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リアクション
その頃、ハイサム外務大臣が乗った飛空艇の貨物室では、薔薇学生の藍澤 黎(あいざわ・れい)が荷物のチェックをしていた。移動距離から考えて空京から半日行程の場所と判断されるが、救援隊が到着するまで数日かかるであろうことは十二分に予測される。
墜落の際、機体を少しでも軽くするため貨物の大部分は空に捨てた。どの程度の物資が残っているのか確認する必要があるのだ。
「動力部がやられているさかい、やっぱりキッチンは使えんなぁ。外に竈を作るしか手はないわ」
調理器具の確認に行っていたフィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)が、黎に声をかける。石を組み上げ竈を作り、薪にする木の枝を集めれば、後は魔法で火を付けるだけである。不便なことには代わりはないが、肉を焼いたりシチューを作る程度のことならばこれで事足りる。残るは水の確保だけだ。
すると、真水を探しに行っていたはずのエディラント・アッシュワース(えでぃらんと・あっしゅわーす)とヴァルフレード・イズルノシア(う゛ぁるふれーど・いずるのしあ)がポリタンクを両手に提げた姿で貨物室に顔を出した。
「れいちゃん、水ができたよ〜」
どうやら二人は魔法で生み出した氷を、今度は炎の魔法で溶かすことで、水を確保したようだ。
「ご苦労だったな」
二人の労をねぎらいつつも、黎の意識は貨物のチェックから離れない。真剣な表情でリストと品物を比べ続けている。
と、そのとき。
貨物室の奥から携帯電話の着信音と思われる音が聞こえた。
自分たち以外にも誰かいるのであろうか? 不審に思った黎達が辺りを見回すが、そこに人影はなかった。小さな身体を活かして貨物の隙間に入り込んだヴァルフレードが、すぐさま音の発信源を発見する。
「…ここだ」
それは貨物の隙間に隠されるように置いてあった一台のバイクから聞こえてきた。ヴァルフレードがさらに詳しく調べると、ハンドルの辺りにガムテープで携帯電話が貼り付けてある。怪しいことこの上ない。
邪魔な貨物を移動した黎は、件のバイクを見るなり僅かに顔を引きつらせた。黎が彼を見間違うことはない。そこにいたのは、第一回ジェイダス杯で優勝をさらっていった波羅実のバイク型機晶姫ハーリー・デビットソン(はーりー・でびっとそん)だったのだ。
「ハーリー殿?!」
黎の言葉に反応するように、エンジンが切られているはずのバイクのライトが突然点滅する。
「ヴァルン、ヴァルルン!!」
「何故、貴殿がこのような場所にいるのだ…」
「ドルル…ドルルル…」
エンジン音を響かせてハーリーは何かを伝えようとしているようだが、あくまでも普通の地球人である黎に彼の言葉は通じない。パラミタ人であるヴァルフレードやフィルラント達にしても同様だ。
「とりあえず電話に出てくれって言ってるんじゃないかな?」
状況から予測すれば、エディラントの言葉は尤もな意見だ。しかし、ハンドルに括り付けられた携帯を引っぺがした黎が電話に出ようとした瞬間、音は途絶えた。
ハーリーを囲んだ一同は苦い表情を浮かべ、互いの顔を見渡す。
しばしの沈黙が続いた後、一同を代表した黎が重々しい様子でハーリーに告げる。
「…遺憾ながら貴殿を拘束させていただく。状況が状況故、悪く思わないで欲しい」
バイク型機晶姫であるハーリーに事情徴収ができるかどうかは、また別の問題ではあったが。
その頃、ハーリーに電話をかけた鮪は、天魔衆の仲間達から一斉に大目玉を食らっている真っ最中だった。
「何を考えているんだ、お前はっ! 敵に自分たちの存在を知らせてどうする!」
種族としては機晶姫に属するハーリー・デビットソン(はーりー・でびっとそん)であったが、彼はバイク型である。人の言葉は理解できるが、自分の意志を伝える手段はエンジン音だ。その上、人型のように「手」がないハーリーに、電話に出ろというのが土台無理な話であった。ちなみに、あくまでも機晶姫であるハーリーは、通常のバイクのような速度で走ることはできない。第一回ジェイダス杯で彼が優勝できたのは、たまたまタイミング良く暴走が起きた結果である。
「いや…俺とアイツの仲だし…気合でなんとかなるかな〜と…」
鮪の苦しい言い訳は、見事なほどに聞き流された。どれほど気合を入れようとも、無理なものは無理なのである。
信長は決断する。
「日が暮れ、夜陰が我が身を隠したときこそ決戦の時ぞ。外務大臣の身柄を確保し、脱出のための切り札とする。皆の者、心してかかるが良い!」
「これ…どう考えても変熊のマントだよな…」
薔薇学生のスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)は、密林の入口に脱ぎ捨てられたマントを手に取り大きくため息をついた。
「…恐らく間違いない…な。あっちには上着が掛けられているし…」
彼の契約者である、頭にバンダナを巻いたウサギのゆる族アレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)が同意する。
飛空艇が不時着した浜辺から密林の方に視線を向けると、所々に薔薇学の制服としか思えない服が、まるで目印のように木の枝に掛けられていた。こんな何が起こるか分からない場所で服を脱ぐような愚行を犯すのは、薔裸族の通称で知られる変熊 仮面(へんくま・かめん)以外にいないであろう。
彼が何かを求めて密林の奥に入っていったのは間違いないだろうが、その理由についてスレヴィは思案する。
「そう言えば梶原の姿が見えないな。もしかして変熊と一緒か?」
梶原とは、飛空艇内で見つかった密航者の少年、大河のことである。変熊が第一発見者であったこともあってか、何気に意気投合していたようだが。何せ、未だ嫌疑が晴れていない密航者と凡人には理解不能な思考回路を持つ変熊の組合せである。
このまま見て見ぬふりをするわけにもいかないと、スレヴィとアレフティナが密林へと足を踏み入れようとしたそのとき。彼らに声をかけてきた人物がいた。早川 呼雪(はやかわ・こゆき)とファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)、ユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)だ。
「どうした、ユシライネン?」
スレヴィは手早く事情を説明すると呼雪は黙って頷いた。
「哨戒の連中からの報告だと、森の中にはモンスターもいるみたいだしな。俺達も後を追おうかと思って」
「それがいいだろう。俺達も同行する」
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