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神楽崎優子の挨拶回り

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神楽崎優子の挨拶回り

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 極力注意するも、走っているためきちんと対処することは出来ず、幾つかの仕掛けが作動し、刃物に瑠璃音は襲われて、負傷していく。
 小さな痛みを堪えながら、男に近付いてからは、男の踏んだ場所を踏み、後を追っていき――やがて、木造の建物が見えてくる。とりあえず、目印にと、ハンカチを木に結びつける。
 報告に戻るべきだと分かってはいたが、瑠璃音には早く名を成したいという強い思いがあり、焦りからそのまま1人で建物へ向かっていくのだった。
 途端。
「あっ」
 ドアに触れた瑠璃音は、中へと引き摺り込まれる。
「姿見えにくくしてるようだが、女だな。どうする? 仲間が攻め込んでくんじゃねぇ?」
 中には十数人の少年から中年の男達の姿がある。
「放しなさい……っ」
 瑠璃音は羽交い絞めにされて、動くことが出来ない。
「おらよっ!」
 突如、ガチャンと窓ガラスが割れる。
 中に投げ入れられた煙幕ファンデーションにより、部屋の中が白く染まった。
 敵が動揺したその隙に、瑠璃音は敵の手から逃れて、建物の外へと飛び出した。
「こっちへ」
 祥子がドアの外まで到着しており、瑠璃音の手を引き後方へと促す。建物の中にはアシッドミストを放っておく。
 男達のうめき声が響く。
「新年早々、神楽崎の挨拶回りを血で汚すことまかりならん。刃物は使うな鈍器を使え。一人も殺すな、生かして捕らえろ」
 煙幕を張り、分校生達にそう命じたのは武尊だ。本人は罠対策の為に、木々を伝ってここまで辿りついたため、無傷だった。
 他の分校生達は武尊のような移動は無理であり、時々罠にかかりながらの到着となった。
「怪我をしたら、ここまで戻ってきて下さいね」
 未憂が怪我をした仲間にヒールをかけながら声をかける。
「行くぞ!」
「おう!」
 真っ先に煙に覆われた建物に窓から飛び込んだのは和希だった。
「根性叩きなおしてやるぜーッ!」
 ウォーハンマーを振り回して突進し、和希は男達を次々に殴り倒していく。
「くそっ、宝もってずらかるぞ!」
 指示を出した中年の男が荷物を背負う。
 ドアの方へと男達は走り建物から飛び出していく。
「逃げられないわよ」
「ぎゃっ……」
 光学迷彩で姿を消した祥子が鎖十手で若い男を打ち倒す。
「逃げ場はありません」
 木の陰に隠れながら、礼香も銃を撃ち男達の足を撃ち抜いていく。
「神楽崎、神楽崎優子が見てるんだ、神楽崎優子が」
 分校生達と共に、武尊も立ち回る。
 優子の前で醜態を晒したくはなかった。
 殺気看破で、敵意のある敵を見つけ出し、等活地獄で一撃で敵を打ち倒す。
 声を上げる間もなく、男は地に伏した。……得物は木刀だ。一応手加減はしてある。

「盗賊が逃走を始めたようです。前方に罠はなさそうです」
 少し前を行き、罠の解除に務めていたロザリンドが優子に報告をする。
「惨めだね」
 円は見えた男達の足を銃で撃ち抜いていく。
「決着をつけましょう。援護しますよ」
 大和は煙幕ファンデーションで、煙幕を張り、弾幕援護で弾幕を。
 そして、遠当てで、銃をこちらに向けている男を打ち倒す。
「おまえが首領か!」
 飛び出した男を追い、武尊も飛び出す。
「おまえらの相手は俺だ!」
「道を開けろ」
 和希、武尊が首領を護衛する男達に飛びかかる。
「優子さん、行って下さい」
 大和が言い、ロザリンドも頷く。
「今回は首領確保は優子さんの手で」
「ありがとう。行くぞ、フィル」
「はいっ!」
 優子が走り出し、その隣に銃を構えたフィルが続く。
 逃走を図る賊の捕縛は仲間達に任せ、フィルは鋭く目を光らせて、こちらに銃を向けた賊に集中し、その腕や足を撃ち抜いていく。
 優子は刀を抜き放ち、首領と思われる男の元まで駆ける。
 優子に銃口を向けた首領の銃を、フィルが撃ち落とす。
「優子さん、今です――!」
 フィルは銃を構えながら立ち止まる。
「覚悟しろ!」
 地を蹴り、声を上げて刀を振り上げて跳び、優子は首領の肩に刀を振り下ろした。

○    ○    ○    ○


 合流した一行は、捕らえた盗賊達を広い道へと引っ張り出す。
「ちょっと……やりすぎたかもしれませんね」
 未憂は、足や腕から血を流し苦痛に呻く男達や、泡を噴いて倒れている男達を見て胸が痛んだ。
「全員は無理ですみません」
 謝りながら、重傷な者に回復魔法をかけていく。
「お疲れ様でした。こちらは何事もありませんでした。遠くから響いてくる悲鳴に、農家の方々は少し怯えてらしたみたいですけれど……」
 ヴェロニカが優子にそう報告をする。
「正攻法で、穏便な作戦だったと思うが、もう少し離れた位置に馬車を止めるべきだったかもな」
 優子がすまなそうな目を馬車の方に向ける。
 ……どこが穏便だったのだろうかと思う者もいたが、誰もその場ではつっこまなかった。
「さて、この者達の教導団への引渡しをどう行なうか、だが」
「奪ったり壊したりするのが性に合ってるとか、好きで盗賊やってるなら、別に教導団に引き取ってもらうのでもいいと思うんですけど」
 未憂が同情的な目で盗賊達を見回した後、優子に目を向ける。
「食うに困って……とかだったら。一緒に分校に来てもらうことは出来ないでしょうか。神楽崎先輩はどう思われますか」
「食うに困っても徒党を組んでの盗賊行為は許せることではないな。単独の泥棒程度なら解らなくもないが」
「でもボク達はもうパラ実の分校の一員だし、パラ実のことはパラ実で解決するべき。……と、パラ実生なら考えるんじゃないかな?」
「ああ……うーん……」
 百合園の鳥丘 ヨル(とりおか・よる)の提案に、優子が腕を組んで考え込む。
「最初は分校への帰属意識も生徒への信頼も何もないから、利害を説いて手を組む感じかな。農園が成功すればわざわざ危険な盗賊稼業をしなくても収入を得られる。そこで、盗賊やってて培ってきた罠技術で農園と分校を守ってほしい。この農園と分校はボク達の居場所であり、キミ達の縄張りでもある。とか説得してみたらどうかな?」
「いや、言われてみれば、これは結構大きな問題に繋がる可能性があることに気づいた。まず、2人には感謝しよう。ありがとう」
 優子は未憂とヨルに礼をいった後、説明を始める。
「まずは、農園は私の農園でもなく、農園を手伝ったからといって収入は得られない。農家の方々を手伝うことや、喫茶店などの運営に関わらせていただだくことが、分校の収入に繋がる可能性はあるが、パラ実生の分校はいわば溜まり場だし、分校で働くのならそれは学業に値するため、生活費にはならないぞ……私が設けた分校は、誰でも通える学び舎ではあるが、就職場所や、養い目的の慈善施設ではないんだ。ただ、報酬が出る依頼系の仕事を回せるよう努力はしてみるつもりだ」
「そっちの分校で引き取れないんなら、イリヤ分校に連れて帰ってもいいぜ。農地開墾の頭数が足りなくて困ってたところだし、丁度いいぜ。教導団に突き出されるか、分校入りして更生の道を辿るか、好きな方を選ばせてやるくらいがいいだろ」
 和希がそう申し出る。
「更生可能かどうか、質問が必要だね。救いがある輩かどうか。妙な組織と繋がってる可能性もあるし」
 円がそう言うと、ロザリンドが縛られている盗賊達の方へと歩く。
 ロザリンドは、ディテクトエビルを発動し、盗賊達に問う。
「あなた方は、パラ実の分校に通い、神楽崎優子様のために働けますか?」
「パラ実の分校だァ? 俺らの団はそのパラ実生の就職先だろが。俺らの団を潰せば生徒達の就職先が減るだろ。約束してやる。てめぇんとこの分校関係者は襲わねぇし、卒業後引き取ってやる。だから早く解放しやがれ!」
 盗賊達の反応はほぼ皆同じだった。
 馬賊、空賊など盗賊団は一般的なパラ実生の就職先だ。
 吐息をついたあと、優子が皆を自分の回りに集める。
「悪行を行なっている者、イコールパラ実生というイメージを持っている者が多いようだが、そうではない。また、ここはキマクでもない。そして私達はパラ実の分校関係者なわけだが、トップの私は百合園の生徒会役員でもある……」
 分校に入れたらどうかと提案したメンバーを見回しながら、優子は説明を続けていく。
「教導団に引き渡したら、問答無用で処刑されるわけじゃないぞ? 私の分校にはまだ何も設備が整っておらず、役員も不足している。そこに不穏分子を増やし、皆の負担を増やしたくはない。それに対して、教導団には犯罪者を更生させるプログラムくらい存在しているだろう。更生するかどうかは、本人達次第だ。反省して償うのなら社会復帰が出来るだろう。それからこれは皆の意見を聞いて気づいたことなんだが……」
 優子は息をついた後、眉を顰めながら語り始める。
「教導団に引き渡すべきところを、自分の配下に加えたと知られれば、大事になる可能性が否めない。こういった犯罪グループを私の名の下のパラ実分校に入れたら、分校の戦力増強目的と捉える者も多いだろう。百合園がキマクでテロの準備を整えてるという噂が流れることだって考えられる。キミ達は事情を知っているからそうは思わなくても、事情を知らないヴァイシャリー市民がその事実だけ知ったのなら、私が百合園へのテロを企てているという穿った解釈の噂だって流れてもおかしくはない。如何に釈明しようとも疑心はそう簡単には消えない。怖がる人は怖がるだろう」
 優子は表情を緩めて皆に微笑みかける。
「皆の善意や優しさは尊ぶべき心だが、シャンバラ全体の情勢を考えるとやはり今回はこのまま教導団へ引き渡すしかないと思う。ただ、これがもし、彼等がパラ実生だったり、ここがキマクだった場合はかなり厄介なことになっていた可能性がある。パラ実に引き渡せば教導団の顔が立たない。教導団に引き渡せばパラ実から反発が出る……。自分の行動にも注意を払っていかなければならないと、気づかされたよ。一般の分校生達はそんなことまで考えなくてもいいし、優しさを大事にしてほしい。ただ、役員を担ってくれている者は常に他の組織への配慮を忘れずに運営していってくれると助かる」
 優子はこの場にいる唯一の役員であるキャラに目を向ける。
「わかりましたぁ〜」
「無難な判断だと思うわ」
 教導団員である祥子も息をついて頷いた。 
 軍人の中には、軍事的視点でしか物事を見れない者もいるから。
「分校役員については、パラ実の分校なのだから可能な限りパラ実生で固めた方がいいんじゃないかしら? パラ実生を立てて、他校生は一般生徒として貢献するべきだと思うわ。そうね、目安箱に意見を投じる程度のことはしても、方針を決定する立場に居るべきではないと思うの。百合園やヴァイシャリーが他校生を使いキマクに影響力を行使していると思われないようにするためにもね」
 祥子の意見に優子は深く頷いた。
「全くその通りだ。ただ、1つ問題なのは、私の分校名の下の分校である以上、私に監督義務がある。その仕事を任せようにも、パラ実生に任せられる人物がいないんだ。だから逆に、パラ実生だけではなく誰でも通える分校として、他校生の皆にも積極的に役員に就いてもらうのも一案だと思う。他校で分校の存在を取り上げられたとしても、百合園が支配しているのではなく、シャンバラに住まう若者達が運営している学校だと説明出来るんじゃないかと思ってる。ただし、生徒のトップである生徒会長だけはパラ実生を立てる意味でパラ実生にしておきたい。私や分校長は経営者、家主の立場であり、主である生徒達が鞍替えする気になれば生徒全員で鞍替えも出来るというわけだ」
「なるほどね……」
「分校員の呼び名、神楽崎団ではよろしくないようでしたら、団体名『六校団』とか、どうでしょう? 全ての人が集まるという意味を込めて。……分校も百合園も特定の団体に帰属ではなく、全ての人と一緒に進む事ができたらいいなと思います。人々の架け橋みたいな存在になりたいです」
 ふわりと微笑んだロザリンドに、優子も微笑みを見せた。
「素敵な理想だ。だけど、パラミタには6校以外の現地の無数の学校がある。学校に通っていない者もいる。契約者ではない現地人も、誰でも通えたらいいと思わないか? だから、名前も六校と限定しなくていいと思う。ロザリンドの言うとおり、全ての人が集まる、集まれる場所になるといいな」
 優子の微笑みに集まった多くの者達が賛同の笑みを浮かべた。