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君を待ってる~封印の巫女~(第2回/全4回)

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君を待ってる~封印の巫女~(第2回/全4回)

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第7章 虫退治(花壇)

「えいっ!」
 遊雲・クリスタ(ゆう・くりすた)レイ・ミステイル(れい・みすている)と共に、虫取り網でもって虫を捕獲していた。
 二人とも百合園女学院の生徒会執行部……『白百合団』に所属している他校生であるが、遊雲は先日の騒ぎに関わったこともあり、蒼空学園の異変が気になっていた。
「それにしてもこの暑さは以上ですね」
「うん、遊雲達の学校の方がずっと涼しいよね」
 まぁ場所が違えば多少の気候の違いはある。
 とはいえ、シャンバラ人であるレイはこの辺りがこの季節になってもこんなに暑いなんて、聞いた事も無かった。
「この虫も、異変のせいなんだよね?」
「そうですね、おそらくは」
「虫、なんとかしないと危ない……みんな、困るよね」
「はい」
「じゃあ、頑張らないと」
 自分に出来る事をやろう。きゅっ、網を持つ手に力を込め、虫を追う。
「でも、こうして網を振り回しているのも中々、楽しいですね」
 子供みたいでちょっと恥ずかしいですが、はにかむレイに、遊雲は小さく呟いた。
「こういうの、初めて……かも」
 虫取りとか、子供が普通に体験する事全て、やった事がなくて。
「じゃあ、折角ですし楽しみながら……虫を退治しましょう」
 胸を突かれるような気持ちで、レイは優しく微笑んだ。
 危機とかトラブルとかこれからたくさんの出来事が待っている。
 だけど、それらを乗り越えて、楽しい事や嬉しい事、二人で増やしていきたい、と。
(「私を救ってくれたあなただから」)
「……あ、虫取れた」
 無邪気な笑顔を向けた遊雲に、レイはにっこりと大きく頷いた。
「あんな小さな子達だって頑張ってる……僕も頑張らなくちゃ」
 厚着の上に雨合羽、鷹谷 ベイキ(たかたに・べいき)は暑さとも戦いながら、虫達を見据えた。
「上手く駆除出来ればいいんだけど……」
 手にしたトリモチで注意深く、虫を狙う。
「くれぐれも他の生徒や花にはくっつけないように」
 ガゼル・ガズン(がぜる・がずん)の注意に頷きながら、慎重に。
「うん。少しでも良い、僕も役に立ちたい」
 ヴヴン、動きの鈍った虫をトリモチで捕獲する。
 慣れてきたら少し振り回すようにして。
 そうして、ベイキは虫を捕獲していった。

「ちょっと暑いかもしれないが安全の為だ、我慢してくれ」
「……はい」
 長袖・長ズボン姿のシルバ・フォード(しるば・ふぉーど)に、同じような格好の雨宮 夏希(あまみや・なつき)は小さく頷いた。
 虫に刺されぬよう、肌の露出部分を少なくする為の服装だった。
 更に虫除けスプレーを互いに吹きかけて、準備万端。
「よし、行くか!」
 両手に殺虫剤……殺虫剤二刀流でもって、シルバは早速花壇に向かった。
「せっかく植えた花を、蚊ごときに荒らされては堪らん」
 その直ぐ近く。虫退治に来たゲー・オルコット(げー・おるこっと)藤波 竜乃(ふじなみ・たつの)だったが。
「ちょっとゲー、そんな格好でいいわけ?」
 完全装備だったりお役立ちアイテムを持参してきたり、と準備万端なシルバ達に対して、とっても軽装なゲーに竜乃は不安を覚えた。
「何、たかが蚊ごとき、恐れるに足らぬ、だ」
 はっはっはっ、と余裕ぶっこくゲーの鼻先に、件の虫が止まったのはその時だった。
「……ん?」
 ぷちっ。
「今、虫に刺されなかった」
「んっふっふっふ〜」
「って、ゲー?」
 不気味な笑い声を響かせ、ゲーは虫から花へと標的を変更した。
 わしゃっと花を鷲掴みするゲーに、気づいたシルバは顔色を変えた。
「そんな事をしたら封印が……封印を解いても良い事なんか何もないぞ」
「ちっが〜う! この花が原因だったんだ! 花をなくせば財宝の封印が解ける……間違いない!」
「……財宝?」
「あ〜、ゲーの脳内設定だから気にしないで」
 溜め息を一つついてから、竜乃の表情が一変した。
「ふはははは〜! 財宝を我が手に!」
 ぶちぶちぶち。花を抜くゲーに、
「せっかく植えた花を……許せないじゃん」
 竜乃怒りの容赦ない雷術が、ピカリンとクリティカルヒットした。
「とりあえず、縄で縛って転がしておこうか」
「……見張ってます」
 かくして、縄で縛られたゲーは花壇の隅っこに転がされる事になったのだった。
「このままにしておいても、いつ気がついて暴れだすか……治す方法はないのでしょうか?」
 パートナーであるユア・トリーティア(ゆあ・とりーてぃあ)に連れられ花壇に来ていた新川 涼(しんかわ・りょう)がそんなゲーを痛ましげに見下ろし。
「おそらく、キュアポイゾンが効くと思いますが」
「翔君いい勘してるぅ。そうそ、やっぱ毒の一種って事で、解毒は効果アリだよ」
 たったかたっ、帰ってきたリリィ・エルモアがにゃん丸や本郷翔に報告した。
「良かったです。では、雛子さんも……?」
「うん。とりあえず、まだ目は覚めてないけど、もう大丈夫だと思うよ」
「なら、こっちもとっととやっちまわないとねぇ」
「涼、私達も手伝いましょう」
「分かりました」
 安堵に息をつき、涼やユアはそれぞれ虫の駆除に戻る。
 ところで結局、ゲーは放置されたままっぽいのですが……?


 そんなわけで虫退治は続く。
 先ほどまでより意気が上がっている……勿論皆、気は抜かないが。
「やっぱりこれって便利よねぇ」
 刃渡り2メートルの大剣を見やり、改めて感心していたのは、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だった。
 使用者が切りたいと思ったものだけを切る、光条兵器。
 美羽が花壇をなぎ払っても、花達を傷つけずに虫を一掃できるわけだ。
「とはいえ、気は抜かないで下さいね」
 念を押したのは、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)……美羽のパートナーである。
 虫は小さい。どんな隙を突いて襲ってくるか分からないのだ。
 ましてや今の美羽は、相次ぐ花壇への襲撃に苛立っている。
「分かってる。にしても、本当に陰湿よね」
 やはりこの虫達にも何者かの意思……悪意を感じ取っている美羽は、吐き捨てるように言った。
 花達への悪意は感じる。なのに、肝心の敵はどこかに隠れたまま、姿を見せないのだ。
「一番イヤなタイプ……見つけたらぼっこぼっこにしてやるんだから!」
 頼もしいコメントを残しつつ、美羽は大剣を再び振るった。
「こんなもん蛭と一緒だろ? 触らなきゃいいんだぜ」
 言って、線香に火をつけて虫に押し当てているのは、支倉 遥(はせくら・はるか)のパートナー伊達 藤次郎正宗(だて・とうじろうまさむね)だった。
 英霊で、遥の主家筋に当たる彼の通称は「殿」。
 ジュッ。
 音と共に、線香を押し付けられた虫がポトリと落ち……黒い煙となって消滅する。
「さすが殿!」
 その藤次郎発案の『線香で駆除作戦!』に感心した声を上げたのはベアトリクス・シュヴァルツバルト(べあとりくす・しゅう゛ぁるつばると)。こちらも遥のパートナーである。
「殿の素晴らしい作戦、感服した。ぜひ協力させて欲しい!」
「おう。しっかりやんな」
 しかし、異変は作業数分で起きた。
 そう、殿は英霊! 線香のありがたい煙は、見る見る本人の生命力っていうかHPを削っていったのだ!
 存在感がどんどん希薄に……薄く薄くうす〜くなっていく殿(ホロリ)。
「……あ。と、殿! 帰ってきてー!!!」
 気づいたベアトリクスは叫びながら、慌てて線香を踏み消した。
 勿論、殿の手からも奪い取る。
「やれやれ、危うく昇天しちまうとこだったぜ」
「間に合って良かった」
 男前な顔に安堵を浮かべながら、先ほど踏み潰して消した線香を律儀に片付けるベアトリクス。
「二人とも真面目になって下さいね」
「どこを見ている、真面目にやっているであろう……殿など我が身を犠牲にしてまで……」
「いや、俺はちょっとしたうっかりだったんだが……」
 目を潤ませつつ力説するベアトリクスに、ちょっと口ごもりながら殿。
 そのやり取りを微笑ましく感じながら、遥は表情を引き締めベアトリクスに手を差し出し。
「では、そんな二人の頑張りを無駄にしない為にも……花壇は守りきらないと、ですね」
 光条兵器を取り出した。
「駆除したあとにまた虫が寄り着かない様、ハーブとか害虫に強い草花を一緒に植えたほうがいいんじゃないですかね?」
「それは良い考えだな」
「うむ、一考の余地はあるぜ」
 言いつつ、虫を駆逐する遥に、ベアトリクスも殿も嬉しそうに同意したのだった。

「困っているようだし、折角だから手伝おうか」
「何が折角だから、なのか分からないけど、手伝うのは決定なんでしょ?」
 偶然蒼空学園を訪れていたレオナーズ・アーズナック(れおなーず・あーずなっく)アーミス・マーセルク(あーみす・まーせるく)は、この騒ぎに協力を買って出た。
「レオナがこういう面倒ごとに巻き込まれたり、首を突っ込んだりするのはいつもの事だしね」
 アーミスは不本意といった様子だが、それでもそれ以上は止めようとしなかった。
 レオニーズが、目の前で困っている人・苦しんでいる人を見捨てられるような人間ではない事を、知っているからだ。
「でも、くれぐれも無理はしちゃダメよ!」
「だから、何でいつもそんなに偉そうなんだよ」
「おやおや、ケンカは良くありませんね」
 と、そこにレオニーズ達と同じくイルミンスール生であるオレグ・スオイル(おれぐ・すおいる)が声を掛けた。
「あら、ケンカじゃないわ。これはね、コミュニケーションなのよ」
 腰に手を当て、胸を張り……これはただ単に長身のオレグを見上げているだけかもだが……主張するアーミス。
 そのちっちゃな身体で自分を守ろうとしている様子に、レオニーズは溜め息とも苦笑ともつかぬものをもらした。
「それは失礼しました。では折角ですし、協力をお願いしましょうか」
 優雅に言いつつ、オレグは虫の一匹をピンセットでさっと摘んだ。
「これは普通の虫ではありません。魔法生物、とも少々違うようで……正直、興味深いですね」
 とはいえ、虫を模している以上、その習性や行動はそれほど逸脱していない筈である。
 証拠に、網を食い破ったりはしないし、虫除けスプレーされた箇所は避けているようだし、殺虫剤でもある程度の効果は期待できる。
「ですが、この虫……」
 ピンセットに力を入れる。と、ぷちっと虫が潰れ……黒い煙となって消えた。
「先ほど別の虫を潰した時より、今回の方が力が必要でした。君達のケンカを受けての事なら、放っておいたらどんな変化……或いは進化を遂げるか分かったものではありません」
 蒼空学園に現れたサラマンダーの情報は、既にオレグもレオニーズ達も入手している。
「つまり、駆除するなら今のうちという事だね」
「ワタシ達、何をすればいいの?」
「そうですね。虫に水を掛けて下さい。氷術で凍結させますから」
 そうして、イルミンスール生たちは虫の駆除に乗り出した。
 自分達の学校ではないが、放っておけなかったから。
「実に興味深いことです。ですが、善意で動くのもたまには良いですね」
 オレグの頬にふと、柔らかいものが浮かんだ。
「よくご覧なさい、ロイ。あれが正しい氷術の使い方です……素晴らしい」
「お〜っ、すげぇ」
 ロイ・エルテクス(ろい・えるてくす)ミリア・イオテール(みりあ・いおてーる)の指し示した先……オレグの手際に目を見張った。
 優雅で正確に虫を捉える……言葉にすると簡単だが、今のロイにはまだちょいと難しい。
「よし、俺も……!」
 放った氷術は、惜しい所で虫を捕らえる事叶わず。
「下手糞」
「……う」
 ポツリと落ちた一言が、ロイの胸を抉る。
 虫は小さい。その虫だけにピンポイントで氷術を当てる……ように魔法を制御するのは正直、今のロイには荷が重かった。
「雷術ならいけるんだが……」
「それでは訓練の意味がないでしょう」
 スパ〜ンっ。
 小気味いい音と共に、ロイの後頭部にハリセンの一撃が決まった。
「痛ってぇ〜」
「ほら、さっさとやる」
「何か嬉しそうに見えるんだけど……」
「気のせいです」
 キッパリ言い切られ、撃沈。
「ええいっ!」
 放った氷術は今度こそあやまたず、虫を捉えた。但し、虫が止まっていた葉も一緒に。
「失敗ですね。まあ、安心してください。貴方がその程度なのは予想通りなので」
「いやでもほら、虫は凍らせる事が出来たし」
「はぁ? この程度で満足するような、そんな志の低い人間なのですか、あなたは?」
 嘆かわしい……わざとらしく溜め息をつかれ、やはり撃沈。
 話術でミリアに挑むなど、氷術で虫を凍らせるよりよっぽど至難の業だったのだ、そういえば。
「あぁもう! やればいいんだろ、やれば!」
 それでも。
 ロイは元々、飲み込みが悪い方ではない。
 根気良く続けていけば、成功率は徐々にでも上がっていくわけで。
「やった!」
「不快な虫けらたちも多少の役には立つようです」
 マリアはロイに気づかれぬよう、口元を満足げにホンの少し、ほころばせ。
「……ふふふ」
 凍らされ地面に落ちた虫を踏み砕く。
 小さくもれた笑い声らしくものに、ロイはビクッとしてしまう。
「おや?、どうかしましたか?」
「いっいや、別に……気のせいだよな、うん」
 とりあえず自分に言い聞かせておく。気づかなかった事にしておいた方が良い、精神衛生上。
「ちなみにさ、俺が駆除しいている虫って他のより、すばしっこかったり固かったりする気がするんだけど……ミリアが責めたり罵ったりしてるから、なんて事ないよな?」
 さっきちょっと聞こえたオレグ達の会話を思い出すロイ。
「……これも訓練、ロイの為に敢えて与えた試練です」
 一拍の沈黙の後、ミリアはしれっととぼけたのだった。


「大丈夫か?」
「気を確り持って……眠っちゃダメよ」
 ベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)マナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)は虫を駆除しながら、折に触れ御柱に声をかけていた。
『あ、はい……大丈夫……です』
 ともすれば意識を失いそうな……どんどん身体を透けさせる御柱を、声を掛ける事で繋ぎとめる。
 それでも、ベア達がここに来た時より、御柱の状態は安定してきているようだった。
「やはりこの虫が関係している、という事か」
「虫の駆除が終わったら……話が聞けるかしら?」
 それを頼りに、ベアとマナは虫の駆除に当たった。
「結局、古代の遺産の後始末なのね。封印するくらいなら解決しておけばいいのにねえ」
 完全防備の園芸スタイルで虫退治中のルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、花々で作られた封印をしみじみ見ながらそんな事を思ってしまう。
「利用価値があると判断し、後々利用しようとした、或いは、何らかの理由で解決出来なかったか」
 自らも危険な存在として封印されていたダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は、どこか苦く返した。
 ルカルカがこの世界に呼び戻してくれなければ、自分は今も……そう思うと御柱の事も決して他人事ではなかった。
「しかし暑いな。もう秋なのに。ルカルカきついなら休憩しろよ」
「うん、ありがと」
 ピタ、額に当てられたスポーツ飲料の冷たさが気持ちよかった。
 この暑さも異変……災厄だという。
「歯応えも手応えもないのは拍子抜けだがな」
 得意の火術が使えず少し不満げなのは、ルカルカのもう一人のパートナーであるカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)だった。
 美味しいものに目が無いドラゴニュートにとって、この虫達は味気ないものだったらしい。
「ルカルカ?」
「うん、ちょっと行ってくるわ」
 人心地ついたルカルカは言って、御柱へと歩を進めた。
「殺虫剤噴霧とか……多少は効いているようですが、やはりこちらの方が手っ取り早いみたいですね」
「うん。やっぱりこの虫、ただの虫じゃないみたいだしねぇ」
 それぞれ光条兵器を構えるのは、志位 大地(しい・だいち)とパートナーのシーラ・カンス(しーら・かんす)だった。
 大地の得物は漆黒の太刀、銘は蒿里。
 シーラの得物は身の丈ほどもある真紅の大戦斧で、傲濫と大地が名づけたものである。
 それぞれの得物を操り、虫だけを斬る。
 漆黒の太刀を振るい虫を屠りつつ、大地もまた御柱を気にしていた。
 と、御柱に軽く手を挙げるルカルカが、映った。
「私ルカルカ。園芸職人みたいなってるけど、これでも教導団の軍人だよ。こんにちは。」 にこ、虫をスパスパ斬りながら、続ける。
「前に話してた黒き力の影響だよね、この蟲。どこから来たのかな。夜に聞こえる声もそうなの?」
『それは……』
「貴女、誰に作られた。黒い力との本当の関係は何」
 言いよどむ御柱に、不意にルカルカの口調が変わった。
「で、どうやったら貴女とその封印されてる者を共に開放できる」
『……っ!?』
 瞬間、御柱の顔色が変わった。
 手に入らないものを突然、目の前に突きつけられたように。
 泣き出す一歩手前の、それ。
『そんな方法はないです、ないんです』
「ふ〜ん」
 小首を傾げる仕草は、既に元通りだった。
「出来る事は協力するから遠慮なく言ってねん」
 ルカルカは軽く告げると、ダリルとカルキノスの元へと、再び虫退治をする為に戻ったのだった。
「俺はあなたにとってのセイギノミカタです。あなたが悪と呼んでいる存在からすると、俺はアクノテサキということになりますが」
 力なく頭を垂れるその様子に、励ますように声を掛ける。
 と。
 悪、という単語に反応するように、御柱が顔を上げた。
 その、儚く、今にも消えそうな様。
 こんな時だというのに……或いはこんな時だからこそ、大地の口を開かせた。
 今なら、御柱が隠している事を、真実を、聞きだせるのではないか、と。
 周囲の虫をシーラと連携し、減らしながら、左手で器用に眼鏡を外し、問う。
「草木は枯れ、鳥も動物も〜、とありますが、これに当てはまらない存在はどうだったんですか? 案外、楽しく平穏に暮らしてたのではないですか?」
『……っ!? いえっ、アレはそんなものでは……そんなに生易しいものではなかっ……』
「悪だの、平穏を乱すだのという主観はけっこうです。客観的に語ってください。あなたはいったい何を封印したんですか? 何を閉じ込め……この世界から排除したのですか?」
『……っ』
 追撃した瞬間、御柱の顔が歪んだ。
 苦しげに哀しげに、泣き出す寸前みたいに。
 或いはそれは、救いを求める罪人の。
「それ以上追い詰める気なら、今度は俺が相手になりますよ」
 そんな御柱を庇うべく、樹月刀真が大地を睨みつける。
「以前にも言いましたが、俺は君を護ります。それを邪魔するモノには容赦はしません」
 チラと背後の御柱を見やり、告げる。固い決意……誓いと共に。
 怒りモードに突入しかける刀真と大地の間に火花が散り。
 ふっと口元を緩め殺気を散らしたのは大地だった。
「意地の悪いことばかり訊いてしまってすいません。しかし興味本位ではありますが何もおかしなことは言っていないと思います。本当のことを教えてください」
 刀真の向こう側、御柱を真っ直ぐ見つめ言葉を……想いを重ねる。
「真実というのは多方向から見つめないと見えてこないものです。最低でもあと2つ、封印された側からの見方、どちらにも組しなかった側からの見方、これがわからないことには」
「真実、か。確かになぁ……」
 そう殺気立ちなさんな、刀真を軽く制し、にゃん丸も大地の疑問に乗っかった。
「御柱さんが弱ると向こうが力をつける……まるで表裏一体」
 敵の力は御柱と似ている気がする、とにゃん丸は思っていた。
「御柱さん、封印している相手について何か隠してない? 根本解決しないとそのうち犠牲者がでるぞ」
 それは脅しでなく、ごく冷静な指摘だった。
 何より。
「そろそろ俺達に頼ってもいい頃合じゃないかねぇ」
 自分達地上人が信頼されないうちは、力を合わせてシャンバラの復興!、なんてまだ先だと思うのだ。
『シャンバラの復興……』
 そんなにゃん丸の、大地の気持ちを読み取ったのか、御柱の表情が動いた。
『その為に……私は……私の果たすべき役目は……』
「御柱というのは君の役目の呼び方であって、君の名前ではないでしょう? ですから俺は呼びません」
 迷う御柱に、不意に刀真は告げた。
「そうですね、俺は君を『白花(びゃっか)』と呼びますね」
 瞬間。
 御柱……いや、白花の身体が淡い光を帯びた。
 希薄だった存在感が増す。
 確かにここに居る……要る、のだと。
「一つ聞きたい事がある」
 と、ベアが尋ねた。
「この地をこれ以上、危険にさらさせない為には必要なのかもしれない、以前そう言っていたな? 一体何が必要なんだ?」
『……覚悟が』
「それならもうとっくに出来てる。それは刀真やにゃん丸も同じだと思うぞ」
『それが痛みを、犠牲を伴うものだとしても、ですか?』
 声を震わせ、白花は告げた。
『あの子を殺……打ち倒せば扉は再び閉まります。でも、私は……私は、あの子を……』
 シャンバラの復興の為には、世界を守る為には、あの子を犠牲にすれば良い。
 多分、それが一番確実な方法で。
 だけど、刀真が大地がベアが、心を向けてくれるから。
 強い意志を見せてくれるから。
 優しい心を見せてくれるから。
 捨てた筈の願いが、諦めた筈の願いが、心を揺らす。
 そして、白花は震える声を紡ぎだす。
 願ってはいけない願い。
 世界を裏切る願い……弱さを。
『た……助けて、欲しいんです……あの子……あの子の魂を……それが……』
 自らの役目に反する罪深い願いだとしても。