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リアクション
●ハロウィン前のラブ・アフェア
2042年秋、そろそろ木の葉が色づくころ。
泉 小夜子(いずみ・さよこ)は薄い色のサングラスを外して胸ポケットに入れた。ストールを脱ぎ光沢のあるプラチナの髪を白日にさらす。
ポートシャングリラの高級衣料店、小夜子とその連れの姿を見た店員は、うやうやしく一礼して両開きの扉を開いた。
「ようこそいらっしゃいました。泉 美緒(いずみ・みお)様、小夜子様」
「ありがとう」
美緒はそう言って、小夜子と腕を絡める。
時の流れは早いもので、ポートシャングリラもオープンから20年を超えた。幸い現在でも商業施設としては好調で、本日もまだ午前中から、多くの人出でごったがえしている。
といってもこの一角、高級衣料店が集まるエリアは静かなものだ。
まるで王宮の庭であるかのように、静謐な空気に満ちている。体感温度だけでも、他のエリアより一度二度ほど低いのではないか。
この区画が入る者を選別しているわけではないのだが、観光客はまず足を向けないし、不向きのタイプの客は足を踏み入れるなり違和感を抱き、自然にそそくさと出て行くという。
しかし小夜子と美緒にとって、ここは自分の離宮のようなもの、馴染みの店員たちに笑顔を振りまきながら、フランスの貴族邸のような格調高い建物に入っていく。
オーナーであるスーツ姿の老紳士が、みずから出てきて頭を下げた。
「お久しぶりです。突然のご来店、大変光栄に思います。ですが事前にお知らせいただけたなら、泉様向けの特別の趣向をご用意致しましたのに……」
「お気遣いは無用ですわ。それに」
にこ、と小夜子は微笑んで言った。
「今日の趣向、これは充分に特別なものと思います」
店はハロウィンの仕様になっているのである。大衆店のようにあからさまな飾りつけがなされているわけではないが、オレンジ色と黒をベースに、カボチャやコウモリ、ゴーストを思わせるディスプレイがあった。
「恐縮です。それはそうと、お二人とも変わらずお美しい」
「ありがとう。でも、私はもう37歳ですのよ」
「そう言って誰が信じましょう。お二人に着て頂くことで、当店の服も輝きを増します」
オーナーの言葉は世辞でもなんでもなかった。
小夜子も美緒も年齢を重ねた、それは事実だ。しかし彼女らは落ち着きと妖艶さを増したものの、若々しさ、美しさになんら翳りはなかった。せいぜい二十代後半にしか見えないだろう。
「それに今日は、お嬢様たちもご来店、どうぞごゆっくりしていってください」
と言い残してオーナーは、また一礼して茶を淹れるため奥に消えたのである。
お嬢様たち……そう、小夜子と美緒の娘ふたりのことだ。
魔法による交わりが、小夜子と美緒のそれぞれに一人ずつ子宝を授けた。遺伝子的にも、小夜子と美緒の血を半々にもつ娘たちである。
姉は泉美花(みか)、16歳。美緒が出産した娘だ。
どちらかと言えば美緒似で、血管が透いて見えそうなほど白い肌と、宝石のように輝く大きな目をしている。目尻が少し下がっているのが優しげな印象を与えていた。実際、美花はとても心の優しい娘で、悲劇的なニュースを見聞きするだけで落涙することしばしばだという。また、妹をとても可愛がっていた。髪の色は、小夜子よりやや濃い白銀である。
その妹が泉小奈(さな)で、ひとつ下の15歳。彼女は小夜子が産んだ娘である。
彼女の外見は小夜子似だ。利発そうな凜然とした目元、顎のラインもすっと流麗だった。口達者で好奇心も旺盛、大人が相手であっても、堂々と意見を言うことができる。学校でも、口げんかでは負けたことがないらしい。ただやはり15歳、そろそろ性的なことにも興味は出てきたが、そちら方面に関しては小夜子のような探究心はなく、むしろ尻込みしがちだ。姉のことが大好きで、いまでも同じベッドで寝ることが多い。髪は美緒そっくりのピンクだ。
姉妹はふたりとも、両親の資質をその体に受け継いでいた。すなわち……同年代の女子の平均よりも、群を抜いて発育がいいのだ。それも、引き締まるところは引き締まり、ヴォリュームがほしいところだけしっかり育っているという塩梅だった。もはや中高生向けの服では、彼女らの身は包めない。
「さて……ハロウィン用の仮装衣装を買いに来たのでしたね」
小夜子は娘たちに、
「好きなデザインを選んでらっしゃい」
と告げて背中を押した。
美花は、初めて訪れる超高級店の雰囲気に戸惑っているが、小奈のほうは、
「お姉ちゃん、行こっ」
と姉の手を引いて未知の世界へと飛び込んでいった。
「選ぶのはデザインだけで、着る服のほうは、作ってもらわなければなりませんね」
「どうしても私たち、特注になるのですよね。胸が大きいですからサイズを合わせないと……」
うらやまれることもあるが、これは美緒や小夜子にとっては実は悩みのタネだったりする。体型があまりにも常人離れしているため、モデル用のものでもなければ気に入った服をすぐ買ってすぐ着ることはできないのだ。……贅沢な悩みかもしれないが。
「美花や小奈はどんな服を選ぶのかしら……。まあどんな服にせよ……ふふっ。異性が見たら放っておかないでしょうね」
小夜子はいたずらっぽく笑って、美緒の頬に手を伸ばした。
「私たちみたいに。……ねえ美緒? 百合園にいた頃を思い出しますわね」
「ええ、よくこうやって、互いの感触をたしかめあいましたわ」
美緒もそこは慣れたもの、自身のふくよかなバストを、小夜子のやはりふくよかなバストに押しつけ、ふわりふわり、心地良い圧迫感を楽しむのである。
うっとりとした目をする美緒だが、それをたくみに流して、
「そうだ。美緒には実は、ずっと前からこのお店で頼んでおいた仮装衣装があるんですわ」
と、小夜子は彼女を、特徴的なレリーフのある試着室に誘った。
「あン」
なんだかおあずけをくらった犬の気分で、美緒は小夜子とともに試着室に入る。
試着室のカーテンが下ろされた。
「さあどうぞ」
と言いながら小夜子は、美緒を巧みに脱がせていく。
数分後、美緒はサキュバスの衣装に変身していた。
露出部分はふんだん、黒いタイツが長い脚を魅力的にあらわにしている。
ぴったりした服は全体的に弾ける寸前といった様子で、なかでも胸のあたりは、ちょっと手で押しさえすればはちきれそう。
「懐かしいでしょう? 今でもとても似合いますよ」
と言う小夜子も、色違いの同じコスチュームに身を包んでいた。
「この革の材質が……肌に擦れてくすぐったいですわ」
美緒は頬を赤らめ、内股になってもじもじとしている。
「あら? 前のコスチュームと感触が違っていますか? 発注を間違ったかしら」
と空とぼけて(もちろん意図的な変更である)、小夜子は美緒の胸に目をやった。
「でも……私と美緒のもちょっと胸のサイズがきつめで合いませんね。合わせてもらう必要がありそうです」
などと言いながら小夜子はごく自然ななりゆきを装って小夜子のバストに手を伸ばす。そして寸法をたしかめるという名目で、ゆっくりとそこを揉みしだくのである。
「さ、小夜子さん……」
こんなところで、と身を捩る美緒だが、狭い試着室(そもそも一人用だ)のことゆえ、腕を伸ばせば壁に当たり、壁を避ければ小夜子の背に腕を回す格好となる。
ちょっと腰を屈めた小夜子は、美緒の胸に顔を埋める格好となっている。
「そんなに押しつけられると、息苦しいですわ」
言いながら舌をだして笑って、舌先で谷間をなぞってみる。さらには手指をピアニストのように動かし、着衣の隙間から美緒の固くなった尖端をつまんだり、はじいたりしてもみる。
「ああっ……声が出てしまいます……ッ」
「外は店内ですよ。それに、美花と小奈が近くにいるかも……」
意地悪なことを言って小夜子は、美緒をますます紅潮させるのだ。
「で、でもっ……」
「あらいけない、そんな可愛いお口には、栓をして差し上げましょう」
小夜子は背を伸ばした。そして、まず美緒の頬をひと舐めして、その舌から先に、彼女の唇を奪ったのである。たっぷりと唾液を出して、美緒のものと混ぜ合わせる。
声は聞こえなくなったがそのかわり、ぴちゃぴちゃとした水音が試着室を満たした。
「うふふ……これじゃまるでサキュバスみたいですね」
伸ばした舌先に糸を引きながら、小夜子は美緒に囁くのだった。
「では続きは、家でね……?」
と妖艶に微笑む。
実際、更衣室の前には美花や小奈が、それぞれ衣装を手に立ちつくしていた。
「やだ……ママたちってば……また……」
美花は顔を真っ赤にしている。親たちはこういうのを「スキンシップ」だと称しているが、だとしても過激すぎないか。
小奈も耳まで赤くなっている。でも、と言って、彼女は指を姉に絡めた。
「ところで、わ、私たちも試着しなくちゃ……。試さない? あっちで」
別の試着室を示す。
「でも私たち、この服……」
胸のサイズが合わないから着られないんじゃない――という疑問を口にしかけた美花だったが、
「お願い」
と言われてしまっては妹にあらがえず、なぜかますます紅潮しながら、カーテンの内側に引き込まれていくのだった。
さあっと静かに、カーテンが降りた。