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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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魂の研究者・序章~それぞれの岐路~

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 第8章 支えになる方法

「お待たせ、フェイ。そろそろどこかで休憩しましょうか」
「あ、うん、そうだね、行こうか」
 店の袋を掲げて嬉しそうに歩き出すシェリエ・ディオニウス(しぇりえ・でぃおにうす)の隣にちょっとぎくしゃくした動作で並ぶ。連なる幾つかの店の先に、カフェの看板が見えていた。そこに行くまでの間に、フェイ・カーライズ(ふぇい・かーらいど)は思う。
(た、楽しい……楽しい筈なんだけど……)
 シェリエの隣で、彼女と一緒に、空京のお店でショッピングをする。いつもなら心弾むシチュエーションの筈なのに、それだけで幸せになれる筈なのに――いや、心も弾んでいるし幸せなのも確かなのだけれど、今日の彼女には余裕が無かった。何故かといえば、最近考えていた色々について、シェリエに相談しようと決めていたからだ。それは、ある意味告白で、でも告白じゃなくて。
 何かを解決したいというよりも、シェリエの考えを聞きたいという類の相談だったから。
 その答えによっては、何だかすごくヘコむかもしれないから。
 笑っている間も、2人で春の新作を選んでいる間も、実は、ずっと緊張していた。

「フェイ、どうかしたの?」
「え?」
 カフェに入って2人用の一席に落ち着くと、向かいに座ったシェリエがそう聞いてきた。びっくりしている間に、彼女は続けてフェイに言う。
「何となく、何かを気にしてるような感じがしたから。思い過ごしかもしれないけど」
 普段、話をする時と全く同じ調子だった。このままフェイが何も答えなければ、彼女はきっと別の話題を持ち出していただろう。無理に聞こうとは思っていない。ただ、少しバトンを差し出しただけ――そんな感じだった。
「それは、思い過ごしじゃないと思う。……多分」
 テーブルに目を落としてしまいながら、シェリエの様子を伺う。タンブラーを持ってストローに口をつけていた彼女は「ん?」というように笑顔を返してくる。
 ――話を切り出すのには、やっぱりかなりの勇気が必要だった。膝の上に乗せた手をきゅっと握る。
「……私には今、好きな人がいるんだ」
「好きな人?」
 シェリエは一度瞬いた後、僅かに身を乗り出した。恋愛をしたがっているし、こういう話は嫌いじゃないのだろう。
「素敵じゃない。私はまだそういう人が出来ないから……どんな人なの?」
「えっと……、髪がすごい綺麗な人なんだ」
「うんうん。フェイは綺麗な髪の毛が好きだものね」
「え、う、うん……」
 顔が、少し熱くなる。どんなものが好きなのか、心に留められていたらしい。パートナー達の前では存分に髪フェチっぷりを見せているし公然の事実なのだが、シェリエに言われるとちょっと恥ずかしい。そして、嬉しい。
「それで、家族思いで優しい人で、職業は接客業で……」
 特徴をひとつ言う度に、シェリエはうんうんと相槌を打ってくれた。相手が彼女だとバレない程度にぼかしているが、その特徴はやはりどうしようもなくシェリエである。好きな相手だから余計そう思ってしまうのかもしれないが、気付かれないかなとどきどきした。
 今のところ、バレてないみたいだけれど。
「……で、私はその人を支えたいと思ってるんだが、何をしてあげればいいかわからず悩んでる。だから、シェリエが私の立場ならどうするのかなって、聞きたいんだ」
 そこまで言って、様子を伺う。「私だったら?」と聞き返したシェリエは、思案顔にんってすぐには答えなかった。話をもう一度、頭でまとめているのだろう。その彼女に、これまでより言い難いながら補足する。
「……ちなみに、まだちゃんと思いを伝えてないんだ」
 一瞬、シェリエがきょとんとしたように見えた。彼女が何かを言う前に、更に早口で付け加える。
「それを言ったら、まずは思いを伝えなさいってなると思うんだけど心の準備ができてないというか、それ以前の問題があって…………。……ひ、引かないで聞いてくれるかな?」
 緊張で身が硬くなる。傍から見ても、きっとびくびくしてるんだろうなと思いながらもこればかりは如何ともし難かった。
「私が好きな人はね……、女の子なんだ」
 ……言ってしまった。
 シェリエの顔が、まともに――全然、見られない。
 ――どんな顔してるかな? ドン引きしてるかな? それとも、困ってるかな……
 同性恋愛は変だ、という一般的思考は充分過ぎるくらいに自覚していたし、彼女の恋愛対象が普通に異性だということも知っていたから。
 言わなきゃよかったって、白状した瞬間に後悔したししてるけれど、もしかしたら少しは意識してくれるかな、なんて下心があったのも事実だ。
 我ながら、卑怯だっていうのは自覚している。
 ここまで言っておいて、まだ目の前の相手に想いを伝えられない。それなのに、相手はどう思っているのか聞きたいだなんて。
(……うちの名無しをヘタレと呼んでた時期があったが、これじゃ私も同じだ)
 自己嫌悪でヘコんでいると、そこで、シェリエの声が聞こえた。
「少し驚いたけど……そう、女の子なの」
 その声は、いつもとあまり変わりないように思えた。少なくとも、悪い印象は抱かれてないような。顔を上げると、シェリエは何か難しい表情をしていた。例えるなら、新作メニューを考えている時の顔――に近いだろうか。
「女の子だと、告白するのは勇気が要るわよね。そうじゃなくても勇気は要るけど、その子が女の子OKだと分からないなら尚更に」
「……うん」
 分からないというか、現時点では対象外であると分かっているのだけれど。
「でも、支えになりたい……ってことなのよね。それなら、相手が女の子でも異性でもやることは変わらないんじゃないかな。……そうね、私なら……」
 店内の照明を眺めながら考えるだけの間を置いて、彼女は言った。
「その人が今、何かで困ってるならなるべく話を聞くし、それが話したくなさそうな事だったら、いつもその人の前で笑顔でいるわね。とにかく、近くで笑っている人がいると安心できるものじゃない?」
「笑顔……」
 シェリエのように元気な笑顔を浮かべるのは、ちょっと苦手かもしれない。
「でも、もうそれが解決しちゃってたり特に困ってなかったら、無理にやることを探そうとしないでただ、近くにいるわ。いつでも支えになれるように」
 勿論、お互いの生活を大事にした上で、だけどとシェリエは言った。それはそうだろう。いくら近くにいるといっても、度が過ぎたらちょっとアブない。
「そうか……じゃあ、私は友達として、その子の近くにいればいいのかな……」
 今は、シェリエは危ないこともしていないみたいだし。
「うん、まあ私の場合だと、そんな感じね」
「ありがとう。とっても参考になった……と思う。シェリエに相談してよかった」
 お礼を言うと、シェリエはそう? と明るく笑った。照れた様子は特になく、タンブラーに口をつける。
 それを見ながら、フェイはこっそりと心の中で呟いた。
(女の子なのに好きになって、ゴメンね……)