーナはアカ・マナハの手中に収まっていただろう。そうならなかったのは、逃げ回るアナザー・マレーナを追い立てるという遊びに興じているからであり、この後に及んでも彼女は契約者達と戦っているつもりなどないのだろう。
 アナザー・マレーナを追い立てる前の余興、それがアカ・マナハにとっての現在だ。戦いには不真面目でも、遊びに対しては厳格なようで、怯えるアナザー・マレーナを演出するため、周囲の取り巻きは倒すが本人には手を触れようともしないし、配下も近づかない。
 お姫様を守るナイトを皆殺しにし、一人取り残されたお姫様を好きなようにして遊ぶ。
 アカ・マナハの考えるプランは、幼稚で残虐で非効率的だ。それが、ギリギリのラインで成立するのは、シェパードの存在があるからだ。
「交渉すべきは、こちらか」
 ダリルの視線を向ける先は、アカ・マナハではなくシェパードだ。
 ここまでの僅かな言動や態度、そして動きから、全権を握っているのは他でもないシェパードであると判断したのである。
 あの指令級が、無邪気に遊んでいられるのもそれを庇護し、支える者がいるからだ。アカ・マナハは戦況がどうなっているかなんて気にもかけてはいない。もとより、アカ・マナハに声をかけても一方的に石にさせられて終わりだろう。
「ちぃ、やるじゃねぇか!」
 カルキノスのパワードスーツの左腕部は破損し、中の腕が露出している。一人で立ち回っているのではなく、周囲の契約者と協力しているが、それでもシェパードに分があるようだ。
「指令級にあまり自由にさせないようにしてくれ。その間にこちらを整える」
 今の状態では、組織としてだけではなく、戦力としてもシェパードの方が比重が大きいのは明白だ。
 当初の想定では、シェパードは御しやすい相手だと判断していた。その判断に大きな誤りは無かっただろう。危険の比重は指令級に置かれ、故に作戦においては指令級をいかに撤退させるか、という部分に注視していた。
 だが、実際に手札を開いてみれば、シェパードは契約者に囲まれながらも優位に戦いを進めている。一方のアカ・マナハは確かに危険な存在だが、少なくとも身を守るための対処のしやすさは、暴れるシェパードの比ではない。
 優先するべきは、シェパードの撃破、あるいは無力化、どちらにせよ、幸いな事に戦力はこの場に集中している。アカ・マナハや他の親衛隊は牽制程度に留めれば、シェパードの対応も十分に可能な範囲だ。



「フハハハ!、ついにこの時が来た」
 ドクター・ハデス(どくたー・はです)は勇ましい言葉とは裏腹に、小さく抑えた音量で高笑いをあげた。
 準備は入念に行った。まず、契約者達が行っている通信を傍受し、現在の状況の把握を済ませた。中には小ざかしく暗号化されているのもあったが、天才的な頭脳の前には、柳の葉っぱよりも脆い。
 同時に、機晶神ゴッドオリュンピアの整備と武装の交換も行った。パーツは全て残さず回収していたので、問題なく元の状態に復元された。
 そして最後に、待った。
 世界征服を企む秘密結社オリュンポスといえども、元々こっちに来たのは新装備のテストであるため、万全の状態とは言いがたい。故に、自身の戦力を最大限に生かせるその時を、じっと待ち続けた。
 そうして、最初の台詞に至る。
 ダーエヴァの一番偉い奴が、ついに現れたのだ。
「今度こそ、我らオリュンポスの真の恐ろしさを見せるため、そのアカ・マハナとかいう司令官を討ち取ってみせよ! ゆけ!」
「でもハデス先生、石にされちゃうんじゃ戦えません」
「安心しろ、対策はある」
 機晶神ゴッドオリュンピアを装着したペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)にハデスは自信がある様子でめがねを光らせた。
 機械ごしでも、石にされてしまうのはハデスの横にある戦闘員の彫像で証明されている。映像がどこまで効果を持つかは厳正な実験が必要だろうが、今はそれを試す暇はない。
「見られなければいい。そう、目にも止まらぬ速さで動けば、あの指令級はこちらを視認できず、石にされる事はない!」
「なるほど! さすがハデス先生です!」
「だが……それでももしかしたらもある」
 再度、きらりーん、とハデスのめがねが輝く。
「もしかしたら、ですか……」
 ごくり、とペルセポネは生唾を飲んだ。
「そのため、必殺の対策を伝授しよう。目を閉じるのだ。そうすれば石にはならない! これは実験で証明されている!」
 ばっと白衣を翻すと、ハデスの背後で見えなかった特戦隊が並んでおり、しかも石と生身が交互に並んでいる。目を閉じてアカ・マナハと見る者と、開いて見る者が交互に並んでいたのだ。
「自ら志願した彼らの犠牲によって、あの指令級の武器はもはや蟷螂の斧。行け、そして指令級を撃破するのだ!」
「わかりました、ハデス先生っ! 今度こそ、負けませんっ!」

 それは、突風のように現れた。
「機動力なら、こちらも負けていませんっ! 高機動モード!」
 民家のガレージをぶち破って現れた完全装備のパワードスーツは、出てくるなりにほぼ全ての装甲をパージした。
「って、きゃ、きゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁ―――」
 PS用特化型格闘セットはパワードスーツの装甲を犠牲に、三次元戦闘を繰り広げる事を可能にしている。そして、ペルセポネはパワードスーツは素肌の上に直接装着しているためパージすると裸になってしまうのだ。
 ペルセポネは、その機動力をフル活用し、戦場を一直線に通り過ぎていった。
 それは、突風のように去っていった。
 洞察力がある者や全体を指揮するために目を光らせていたものは、ペルセポネが出てきたガレージから石を担いだ集団がこそこそ逃げ出すのを目撃したかもしれないが、それはその後に大きくは影響しなかった。
「……あらぁ?」
 アカ・マナハは、乗っていた親衛隊の上から崩れ落ちた。
 地面に落ちた怪物からは、ぐちゃりと、湿った音が響く。
 まるで全てが止まったような静寂が訪れ、唯一相変わらずのままの昆虫人間の足音だけが空気を揺らす。
「……状況終了」
 戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)は低く呟いた。
 崩れ落ちたアカ・マナハは、自分でも何が起こったのかがわかっていないよう、呆けた顔のまま動かない。思わず目を覗き込んでしまった人が石化する事もなかった。
 指令級を襲った銃弾は八つ、容赦なく急所を狙っていた。
 小次郎が狙撃を敢行した事実を、この戦場に居る中で理解しているのはアンジェラとリースの二人だけだ。その二人も、小次郎が現在どこに身を潜めているかはわかっていない。
 本来は、もっと早く引き金を引くつもりであったが、アカ・マナハの石化の瞳の効果を見、再度タイミングを計る必要に迫られた。ターゲットを狙うのに、偶然でも視線の交差を避けなければいけないというのは難しい注文だ。
 危険を顧みずに狙うのも、誰かに視線を誘導してもらうのも、どちらもリスクが高い。前者は当然自分の身が、後者はこちらの存在を察知される危険がある。
 その時、完全武装のパワードスーツが、空中分解しながら悲鳴をあげて駆け抜けていった。
 はっきりいって意味不明なこの出来事は、多くの注目を集めた。それは、怪物側のアカ・マナハも含まれる。小次郎にもこの不思議な現象は予測できなかったが、そちらへの思考を一瞬で切り捨てた。誰かが意図したわけない偶然は、二度と訪れはしない。
 狙いを定め、引き金を引くのに必要な時間は、十分に与えられた。

 アカ・マナハが倒れ、数秒間の沈黙が訪れた。
 契約者達も、怪物達も、誰も予想していなかった展開に、混乱していたのかもしれない。だが、唐突な状況の変化による混乱は、すぐに収まる。
 残ったのは、アカ・マナハが倒れたという事実だけだ。
 契約者達にざわめきが戻ってきても、怪物達、とりわけ親衛隊はまるでスイッチが切られたように、ぴたりと動かなくなった。戦闘中で、体勢が崩れていたものは、受身もとれずに地面に倒れていった。
 昆虫人間と指揮官型の怪物は、反応に違いがあった。自立で動いていた昆虫人間はそのまま行動を続け、指揮官型のコントロールの中にあったものは、指揮官型と共に硬直し、そして異常事態を察知したのか配下を伴って逃走を開始した。
 怪物でもあり、親衛隊の一人であるシェパードは、他の親衛隊と同様停止していたが、ゆっくりと歩き出した。
「ちょっと」
「おい」
 カルキノスと騎沙良 詩穂(きさら・しほ)の間を、おぼつかない足取りで通り抜けていく。その表情は、他の親衛隊がそうであったように覇気がなく人形のようで、虚ろな目はアカ・マナハ以外の何も映ってはいないようであった。
「我々は、あなた様を一人にするわけにはまいりません」
 シェパードがアカ・マナハの前に跪くと、親衛隊達は同時に動き出した。倒れて居た者も立ち上がり、全く同じ動作で、くの字のナイフを手にし、各々の首にあてがい、一斉に引いた。
「私も、すぐに参ります」
 近くで崩れ落ちた親衛隊の腰から、くの字のナイフを取ると、その場で何のためらいもなく、自らの首を切り裂いた。
 アカ・マナハに重なるようにして、シェパードは倒れ、再び静けさに包まれる。

「……なぁ、俺達が勝ったのか?」
 誰かが、そう呟いた。
「いいえ、終わったのです」
 誰もが答えを口しない中で、アナザー・マレーナがそう告げた。