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魂の研究者と幻惑の死神2~DRUG WARS~

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魂の研究者と幻惑の死神2~DRUG WARS~

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 第7章

「何だか大変な事になってるらしいが、面白そうな事にもなってるな」
「むきプリ君の薬ですか……いい思い出がないですが、仕方ありません」
 色が違うだけで何だか見覚えのある小瓶が、ずらりとテーブルの上に並んでいる。それを見ながら、強盗 ヘル(ごうとう・へる)と2人で来たザカコ・ワルプルギス(ざかこ・わるぷるぎす)――この時はまだザカコ・グーメル――はどの薬を飲もうか考えていた。未来では、随分と大変な事になっているようで、このままではアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)と結ばれても子供が出来ずにずっと2人きりだ。
(いやそれはそれでいいのですが……)
 とにかく、それを打開する為の方法があるからには微力ながら力になりたい。
「……よく考えれば、本当に愛する者にしか効果が発揮されないという事は、アーデルさんへの愛を証明できるという事ですよね。この2種類の薬のどちらかにしましょう」
 ヘルに向けて話しつつ、ザカコは離れた場所でエリザベートと話しているアーデルハイトを見て思う。『支配される薬』は、ひょっとしたら普段とあまり変わらないかもしれない。
「そっちにするのか?」
『嫌いになる薬』を選んだ彼に、ヘルが言う。
「はい。あえてこちらにしてみます。薬が切れれば元に戻る筈ですから。ほら、ケンカの後はより仲良くなるって言いますし、雨降って地固まるとも言いますし……それに、ホレグスリを我慢できた自分ならこの薬にも耐えてアーデルさんへの気持ちが薬に負けないと証明できるかも……何ですか? ヘル」
「ん?」という顔をしたヘルに、何か変な事を話しただろうかと尋ねかける。すると、彼は呆れ混じりにこう言った。
「……なぁ、その薬に耐えちまったら、愛してないって事になるんじゃねえか?」
「…………」
 もう一度、自分で言った事を思い返してみる。そして、ザカコは気がついた。
「あああああ! 効果が出ないならアーデルさんへの愛が本物でない事に……!」
「それに、効果を出して成分を抽出するのが目的だから本末転倒だろう……」
 更なるツッコミを入れるヘルの隣で、ザカコはまだ頭を抱え声を上げている。珍しく大慌てしている彼を見ているのは面白かったが、まあここは忘れてやろう、とヘルは『人の記憶の一部を消す薬』を手に取った。そこまで愛している者がいないヘルには他の2種類は効かないだろうし、これは試すのに丁度いい記憶である。
(じゃあ飲むか……そうだ)
 薬を飲む前に、ヘルは『支配される薬』を1本確保した。ザカコが取り乱している間にアーデルハイトの所に持って行って思いつきを話す。少しして気を取り直したザカコがやってきた。とりあえず飲んでみよう、と思ったのだ。
「アーデルさん、これからこの『嫌いになる薬』飲みます。きっと効果を出してみせますから、見ていてください!」
「うむ、分かった。……見ておればいいんじゃな」
 自身も瓶に入った何かを飲んだ後、アーデルハイトは言う。ザカコは小瓶の蓋を取り、それを呷った。
(これも、アーデルさんとの未来の為……!)

 それから1分にも満たない後に展開されていたのは、無慈悲な目をしたザカコがアーデルハイトに身も蓋もない暴言(?)を投げる光景だった。
「そんな貞操観念の薄い格好で近付かないで貰えますか? 不快です」
「!! 何と!? し、仕方ないのお……」
 仰天したアーデルハイトは実に悲しそうな顔で距離を取った。彼女は自分の服装を気にするようにひもを摘んだが、ザカコは眉一つ動かさない。
「大体、美術室で自分がモデルになりまくったりと何ですか、目立ちたがりすぎなんですよ」
「……い、今はやっておらんぞ! あれは5年前の話で……」
「ビッチな上にBBAじゃないですか……歳を考えて下さいよ」
「ざ、ザカコ……」
 目を逸らさないまま、アーデルハイトは瞳をどんどんと潤ませる。そう的外れでもないから余計である。
 効果が切れるまで、ザカコはずっとこの調子だった。

              ⇔

「むむ、むきプリさんの薬を飲まなくてはいけないのか……未来の人達の為とはいえ、ちょっと怖いね」
 プリムからの連絡を受けた花琳・アーティフ・アル・ムンタキム(かりんあーてぃふ・あるむんたきむ)は、朔と満月・オイフェウス(みつき・おいふぇうす)が見守る中で率直にそんな感想を抱いていた。朔と満月は来ると警戒されている『魔王』に備える為、薬を飲むのは花琳だけだ。
「そうだよね。まさかこんなことになるなんて……」
 プリムは、むきプリ君の薬を誰かに飲ませないといけなくなる日が来た事にびっくりしていた。人数が必要なのは事実だが、効果が効果なだけに人に勧めるのも気が引ける。
「どうする? 花琳ちゃん。無理にとは言わないよ」
「……ううん、飲むよ。ええい! 女は度胸!」
 花琳は用意された薬の中から思い切って1本選ぶ。
「せっかくだから、私はこの瓶の薬を飲もう!」
 言うや否や、一息に飲み切る。「えっ……」と、まだ薬の説明をしていなかったプリムがそれでいいの? という顔をしたがもう遅い。空の小瓶を置いた花琳は、プリムを見つめて嬉しそうな笑顔になった。今にもとびつきそうな勢いで彼女は言う。
「……プリム君、好き。大好き!」
「ええっ!?」
「プリム君の為なら何でもやるよ。だから、命令して……」
「花琳ちゃん……!?」
 愛しげに言われ、プリムはわたわたして彼女の選んだ小瓶を二度見する。
(ほ、ホレグスリじゃないよね……!?)
 それはホレグスリではなかった。『愛する者に支配される薬』だ――と、いうことは。
『…………』
 事態を理解した朔と満月の目が丸くなっている。プリムの目も同様で、驚きの後から徐々に納得がやってくる。
 やっぱり。やっぱり、花琳ちゃんは――
「プリム君の命令なら何でも聞くよ!」
 まだ照れるどころではないプリムに、花琳は積極的にハートマークを飛ばしている。
「……でも、プリム君優しいからそんな強く命令出来ないだろうな……ああ、そんな優しい所も好き! 惚れ直しちゃう」
「わっ! え、えっと……」
「私、もう彼に身も心も支配されちゃったの……お姉ちゃん、彼との仲を許して!」
 遂にはプリムの首に腕を回して抱きついた花琳は、彼に甘えながら朔を振り返った。彼女のデレっぷりを前にぽかんとしていた朔は、それを聞いて我に返ったように保護者な顔になった。例えれば、挨拶に来た男に渋面になる父親のような雰囲気だ。
「あ、あの……」
 その彼女に、プリムは恐る恐る声を掛けた。彼は、花琳の気持ちが分かってほっとしていた。それと同時に、自分が彼女をどう思っていたのかを自覚したのだ。
 プリムが何を言いたかったのか分かったのか、朔はやれやれと笑みを浮かべた。
「花琳がここまでするんだ。認めてもいいが……妹を泣かせたら地獄見せるぞ?」
「! は……はい! ありがとうございます! お義姉さん!」
「やったー! プリム君、これからも支配してね!」
「う、うん……」
 薬のおかげで何だか変な挨拶だったが、プリムは素直に返事をした。もう『ガールフレンドです!』と言われても慌てることはないだろう。

              ⇔

「おお、お前達、よく来たな!」
「薬を飲んでほしいって言ってたわよね。新種のホレグスリでも作ったの?」
「ホレグスリではないぞ! 新種ではあるけどな!」
 パートナーに彼女が出来た頃、むきプリ君は綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)を迎えていた。先日の子供ムッチー救出の際に知り合った彼女達を、どうせ暇だろうし協力してくれと呼び出したのだ。
(もう……アイカツと学生生活で死ぬほど忙しいのに)
 さゆみがそう思う中で、むきプリ君は自分の薬が未来を救うのだということを自慢気に説明した。自慢気なだけに無駄に長い説明だったが一応その必要性と理由は把握した。
「つまり、この3種類の薬のどれかを飲めばいいのね」
「……わたくしは遠慮しておきますわ」
 薬に存分な怪しさを感じ、アデリーヌは謹んで辞退することにした。だが、さゆみはあっさりとOKする。
「いいわよ。どれを飲もうかな……」
 即決に驚くアデリーヌの隣で、色々と考える。
(アディになら、支配されてもいいかな)
 手が伸びたのは、『愛する者に支配される薬』だった。普段は、内気なアデリーヌを自分がリードするという関係だ。たまには、アデリーヌからリードされたいという気持ちも無い訳ではない。
 最愛の人であるアデリーヌは、吸血鬼にしてはあまりそれらしい印象がない。吸血鬼にはもっと傲慢というか――人間を見下すような、良くも悪くも闇の眷族としての驕りを感じさせるだけのものを持っている、というイメージがあるのだが彼女はそういったものとは完全に無縁だ。内気なタイプで傷つきやすく繊細で、万事穏やかで優しい。そのせいか、時折自分が吸血鬼であることを忘れてしまっている時もあるようで。
(……いいのか、そんなんで?)
 薬を持ったまま、つい長々と脱線気味の事を考えているとアデリーヌが「さゆみ?」と声を掛けてくる。
「あ、アディ、私、これを飲むわ」
「それでいいんですか?」
「なんか、面白そうじゃない」
 人類の未来が掛かっていると聞いても、さゆみに緊張感や使命感は全く無かった。アデリーヌは、呆れたように軽く息を吐いた。
「……さては、楽しむ気満々ですわね」
「変に悲愴ぶるよりいいでしょ?」
 薬の効き目がいつまでかは知らないが、たまには主客逆転もいいだろう。
(さてはて……どうなることやら……)
 結果は風任せ、と深くは考えずに薬を飲む。そして、さゆみは。

「私はアディだけのものよ……アディ以外の人に支配されたいなんて思わない」
 ――すっかりドMと化していた。
「さ、さゆみ……」
 目を潤ませ、支配してオーラを漂わせてくるさゆみをアデリーヌは弱り気味に見下ろしていた。どうしようかと困惑していると、さゆみは熱意を込めて迫ってくる。
「何でも命令してほしいの……アディの命令を聞くことが最高の喜び……!」
「…………」
 アデリーヌは困り果てたが、試しにそれっぽい言葉をかけたらどうなるだろうとも一瞬考えてしまった。ひたすらに求めてくるさゆみに押されるように、彼女の口から言葉が漏れる。
「わ、わたくしの下僕になってくださいませ」
 それをきっかけに、アデリーヌは箍を一気に外した。奇妙な解放感の中で理性を失い、嗜虐的喜びに溢れたSっ気たっぷりの表情でさゆみに言う。元々吸血鬼であるアデリーヌには、基本的にSっ気な表情がよく似合った。
「頭が高いですわ! ひれ伏してアディ様と呼ぶのです」
「アディ様……」
「血をわたくしに捧げなさい。さゆみの血は、全てわたくしのもの……」

(どうにも意気が上がらないな……)
 警備を続けながら、ジェイコブは校庭のそこここで起きている『薬』を飲んでのあれこれを半ばうんざり、半ば呆れという感じで見ていた。分かってはいたことだが、未来に蔓延る『病気』を直す『特効薬』――それを作る方法はやはりおバカ過ぎるというか、少なくともまともではない。
 頭痛を覚えそうな光景の中で、だが、真面目な働きぶりを見せる一角もある。それが、薬を飲んだ皆から『成分』を抽出するため採血をしている所だった。そこだけは『仕事をしている』空気感があり、あそこに集めているのは皆の努力の結晶なのだということを思い出させる。
「なんだかな……とは思いますけどね」
 隣を歩くフィリシアが苦笑まじりに言う。ジェイコブの気持ちを読んだだけではなく、実際に彼女もそう思っているらしい。
「だが、あれを守り切るのがオレ達の任務だ。製作工程そのものはアホらしくても、それが未来の人類を救うきっかけになるのだからな」
「ふふ……そうですわね」
 やれやれという雰囲気を残しつつ軍人としての顔に戻ったジェイコブを見て、フィリシアは微笑んだ。

              ⇔

「色々と言い過ぎた気が……すみません」
「全くじゃ。随分な事を言ってくれたのう。薬が効いていたからといって……む?」
 薬の効果が切れてから、ザカコはアーデルハイトに謝った。だが、彼女は立腹気味だった。それが途中で、何かに気付いたのか黙り込む。何に、といえばそれは勿論、一つしかなく。
 彼女の様子を見て、ザカコはふと微笑んだ。
「でもやっぱり、自分はアーデルさんの事を愛していますよ」
「う、うむ……そのようじゃの」
 常に動揺無く彼と接しているアーデルハイトだったが、今はどこか照れのような表情を浮かべている。そこで、ザカコは薬が効いていた時の彼女を思い出した。面と向かって失礼な事を言われたとはいえ、事情を理解していた上であそこまで目を潤ませるだろうか。もう少し、泰然としていそうな気がするが。
「……そういえば、アーデルさんも何か薬を飲んでいましたね」
 自分が薬を飲む前の事を思い返す。それが『愛する者』系の薬だったとしたら彼女の態度も納得できる。薬の効果が出ていたのだ。
 と、いうことは。
「もしかして、脈があるんでしょうか……?」
「ホレグスリを先に飲んでいたからのう」
「え、ホレグスリ?」
「私も成分の抽出に協力したいが、効果が出なかったら困るじゃろう? それで、誰かに惚れる為にホレグスリを飲んでから支配される薬を飲んだのじゃ。この方法を考えたのは私ではないがのう」
 アーデルハイトはちらりとヘルを見る。どうせだから彼女にも飲ませてみようと思ったヘルは、この2段構えで薬を摂取したらどうなるのか興味を持って彼女に試してみないかと勧めたのだ。
「……決して、誰に惚れとるのか隠す為じゃないからの」