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バカが並んでやってきた

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第3章


「秋将軍さん……ですねぇ。しっかり柱を守っていたから、探す必要がなくて良かったですよ」
 鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)は大きな闇の柱を見上げ、空中に浮かぶ秋将軍に穏やかに語りかけた。ギフトである鬼龍 愛(きりゅう・あい)の刀『覇龍刀』を携えてはいるものの、それを抜く気配はない。

「おや、素敵な殿方ですこと……貴方、お名前は?」
 意外なことに、秋将軍は貴仁との会話に応じた。彼の胸元にチラついている『悪意(ろり)のアクセ』の効果とも思い難いが、とにかくいきなり襲い掛かってくることはないようだ。
「これは失礼――鬼龍 貴仁と申します」

 と、そこに貴仁と同様に、秋将軍との会話を望む人物が現れた。
 琳 鳳明(りん・ほうめい)である。
「……間に合った……かな」
 鳳明もまた会話による交渉、もし可能であれば解決を望んでいた。まずは相手との折衝を図ることで無益な戦いが避けられる可能性もゼロではないからだ。
 しかし。

「……ぷっ」
 まず彼女が浴びたものは、秋将軍の失笑だった。

「な、何がおかしいのよっ!!」
「だって……貴女のその格好……」
 指を差してコロコロ笑う秋将軍に、貴仁は振り返る。
「ああ、これは確かに……」
 見ると、鳳明はウィンターの分身を『雪だるマー』として装備していた。ここに来るまでの動きにくさから、雪だるマーを装着していたのだが。
 何しろ頭頂部、肩、肘、手首、膝、足首と足先、そして胸部と腰という各関節を丸い雪だるまでガードされる雪だるマーは、性能はともかくとして劇的に格好悪い。

 少なくとも、現役アイドル活動をしている人間がしていい格好ではない気がする。

「うう……だってしょうがないじゃない……ヒラニィちゃんが着けていけって……」
 場を和ませることには成功したが、鳳明のハートはいたく傷ついたようだ。

「ああ、可笑しい……仮にも敵陣に乗り込もうという方がそのような格好で……ぷぷ……」
 鳳明の姿がよほどツボに入ったのか、秋将軍は笑い声を上げた。
 その笑顔を貴仁は見逃さず、穏やかに告げた。

「何だ……そんな風にも笑えるんですね」
 貴仁の言葉に応える秋将軍。
「ええ……どういう意味ですの?」
 軽く肩をすくめて、貴仁も応えた。
「いえ、そのまんまの意味です。――そもそも、なんでこの季節にやってきたのか、ずっと疑問だったんですよ。
 季節の管理者として、領地の拡大を狙って侵攻してきたということは理解できます。ですが、なぜに今?
 俺の考えだと、冬将軍さんがその力を最大限に発揮できるのはその季節――冬じゃないですか?」
 貴仁の言葉に、鳳明も頷いた。
「そ……そういえば」
「そう、そして今回の侵攻を先導したのが冬将軍さんだとしたら……わざわざ自身が最弱の季節を狙って来たことになります」
 興味深い、という表情をして、秋将軍は続きを促した。
「――それで?」
「そして秋将軍さん……あなたがその分の悪い戦いに参加する理由はなんですか?
 そもそも、どのようなメリットが?」

 そこに、鳳明も口を挟んだ。

「そ、そうだよ……どうして今、この季節に来なければいけなかったんですか?
 戦いになれば、少なくともお互いが傷つくことになりますよね。私だって、秋将軍さん、あなただって無傷ではいられない。
 地上には地上の、パラミタにはパラミタの季節があって、それぞれにはそれぞれの季節がある……それじゃ……」
 あくまでも平和な解決を訴える鳳明を秋将軍は眺めた。
「……それじゃ……ダメなんですか?」

「ふむ……」
 一拍置いて、秋将軍は口を開いた。
「なるほど、ご両人の仰りたいことは理解いたしました――まず貴仁殿の問いにお答えしましょう。
 ――疑問は尤もですが、まず前提が間違っていらっしゃるようですわね」
「前提――?」
 首を傾げる貴仁に、秋将軍は続ける。
「そう、この戦いの先導者は冬将軍殿ではございません。以前の冬将軍殿の失敗をうけた我々は、春将軍殿の先導でこの地に参りました。
 故に、今回は冬将軍殿のお力は期待されておりませんの。故に、冬将軍殿が最弱となるこの季節に参上した次第でございます」
「あ、なるほど――じゃあ……」
 頷く貴仁。その様子を見て秋将軍は続ける。
「そう、わたくしもまた春将軍殿の要請にて、この地に侵略に参りました。
 そこにメリットやデメリットなど、今さら論じたところで無意味ではございませんか?」
 秋将軍の言葉を受けて、貴仁は頭を掻いた。
「いやあ、そう言われては身も蓋もないですねぇ。
 どうやら冬将軍とかに操られているようでもなく、自由意志を持っているようでしたので。もし無理矢理不利な戦いに参戦させられているのでしたら、敵対の立場であっても愚痴くらい聞けるかなあって思ったんですけどね――」
 軽い笑みをこぼす貴仁に対し、秋将軍はまたコロコロと笑った。
「ほほほ、愉快な方。それに、とても聡明な方……」
「?」
 敵とは思えないほどの柔らかな視線を向ける秋将軍に、貴仁は奇妙な違和感を覚えた。
「まぁ、正直に申し上げてしまえば、わたくしもこの戦いにそこまで乗り気ではございませんの」
「えっ!?」
 驚きの声を挙げたのは鳳明だ。確かに平和的な解決ができればそれに超したことはないが、正直言って戦わずに済ませることができるとは思っていなかったからだ。
「ええと、そちらの愉快な格好の方……」
「あ、琳 鳳明です」
「鳳明殿。わたくし自身にはこのような陣取り合戦など、興味のないことなんですの。冬将軍殿にしてみても以前は『試合』の形式を取ったものですからね。ただ、夏将軍殿はあのように戦うことが大好きなお方ですし――」
「……春将軍は、どうなんですか?」
 抜け目なく貴仁は尋ねた。春将軍が先導であるとすれば、領地拡大の他に目的があるということは大いに考えられる。冬将軍の復讐ということは、ただのきっかけ……言ってしまえば口実に過ぎない可能性すらある。
「ええ……春将軍殿には、この戦いでどうしても取り戻したいものがあるようですわよ」
「取り戻したいもの……」

「ええ――貴仁殿……貴方はとても聡明な方……こうしている間にも、皆様のお仲間が柱の方へと向かっておりますわね?」
「……」
 笑みを崩さず、貴仁は秋将軍を見返した。
「わたくしとのお話から、いくつかの情報も得られたようですし……ですが、もしわたくしと他の将軍達とを仲違いさせようとしているのでしたら、それは無駄というものですわよ?」
「……まぁ、そこまでは望めないと思ってましたがね? でも、参考までに理由を聞かせてもらっていいですか?」
 貴仁に続き、鳳明も口を開いた。
「そ、そうだよ。望まない戦いなら、無理に戦わなくても……それぞれの土地で一緒にやっていけば、いいじゃないですか……」

 だが、秋将軍は微笑みを崩さないまま、首を横に振った。

「いいえ……そうはいきませんわ、鳳明殿。だってわたくし、戦う理由ができてしまったのですもの……」
「?」

 秋将軍はつい、と四本の腕を前に差し出して、うっとりした表情を浮かべた。
「わたくし、貴仁殿のような可愛らしい美丈夫が、激しい苦痛に身もだえするのを見るのが、何より好きなんですの……」

「……!!」
 瞬間、秋将軍から発せられた殺気にも似た気配に、貴仁は思わず後ずさった。
 秋将軍は宙に浮き、周囲に魔法陣を展開していく。
「……かわいい顔して勿体ないと思ってましたが……まさかそういう趣味だとは……!!」
 貴仁と鳳明は身構える。理由はなんであれ、相手がこの場を引かないことは分った。そうであればこちらもむざむざやられるワケにはいかない。

 そこに、闇の向こうから飛来する人物がいた。
 風森 望(かぜもり・のぞみ)ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)である。
「風のブースト……!!」
 空飛ぶ箒、金糸雀に乗った望はウィンターの助けを借りて、スピードを強化した。
 それはまさに一瞬の出来事。秋将軍が鳳明や貴仁への攻撃に転じる瞬間に、秋将軍の背後を取ったのである。

「おやおや駄目ですよー、精霊だからといって、髪のケアを怠ってしまったら」

「!?」
 その瞬間、秋将軍は驚愕と共に振り返った。しかし、その時にはそこには誰もいない。
 驚異的なスピードで背後に回りこんだ望は、秋将軍の黒髪を優しく撫でて、すぐさま姿を消したのである。
「――誰!?」
 気がつくと、望は箒に乗ったまま秋将軍の目の前に姿を現した。
 そこに、ようやく到着したノートもいる。
「痴れ者――!!」
 秋将軍は魔法陣のひとつから黒い炎を発して、望を攻撃した。
 しかし。
「フッ!!」
 その炎は、ノートが手にした煌剣の炎によって相殺される。
「――さぁ、行きますわよ!!」
 跨った黎明をもたらす天馬を駆り、ノートは秋将軍との距離を取って飛翔を始めた。
 望もまた秋将軍との距離を測りながら、空中の秋将軍へと再び向かう。

「――貴女……覚悟がある人ですわよね?」
「――何?」
 秋将軍が張り巡らせた四つの魔法陣から、無数の炎が噴き出して望とノートを襲う、しかし望はそのスピードと神楽舞を駆使し、ノートは剣による相殺でその炎を完全ではないまでも、回避している。
「覚悟があるのかと、聞いているのですよ。突然他人を触手で捕えるということは、相手方からもそういう事をされるかもしれないって、覚悟してきている人ですわよね?」
 ひらひらと秋将軍の攻撃を避ける望とノート。攻撃に転じようと考えず、回避に専念すればダメージを受けることは避けられる。
 そのの望の言葉は、先の読めない不気味さがあった。
「だから……なんだと言うのですか……!!」
 業を煮やした秋将軍は攻撃を切り替え、四つの魔法陣から無数の雷を降らせた。
 直線的な炎と違い、雷を物理的に避けるのはスピードでは無理がある。望はその雷をガードして、着物の袖を焦がした。
 しかし。


「つまり……この私に同様のことをされる覚悟がある……私に脱がされる運命の人って事ですよね!?」


「ひっ!?」
 望の笑顔に秋将軍は一瞬ひるんだ。
「12歳の少女でドレス姿とくれば、久方ぶりのどストライクゾーン!! この私が一から手ほどきして差し上げましょう!!」
 少々のダメージをものともせず、しかし攻撃に転じるでもなくひらひらと接近する望に、秋将軍は手を焼いていた。
 相手の意図を完全に読みきれぬままでは、思い切った攻撃に出ることができない。
「こ、来ないで下さいまし!!」
 正直に言えば、望のスピードはそうまで速いわけではない。空中の秋将軍でも、冷静になれば充分に対応できるはずだった。
「ははは、そんなに照れなくとも……一度知ってしまえば後は楽……むしろ病み付きになるかもしれませんよ?」
 だが、それも望が攻撃をしかけてくればの話で、接近して何らかの『行為』に及ぼうという相手には秋将軍の経験がなかった。
「お断りですわ!!」
「おやおや、つれないですねぇ……この際、スポーツの秋としゃれ込もうじゃありませんか……性的な意味で」
 また、最初に突然背後に現れた望の演出も功を奏していた。
「ど、どういう意味ですのっ!?」
「もちろん読書の秋でも構いませんですよ……性的な意味で」
 最初に完全に気配を絶ち、秋将軍の背後を取ることができたのは、ウィンターのブーストのお陰であり、今の望の装備だけでは秋将軍の背後を取ることは難しい。
 しかし、パートナーのノートとの連携や、言葉による揺さぶりが少しずつ秋将軍の冷静さを失わせていた。
「さっぱり意味が分かりません!! まともに戦いなさい!!」
「ははは、何を言っているのですか? カメリア……人の大事な妹分を触手でとっ捕まえて眠らせたまま堕としてしまおうとか……」
 秋将軍の挑発には乗らず、あくまで望は陽動につとめる。大きな隙を誘えば、ノートや他のコントラクターが攻撃に転じるだろう、まずはそのチャンスの土台を作らなければならない。失敗は許されないのだ。

「貴女がストライクゾーンに入ってなければ、焼き芋と一緒に石焼きにしているところDEATHよ!?」

 何しろ、望にとってはカメリアはかわいい妹分なのだから。

「こ、来ないで、この変態――!!」
 秋将軍の叫びがこだまする中、貴仁は呟いた。

「いや、貴女の趣味だって相当なもんですよ」
 と。