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リアクション
謎の浮遊島に不時着した面々が一触即発の状況に陥っていた頃。
雪之丞率いる救援隊が乗る飛空艇の甲板では、暗い表情を浮かべた神無月 勇(かんなづき・いさみ)がパラミタの空を見つめていた。救援隊に属する多くの者達が不時着した飛空艇に乗っていた仲間達の安否を気遣う中、勇の心だけは全く別のものに支配されていた。
空京で勇は、雪之丞に「薔薇学に鏖殺寺院のスパイがいるから一斉捜査を行うべきだ」と提案した。雪之丞には「妄想」だと一笑されてしまったが。
「早く何とかしないと。被害者を出してからでは遅すぎるのに…」
勇は一方的な暴力によって恋人を失う過去を持つ。彼女を守りきれなかったという事実が悪夢となり、今尚彼の心を苦しめる。それ故、インターネットやニュースなどを介して伝え聞いた鏖殺寺院の横行を見逃すことができなかったのだ。
雪之丞にはきっと、今まで仲間や親友だと思っていた人が敵になったとしても、刃を向けるだけの強さがあるのだろう。だからこそ自分の提言を「妄想」だと笑えるのだ。だが、鏖殺寺院の凶刃が他の生徒達に向かったとき。その当事者や関係者達はどう思うだろうか。
パートナーである吸血鬼ミヒャエル・ホルシュタイン(みひゃえる・ほるしゅたいん)もまた、思い詰めた表情を浮かべる勇の姿に心を痛めていた。あいにくその場には居合わせなかったが、勇の提案を雪之丞が全くと言って取り合わなかったことも伝え聞いている。
「ここは僕が一肌脱ぐしかないな」
ミヒャエルはそう呟くと、他の生徒達がいる飛空艇のサロンへと降りていった。
飛空艇のサロンの一角で、リア・ヴェリー(りあ・べりー)はパソコンをいじっていた。墜落した飛空艇の状況について少しでも多く情報を集めようと、思ったからだ。しかし、先ほどからずっと検索を続けているのだが、船に乗っていた人員が分かっただけ。肝心の墜落場所についての情報や、被害状況については、雪之丞を通してブルーノから伝えられたこと以外、新たな情報は得られなかった。
「みんな…大丈夫かな…」
心配のあまりギュッと歯を噛みしめるリアの隣では、明智 珠輝(あけち・たまき)が繊細な細工が施された銀製の鏡を見つめながら、恍惚の表情を浮かべていた。手にしたリップクリームを瑞々しい唇に塗る姿には、焦りの欠片すらない。
不審に思ったリアが珠輝に声をかける。
「…こんなときに何してるんだよ、珠輝?」
「アリスキッスの準備です」
「馬鹿か、お前は〜〜〜っ!!」
他にやるべきことがあるだろう、とリアは珠輝の後頭部を拳で殴りつける。
「…冗談に決まっているじゃないですか…私だって皆さんのことを心配しているんですよ」
したたかに殴られた珠輝は不満顔だ。
その様を見ていたポポガ・バビ(ぽぽが・ばび)が、向かいのソファに座り一緒にクッキーをかじっていた白河 童子(しらかわ・どうじ)に話しかける。
「兄者、アリスキッス、すごい! 元気、でる!」
「タマキ、すごぉい!」
ポポガの言葉に、童子は目を輝かした。外見的には大人と子供ほどの差があるポポガと童子だが、精神年齢的にはかなり近い。童子の保護者である高谷 智矢(こうたに・ともや)が雪之丞の補佐で走り回っていたこともあり、飛空艇に乗り込んでからずっと二人で一緒に遊んでいたのだ。
「ボクにもやってぇ〜!」
「未来の美少年のお願いとあらば、応えぬわけにはいきませんね」
珠輝は妖艶な微笑みを浮かべると、童子を両手で抱え上げる。
「幼気な子供を悪の道に引き摺り込むな!」
リアの容赦のない跳び蹴りが、珠輝を襲ったのは言うまでもない。
しかし、珠輝の場違いとも言える行動が、重苦しかったサロンの雰囲気を和らげたのも事実だ。
サロンの隅に設けられたカウンターで、珠輝とリアのやりとりを見ていた清泉 北都(いずみ・ほくと)とクナイ・アヤシ(くない・あやし)は、苦笑いを浮かべながらも、少しだけ身体の力を抜いた。
「まぁ…焦っても今はどうにもならないことは確か、だしね」
しかし、そうは言っても何かをやっていないと落ち着かないのだ。北都の側には、先ほどから幾度となくチェックを繰り返している医療品や毛布、食料などが山積みになっている。本当ならば倉庫でやるべきなのだろうが、皆の側にいないと「何となく落ち着かない」という理由で、サロンに持ち込んだのだ。
と、ここでサロンの扉が開いた。入ってきたのは、件のミヒャエル・ホルシュタイン(みひゃえる・ほるしゅたいん)だ。
「…全員は…そろってないか」
残念そうに呟くと、ミヒャエルは一番側にいた珠輝に近づいていく。
「ちょっと失礼」
そう言うや否や、ミヒャエルは珠輝の腰に左手を回した。グイッと引き寄せると、右手を珠輝が着ていた制服のボタンに伸ばす。
皆川 陽(みなかわ・よう)とテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)がサロンへと戻ってきたのは、まさにそのタイミングだった。扉を開けるなり、目の前で繰り広げられていた男同士の濡れ場に呆然とする。
「…ごっごめんなさい!」
その手のことに免疫が全くない陽は耳まで真っ赤になりながら、慌てて扉を閉めた。
恍惚の表情を浮かべた珠輝は、ミヒャエルの成すがままだ。
「これはまた積極的な方ですねぇ」
自らの服を脱がしていくミヒャエルの首筋に手を伸ばすと、耳元にささやきかける。
「…秘め事のお誘いは、子供達が見ていない場所でお願いしますよ」
そう呟くや否や、珠輝はミヒャエルの首筋に思いっきり歯を立てた。
ギャッと言う声を立てて、ミヒャエルは珠輝から身体を離した。
何事もなかったかの如く涼しい表情を浮かべて、珠輝は言い放つ。
「吸血鬼である貴方が、人間である私に噛み付かれるとは、些かお間抜けな展開ですねぇ。貴方からは危険な匂いがプンプンしますよ」
珠輝は自らの身体に禁猟区を張っていたのだ。別に男避けのために施しておいたわけでもないし、むしろ状況さえ許せば美少年からのお誘いは大歓迎の珠輝ではあったが。
「僕は捜し物をしていただけだ!」
ミヒャエルはそう言い張るが、彼を見る薔薇学生達の視線は険しい。
「僕の契約者である勇は、薔薇学生の中に鏖殺寺院の手の者がいると睨んでいる。イエニチェリに調べるよう進言したが、聞き入れられなかった故に、自分達で証拠を探そうと思っただけだ!」
「君は、僕達が鏖殺寺院の手下だって疑っているんですか?!」
ミヒャエルの言葉に、珠輝以外の者に対しては温厚なはずのリアが激昂する。
怒りも露わに詰め寄るリアとミヒャエルの間に身体を滑り込ませたのは、生徒達の様子を見にやって来た高谷 智矢(こうたに・ともや)だ。
「二人とも落ちつきなさい!」
サロンへと続く扉の前で、涙目になりながら立ち竦んでいる皆川 陽(みなかわ・よう)がいたかと思えば、中は中で、今にも取っ組み合いの喧嘩が始まりそうな事態になっている。大臣の救出に向かっている最中にこれとは…。心の中で頭を抱えつつも、?谷は淡々とした態度で生徒達に告げた。
「間もなく島に到着します。今は大臣や皆さんの友達を助けることだけに集中してください。ミヒャエルくんや他の方々の話は、後ほど改めて伺います」
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