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栄光は誰のために~英雄の条件 第1回(全4回)

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栄光は誰のために~英雄の条件 第1回(全4回)

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 《工場》最深部、《黒き姫》が眠る部屋の前に、クレーメック・ジーベック(くれーめっく・じーべっく)とパートナーのクリストバル ヴァルナ(くりすとばる・う゛ぁるな)ハインリヒ・ヴェーゼル(はいんりひ・う゛ぇーぜる)とパートナーのクリストバル ヴァリア(くりすとばる・う゛ぁりあ)ケーニッヒ・ファウスト(けーにっひ・ふぁうすと)とパートナーのアンゲロ・ザルーガ(あんげろ・ざるーが)は詰めていた。
 「今回の爆発でヒポグリフ隊の立ち上げが遅れれば、『白騎士』たちにとっては痛手となるであろうな」
 ヒポグリフ用厩舎付近で爆発が起きたと聞いて、ケーニッヒ・ファウストはニヤリと笑った。
 「ここに居るのは我々だけだから良いが、他の者が居る所で滅多なことを言うなよ」
 ケーニッヒが呟いたのを聞きとがめて、クレーメックは言った。
 「ですが、『白騎士』の伸張は、教導団内に無用な混乱や対立を招くのではありませんか?」
 クリストバル ヴァルナが心配そうに言う。
 「その気持ちは私も一緒だ。だが、ヒポグリフ隊の立ち上げが遅れることを、我々が喜んでいるように見えるのはまずい。ヒポグリフ隊の立ち上げ自体は、教導団の……つまりは団長の命令で行われていることなのだからな」
 クレーメックは諭すようにケーニッヒとヴァルナに言う。
 「李委員長は、我々の利用価値があることは認めているだろう。しかし、団長のためにならないと判断すれば、彼は簡単に俺たちを切り捨てる。言動には細心の注意を払うべきだ」
 「む……」
 ケーニッヒはさも面白くないという表情で唸った。その時、電話のベルが鳴った。
 「高速飛空艇に乗った敵が、内部に侵入したそうだ。数は十機ほど。三方向に分かれて奥へ向かったらしい」
 電話を取ったクレーメックが皆に言う。
 「ふん、いくら高速だろうがたかだか十機、オレのドラゴンアーツで打ち落としてやるぜ」
 アンゲロが不敵に笑う。
 しかし、途中の通路にいた生徒たちから突破されたという連絡が入ると、その余裕も徐々に消えて行った。そしてついに、高速飛空艇が生徒たちの前に現れた。
 「……一機だけ、ですね。残りはどこへ行ったのでしょう……?」
 ハインリヒの後ろで、ヴァリアが言う。
 「途中でさらに分かれたのではないでしょうか。思わぬ場所から現れるやも知れません」
 油断なく周囲に目を配りながら、ハインリヒは答えた。
 高速飛空艇は見事に減速して、ぴたりと生徒たちの目の前に停止した。操縦者は浅黒い肌に金の髪の、まだ十五、六歳に見える少年だ。
 『その部屋の中に、機晶姫が居るでしょう?』
 少年は飛空艇の中から、生徒たちに呼びかけた。
 (……なぜ、ここに《黒き姫》がいると知っている……?)
 クレーメックは内心の動揺を表に表さないように努力しつつ、少年を見返した。
 『彼女は僕のものだから、返してもらいに来たんだ。彼女を渡してくれれば、君たちに危害は加えないよ』
 少年は穏やかな表情で、微笑みさえ浮かべて言うと、扉に向かって呼びかけた。
 『さあ……『カーラ』。行こう』
 少年が呼びかけたその時。不気味な地鳴りと共に足元が揺れた。
 「……地震!?」
 揺れはしばらく続いたが、やがて小さくなり収まって行った。少年は残念そうな顔で言った。
 『きみはまだ、棺に縛られたままなんだね。必ず自由にしてあげるから、待っていて』
 そこへ、後方からもう一機、黒い飛行艇が現れた。
 『ルドラ。《冠》は既に持ち出された後のようだ』
 操縦している男が、少年に呼びかける。
 『……そう』
 ルドラと呼ばれた少年は答えたきり沈黙した。
 「ええい、わけのわからぬことをごそごそと言いおって!」
 それを好機と見て、ケーニッヒとアンゲロがドラゴンアーツを飛ばす。だが、ルドラは飛行艇を発進させ、後から現れたもう一機を従えて、あっという間に去って行った。
 「《黒き姫》と《冠》、両方を手に入れたいということか……?」
 追って行きたそうなケーニッヒとアンゲロを止めてクレーメックは呟いたが、すぐに我に返って、鵬悠に連絡すべく電話機に歩み寄った。

 結局、高速飛行艇は、《工場》の出口で待ち構える生徒たちを機銃で蹴散らし、樹海の上空へ飛び去ってしまった。敵の武装が機銃であったにも関わらずけが人は少なく、扉を爆破された時の爆発に巻き込まれた、水原 ゆかり、ロイ・シュヴァルツ、エリー・ラケーテンの三名も、すぐに随行していた衛生班の手当てを受けることが出来たため、戦線離脱を余儀なくされるような状況に陥らずに済んだ。
 陽動のため爆破されたヒポグリフ用厩舎は半焼、しかし、ヒポグリフ部隊の希望者がヒポグリフを手なずけるのに少々手間取ったため、再建する時間は充分にある。
 そして、鏖殺寺院の襲撃からさらに一週間後、道路がすべて完成した。これで、大型の機材やバイクの燃料を輸送車両を使って《工場》に運び込むことが可能になる。
 「道路の敷設作業に就いていた生徒を、《工場》の警備に回さんといかんなぁ……」
 ぼさぼさの頭を掻きながら、林は呟く。
 「《工場》内部の警備体制も見直さんといかんし。内部に自転車やバイクを持ち込んで、余計な通路も塞いで……。《工場》をもう一度封印するとしても、警備は必要か……」
 本校に篭って実験に明け暮れている明花からは、『《黒き姫》を絶対に鏖殺寺院に渡すな』と改めて念を押されている。
 「ただ、出来れば、今《工場》をもう一度封印はしたくないのよ。鏖殺寺院が新兵器を繰り出して来たなら、こちらも研究を進める必要があるし……やっと、《冠》の制御が出来るようになりつつあるから。それに、鏖殺寺院が《黒き姫》の復活を狙っているなら、人型機械は解体して搬出してしまった方が安心な気もするし」
 《冠》の制御方法が『パートナーである地球人が、《冠》の使用者に触れていること』だと判明し、現在は《冠》に対応した重機関銃サイズの火器を搭載した小型軍用車両の試作品が既に完成している。明花としては、ここで研究を中断したくはないだろう。
 「まったく、昔から無茶言って来るよなあ、あの女……」
 ヒラニプラの山並みを見上げて、林は盛大にため息をつくのだった。