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ようこそ! リンド・ユング・フートへ 5

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ようこそ! リンド・ユング・フートへ 5
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「ようこそ! リンド・ユング・フートへ!」

 集団無意識世界の図書館リンド・ユング・フートの筆頭司書スウィップ スウェップ(すうぃっぷ・すうぇっぷ)は、くるくると色を変える虹色の空を見上げて、意識世界から下りてくるみんなをにこにこ笑顔で出迎える。
 ふわふわと、青いワンピースの裾をふくらませて、紫桜 瑠璃(しざくら・るり)が草原に着地した。
「いっちばーーーん! なの!」
 元気よくその場でぴょんとジャンプする。
「姉さまも兄さまも、早く降りてくるの〜。あ、霞憐ちゃんもなのー♪」
「もー。瑠璃はうるっさいなぁ」
 次に降りてきたのは緋桜 霞憐(ひざくら・かれん)だ。
「あと、霞憐ちゃんと呼ぶなと何度も言ってるだろ」
「えー? 霞憐ちゃんなのに? 霞憐ちゃんを霞憐ちゃんって呼べなかったら、瑠璃は霞憐ちゃんを何て呼べばいいの?」
「だから霞憐ちゃんって連呼するな!」
 霞憐が肩を怒らせていつものように瑠璃に言い聞かせている間に、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)の2人も着地する。
「リンドですか……懐かしいですね」
「本当」
 感慨深く、しみじみと周囲を見渡す。
 そう思うのは彼らだけではなかった。
「ふわーーー! ここ、リンドじゃない! なんか、すっごい久しぶり!」
 ラブ・リトル(らぶ・りとる)は表紙と裏表紙を翼のように広げてふよふよ空を飛んでいる本たちをつっついて、逃げる彼らをひとしきりからかったあと、あらためて周囲を見渡す。
「なんか今回はいつも以上にやたらと人がいるわね……。
 あ、タケシ!」
 降りてきている人や着地をすませた人でごった返すなか、松原 タケシ(まつばら・たけし)の後ろ姿を見つけたラブは勢い込んでそっちへ向かった。
「やっほー! この前のスライム退治ではうちのハーティオンがめーわく――って、あら?」
 長年の友人の気安さで頭に飛びかかったラブだったが、反応が薄いというか、まるっきり無反応であることに違和感を感じて言葉を止める。
 そこに、コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)が人の波を縫うようにして追いついた。
「ラブ、タケシが見つかったのか?
 タケシ、先日のスライム事件ではすまなかった。助力のつもりだったのだが、逆に迷惑をかけてしまったよう――ん?」
 話しながら近づいたコアも、タケシの前に立った途端、ラブと全く同じ違和感に黙り込む。
「あんたタケシ、よね……?」
 目を細め、じーーっと凝視する。
 そこにいるのはタケシに間違いないのだが、直視してくる、赤く発光する灰色の目も、なんだかいつもと違うような……?
 しかも、こうなるまで気づかなかったけれど、彼には親しげに腕を組んだ――というか、しがみついているというべきか――紺色の髪をポニーテールにした少女がいて、気安く彼の頭に飛びかかってきたラブを、気に食わないと言いたげな目でにらみつけている。
「あー、ラブ! こっちこっち!」
 意味が分からない、と小首を傾げていると、突然右手の人波の向こうからタケシの声がした。そちらを向くと、人の間からひょこっとタケシが顔を覗かせて、いつもの笑顔で手を振りながら近づいてくる。
「む?」
「タケシ!? そこにいたの!?
 じゃあこの人は……」
 振り返って、もう一度「タケシ」を見る。
 「タケシ」のとなりにタケシが並んだ。
「ルドラだよ。それと、ええと、妹分のラシュヌ。こっちは友人のラブ」
 タケシの紹介に、ラシュヌはますますルドラの腕を抱き込んで敵意めいた視線を送っていたのだが、ルドラに促されてしぶしぶという様子で「はじめまして」とつぶやいた。
「あんたたち、分裂したの?」
 ラシュヌの非好意的な態度より、そっちがラブには驚きだった。
「みたいだな。おれもすげー驚いた」
「肉体を共有しているだけで、もともと別の人格だ。驚くほどではない。それよりも、わたしが「意識体」と認識されたことの方がわたしには驚きだ」
「ふーーん。
 ま、いいんじゃない? これであんたも晴れてあたしたちの一員ってわけね」
 その言葉にルドラは何の反応も示さなかった。相変わらずの無表情だ。
 驚きが薄れるにつれ、ラブはあらためてタケシとルドラを見比べる。ルドラとタケシはそっくりだったが、正面からなら見間違えることはない。タケシの方がずっと表情が豊かで身振りも人間らしい。それに、目が元の黒い瞳だ。
 そのことがうれしくて、ラブはニヤニヤが止まらなかった。
「ルドラ、ほらあれ、何かしら? ちょっと見に行きましょ」
 ラシュヌはそっぽを向くとかなり強引にルドラを引っ張り、背中を押してさっさといなくなった。
「なにあれ? あの2人、ラブラブなの?」
 ラブが別の意味でまたもニヤつく。
「んー。いや、おれもよく分からないけど、どっちかってーとブラコンみたいだな。ずっと1人でいたとこに自分と同じくらい父親が好きな人が現れて、のぼせてはしゃいでるだけってルドラは言ってた」
 意識世界でルドラとタケシは同じ体を共有している。ルドラの訓練を終えて、ルドラが体を操っているときも意識を目覚めさせていることができるようになったタケシは、ルドラと体験を共有するばかりか、脳内会話もできるようになっていた。
「ふーん」
「タケシ、リーレンは? 来ていないのか?」
「ん? いるよ。ただ、あいつ、こっちへ来た早々ちょっと頼まれ事を引き受けちゃってさ。向こうで練習中。
 用があるなら呼んでこようか?」
「いや、それならば邪魔をしては悪いな。またあとにしよう」
「そうか?」
「うむ。今はほかに聞きたいこともできた。ルドラやあの少女といい、きみたちは私やラブの知らないところでまた何か冒険をしてきたようだな。ぜひ話を聞かせてほしい」
「そうよー! 抜け駆けはずるいんだからっ」
「抜け駆けって、そっちこそいつの間にか教導へ転校しちゃってたんじゃないか。
 ま、いーや。あっちにテーブルとイスがあるから、向こうで座って話そうぜ」
 などなど。タケシはコアたちにアストレースそっくりのアストー12が蒼空学園に駆け込んできてから始まった冒険譚について話しながら、会場の方へと向かう。
 また別の場所では、少し離れた場所へ降下したバァル・ハダド(ばぁる・はだど)セテカ・タイフォン(せてか・たいふぉん)など東カナン一同が小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)たちと一緒にこちらへ歩いてくるのが見えた。
 リンド・ユング・フートに召喚されたのは初めてで、周囲のファンタジックな風景に驚き、目を瞠ってキョロキョロしている。そのなかに恋人のオズトゥルク・イスキアとその子どもたち6人の姿を見つけて、シャオ(中国古典 『老子道徳経』(ちゅうごくこてん・ろうしどうとくきょう))が駆け寄った。
「オズ!」
「よお」
 人混みのなかに見知った顔を見つけられて、オズトゥルクはあからさまにほっとした表情を浮かべる。
「おまえ1人か? セルマは?」
「セルマは今日は来てないみたい」
 セルマというのはシャオのパートナーのセルマ・アリス(せるま・ありす)のことだ。
 シャオは、彼が庇うように右手で肩を抱き込んでいるのがオズトゥルクの養子で最年少の少年アスハルだと気づいて、少し手前で足を止めた。この状況にはた目にもおびえていると分かる少年の蒼白した面に、ゆっくりと近づく。
 以前イスキア家を訪問したことで、シャオはこの少年がとても繊細で、とても扱いの難しい子だと知っていた。
「こんにちは、アスハル。ひさしぶりね。元気にしていた?」
 目の高さを同じにして、驚かさないようにと手を伸ばしたつもりだったのだが。
 近づくシャオの手にアスハルの肩がびくりとはねて、オズトゥルクの背中へ逃げ込んでしまった。オズトゥルクの大きな手と体の隙間から、用心深い目がシャオの様子をうかがう。ほかの4人の少年たちはその態度にニヤニヤ笑っていた。オズトゥルクと、そして年長のフアレだけが困ったように見ている。
「アスハル。あいさつはどうした。できるだろう!」
 オズトゥルクがしかりつける。シャオがさらに声がけをしようとしたとき。アスハルはシャオをにらみ、きびすを返して向こうへ走って行ってしまった。
「あっ」
 そうなると思っていたというように、きゃーーーっとほかの4人が笑声を上げて後ろについて走っていく。
 弟たちのその態度にフアレはため息をつくと、あとを追おうとしたシャオを押しとどめた。
「あなたは親父さんと一緒にいてください。あいつらにはおれが言い聞かせておきますから。あとできちんと謝罪させます。
 親父さん、すみません。ちゃんと教えて、理解させてたつもりだったんですが……」
 申し訳なさそうに頭を下げて、フアレがあとを追って行った。
 フアレたち年長者組はシャオをオズトゥルクのパートナーとして理解し、受け入れているが、まだ十代前半の5人はその意味を理解しきれていないようだというのは、シャオも前々から感じていたことだった。
 子どもたちの後姿を見続けるシャオの肩にオズトゥルクの手が乗る。
「すまないな、シャオ」
「……ううん。なんでもないわ」
 まだまだ時間がかかるのは分かっていた、いずれはあの子もきっと分かってくれる……そう思いつつオズトゥルクの手を握ると、シャオは会場の方へ彼を案内する。


 そういった再会や驚きが草原のあちこちで起きているなか、子どもの落書きめいた太陽からシャワーと降りそそがれる日差しを浴びて黄金色に輝く草花を揺らしながら、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はなだらかな丘の中腹に立つスウィップの元へと急いだ。
「また呼んでくれてありがとう、スウィップ」
 そして「それから」と口にして、やおら何かをすくうように両手をおわん型にして彼女の前へ出した。
 ルカルカの手の上に小さめの光が集束し、花冠になる。
「リストラ完了おめでとう」
「これ、あたしに?」
「何がいいかいろいろ考えたんだけど、ここには何も持ち込めないから……」
 残念そうに言うルカルカに、スウィップは首を振って見せた。
「ううん、そんなことないっ。……ありがとう」
 ちょっと面映ゆそうな表情で受け取ったスウィップは、つくづくと手の中のそれを眺める。
「気に入らない? もう一度つくり直そうか?」
「あ、ううんっ。
 ただ、意識世界の花ってこんなふうなんだなあと思って。この子たちはどんな歌を歌ってたのかな、って思ってたの」
 その言葉に、ルカルカはふと、周囲でぱぱぱやー♪ と脳天気に歌っている花たちへと視線を向ける。これといい、虹色の空といい、シャワーのように降りそそがれている太陽光もまた、この世界のだれかが意識世界の知識から「こういうものかも」で生み出したものだったのだろうか?
 彼らは知識として識るが、そのもの自身を知らない。
 知識を正すべきだろうか。婉曲表現を脳内で模索するルカルカだったが、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)はもっとストレートだった。
「意識世界の花は歌わない」
「歌わないの!? でも、「花々が歌いさざめく」って──」
「それは文学的な比喩だ。
 貸してみろ」
 スウィップの手から花冠を抜き取ったダリルはその輪に彼女の三角帽子の先端をくぐらせ、広がったつばの所まで下ろす。
「これでいいだろう」
「ありがとう」
 手で触れて、花と帽子の具合を見たスウィップは、うれしそうに表情を明るくする。
 そうこうしているうち、ほかの者たちも着地をすませ、こちらへ続々と集まってきているのが見えて、スウィップはあらためて彼らの前にぴょこんと飛び出した。
「みんな、あたしの召喚に応じてくれてありがとう! パーティー会場はこっちだよ!」
 元気よくくるりと反転し、丘を越えた向こうをタクトで指し示したとき。
 彼女がそうするのを待っていたかのように、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)がその背にとびかかった。

「スウィップテメェコノヤロー!!」

 との呼び声に「え?」と振り向くとほぼ同時。アキラのフライングクロスチョップがあごにガツンと決まった。
 あまりに予想外すぎてとっさに反応できないでいるほかの者たちが驚きに目をむくなか、スウィップはスローモーションのようにゆっくりとあお向けに倒れる。
「幼気な幼女かと思っていたら、人妻でしかもお子さんまでいるだとぅ!?
 おのれ許せん! ちょっとおっぱい揉ませ――おおうっ!」
 ばったり倒れて目を回しているスウィップの前、仁王立ちしてまくしたてるアキラの背中に、次の瞬間ルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)のドロップキックが炸裂した。
「人妻で子どもがいるのはスウィップの友人の方じゃ! おぬしも知っておろうにこの狼藉とは! この変質者め!!」
 正確には元恋人で、人妻ではないのだが、この際正確さは関係ないだろう。
 並の者なら背骨が折れる勢いで吹っ飛んでいったアキラは、地面に埋没した頭をよっこらせと引っこ抜くと、頭をふりふり起き上がる。
 まったくノーダメージ! さすが無意識世界!
「だーーーって、せっかく揉めるチャンスなんだし、揉めるならこの際理由は何でも――」
「まだ言うか! このたわけ者め!」
「いいじゃん、ちょっとぐらい! 減るもんじゃなし!」
「言うにことかいて、今どきの小学生でももう少しマシな理屈を思いつくぞ! おぬしは小学生以下じゃ!」
「なんだとぅ!? ルーシェだってそんなロリっ子外見してて、意外とエロいパンツ履いてるくせにぃーーー!!」

 火に油をそそぐとはこのことか。

「……どうやら二度と目覚めぬことがお望みのようじゃな……」
 即座にストレートパンチで再びアキラを地面にダウンさせたルシェイメアは、死の女神のごとき微笑を浮かべ、背後には黒い邪悪な気を立ちのぼらせつつ右足を持ち上げる。
「ここで死ぬるがよい! ベッドで眠ったまま死ねるのじゃから本望じゃろう!
 あー、だれもが望む死に方ができて、アキラはほんに幸せ者じゃ!!」
「ああっ! ここでもやっぱ、こうなるのねーーーーっ」
 どげしどげし。
 沸騰したヤカンのごとく、漫画的表現でまさに頭からP−ーと湯気を吹き出しながら、我を忘れてアキラをどかどか踏みつけるルシェイメアの姿にだれもが唖然となって目を奪われているなか、セレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)はやれやれとため息をつきながら目を回しっぱなしのスウィップをひざに起こした。
(揉めるほどの胸なんて、ありませんのにね)
 そもそもの事の発端である胸を見てそっとため息をつく。
 そっと赤くなったあごを撫でると、すーっと赤みが消えていった。
「スウィップさん、大丈夫ですか?」
 やさしく名を呼ばれて、スウィップは「うーん……」と目を開いた。
「どこも痛いところはありませんか?」
「あ、うん……えーと……。
 何が起こったの?」
 名前を呼ばれて振り返った瞬間ガツンときて、目の前チカチカ星が舞って気を失ったスウィップは、それをしたのがアキラだということすら気づけていないようだ。
 セレスティアは少し困ったような、複雑そうな顔をしてスウィップを見返す。スウィップはすぐ、ルシェイメアにふるぼっこにされているアキラに気づいた。
「大変! やめさせなくちゃ!」
「ああ、いいんです」
 あたふたとタクトを振るおうとするスウィップをセレスティアが止める。
「あれがあの2人のコミュニケーションの取り方なんですよ〜。ああ見えて、とっても仲がいいんです。ほら、よく言うでしょう? ケンカするほど仲がいい、って。もちろんこの言葉があてはまらない場合もありますが、あの2人にはぴったりの言葉なんです」
 スウィップは半信半疑でセレスティアが笑顔で見守っている光景へと目を向ける。セレスティアには、ああして踏まれながらもルシェイメアとのやりとりを楽しんでいるアキラの内心が手に取るように分かっているらしいが、スウィップにはアキラがただ血まみれのボロ雑巾になっているようにしか見えない。
 しかし、アキラたちに関してスウィップよりセレスティアの方が万倍も詳しいのはたしかで。
 スウィップは「そう」と納得して、タクトを下ろした。
 ……どのみちそのころにはルシェイメアのおしおきも終盤で、ズタボロになったアキラはゴミ袋に首から下を突っ込まれてルシェイメアがクリエイトしたゴミ収集車に放り込まてれいたのだが。
 そしてスウィップは、気を失う直前自分が何をしようとしていたか思い出した。
「待たせちゃってごめん!
 みんな、こっちだからっ」
 なだらかな坂の上へ移動し、その向こうの草原にしつらえ済みのテーブルを示す。
 まるで夢のなかにでも出てきそうな、一面草原のなかに置かれた長テーブルたち。ふくらはぎの中ほどの高さの緑に対比して、白いテーブルクロスが映えていた。
 テーブルクロスの上にはまだ何も乗っていない。
「今料理を用意するから」
「あ、待ってっ」
 ポーンと宙を打とうと振られそうになったバトンを、そのときあわてた様子で後ろからだれかの手が掴み止めた。
 不思議そうな顔で振り仰いだスウィップを、秋月 葵(あきづき・あおい)が笑顔で見下ろしている。
「お料理なら、あたしたちがつくるよ」
「え?」
「そりゃあ招待してくれたのスウィップちゃんだし、あたしたちは招かれた立場だけど、でもこれはスウィップちゃんのリストラ完了記念のパーティーなんだもん。スウィップちゃんがお祝いされるべきだと思うんだよね」
 そう話しつつ、葵は後ろに視線を流して、そちらを見るようにスウィップにも促した。
 もうすでに彼らの間で話はついていたのか、葵に賛同するように、何人かがスウィップと目を合わせてうなずく。
「でも……」
 と、まだしぶる様子を見せるスウィップに、シルフィア・ジェニアス(しるふぃあ・じぇにあす)が進み出た。
「今日は私たちにごちそうさせて?」
 ひざに手を乗せ、前かがみになってできるだけ視線を合わせて言うシルフィアのとなりにアルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)が並ぶ。
「きみがやるより少し時間はかかるかもしれないけれど、その分味は保証するよ。きみに、向こうの世界の料理を味わってもらいたいんだ」
 もともとこの召喚の意味を知ったときから料理をふるまうことは考えていたけれど、花冠のやりとりを耳にして、ますます彼らはそう思うようになっていた。
 見た目の再現はできるだろうけれど、きっと彼女は本当はそれがどんな味なのかを知らない。それなら、味を識る自分たちがスウィップに本物の味を教えてあげるのだ。
「あ、スウィップちゃん、何か食べたい物ある? 何でも言って。和洋中、大抵の物なら何でもできるよ!」
 さっそく夫の月崎 羽純(つきざき・はすみ)がクリエイトしてくれた調理台の前につき、エプロンをかけながら遠野 歌菜(とおの・かな)が振り向く。
 調理台の上にはすでにたくさんの調味料と、ひと目で新鮮と分かる青々とした野菜や果物がふんだんに盛られたかごが並んでいた。
「何でも?」
「そう!」
 スウィップは少し考え込んでから答えた。
「じゃあね、イチゴをいっぱい使ったやつがいいな!」
 期待に目をきらきらさせた返答に、歌菜はほほ笑む。
「イチゴが好きなのね。分かった。じゃあデザートはイチゴ尽くしにしちゃおう!
 イチゴのクリームケーキにムース、アイス、パンケーキ。あと何があったかな?」
「歌菜、その前にメインの料理だ」
「はーい。
 じゃあ羽純くんはそっちの野菜を洗って。サラダ担当ね」
 上機嫌でふんふん鼻歌を歌いながら下準備を始めた歌菜は、ふと思い立ってほかのみんなにも言葉を投げた。
「みんなも何か食べたい物があったら遠慮なくリクエストしてね」
 そしてまた調理へ戻る。
 がっつり食べるんじゃなくて、みんなでワイワイ話しながら軽くつまめる物を、あれこれ考えながら無駄のない動きで調理するその後ろでは、葵がドリンクコーナーをつくっていた。
 テーブルの上にはさまざまな用途に合わせた形のグラスが並び、きらきら輝いている。
「何にしようかなー? 緑茶、紅茶、コーヒーは定番だよね。あとそれぞれの野菜のフレッシュジュースに、新鮮なミルク!
 うん、全部つくっちゃおう!」
 果汁が今にもしたたり落ちそうな瑞々しいフルーツを手に取って、クリエイトしたジューサーの蓋をあける。
「あ、そーだ。
 ね? スウィップちゃん、何か飲めないのある? ミントとかジンジャーとか、酸味や香りが強いと駄目って人もいるもんね。苦手な物とかは?」
「ない、と思う」
「そっかー。好き嫌いがないって、何でもおいしく食べれてお得だね!
 はい、これ。はちみつミルク。これでも飲んで、待っててくれるかな。甘くておいしいよ」
「ありがとう」
 差し出されたコップを両手で受け取って素直に口づけたスウィップがおいしさにまばたきするのを見て、葵は満足そうな笑顔になると、そっと言った。
「あのね、スウィップちゃん。これからも、もし困ったことが起きたらいつでも呼んでね♪
 だって友達だもん、いつだって助けにくるからね」
 リストラが終わったからって関係ないよ、とウィンクしてくる葵に、スウィップはもう一度「ありがとう」と笑顔になった。
「じゃあテーブルの方でみんなとおしゃべりでもして、待っててね」
 準備に戻った葵の邪魔にならないよう、スウィップはその場から移動することにした。