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 【魔法世界の城 玉座の間・3】


「ヴァルデマール! この世界をお前の思い通りにはさせん!
 蒼空戦士ハーティオン、参る!」
 コアが『勇心剣』でヴァルデマールに斬りかかる。……だが結果として、コアはヴァルデマールに近付くことすら出来なかった。
「無策か……先程の戦いを見ていれば少しは学んだものと思ったが…………」
 呆れ果てた様子で、ヴァルデマールは攻撃を弾き返し続ける。
「グ……ウ、ウオオオオ!!」
 懸命に力を込めるも、コアの足は一歩も動かない。纏わり付く闇の力が彼の自由を奪いつつあった。
 ヴァルデマールが【引き裂く土】という単語の組み合わせでトドメを刺そうとした時
「下がって!」大太刀・宵凪を手に、なぎこが二人の間に入った。
 土で作られた刃は更に魔力を加重され肥大化していく。
(重い……!!)
 しかしハーティオンを守ろうとするなぎこは、骨がきしむのを唇を噛み締め全力で耐えていた。彼女のこの強化光条兵器は、通常時紺青だが最大出力時には月白に光り輝く。それを知っていたパートナーのカガチはなぎこの名を叫び駆け寄ってくる。これ以上は無理だと止める声に、なぎこは静かに首を横に振った。
「なぎさんは兵器だから、それが私の役目なんだよ
 例え死んじゃったとしても」
 こう言えば、カガチがどう反応するのかは予想がついていた。何とも言えない、心の痛みをそのまま表す彼の顔を見て、なぎこは心の中で苦笑する。
(…………でも私はもう二度と大事な人を失いたくない)
「私は死なないし、……カガチを死なせない」
 意思を見せるなぎこに、カガチは彼女の腕に手を添えて、答えを出そうとする。
 すると心の中で、申し込まれたばかりのプロポーズへの答えも出ているように思えた。
(でもそうだな、確かに「一緒に生きていきたい」のかもなぁ、とは思う、かも)
 今のこの状態では、はっきりと答えられない。だからカガチはこう伝えた。
「そうだねぇ誰も死なないし死なせない、皆で生きて帰りましょー」

「生きて帰る……か。
 何故だろうね、最期を前にすると、人は同じ事しか言わないらしい」
 飽き飽きしたと言わんばかりの顔で吐き捨て、ヴァルデマールは【風を操る】。ピオが使うのと同じ、否、それ以上の突風がなぎことカガチの二人を弾いた。 
 二人が錐揉みしながら飛んでいくのに、ヴァルデマールは追撃の手を伸ばす。その刹那、複数の魔法を行使したヴァルデマールは防壁を解いた。
 真が投げつけた暗器に手を掠められ、ヴァルデマールの杖を持つ手がぶれた。
「火炎魔法だ!」
 二つ名でヴァルデマールが発動しかけていた術を見抜いた真の声に、アッシュがなぎことカガチの前に炎の壁を作り相殺する。
「好機よセレアナ!」
 阿吽の呼吸で飛び込んだセレンフィリティとセレアナが、苛烈にして猛烈な攻撃をヴァルデマールに与える間、エルデネストはグラビティコントロールでカガチ達が壁に叩き付けられる前にガードする。
 そして中空で停止した二人を、トーヴァが回収した。
「僕に……、近寄るなアッ!!」
 闇の魔力が爆発力を持って、セレンフィリティとセレアナを弾き飛ばす。
 本来は連撃の筈の二人の攻撃は、一撃加えたところで止まったものの、ヴァルデマールは三人の攻撃を受けたのだ。
 傷が出来る。その事自体信じられない程の衝撃だったようで、ぶるぶると震えながらを怒りを見せ、ヴァルデマールは契約者達へ杖を突きつけた。
「まずは一撃……よね」
 流石にあのタイミングではエルデネストも守りきれず、セレンフィリティとセレアナは闇の魔法を喰らい、玉座の横に有った台座に身体を激しく打ち付けていたが、そんな中で杖を向けられると言う死の宣告に遭っても、気丈に挑戦的な笑顔を見せた。
「……貴様ら…………」
「もう、悟ってよ。あなたは努力する方向を間違えたんだ。
 インニェイェルドは正しい方向に向かおうとした。だからあなたに粛清された!」
 フィッツの声を耳に入れたヴァルデマールは、怒りを消して嗤って、手を掲げ、真につけられた傷を見せつけるようにする。
「一撃だ。
 この戦いが始まって、お前達が僕に与えられたのは、この小さな傷と、たったの一撃だ。
 見るが良い、このガラクタもまた、僕の瘴気には、僕には勝てない」
 ヴァルデマールがすっと指差す先で、コアが地面に膝をついている。彼の足元に留まる瘴気が、まるで彼を誘うかのようにゆらゆらと広がっていた。
「フフフ……そのまま頭を垂れ、僕に永続の忠誠を誓うがいい」
 ヴァルデマールの声が、足元に広がる瘴気が、コアを永遠の闇へと引きずり込もうとする――。

「ちょっとーーー!! なにこんな所で寝ようとしてんのよーーー!!
 ハーティオン、あなたがここに来たのはそんなことの為じゃないでしょ! 目を覚ましなさい!!」


 意識を手放しかけたコアの耳にラブの声が届き、まるで引っ叩かれたように意識が戻った。
(そうだ……私にはまだやるべき事がある。
 私は知っている。力を奪われ見知らぬ土地へ打ち捨てられ、灰と蔑まれても屈しなかった男を。
 己の家族と友人の為、いかなる傷も恐れず戦う男を。
 人の為、いかなる障害にもひるまず立ち向かう少女を)
 彼の中にアッシュ、アレク、豊美ちゃんの姿が順に浮かんでは消える。
 共に戦い続けた仲間の勇姿が、彼に力を与える。
(私の中に渦巻く力……人々が持つ、いかなる苦難にも立ち向かう心のエナジー……
 それは……『勇気』!!)
 瞬間、コアの胸の『ハート・エナジー』が輝きを取り戻し、なおも強くなっていく。
「無駄な事を」
 唾を吐きかけるヴァルデマールの声を振り払い、コアが指を突きつけて言う。
「ヴァルデマール! 確かに人はお前のように完璧ではない!
 だからこそ、いびつな力でも、どんなに小さくても、手を取り合い、肩を貸し合い、『皆』で力を合わせてお前を超えていくのだ!!」
 そして高々と、『勇心剣』を掲げる。
 剣はコアの『ハート・エナジー』を受けて強く光を放っていた。

「オオオッ!
 行くぞ! 勇・心・剣!!」


 掲げた剣を地面に突き立てる。
(人々の心の力よ! 皆に……仲間達に……奇跡の光を!)

「お、おおおー!
 すごい、すごいよハーティオン!」
 コアが剣を突き立てた直後広がった光によって、自分も力が湧いてくるのを感じながらラブがコアの元へ飛んだ。
「……あれ? ハーティオン、どしたの?」
 そして、コアの異変に気付く。てっきりここから反撃に転じるかと思われたが、コアは今の姿勢のまま微動だにしない。
「もしかして……寝てる!?
 こらー起きろー! こんな所で寝てたら格好の的でしょー!」
 ラブがいくら揺さぶっても、コアが動き出すことはなかった。
 ……これこそがコアが葦原で手に入れた二つ名、【勇者心話】の『彼が信ずる者に一定時間力を与える』という効果だったのだ。
「あぁもう、ハーティオンがやらないならあたしがやっちゃうんだから! この最強アイドルの歌でぶっ飛んじゃえー!」
 常ならば戦いは隠れて遣り過ごすラブが、遂に痺れを切らせて歌い始めた。新たな幸せの歌声に、ヴァルデマールの瘴気が晴れて行く。

 そうしている間、アレクとウルディカ達は戦いを続けていた。既に瘴気を体内に受け入れてしまったハデスらと違い、三人は影響を強く受けていた。
「おにーちゃん、頑張ってなの!」
 翠とサリアが祈るように見守る中、ペルセポネは微笑んでいた。
「よし、この調子なら……」
 ハデスによって作られたビームブレードを両手に握り、ペルセポネはアレクへ向かってミサイルポッドの全弾を撃ち、咲耶と一緒に飛び込んで行く。
「さあアレクさん――」
「コレで終わりですッ!!」
 硝煙の中へ咲耶がスリッパを振りかぶり、ペルセポネがブレードを突き刺した。
 だが感覚がない。
「ッな!?」
 ごんっと鈍い音がして、咲耶の頭に拳が落ちた。
「いい加減にしなさい」と低い声で言い聞かせると、アレクは悶える彼女の頭を掴みラブの方へ放りなげる。ハデスの方は殴るのも面倒だから蹴り飛ばした。
「お姉ちゃ、ハ、ハデス先生〜ッ!」
 パートナー達を呼びながらも、ペルセポネは一人ギリギリのところで逃げ果せたが――
「全く……瘴気があるからって調子に乗るなよ。行け!」
 アレクは何時の間にか生み出していた権杖で地面をトンと叩き、氷の道を作る。
「はあああっ!」
 絶対零度にまで達すると言われるほどの冷気を帯びた剣が迫ってくるのに、ペルセポネは高機動ユニットをフルパワーにして逃げようとするが、スノゥが激しい光りの雨を降り注がせる為、それを避けるペルセポネとアレクが作る道を駆ける『彼女』のスピードでは、圧倒的に向こうが早い。
「あ、わ、ど、どうし――」
「ミリア、当てろ!」
 アレクが指示する声と同時にミリアは、剣を下段に構えた剣を斜めに斬り上げ、同じ軌道で振り下ろす。 
「もふッ! もふッ!」
「きゃ、きゃあああっ!」
 勢いと、何時もの装甲パージを頭の中に描いていたペルセポネは悲鳴を上げる。だが、次の瞬間彼女を襲ったのは、刀傷の痛みでも、何時もの裸になってしまう恥辱でもない。
「やーーーんもふもふスーツかわいいー!!」
 ミリアの二つ名の能力によってパワードスーツはもふもふになってしまったのだ。それを見たもふリスト・ミリアの興奮は最高潮に達し、高速の頬擦りが止まらない。
「くっ、くすぐったい! もう駄目、誰か助けて〜!」

 一方、ラブの歌で契約者が瘴気から回復を始める中、ヴァルデマールの周囲四方八方はアッシュの炎で取り囲まれていた。
「もっと、もっと送ってくれ!!」
 アッシュの声に、フィッツは己の限界まで魔法力を引き出し、炎を送り続ける。二人の額には疲労の汗が浮かぶが、それはヴァルデマールも同じだった。
(熱い……!)
 ヴァルデマールが表情に出すまいと努力しているのを見て、アッシュは杖をより一層深く突きつける。
「この炎は僕だけのものじゃない。ここまで僕を連れてきてくれた者達の思いが詰まった、意思ある炎だ。お前が操る炎とは違う!」
 炎の勢いはさらに激しさを増し、ヴァルデマールは防壁が破れつつあるのを悟った。そんな瞬間だった。
 グラキエスがポチの助がかつて贈ってくれた魔力制御装置を外し、更に潜在能力の全てを解放した状態で飛び込んで来たのだ。
 片刃の剣を鞘走らせれば、闇と共に魂すら凍るような冷気が迸りアッシュとフィッツの炎に苛まれていたヴァルデマールを襲う。
 身体を内部から破壊されるような苦痛にヴァルデマールが目を剥いた時、【螺旋】の回転力を得た刃が防壁を貫いた。
(僕の魔法が、負ける――?)
 ヴァルデマールは生まれて初めて、それを実感していた。『力』の全てを持っていると思っていたのに。地位や名誉だけが、自分に足りないものだと信じて来たのに……。
 実感しながらも信じられないという思いに自失していた僅かな時、【眇を撃つもの】セレアナの銃弾が腕の肉を抉った。
「…………ぇ?」
 何が起こったのかと確認した次の悲鳴が「ふヒェッ!」と間抜けなものになったのは、彼の頬が途中から半分こそげ落ちたからだ。セレンフィリティの【瞬きの豪力】が、ヴァルデマールの横っ面を大剣で吹き飛ばしていた。
 彼がそこで死ななかったのは、唯斗を襲ったあの硬質化の単語のお陰だろう。
「ふーっ、ふーっ」と息を漏らしながら、ヴァルデマールは初めてその場から足を動かした。
 逃げなければ。逃げて、防御して、回復しなければ!
 急に追いつめられた事に気付いて必死になる敵に、エルデネストは人の悪い笑みを浮かべながら道を作ってやる。
 空間を認識し、行動を予測し、氷の壁で視界を遮る。
 そうする間に真の肩から飛び出した兄タロウが、ヴァルデマールの周囲でぴょんぴょんと跳ねていた。
(鼠? 下らない目眩ましを……)
 笑えない顔で嘲笑しようとしたヴァルデマールは、何かに躓いて床に身体を打ち付けた。何かとは――
 振り返ったヴァルデマールは喉の奥で悲鳴を上げる。
「ぼくろ(僕の)、てええええあッ!!」
 手首の下から切り落とされた自分の手に、ヴァルデマールは混乱し、わーっと子供の様に叫び声を上げた。血と涎が撒き散らされるが、無様な姿を見ても小さな追跡者は何とも思わないらしい。
「おまえアッシュのおとうさんたちに、もっとひどいことしてきたのに、なんでないてんの?」
 泣いている、と指摘されて初めて自分の状態に気付く。
「セレアナがもうかたっぽもバーンてうってたから、もうツエもつかえねーな。つぎはクビか?」
 ケラケラと笑う高い声にヴァルデマールの頭が揺れた。
(違う!)
 そう、ヴァルデマールは氷壁の向こうから飛び降りて来た真に、関節を殴り砕かれていたのだ。小さな生き物に気を取られて一切気付かなかった。
 床に無様に転がり、魔法世界の魔法使いの生命線たる腕を失くし、屈辱を味わう。それでも一片だけ残されたプライドで、命乞いだけはしなかった。
「パラミタへの侵攻をやめて、魔法世界の支配を解くか!?」
 強い語気で問われ、ヴァルデマールは一度だけ頷き返す。
 すると真はくるりと背を向けた。
 ――ヤツは此方がもうこれ以上は戦えない、何もして来ないと判断したのだろう。これで助かる。否、これで勝てる! と、ヴァルデマールは思った。
「“兄タロウさん、行こう”」
 真が“暗器を持った腕を伸ばすと”その上に兄タロウが飛び乗る。その背中へ向けて、ヴァルデマールの邪悪な表情を向けた。
(馬鹿め!)
 ヴァルデマールはローブの中に腕を無理矢理突っ込み、もう一本の杖を握りしめた。
 握力は殆ど無く、杖を持っているというよりは指にひっかけているだけだが、それでも指からこぼれ落ちるまでに一発は魔法を使う事が出来る。
 それで全力の闇の炎を放てばいい。
 傷ついた身体では一つ一つの動作に時間が掛かりもどかしいが……
(大丈夫だ奴等は気付いていない。僕が勝者だ、僕が選ばれし者だ!!)
 と、そこで何故か氷壁が消え、死角となっていた部分が開ける。そしてヴァルデマールは見た。

 アッシュが杖を天井へ掲げる姿を。

 彼の両隣には、勝者へ付き従うようにスノゥの炎雷龍スパーキングブレードドラゴンと、グラキエスのバハムートが炎を吹き出し続ける。
「まだよ!」ミリアが火柱を降り注がせると、
「おらァッ受け取れッ!」唯斗が拳を突き上げ爆炎が放たれる。火の粉一つ漏らさず、【炎を操る者】アッシュは仲間の炎を受け取った。
 それは天井で渦を巻き、エルデネストの氷壁を溶かす程の凄まじい光りと熱を持って発動の時を待っていた。そうして時間が経てば経つ程、炎をアレクの『増幅』で内包する力を増して行く。
(早く、早くしなければ!)
 光景に目を奪われていたヴァルデマールは我に返り、杖を掴もうとした。大きな動きになれば、あちらに反撃の意思があるのに気付かれてしまうから、バタバタと動く訳にもいかない。焦れば焦る程、汗ばんだ指からは細い木片はすり抜けてしまう。
 そう、ヴァルデマールは気付いていなかったのだ。
 真が関節を攻撃する間に暗器で傷をつけると同時に意思を問う事で、ヴァルデマールが隠そうとしていた邪悪を見抜いていた事を。
(早く早く早く早く早く――!!!) 
「アッシュ! 此れが僕の、最後の炎だ!」
 フィッツの声が耳に響いた時、ヴァルデマールは漸く自分の杖を手に入れた。
「ぁあぁああああアアぁア!!」
 言葉になっていない唱えた呪文と闇の炎は、アッシュが仲間から受け取った真っ赤な熱に飲み込まれ、消えていった。