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リアクション
第10章
――戦闘は佳境に入っていた。
(意外にしぶといな……)
『魔王』にまでなっただけに、ムッチーは中々に強かった。ぶ厚い筋肉は伊達ではなく、彼の見た目にどうしても戦意が削がれるジェイコブが強化した肉体で鳳凰の拳と雷霆の拳でフルボッコにしても倒れずに反撃してくる。
「離れて!」
そこでエースの裁きの光による光の雨が『魔王』を襲い、彼が逃げ惑っている間にメシエがホワイトアウトを使う。猛吹雪に視界を阻まれ、肉弾戦に不利と悟った『魔王』は雨を避けつつ魔法攻撃を放ってきた。それを、真・月光蝶仮面がアブソリュート・ゼロの氷の壁で防ぎ、ポイントシフトを使った彼女は超高速で筋肉男の懐に入り込む。
「むっ! むぉ! もっ!」
一騎当千で上げられた真・月光蝶仮面の攻撃力にはさしもの『魔王』もひとたまりもないのか、一度拳を受けた後は防御体勢を取る暇もなく、連打は次々に命中する。
「君が! 泣くまで! 殴るのを! やめない!!」
「ぶぉ! お! の!」
「ふはは! 可愛いものを守る正義の拳だ! 変態よ、悔い改めるがいい!」
もう、将来トラウマになること間違いなしである。
「……ひいはへんにしろ!」
『魔王』はやっと1回、拳を避けて真・月光蝶仮面に殴りかかった。ちょっと泣きながらの反撃から身をかわして彼女が距離を取ると、次にラルクが雷光のように素早く身構えて『魔王』に重い一撃を加えた。間髪入れずに滅殺脚を装備した右脚で回し蹴りをする。攻撃は避けられることなく、ラルクは続けて七曜拳を繰り出す。
「こちとら日頃から鍛えてんだよ! なめんじゃねぇぞ!!」
割れた腹筋に7連続で拳を叩き込み、7撃目で吹き飛んだ彼を自在によって具現化した闘気で追い討ちをかける。
「のおおおおっ!!」
「私が更生させてやろう。さあ、死ぬがよい!」
ぼこぼこにされた『魔王』の口に真・月光蝶仮面がお手製のテロルチョコを突っ込む。
「ぶほっ!」
チョコを飲み込んだ『魔王』は、毒よりも不味すぎるその味にとどめを刺された。月光蝶仮面自身に自覚はなかったが、彼女の料理は恐ろしい破壊力を持っていたのだ。
「……………………………………」
仰向けに倒れた『魔王』は、口から泡を吹いて目をぐるぐるにした。追撃をかける者はなく、皆は彼の様子を伺った。黒く光る虫に殺虫剤をかけた後、動くか動かないか見つめている時と似ているかもしれない。
「うーん……色々魔王が可愛そうな人に思えてきたの」
そこで彼に近付いたのは、ハツネだった。ハツネもまた、何かチョコレートを持っている。ハツネ特製リア充チョコだ。
「可愛そうな人には、愛情を持って優しくしなさいってお母さんに言われてるの。だから……はい。ハツネの愛情なの」
彼女がチョコを食べさせると、ぼふん、と爆発音がして『魔王』の頭はアフロになった。
「……ふぅ、いい事したの」
ハツネは満足そうに額の汗を拭う仕草をし、「あっ!」と嬉しそうな顔になった。
「何だか久々の充実感……ハツネはいい子なの!!」
そのまま、彼女は街中へと消えていく。未来についての話題には興味が無いらしい。
『…………』
――しばらくの間、幼女の爆弾魔がパラミタ中を暗躍したとかしなかったりとかしたらしいが、それはまた別の話である。
「ちょっとやりすぎたか? 軽く応急処置しておくか」
ラルクがアフロ頭になった『魔王』の傍らに膝をついて手当てを始めた。ラルクの目的は彼をやっつける事ではなく、むきプリ君と話をさせる事だ。エースも、『魔王』をこらしめてそれで事態が解決するかというと微妙だと思っていた。メシエと戦闘に協力したのは、彼を生け捕る為である。殺して終わり、などというそんな単純な解決方法を認めてやる訳にはいかない。敵だと言って葬るのは簡単だけれど、そうではない未来への模索があってもいいと思う。
「目が覚めても暴れないように、拘束しておこう」
エースはエバーグリーンで街路にある植物を急成長させ、ムッチーを蔦でぐるぐる巻きにしてから命の息吹を使う。治療しながら、彼は言った。
「過去に来て、お前の感じている事や考えはおかしいと皆にののしられてボコボコにされるってのは辛い体験だろ。『破滅の未来の記憶を持った魔王』を平和に何とかするには、彼が固執している記憶を消失させればいいんじゃないかな。記憶がなくなれば、彼も、もっと幸せな未来に進めるかもしれない。つまり……」
話している間にも、ムッチーの治療は進んでいく。
「『人の記憶の一部を消す薬』を飲ませてみたらどうかな。『成分』も提供してもらえるし」
「それは、私も考えてたわ。コイツに薬を飲ませれば、万事解決じゃない?」
リネンもそれに同意し、エースは彼女に頷いてから皆に話す。
「彼にも白紙の未来……沢山の可能性がある方が良いだろ」
『魔王』の記憶を失くさせて、きっぱりと憂いを断つのだ。
「もし意図する結果が得られなかったら、その時に処分については考えたら良いし。そうなったらナラカへ行ってもらうしかないけど」
さらりと恐ろしい事を言ってから、エースはむきプリ君に確認する。
「薬は、持ってるんだよな」
「ああ、勿論持ってるぞ!」
「その薬なら、私がチョコに入れておいたぞ。どの記憶に効果が出ているかは分からないが……」
「え?」
真・月光蝶――朔にエースが振り向いている時に、ムッチーが目を覚ました。彼は、ぐるぐる巻きになっているのに気付いて、魔法で反撃しようとする。
「お前達……! ワタシを怒らせたな!」
「あれ、もしかして……ムッチーちゃん?」
その時、道の向こうからノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が歩いてきた。『ツァンダに今日アイドルが来るよ!』と書かれたプラカードを持った予言ペンギンを抱いている。確かに、今日ツァンダにアイドルは来た。そして、ドMドSと化した。
陽太から全てを聞いたノーンは、物騒な衝突は避けたい、と『魔王』としてこの時代に来るかもしれないというムッチーを探していた。彼女は、大人になったムッチーを見た事は無い。だが、集まった皆の顔ぶれと、巻きついた蔦の上から出ているマスクを見て彼がムッチーであるとピンと来た。度重なる攻撃を受けてボロボロになったビキニパンツ部分が蔦に隠れていて、幸いだったとは言えるだろう。
「お前は……」
「えっと、覚えてる? わたしも、ムッチーちゃんが迷子になったとき探しに行ったんだよ」
「迷子だと……?」
「うん、みんなで!」
ドラゴンに浚われたという部分はあえて伏せてのノーンの言葉に、ムッチーは記憶を探ってみる。だが、彼の記憶のどこにも、彼女の顔は残っていなかった。
「覚えていないな! ワタシも子供の頃はよく迷子になったものだが……『みんな』と言われる程の人数に捜索された覚えもないな」
「そうかー……。でも、仕方ないね!」
ノーンは、特に残念そうにはしなかった。『記憶を失う薬』を子供のムッチーに飲ませた事を知っていた彼女は、ムッチーが覚えていないかも、と思っていたのだ。子供ムッチーと『魔王』ムッチーが同じ時間軸の人物なら、納得の結果だ。
「とりあえず、子供の頃の事は忘れたみたいね……、ドラゴン達を襲った事は覚えてる?」
リネンが訊ねる。『魔王』は最初、ドラゴンの数を減らす為に動いていた。だがその後は子供が出来ない世界を作ろうと、こうして治療薬の製造を阻止しようとしている。そこが綺麗に繋がらず、ドラゴンがどうこうというのは過去の話であり、今はとにかく子作りされるのがイヤなのかと彼女は考えた。その辺りの事を聞こうかとも思ったのだが。
「ドラゴン達を? 何故ワタシがドラゴンを襲わないといかんのだ!」
「覚えてないみたいね……」
その答えを聞いて、フリューネはそう判断したようだ。リネンも同感で、ムッチーはとぼけているような感じでもなかった。ドラゴンが襲われないと、未来で病気が広がった際に学者達は人口増加が原因だという結論を出さなかった――否、出すかもしれないが今回に至っては『魔王』の主張が影響していたのは確かだろう――と考えられる。となれば、ドラゴンが襲われたという事実が無くなったのではなく、先程食べたテロルチョコで記憶を失ったのだろう。
「それじゃあ、自分がここに来た理由や、未来で病気を広めたのは覚えてる?」
「もちろんだ!」
「……なんで、子供を作らせねぇようにしたいんでぇ? さっき、生まれなければ死ぬこともないっつってたな」
「単なるリア充爆発しろ……でもなかったみたいだけど、何があったの?」
闘神とリネンの質問に、ムッチーはだが素直には答えなかった。
「ワタシは『魔王』だ! 『魔王』が人類を滅ぼそうとして何が悪い!」
何がも何も悪いに決まっているのだが、確かに魔王としては正しい行動かもしれない。そこで、ノーンがムッチーに話しかけた。彼女は、その手に桃源鏡を持っている。
「ねえ、ムッチーちゃん、これを覗いてみてくれないかな?」
そうして目の前に掲げられた鏡には、モデル顔負けのイケメンが映っていた。そのイケメンはビキニパンツ1枚でベッドで手足を伸ばし、美女達を侍らせている。
「こ、これは……! そうか。ワタシの未来を映す鏡なんだな!」
「そうじゃなくて、ムッチーちゃんの理想を映す鏡だよ!」
「り、理想だと……?」
「…………」
ムッチーが更に鏡に目を近づける後ろから、闘神もそこに映る光景を確認する。まじまじとそれを見てから、「もしかして……」と彼は言った。
「ムッキーの一家は子供の頃それはもう可愛かったって聞いてる。……ってぇこたぁ……ムッチーは自分の容姿に絶望して……そして、愛が欲しかったんじゃねぇかい? 誰にも愛されず、ならいっそ滅ぼしてしまえばいいという……」
「な! 何を言うのだ!!」
座ったまま少し飛び上がり、ムッチーは叫んだ。どうやら図星だったらしい。
「単なるリア充爆発しろだったのね。あ、じゃあ……」
フリューネは、先程の話を思い出す。あのシリアスな台詞は何だったのか。
「生まれなければ死ぬ事もない! そ、それは確かだろう。ワタシは正しい事をしているのだ!」
「……自分の行動を正当化する為だったのね」
焦ったように早口で言う彼を見て、フリューネはそう感じた。そんな中、ノーンは環菜に電話を掛けていた。
「……ということみたいなんだけど、ムッチーちゃんが喜ぶ方法ってないかなあ。……え、ないの?」
『無いわね。変態を愛せる人を見つけるのは難しいわ。そっちで案が出ているように、記憶を失う薬を飲ませるのが一番良いと思うわよ』
話を聞いた環菜は、全く迷わずにそう言った。電話を切ったノーンが皆にそれを伝えようとした時、闘神がむきプリ君に言う。
「ムッキー……我とムッキーでムッチーを救ってやらねぇかい?」
「む、どうやってだ?」
「それはだな……」
むきプリ君も、かつてはこの義母弟のように暴走していた。それが止まったのは、彼と闘神が相思相愛になったからだ。むきプリ君は、モテたい愛されたいという欲望を、闘神に注ぎ込むようになったから。
それだったら――
「ムッキー……我はムッキーを愛してる……だが今はムッキー……我と共にムッチーを愛そう。全力で愛を注ぐ為に、この際ムッチーが弟だってぇのは忘れてくれ」
「や、やめろおおおおおおおおお!」
「今だ! ムッキー!」
「よ、よし、今だな!」
闘神は、イヤイヤをするムッチーの首を後ろから固定する。その口に、むきプリ君はホレグスリの瓶口を突っ込んだ。
(確かに、ホレグスリは偽りの愛だけど、それでも今のムッチーには必要でぃ!)
愛を知って、ムッチーを愛してくれる人が居るという事を分からせてあげたい。むきプリ君はまだ新しい弟の出現に戸惑っているみたいだが、彼は何れその1号になり、2号3号もいつか現れる時が来るだろう。
そしてムッチーは、目の前に居た兄に対して恋心を越えた愛心を抱いた。
「……兄さん……兄さん、好きだっ! 愛している! このワタシを愛してくれ!」
「……! 効いた! 効いたぞ闘神! ではまず……」
愛を注ぐにしても、街中ではおまわりさんが来てしまう。ホレグスリの瓶を持ったむきプリ君は、ムッチーを人の居ない所へ誘導しようと走り出した。薬が効き、拘束を解かれた弟は、恐ろしい勢いで追いかけてくる。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
「……ムッキー、これだけは言っておく」
その隣を並走しながら、闘神が声を掛けてくる。
「我の中にあるムッキーへの愛は無限大でぃ!」
「……ああ! 勿論だ!」
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