校長室
そんな、一日。~某月某日~
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2???年??月??日 書き上がった手紙に封をして、雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)は「よし」息を吐いた。そして、傍にいた南西風 こち(やまじ・こち)、ベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)、アドラマリア・ジャバウォック(あどらまりあ・じゃばうぉっく)に手紙を渡す。 「それぞれ渡してきてね。もう何十年も経ったから、いない人もいるかもしれないけど」 こちとアドラマリアが「はい」と返事をしたのに対して、ベファーナだけは沈黙を返した。手紙云々ではなく、別のところに問題があるらしい。 「ベファ、あんた本当に泣き虫ね」 「泣いてなんかいない」 「こんな泣き虫だとは思わなかったんだけど」 「だから」 「強がらなくていいわよ。少しならあんたの気持ちもわかるわ」 人間には考えられないほどの永い時を生きるベファーナは、もうどれほどの人間を見送ってきたのだろうか。そしてこれから、いつまで続くのだろうか。そう思うと、気の毒な気持ちにもなる。 そっぽを向いてしまったベファーナに苦笑して、リナリエッタはアドラマリアに視線を向ける。 「マリア。あんた結構根性はあるんだから、少しは自信もっていいのよ」 「そんな、私など……、いえ。……はい、これからは、出来るだけ胸を張って生きてみます」 余計な枕詞はついたけれど、上出来だ。リナリエッタが微笑みかけると、アドラマリアも微笑んだ。 「あ、私の魂は自由にさせてね。それと、ナラカかどっかで会ったらまた衣装製作をお願いするわ」 「ええ、喜んで」 「で、こち」 次いで、リナリエッタはこちに目を向ける。こちは「はい」と頷いてリナリエッタの目を真っ直ぐに見た。 「こち。私とこちはね、身体の中にある時計が違うって、ずっと前から教えてたよね」 リナリエッタが静かな声で話しかけると、こちは再び頷いた。 「うん。こちは偉くて優しい大人になってるからわかるか」 「はい。全てが違うと、マスターから教わりました。マスターの言うように、大人にもなりました。だけど」 こちは少し目を伏せて、そのまま小さな声で呟く。 「……でも、マスターの子供であることは変わりません」 ちくりとリナリエッタの胸が痛んだ。「こち」と名前を呼び、手を伸ばしてこちの手に触れる。 「私は、こちや皆に会えて幸せだった」 「マスター……」 「これから何が起ころうと、この幸福があるから大丈夫。 こちは、どう?」 「……、……こちも、幸せでした。素敵な、日々でした」 「うん。こちの毎日は、これからも続くわ。その毎日は、こちにしか歩けない道よ。 躓くこともあるでしょう。けど、こちの傍にはベファもマリアもいる。私だって、もしかしたらそこにいるかもしれない」 「……こちは、大丈夫です」 触れていた手が、ぎゅっと握りしめられた。 「覚えていますから。歩いて行けます」 「そう。じゃあ、安心ね」 微笑みかけて、リナリエッタは目を閉じた。 「……はあ。喋りすぎると疲れるわね」 そろそろ、幕が下りる時だ。物語の終焉が、近い。 めくるめくロマンスも、サスペンスも、情熱的なことはひと通り終えてきた。 後は、『私』という映画を見てくれた彼らたちがどう行動するか、それだけだ。 大女優リナリエッタ様の物語、貴方は楽しんでいただけた? リナリエッタが眠りについて、アドラマリアはこれからどうしようか、と考えた。 こちは、リナリエッタの前では強がっていたが、少し落ち込んでいるようだ。 しかしそれ以上に、ベファーナが沈んでいる。涙こそ見せなかったが、泣いているようなものだった。 「気分転換もかねてパラミタ行きましょうよ」 と言ったのは、リナリエッタから預かった手紙がリンス宛だったからだ。 「こち様は、どなた様宛でした?」 「こちは……クロエ宛です」 「奇遇ですね。よろしければ、一緒にヴァイシャリーまで参りませんか?」 こちは、アドラマリアの提案にこくりと頷いた。 ベファーナ様は、とそちらに向き直ろうとした瞬間、 「行かない」 と、窓の外を向いたまま、ベファーナは言い放った。 「手紙、地球の方宛でした?」 「知らない」 「え?」 「見てない」 「……見ないんですか?」 「開けたくない。知りたくない」 「そうですか……」 ベファーナの決意が揺るがないことは声から感じ取れた。アドラマリアは素直に引いて、こちへと笑いかける。 「では、私たちだけで参りましょうか。ヴァイシャリー行きのチケットは、手配しておきますから」 こちとアドラマリアが出て行って、丸一日が経過した。 すると静かなもので、嫌でも考えさせられる。 「何回も言ったのに」 ぼそり、と呟いたのは、たぶん心のうちに閉じ込めておくことがもう困難だったから。 何より誰も聞いていないから。 「永遠を生きようと言ったのに」 ベファーナはいつだって何度だって、愛した人に持ちかけた。 だけど、彼女も、彼も、それを拒んだ。 そして、永久に快楽を求め続けると思っていたリナリエッタですらも。 不快だった。 ひどく苛ついた。 どうして、誰も彼もいなくなる。 ……どうして、傍にいてくれない。 「…………」 ベファーナは引き出しを開け、リナリエッタが最後に遺した手紙を見た。あの日すぐにしまってから、触れてもいない。 手紙は、アドラマリアに言ったように開けるつもりはなかった。 何も知らずにおきたかった。 勝手だけど、この手紙を持っている限りリナリエッタと繋がっている気がしたから。 「これは言い訳かな? リナ」 皮肉げな笑みを浮かべ、引き出しを閉める。 そして引き出しに鍵をかけ、その鍵をゴミ箱に捨てた。 工房へ行くと、リンスは揺り椅子に身を預けていた。 「お久しぶりです」 アドラマリアの挨拶に、しばらく考えた後「懐かしいね」とリンスは答える。 「どうかしたの」 「はい。リナ様からの手紙を預かりましたので、渡しに」 「そう。雷霆は、元気?」 「先日、永い眠りに」 「……そう。それは、残念だ」 短いやり取りの後、アドラマリアはリナリエッタからの手紙を渡す。 リンスはペーパーナイフを取り、丁寧に封を開いた。 中から、可愛いレースの切れ端が覗いた。 「『これでいつか可愛いドレスを作ってください』だって」 「リナ様らしいですね」 「うん。最近は、あまり作ってなかったんだけど。このレースを見たら、また作りたくなったよ」 「それは何よりです」 アドラマリアはリンスに微笑みかける。リナリエッタもきっと、本望だろう。 クロエはもう随分と前に人形工房を出て暮らしているらしい。 こちは、リンスから聞いた住所を手に、クロエの家を探していた。 やがて見つけた一軒家のインターホンを押すと、玄関が開いて変わらぬ姿のクロエが現れた。 「こちお姉ちゃん……?」 クロエは、こちの姿を見て驚いたようだった。それもそうだろう、こちがパラミタを去ってから会うのは初めてだ。 「久しぶりね! 入って。この間、美味しいお茶を買ったばかりなの。淹れるわ」 招かれたリビングで、こちはリナリエッタからの手紙を受け取ったこと、それがクロエ宛だったことを伝え、手紙を渡した。 「二通……?」 「一通はこちからです」 「読んでもいいかしら?」 「はい」 クロエが手紙を読み終えるのを、こちは出された紅茶を飲みながら待った。 リナリエッタからの手紙は、『こちと遊んでくれてありがとう』という内容で、こちからの手紙は『初めての人形のお友達へ』という書き出しから始まるものだった。 クロエと会えて、こちは、人形は、一人でないと知った。 工房で過ごした時間を決して忘れない。 そういった内容だ。 読み終えたクロエは、とても大事そうに手紙を抱いた。 しばらく話をしてから、こちはクロエの家を出た。 街へ着くと、時計を見た。アドラマリアと待ち合わせをした時間まで、まだ少しある。 なので、待ち合わせからほど近い場所にある店を見て回ることにした。 ある店に差し掛かると、こちは足を止めた。 「こんにちは、兄弟姉妹」 ショーウィンドウには、人形が並んでいる。