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リアクション
●十年目のヒャッハァ〜!
最終決戦、つまり現在では『創空の絆』という名称で呼ばれることの多いあの事件から十年が経過した。
山葉 涼司(やまは・りょうじ)と山葉 加夜(やまは・かや)のその後については、事件から数年後の同窓会でごく軽く触れたが、改めてここで、しっかりと彼らの足跡を追っておきたい。
涼司は希望通り、完全に政界を引退した。そしてこれも希望通り、医学部の過程を優秀な成績で終えて医師免許を取得、現在はツァンダにて眼科医を営んでいる。
といっても大々的なものではない。看板は『山葉眼科クリニック』という地味なものであり、従業員も受付兼助手の加夜のほかはないというささやかなものにすぎなかった。診察室に入ったところで、かつて蒼空学園で校長まで務めたあの山葉涼司が医師だと知って仰天する患者も少なくない。
彼ら夫婦の愛娘は九歳になった。蒼空学園の初等科に通っており、元気にすくすくと成長している。
本日は休日、とりたてて予定のない一日で、家族三人は水入らずで自宅を出た。
午前中の涼しい道、近くの公園へ向かって歩く。
少女、つまり二人の娘は涼司の手を握って放さない。しかも、
「早く早く」
と、ぐいぐい、涼司の手を引っ張る。
「ほら花音、そんなに急かしたらお父さん大変でしょう?」
加夜がやんわりとたしなめる。しかし花音は、「だって−、お父さんのんびりしてるんだもん!」と頬を膨らませた。
少女の名は『花音』だ。山葉花音。
それは涼司のかつてのパートナー花音・アームルート(かのん・あーむるーと)を彷彿とさせる。涼司と共にニルヴァーナへやって来て、彼を守るため光に消えた少女を……。
彼女の名が花音・アームルートに由来することは言うまでもないだろう。
そればかりか、花音は似すぎるほどに彼女に似ていた。花音・アームルートをそのまま若返らせたかのようである。
加夜が結った髪はポニーテール、それは花音のお気に入りの髪型で、なにかというと加夜に結ってくれるよう頼む。可愛らしいリボンでまとめるのが花音の好みだ。
「花音が早く行きたいと言うのなら……」
涼司は足を速めようとするが、加夜は花音の片手を手に取って、
「お父さんは花音には甘いんだから」
と苦笑するように言った。
「なら三人で、こうやって歩きましょう」
「えー、もっと急ぎた〜い」
花音はそうは言うものの、口調はなんとも楽しげだ。
「ね? だったらお父さんとお母さんで、手を持ちあげてぶーらぶら、ってやってよ。花音ね、あれ大好き!」
「もうそんな歳じゃないでしょう?」
このとき、
「ヒャッハァ〜! 確かに、もう『いい歳』だぜェ〜!」
加夜と花音の会話に、荒々しく割り込んでくる声があった。
ジャラジャラと音がする。それは彼が腰からぶら下げた太い鎖の立てる音。
彼の装備する金属は鎖にとどまらない。年季の入った革ジャンのいたるところには、ウニよりもトゲトゲのスタッドが打ち込んであり、太い腕にも、ひどく重そうな鋼鉄のリストバンドが鈍い光を放っていた。
頭にそびえ立つのはモヒカン。それも、重力を無視した天突く剛毛だ。
逆三角形の目線は強烈、しかも三白眼ではないか。
その名は南 鮪(みなみ・まぐろ)、凶暴という言葉に足が生えて歩いているような存在である。
彼はどんなときでも鮪流である。親子の団らん!? 知ったことか。ホームドラマはストップ! ここからは鮪タイムへと突入だ。
「ヒャッハァ〜花音! 約束通りお迎えにやって来たぜぇ〜。これは昔から決まっていた愛の出意守手射仁威だからなァ〜!」
舌なめずりしながら鮪は唸る。それはまるで、大きな爬虫類。
「な……!」
反射的に涼司は花音を背後にかばおうとした。
しかしその花音は、父親の身をかいくぐって鮪の眼前に躍り出たのである。
「本当に待ってたんですね!?」
花音の口調はあきらかに変化していた。
最前までは、九歳の女児そのものだったのが、どこか大人びたものになっている。目からも幼さが消え、情熱的な輝きを放っていた。
「鮪さん?」
加夜も驚きを隠せなかったが、それでも、涼司よりずっと落ち着いた口調で鮪に呼びかけた。
「ヒャッハァ〜! その通り、正真正銘の俺、いわば『ザ★俺』だぜェ〜! 長かったナァ、十年! だがあっという間だった、って気もするぜェ〜!!」
鮪の口調はやはり獰猛だが、そこにはどこか、感慨に浸っているような雰囲気もあった。
「待て!」
涼司は花音の腕をつかみ、鮪には当惑と悲しみを隠さずに言う。
「娘は……花音はまだ九歳だ。生まれ変わりなのは認める。だがもう少し親元に……」
「知るか! もう充分な年頃だろ! 山葉はメガネでもかけてその嫁と子供を更に殖やしてろ!」
鮪は容赦ないが、それ以上に決定的だったのは、当の花音の言葉だった。
「お父さん、いえ、涼司さん……私は目覚めました。私の気持ちを知っているのであれば、どうか、行かせて下さい」
「花音……」
涼司の声が震えていた。だが彼は、観念したかのように手の力を緩めていた。
涼司の手は、花音から離れた。
「もう一度だけ呼ばせて下さい。『お父さん』、『お母さん』、これまで本当にありがとう。私、幸せになります」
身悶えするようにして鮪は彼女を抱きとめると、略奪するようにして小脇に抱え、
「ヒャッハァ〜! 山葉お前じゃ花音を理解しきれねえ! ここからは俺のターンだぜェ〜! 今度の花音はお前の剣の花嫁じゃねえ、この俺の『花嫁』だァ〜ヒャッハァー!」
という言葉だけ残してたちまちかき消えてしまった。
光学迷彩を発動させたのだ。
直後、バイクのものと思われるエンジン音が立った。耳を聾するほどの爆音だ! 違法改造しただけでなく、さらにホーンだのなんだのを取り付けてわざわざヴォリュームアップしたものと思われた。
爆音と地面の震動が遠ざかってゆく。
目には見えども加夜は確認した。花音が旅立っていったということを。
「涼司くん……」
加夜は夫に呼びかける。
「これが一番良かったと思いませんか? いつかはこうなるとわかっていたのですから……別れは、突然くらいのほうがいいんです」
「ああ」
涼司は下を向いたままだった。彼とて理解はしているのだ。素直に納得できたかどうかは別にしても。
「十年たっても花音を好きでいてくれた鮪さんなら幸せにしてくれると思います」
「……わかってる」
そんな涼司の身を、ぎゅっと加夜は抱きしめた。
「忘れないで下さい。悲しいときは、いつだってこの胸を貸します」
「そうだな」
彼女を抱きかえし、涼司は呟いた。
「そばにいてくれ。加夜は、加夜だけは……ずっと」
このとき、加夜は口元に手を当てていた。
数秒、呼吸を整えてから言う。
「ごめんなさい、最近、ちょっと体調がすぐれなくて……」
表情を曇らせる涼司に、彼女は言った。
「心配しないで……。涼司くん、むしろ喜ばしいことかもしれませんよ。また賑やかになるかも」
にこりと加夜は微笑んだ。それは、女性にしかできない微笑みだった。
その後検査を受けて、加夜と涼司はまた、新たな命を授かったと知ることになる。
太いタイヤの改造スパイクバイク、その名も高き補陀落科数刃衣躯馬猪駆は、街を穴ボコだらけにしながら一気に駆け抜けて森に突入した。倒木を砕き小川も沼も乗り越え、これも易々と抜けてしまうと、今度は道なき道、すなわち荒野をひた走る。
どこまで走っても、バイクの勢いは落ちない。
鮪の高笑いも止まない。
「ヒャッハァ〜まずは新品のパンツを用意して血痕士気かァ〜?」
彼は後部座席の花音を振り返った。
「ウメヨフエヨチニミチヨって神の子も言ってたからなァ〜帰ったら早速殖える準備だぜ」
花音も心得たものだ。
「パンツはもう少し大きくなってから素敵なのが欲しいです」
こうさらりと返すのである。
「それに、今の私は普通の人間ですから、殖えるにはまだ体が幼すぎるのでお奨めしません。結婚くらいだったらいいですけど」
フンッ、と鮪は熱い鼻息を吹きだした。
「ヒャッハァ〜! まあそりゃそうかもナァ〜!」
十年、待つには長い時間だったが、今思えばあっという間のことだった。それならせいぜい後数年、おあずけというのも悪くない。急いては事をし損じるという、もう、花音の身も心もすぐそばにあるのだから焦ってはいけない。
なにせ彼女には、丈夫な子をウンと作ってもらわなければならないのだから!
「花音はこの俺が見込んで選んだ最高のオンナだァ〜! お前となら世界だって盗れるぜ多分な! 信長のオッサンの言ってた天下統一って奴も多分夢じゃねえぜ。世界を俺達の愛ですべていただきだぜ!」
恍惚とした表情の鮪である。
そんな彼の耳朶を噛むように、花音は甘い声で告げた。
「今は、鮪さんと一緒に『楽しい世界』を沢山見たいです。ゲルバッキーの駒としてでも、剣の花嫁としてでも、ビアーの使いとしてでもない、この目で」
「ヒャッハァ〜! 楽しい世界か、そうかそうかァ〜! よーしよしッ! この元祖四天王でスーパーエリートの南鮪に任せとけェ〜!!」
鮪はハンドルを切ってマシンを急カーブさせた。心地良い遠心力を感じつつ、車体を傾けた先は現在の彼のねぐら、キマク近辺の泉の方角だ。付近は映画村テーマパーク状態になっている。見物するには悪くない場所だろう。
「ヒャッハァ〜今度は前のお前じゃ行けなかった楽しい世界を沢山見せて食わせてやるぜ。昔と違って俺もできることは増えてっからなァ〜なりたきゃ花音を映画数多阿にだって何にだってしてやるぜ」
夢はひたすらでっかい男、そしてそのでっかい夢を実現できる男、それが南鮪だ。
今、鮪は愛する女を得てさらに気力充実、ここからあと数十年は、絶好調が続きそうである。
目指せ、天下統一!
行くぜ、天下布武!
ヒャッハァ〜!
ヒャッハァ〜!
ヒャッハァ〜!