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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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 第4章 ロシアンカフェでアルバイト

「……家にいてもする事が無いからなぁ」
 この日、榊 朝斗(さかき・あさと)ちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)を頭に乗せて空京の街を散歩していた。ルシェンとアイビスは仕事で不在で、家事全般も終えてしまった朝斗は暇を持て余して買い物も兼ねて空京に来たのだ。といっても、これといって買う目的のモノがあるわけでもない。
「どうしたものかね、ねぇちびあさ?」
「にゃにゃ」
 何か面白い事があるといいんだけどね〜、と、ちびあさにゃんも相槌を打つ。頭上でまったりとしているちびあさにゃんは、なかったらなかったで気にしない、というような太平楽な表情をしていた。
「ん……、あれってファーシーさんかな?」
 横断歩道前に立っているファーシーを見つけ、朝斗は折角だし、と声を掛けてみることにした。車道側の信号が点滅を始めたところで歩速を上げ、歩道側が青になって歩きかけた彼女を呼び止める。
「ファーシーさん」
 足を止めたファーシーは軽くきょろきょろし、それから朝斗達を見つけて笑顔になった。
「あ、こんにちは! どこか行くの?」
「どこかって程でもなくて……まあ、散歩かなあ」
 それ以外に説明のしようもなく、あははと笑う。
「にゃー?」
「わたし? わたしは仕事が終わって帰るところなんだけど……あっ、そうだ!」
 ちびあさにゃんの問いに的確に答えていたファーシーは、そこで何かを思い出したのか手を叩く。
「朝斗さん達、今、アルバイト募集してる所って知らない? 臨時でも良いんだけど」
 彼女は最近、生活のあり方について考え直したりしているらしい。それと言うのも、先日フィアレフトに仕事の数を絞ったらどうかと言われたからだそうなのだが。
「違う仕事をするんじゃなくて、ずっと続けるんだったらどういう所が良いかなって考えてるの。まだどうも決め手が無くて……」
 仕事は何でも楽しいけれど、否、楽しいからこそ何を選べばいいか判らないのだという。
「機械関係の仕事があればそれが一番なんだけど……だから、もうちょっと色々な仕事をして考えてみたいのよね」
「仕事先ねぇ……」
 一通り話を聞いて、朝斗は自分の勤務先である海京警察を真っ先に思い出す。
「僕も一応仕事をしてるけれど、アルバイトできる所じゃないしなぁ」
「……にゃ!」
 その時、ちびあさにゃんが朝斗のアホ毛2本を引っ張った。
「何ちびあさ……」
 目の前に、メモ用紙がぺらりと出される。ファーシーに見えているのはメモの裏で、文面は朝斗だけに見える仕様だ。
『折角だし、ロシアンカフェに連絡してみたら?』
「え! まさか、あそこを紹介しろというの?」
「にゃにゃにゃ」
『ルシェンには黙っててあげるよ。ルシェンもいたら絶対普通に終わらないしね』
 メモが引っ込み、また次のメモが出てくる。
「にゃっ」
『それに僕もお仕事のお手伝いや機晶技術やメンテナンスは教えられるから。テクノクラートとしてイコン整備や機晶技術を学んであるからね』
 ちなみに、最後の部分はメモ2枚分である。
「……うーん……」
「…………?」とメモの裏を覗き込みたそうにしているファーシーの前で、朝斗は苦悩した。その間に、ちびあさにゃんは今までのメモをまとめてファーシーに渡している。
(確かに人手は欲しいとマスターは言ってたけど、だからといって……)
 加えて、実際に紹介するなら朝斗自身の仕事ぶりを彼女に見せることになるわけで。
「ロシアンカフェ? 普通のカフェとは何か違うのかな。……何か、楽しそうね!」
 そんな事を考えている間に、ファーシーはすっかり興味を持ったようだった。頭上のちびあさにゃんと話をするその様子を見て、とりあえず紹介だけしてみるかと朝斗は言う。
「もし体験したいとなれば、僕も同伴するので分からない事があったら聞いてください。それと……その時の僕の事は深く聞かないでください」
「? 朝斗さんはここで、何してるの?」
「!!!」
 あっさりと突っ込んだ質問をしてきた彼女に、朝斗は本気の土下座をした。
「ほ、本気でお願いします……!」

 そして、後日――
『いらっしゃいませ、ようこそロシアンカフェへ♪』
 紹介をした立場として、朝斗はこの日指導役として出勤した。使用人の統率を使って基本的な事や仕事の流れをファーシーに教えていざ本番。
 ネコ耳メイドとなった彼は、同じくネコ耳メイドな制服を着たファーシーと来店客を迎えていた。このカフェや他の場所で、過去に何度か『ネコ耳メイド』として仕事をしたりさせられている彼は、営業スマイルもすっかり堂に入っている。女装姿にも関わらず全く物怖じしていない。それどころか常連客に「久しぶりだねあさにゃん!」とか「こんにちはあさにゃん!」とか声を掛けられたりしている。
 この辺りでは、ネコ耳メイドとして認知されているようだ。
「お客様は何名様ですか? 2名様ですね! ではお席へご案内します♪」
 貴賓への対応で、朝斗は2人の客を案内した。戻る途中、オーダーに呼ばれたので記憶術を併用して伝票に記入していく。
 その間に、ファーシーも他の客からオーダーを取っていた。キッチンに注文を伝える所で行き会い、それを終えたところで、ホールを見渡しながら一息吐く。
「ファーシーさん、どう? ロシアンカフェは」
「素敵な所ね! この制服も可愛いし……わたし、ネコ耳とか初めてつけたかもしれないわ。接客も嫌いじゃないし、他に良さそうなところがなければ考えてみようかな。朝斗さん、体験させてくれてありがとう!」
「うん、僕としても、仕事を決める何かのきっかけになってくれれば嬉しいよ」
「ここで働けば、朝斗さんの可愛いスカート姿も見られるのよね」
「えっ……! あ、うん、そ、そうだね……」
 朝斗はどきっとして、口ごもった。何だか、話が変な方向に行っているような気がする。
「で、でも、僕もいつもいるわけじゃないからね。海京警察でも仕事してるし」
 だが、警察は副業禁止だ。にも関わらず彼がこのカフェで働けるのは、ルシェンの暴走、という名の欲望による根回しもあってのことなのだろう。何せ、署長も常連の1人だ。
「そっか、朝斗さんはWワークしてるのよね……でも、警察で働いてるのにどうしてこの仕事も続けてるの? 制服が可愛くて、このネコ耳メイド姿が気に入ってるとか……あ、そうよね! あさにゃんさんをしてる時、すごく生き生きしてるものね!」
「ふぁ、ファーシーさん、それは……!」
 彼女は、数日前に土下座の上で懇願された事はすっかり忘れているらしかった。しかも、何かとんでもない理由で納得してしまったようだ。
「オーダー出来たので、お願いしまーす!」
「あ、はーい!」
 だが、何とか認識を改めてもらおうと慌てている間に新しい仕事が舞い込んでしまった。ファーシーは、出来立てのロシア料理をテーブルに運んでいく。基本が笑顔なだけに、確かに接客は向いているかもしれない。
 時刻はお昼時。これからおやつ時、夕食時と忙しい時間が続く訳で。
(ファーシーさんの誤解を解く時間、あるかなあ……)
 朝斗――あさにゃんはそっと溜め息を吐いたのだった。