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砂上楼閣 第一部(第3回/全4回)

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砂上楼閣 第一部(第3回/全4回)

リアクション

 クリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)鬼院 尋人(きいん・ひろと)
「迷える者達の行燈亭」の中へと足を踏み入れた。
 まだ陽が高い時間だというのに、酒場の中には意外なほどに多くの客がいた。
 その多く労働者階級に属する者たちのようで、吸血鬼らしからぬ屈強な肉体を持つ者が目立つ。
 その中で、未だ発達途上の少年であるクリスティーと鬼院の存在は、自然と人目をひいた。
「なんだぁ? ここはガキが来るような場所じゃねぇぞ」
 上杉謙信たちを探そうと店の奥に踏み込む二人に、酔客の一人が絡んできた。
 態度も口調も友好的とは言い難いものだが、ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。何とか相手を宥めて、先に進もうとするが、酔客はしつこかった。
 どうしたものかと考えあぐねていると、店の隅っこから声をかけてきた者たちがいた。
「鬼院に、クリスティーじゃねぇか!」
 聞き覚えのある声に振り返れば、そこには同じ学舎の生徒である久途 侘助(くず・わびすけ)香住 火藍(かすみ・からん)、それから鬼院のパートナーである西条 霧神(さいじょう・きりがみ)がいた。
 当然のことながら3人は私服姿だ。
 店の雰囲気を意識したのか、汚れたジーンズに着古したシャツという、まるで路地で遊ぶ少年のような出で立ちをしている。
 彼らの前には、木製のジョッキが3つ並んでいた。
 スパイスをふんだんに振りかけ揚げた魚、炒った木の実の盛り合わせ、羊肉の串焼きなどといった料理の他に、すでに空になった皿が山盛りになっていた。
 その様から、彼らがずいぶんと前からここで料理を楽しんでいたことが分かる。
「お前らもこっちに来いよ!」
 強引に誘われ、クリスティーと鬼院が渋々ながら席に着くなり、霧神が鬼院の耳もとに囁きかける。
「…上杉って奴なら、あそこ」
 さり気なく示された方向に視線を移せば、上杉謙信と一緒にいたはずの吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)アイン・ペンブローク(あいん・ぺんぶろーく)の姿はなかった。代わりにその場にいたのは2人の少女、ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)シルヴィア・セレーネ・マキャヴェリ(しるう゛ぃあせれーね・まきゃう゛ぇり)だ。
「デカイ男とゆる族は一緒じゃなかった?」
 鬼院たちは、謙信に声をかけたが、ともに酒場に入っていったところを目撃している。
「男ならトイレ。ゆる族は下」
 足が極端に短かったため人混みに紛れて見えなかったが、言われてみれば確かに。
 謙信の足下にはコーギー犬が一匹、番犬よろしく座り込んでいる。
 不機嫌な表情を浮かべたアインが、時折その尻尾で少女の足を叩いているようだが、ローザマリアは気にする素振りも見せない。
 真摯な態度で謙信に訴えかける。
「私を地球人として排斥されるもよし――それもまた、不識庵様の義の心でありましょう。しかしながら、私とて兵(つわもの)の端くれ。取り立てて頂けるのであらば、戦働きにてその大恩に報いる所存」
「地球人と徒党を組むつもりはない」
 とりつく島もない謙信の態度にも、ローザマリアは動じない。
 かつて能登の七尾城を攻め落とした謙信が詠ったされる漢詩を口ずさむ。
「霜は軍営に満ちて秋気清し。
 数行の過雁(かがん)月三更(つきさんこう)……」
「……越山併せ得たり、能州の景。
 さもあらばあれ家郷遠征を憶う(おもう)……」
 ローザマリアに続けるように、下の句を口ずさんだ謙信だったが、彼女を見る目は相変わらず冷たい。
「これで私を試したつもりか?」
「はい」
 悪びれることなく素直に頷くローザマリアに謙信は少しだけ興味を持った。 
「そこまで言うならば、契約を解除してみせろ。そうすればせめて、そちらのパラミタ人だけでも取り立ててやろう」
 謙信の言葉に、顔色を変えたのは、ローザマリアたちではなかった。
 鬼院たちとともに、謙信の会話を盗み聞きしていたクリスティーだった。
 クリスティーはずっと自分の契約者であるクリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)と契約を解除する方法を探していた。
 クリストファーを嫌いなわけでも、信じていないわけではない。
 むしろクリスティーは、パラミタの暗部とも呼ぶべき鏖殺寺院に自ら関わろうとしているクリストファーを止めたいと思っている。
 パラミタ人であるクリスティーと地球人であるクリストファーとの間で結ばれた契約を解除することが可能ならば、彼を安全な地球に帰すことができる。
 その想いに駆られたクリスティーが、謙信に話しかけようと立ち上がったそのとき、店内が急に騒がしくなった。
「あ縲怏スで、あの女がこんなところにいるのよ!」
 酒場の扉をくぐるなり甲高い声を上げたのは、先ほど領主邸の前で謙信と舌戦を繰り広げたカーリー・ディアディール(かーりー・でぃあでぃーる)であった。
 謙信が振り向いた。
「性懲りもなく…」
 カーリーの姿を見つけた謙信の表情が強張る。
「叩き出されたくなかったら、さっさと帰りな」
「お言葉じゃない? もともとこの店は私の馴染みなんだけど」
 今にも掴みかからんとばかりに睨み合う二人の間に、サトゥルヌス・ルーンティア(さとぅぬるす・るーんてぃあ)が割って入ってくる。
「待ってください! 僕達は貴女と喧嘩をするつもりで、ここに来たんじゃないです!」
「俺には喧嘩したくてしょうがないようにしか見えませんけどね」
 謙信の足下でぼそり…と呟くアインをサトゥルヌスは睨み付けた。
「違います! 僕達がしたいのは喧嘩ではなく、話し合いです! 僕達はこのタシガンについても、貴女についても知らないことが多すぎる! お互いをもっと知り合わなくては何もはじまらないでしょう!」
 必死で食い下がるサトゥルヌスにアルカナ・ディアディール(あるかな・でぃあでぃーる)
銭 白陰(せん・びゃくいん)も同意する。
 アルカナについては、できるだけ謙信には近づきたくないのか、遠巻きに見守りながらではあったが。
「あぁ? なんだテメェら、どこから沸いてきた?」
 さらにはその場に、吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)も戻ってきたから始末が悪い。
 店内の酔客に紛れたマッシュ・ザ・ペトリファイアー(まっしゅ・ざぺとりふぁいあー)シャノン・マレフィキウム(しゃのん・まれふぃきうむ)は、その一触即発の自体を悠然と見守っていた。
 古典的な吸血鬼であるシャノンは、背徳行動を誘発するのが魔族の本懐だと考えている。話し合いなどという穏便な手段で話がまとまってしまっては、面白みにかける。
 薔薇学の生徒たちが争いたくないと願うのならば、あえて戦争という悲劇へ彼らを導いてみたい…。
 シャノンは血のように紅いワインを飲み干すと、いつの間にか薔薇学生の中に紛れこんでいたマッシュに目配せをした。