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砂上楼閣 第一部(第3回/全4回)

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砂上楼閣 第一部(第3回/全4回)

リアクション

「はい、大丈夫です。次の方、お願いいたします」
 メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は、部屋の中に並んだ少女たちの顔を、一人一人丁寧にリストと見比べながら進んでいく。
 まさか天魔衆が、接待要員として乗り込んだ百合園生に変装して襲撃をかけてくるとは思わなかった。
 同じ間違いを繰り返すわけにはいかない。
 自分を含め、搭乗者たちの再チェックが必要だと考えたメイベルは、薔薇学関係者に協力を求めた。
 メイベルとともにリストのチェックを行っていたジョヴァンニ・デッレ・バンデネーレ(じょばんに・でっればんでねーれ)
が、ため息をつく。
「はぁー、参ったな。女の子と言えど油断ができないなんて…」
「しょうがないですよ。今は大臣を安全にタシガンまでお連れするのが任務なのですから」
「まぁ、そうなんだけどな。どうせなら俺は…」
 ジョヴァンニがちらり…と視線を向けた先には、別室へと続く扉があった。
 そこでは、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)が、リストの照会を終えた者たちに身体検査を行っていた。さすがにそちらの部屋は、薔薇学生と言えど男子禁制だ。
 今にものぞきに行きそうなジョヴァンニを、ミゲル・アルバレス(みげる・あるばれす)が睨み付ける。
 ミゲルの担当は、雪之丞たちが乗ってきた飛空挺の内部チェックだ。
 万が一、天魔衆による再襲撃があった場合、すぐに飛び立てるよう大臣にはこちらへ移動してもらわなくてはならない。
 もちろん念には念を入れて、船内を再度調べることも忘れない。
「ダメやで、師匠」
「いやいや、やはりここはしっかりと調べなくては」
「ダメや!」
 ミゲルとて年頃の少年である。
 扉の向こうが気にならないといえば嘘になるが、こんなことでせっかく築けた外務大臣への信頼を失いたくない。
「だけどな、ミケーレ」
 あきらめの悪いジョヴァンニが再攻勢に出ようとしたそのとき、扉が開き、身体検査を担当していたセシリアが顔を出す。
「こちらのチェックは終わりました」
「…大臣を呼んでくるわ…」
 肩を落としたジョヴァンニは、チェックの終わった飛空挺へ大臣を案内するためにその場を後にした。



 佐野や林田といった教導団員の面々が立ち去った専用艇の貴賓室では、接待要員の一人サフィ・ゼラズニイ(さふぃ・ぜらずにい)が場を和ませようと必死になっていた。
「さてさて、ではここでサフィちゃんとジィーン君のショートコントを1つ」
 突然、相方に指名されたジィーン・ギルワルド(じぃーん・ぎるわるど)はまんざらでない様子で頷く。
 今にも漫才をはじめそうな二人をローレンス・ハワード(ろーれんす・はわーど)が静かに一喝する。
「やめろ」
「えー、なんでよ。こう見えてもあたしたち、芸人を目指せるくらいには面白いのよ」
「……下手な嘘はつくな。気を遣うならば、大臣がゆっくりとくつろげる時間を設けることに力を注げ。
 喋るな、動くな、空気になれ」
 自分たちは悪者に狙われた同級生を守っているのではない。
 あくまでも相手は目上の人間であり、地球を代表する要人なのだ。
 ローレンスの主張は尤もであったが、サフィは不満顔だ。
「てゆーか、こういう場合は女の子の色気って一番の清涼剤になるでしょーに」
「……む、それならば確かに効果はあるだろうが……お前に色気はあるのか?」
 一瞬、納得しかけたローレンスであったが、サフィの幼顔を見つめため息をつく。
 その横では、サフィの小振りな胸に視線を落としたジィーンがぼそりと呟く。
「……全然足りんな」
「こ、この男どもは……」
 サフィは二人の反応に頬を膨らませた。
 三人のやりとりを温かな眼差しで見守っていたハイサム外務大臣に、クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)が話しかけた。
「気付いていますか、大臣? あの3人…皆僕達と同じように見えるんですけど、実は全員違う種族なんですよ?」
「ほう…そうなのですか?」
「ローレンスはヴァルキリー。空を飛ぶ戦士の一族です。サフィは女王の加護を最も受けることの出来るシャンバラ人ですし。ジィーンはかつての英雄の写し身、英霊です。勿論、ここには彼等以外にも多種多様な種族がいますけど。
 パラミタって元々、こんな風に色んな種族が集まって皆で暮らしてる場所なんです……だからきっと、新たにこの地を訪れる人たちのことも受け入れてくれると思うんです」
 すべての人々が天魔衆のように地球人排斥を考えているわけではない。
 むしろたくさんの人たちが、地球人という新たな仲間が増えることを望んでいるのだとクライスは信じていたし、ハイサムにも知って欲しいと願っている。
 クライスの純粋な言葉に、ハイサムは静かに頷いてみせたが、内心の想いは別だった。
 ハイサムにとって、今回の襲撃も想定内の事象だ。
 地球からやってきた各学校の生徒たちやそのパートナーのようにすんなりと受け入れてくれる者もいれば、そうでない者たちもいる。むしろ反対派がいない方がおかしい、とハイサムは思っている。
 天魔衆の行動は、彼の母国で「テロリスト」と呼ばれる者たちと同じなのだ。
 正義と呼ばれる概念に正解はない。
 賛成意見者が多い意見が「正義」とされ、少数派でありながら力で主張しようとする者たちが「テロリスト」と呼ばれる。
 ただ、それだけのことなのだ。
 しかし、これはまだ彼等のような少年が知るのは早すぎる…ハイサムはそう思った。
 少年には少年にしか見ることのできない夢や未来がある。
 今は、その想いを大切にすることが大切なのではないか、と。
 だからハイサムは内心の想いを隠し、言葉を選ぶようにして話を続けた。
「以前、ミゲルくんにも同じような話をしましたが。
 私はこの大陸に選ばれた貴方たちこそが、地球とパラミタを結ぶ橋だと思っています。だからこそ貴方達がその様に思っていてくれていることを知れただけでも、訪れた甲斐があったと思ってますよ」
 接待役としてハイサムの側に控えていた百合園生七瀬 歩(ななせ・あゆむ)が、遠慮がちな様子で口を開く。
「あの…パラミタに来て以来、地球の世界情勢に疎くなってしまって…。勉強不足で大変申し訳ないのですが、ハイサムさんの国は今、タシガンへの移住を考えなくてはならないくらい、大変なことになっているんですよね?」
「私の国には異なる宗教を掲げる二つの民族が同居していますから。それ故、長きに渡って争いが絶えませんが、何時までもこのままにしておくわけにはいきません。先ほどクライスくんが話してくれたパラミタのように、異なる民族が互いに手を取り合って進める未来…そんな国を目指していきたいと考えています」
「皆が納得して一緒にいられる場所が作れたら、本当に素敵なことですよね」
「なかなか理想通りには行きませんが、前に向かって足を踏み出さなくては、ゴールは遠いままですから」