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リアクション
第2章
「ウィンターを返せ……春将軍!!」
低いうなり声を上げて、スプリング・スプリングが春将軍に踊りかかった。
「返せと言われて素直に返すバカはおらぬよ、そうではないかね?」
一直線に飛び掛ったスプリングを冷静に迎え撃つ春将軍は、手にした輝く王笏でスプリングを弾き飛ばした。
「――ガッ!!」
獣のようめき声を上げて弾かれたスプリングだが、すぐさま空中で態勢を整えて着地した。
そして次の瞬間には、目にも留まらぬスピードで春将軍に飛び掛っている。
「やれやれ……」
しかし、怒りに我を忘れているスプリングの攻撃は単調だ。直接春将軍を狙うことしか考えていないスプリングの攻撃の軌跡は極めて読みやすく、悠然と構えた春将軍に届くことはない。
「せっかく我々が直接乗り込んできたというのにこの程度かね――少々残念だよ」
興醒めしたように春将軍は王笏を振るった。
「――!!」
その途端、春将軍の頭上に無数の光弾が発生し、次々にスプリングへと襲い掛かる。
「――くっ!!」
だがスプリングは、その光弾をギリギリのところで避けながら、あくまで春将軍へと向かっていった。
「ふざけるな、この程度の光弾……!!」
弾と弾のごく僅かな隙間を縫って、スプリングは跳ねる。
それにより自分の肩や足に弾を喰らうことになるが、そのダメージを無視して、スプリングは突進を繰り返した。
「ふむ……」
それを無表情で冷静に追い返す春将軍。
「……はぁ……はぁっ!!」
対するスプリングは、肩で息をしながら春将軍を睨みつけた。その瞳は紅く血走り、荒く吐息を漏らす口からは牙が長く伸び、まるで血に飢えた獣のように鋭さを増していく。
スプリングは右手の指先に力を集中し、小さな剣のような光の塊を作った。
「……ほう」
その様子を見て春将軍はニヤリと笑みを浮かべた。日頃のスプリングならば形作ることすらしないその光は、彼女の持つ『破邪の花びら』に極限まで力を集中して強力な殺傷能力を持つ剣を作り出す、スプリング必殺の『ウサギの前歯』であった。
「ウィンターを返せ……さもなくば……」
指先に禍々しく輝く紅い光を携えて、スプリングは呻った。
「さもなくば?」
「……その首、跳ね飛ばしてやる……!!」
ぐっ、とスプリングに足に力がこもる。
次の瞬間には、スプリングの身体が弾けるような速度で春将軍に向かっていくだろう。その瞬間。
「はいはいはい、そこまで――」
「!!?」
突如、何者かがスプリングの後頭部を軽くこづいた。朝霧 垂(あさぎり・しづり)であった。
「よぉスプリング、なんかえらく機嫌が悪いみたいじゃねーか?」
闇の結界の瘴気が蔓延し自らも能力が制限される中、垂はウィンターの要請に応じてバラバラにされたウィンターの頭部を取り戻しに来たのである。殺気立つスプリングを諌めるように、並んで立つ垂。
「……機嫌が悪い……その通りだよ、垂……何しに来たの」
視線を片時も春将軍から外さぬまま、スプリングは聞いたこともないようなくぐもった声を出した。
「ご挨拶だな。ウィンターを助ける……そのためにあのおっさんをぶっ飛ばしに来たんだ、決まってんだろ。……ま、俺だけじゃないけどな」
垂の言葉通り、闇の瘴気の中を同様に駆けつけたコントラクター達がいた。
「――そういうことだ。かつての復讐だか侵略だか知らないが、これだけのことをやったんだ。このツケは相当高いと思ってもらわなくてはな」
涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)である。
「そうです――このような侵略行為を行うのであれば、こちらも相応の形でお相手しなければいけません」
そのパートナーのクレア・ワイズマン(くれあ・わいずまん)。そして、涼介の娘であるミリィ・フォレスト(みりぃ・ふぉれすと)も姿を見せた。
「その通りですわ……この街に住む、何の罪もない方々の事を思えば……貴方がた四将軍の行いを許すことは、とてもできませんわ」
多勢に無勢、数の上では圧倒的な不利な筈のこの状況で、しかし春将軍は余裕の笑みを崩さない。
「許さない……ならば、どうするというのだね?」
その嘲笑には、涼介が答えた。
「決まっている。確かにこの闇の瘴気による結界は厄介だ。魔力もうまく錬れないし、近接武器はあんまり得意じゃあない。だが……」
奉神の宝刀を構え、その切っ先を春将軍に向ける。
「しっかりとツケのペイバック……支払いをしてもらうか」
その言葉を受け、さらなる救援が現れた。
「そういうことっ!! ウィンターちゃんもスプリングちゃんも、これ以上傷つけさせないよっ!!」
闇の向こうから、激しい閃光が煌く。
「変身!!」
秋月 葵(あきづき・あおい)である。『光精の指輪』の閃光に包まれて、彼女は魔法少女へと変身した。
「絢爛登場!! 愛と正義の魔法少女、リリカルあおい!!」
そして、パートナーのイングリット・ローゼンベルグ(いんぐりっと・ろーぜんべるぐ)もまた全身を白黒のカラーリングで構成されたパワードスーツで現れた。
「そうだにゃ、お前のような悪いやつはこの正義のヒーロー、わいるど・たいがーが倒してやるにゃー!!」
「わいるどに吼えるにゃー!!」
イングリットの出で立ちに春将軍がやや呆れた表情を浮かべた瞬間、イングリットの持つフラワシが春将軍に襲い掛かった。
「……むぅ!?」
基本的にフラワシは目視することができず、それは春将軍とて例外ではない。
「どうにゃ、貴様にこの見えない攻撃を避けることはできないのにゃ! いけー!! フルボッコにゃー!!!」
嵐と炎を撒き散らして周囲を飛び回るフラワシに、春将軍の足が止まった。
息巻くイングリットの攻撃を見て垂はスプリングに告げる。
「スプリング、今のうちに下がれ!」
その言葉に、スプリングはぎろりと血走った目を向けて応えた。
「下がれ――だって!?」
「ああそうだ、さっきみたいに冷静さを欠いたままの戦い方じゃ、勝てるもんも勝てなくなるだろ? お前の気持ちも良く分るが――」
だが、その言葉をスプリングの叫びが遮った。
「分る? 私の気持ちが!? いいや分らないね、垂には分らないよ!! 永い年月――それこそ数百年もかけて慈しんできた存在を一瞬で奪われた私の気持ちなんて――」
再びスプリングは春将軍に視線を移す。
「よせスプリング!! 一旦引くんだ!!」
垂の制止も聞かず、炎と嵐の中を超スピードで跳躍した。
「誰にも分るものか!!!」
イングリットのフラワシが炎と嵐で春将軍を攻撃している。
「おっと――スプリングさん、それは危ないな」
そこに突進するスプリングを援護するため、涼介は宝刀を振り下ろした。炎の向こう側から春将軍の王笏と刃を合わせ、攻撃の手を封じる。そこにクレアが熾天使の焔で斬りかかった。確かにスプリングの現状は歓迎できるものではないが、このまま春将軍を封じて一気に勝負を決められるならばそれも悪くない。
「――スプリングちゃん!!」
葵もまた魔砲ステッキで涼介を援護した。集まった皆は能力が制限されているとはいえ、いずれも名うての契約者である。勝機がある時には勝っておかなくてはならないことを知っている。
フラワシを視認することができない春将軍の動きを涼介が止めている間に、春将軍が張り巡らせる光弾を葵の魔砲ステッキが相殺する。
そこにスプリングが残った光弾を避けながら突進する。その右手に込められた光の塊は、相当な攻撃力を秘めているものと思われる。そこにその威力を増すために、クレアの剣による攻撃も乗算させる。打ち合わせをしたわけでもないが、確かに彼らのコンビネーションは見事なものだった。
「バカ野郎スプリング、引けって言ってんだろ――!!」
しかし、スプリングを止めようと攻撃に参加していなかった垂は警告を発する。彼女には見えていたのだ、炎と嵐に巻かれながらも、涼介やクレアと対峙する春将軍の表情が。
「舐めるな――!!」
春将軍が気合を入れると涼介との間に光の壁のようなものが出現し、それは一瞬のうちに筒状になって春将軍を覆った。
「くっ!!」
次の瞬間には光の壁は波状に広がり、涼介とクレアを押し飛ばしてしまう。その余波でフラワシの炎と嵐をかき消し、今まさに攻撃に移ろうとしていたスプリングを跳ね飛ばした。
「あうっ!!」
「お父様、クレアお姉さま!!」
光の壁に押し飛ばされて多少のダメージを受けた涼介とクレアの元に、ミリィが駆けつけて手当てをする。
「ふぅ……やはり一気に決めさせてはくれないね」
あっという間に形勢を立て直した春将軍を、涼介は冷静に観察した。
「あー、イングリットのフラワシがー!! しっかりするにゃ、フレイム・タイガー!!」
イングリットのフラワシ、フレイム・タイガーも光壁の攻撃で多少のダメージを受けたようだ。イングリットは春将軍を睨んで吼える。
「……イングリット嬢、わいるど・たいがーではなかったのかね」
「どうでもいいにゃー!!」
春将軍のこまめなツッコミを意にも介さず、イングリットは春将軍へと突撃していく。
「垂……どうするでスノー?」
その場にいたウィンターの分身は垂に声を掛けた。何とかスプリングに冷静さを取り戻させ、状況を打破したい垂だが、このままだと膠着状態が続きそうだ。
「まだ様子を見る……可能な限りスプリングを止めてみる」
少しずつ状況を見ながら、いつでも動けるように準備をする垂。
「わ、私も頑張るでスノー!! 雪だるマーやブーストで援護できるでスノー!!」
息巻くウィンターに、垂は片手を挙げて、それを制した。
「いや……俺はお前にも戦って欲しくはない。もしそれがどうしても必要な時には……」
「……垂?」
「スプリングの力になってやってくれ」
そう言って、垂もまた春将軍と接近戦を繰り返すスプリングの元へ跳ねた。いよいよ戦いが本格的に動こうとしている。
「垂――!!」
闇の結界の中、ウィンターの叫び声だけが妙に響いた。
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