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神楽崎優子の挨拶回り

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神楽崎優子の挨拶回り

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「このあたりは霜で作物がダメになる可能性が高そうだ。種まきはこっちまでにしよう」
「分かったぜ、師匠!」
 教導団のウォーレン・アルベルタ(うぉーれん・あるべるた)が農家の長男に元気良く答える。
 ウォーレンは使い古した制服に、長靴、頭にはタオルを巻いて、野良仕事に勤しんでいる。
「わかったぜぃ」
「りょうかーい」
「らじゃー」
 ウォーレンに続いて、子供達も手を楽しげに声を上げる。
「こっちやる? やる?」
 スコップを持って畑に近付いた子供を、ウォーレンは後からぎゅっと抱きしめて止める。
「そっちの一角は掘ったらダメだぞ☆ もう芽が出てるだろ〜?」
「んん? これざっそうじゃないんだ。ちっちゃいね、食べれる?」
「また食べられないぞ。春まで待とうな☆」
「ねーねー、きょーはおうまさんのおせわやんなくていいのー? うまのおにぃちゃん〜」
 小さな子がウォーレンの頭に巻かれているタオルをぐいぐいひっぱる。
「ははっ、何時も馬と一緒にいるが馬のお兄ちゃんではないんだぞ?」
 ウォーレンは厩舎と牧場で熱心に馬の世話をしていることが多い。
 時間が出来た際には、子供達を馬に乗せてあげることもあった。否定はしていても、既に馬のお兄ちゃんとして大人気だった。
「これ、あっちに運べばいい?」
「よし、一緒に運ぼう」
 石を乗せた台車を押そうとした子供を手伝い、一緒に川の方へと押していく。
「おやさいたくさんできるといいねっ」
「種を蒔いて、水をやって、大切に育てないとな」
「おみずたくさんあげれば、おおきくなるかな?」
「それは人間と一緒で、飲みすぎたらお野菜も苦しくなっちゃうぞ」
 他愛もない話をしながら、川原へとたどり着く。
「うん! んしょっとー!」
 石を運び終えた子供は輝く笑顔を見せた。
「おぉ! よく頑張ったな!」
 ウォーレンは手を伸ばして、頭をなでてあげて、ぎゅっと抱きしめる。
「えへへへっ、お兄ちゃんがてつだってくれたからね〜。ひとりじゃできないもん……」
「そうだな……」
 嬉しそうに笑いながら、子供の方から手を差し出してくる。
 ウォーレンはその子の手をとって、空になった台車を片手で押しながら、一緒に歩き出す。
「なぁ、俺と一緒に暮らさないか!」
 繋いだ手をぶんぶん振っている子供に、ウォーレンは真剣に愛を籠めてそう言った。
「一緒に世界を見てみないか!」
 目を見開いて、子供はウォーレンを見上げて……途端、満面の笑みを浮かべる。
「うん、行きたいっ」
「豪勢な暮らしではないし、俺は軍人だから危険な事もあるかもだ――なら! 俺が責任もってお前を守る!」
「お兄ちゃんカッコイイっ。ずっといっしょにがんばれるかなあ」
 手を離して、子供はウォーレンの腕にぎゅっとしがみついた。
 ウォーレンは台車を押す手を離して、子供の頭をゆっくりと、愛しげに撫でるのだった。
 傍にいてこの子の成長を見たい。
「お兄ちゃん、スコップじゃかたくてここほれないよー」
「早くおわらせて、おうまのろうよ〜」
 子供達がウォーレンに手を振ってくる。
 子供達に本当に幸せになってほしい――そう願いながら、ウォーレンは大きく手を振り返した。

「ヒャッハァ〜ここを波羅蜜多実業羅苦農部のシマとする!」
 パラ実の南 鮪(みなみ・まぐろ)が、『波羅蜜多実業羅苦農部協賛』と書かれた看板をどーんと押っ立てた。
「世紀末農業! それは一見強制労働に見える物の、農業は元々厳しい物なのも手伝ってその実平均的な農業労働でしかない代物。この厳しい世紀末の大地では自立できない奴ァ全て獲物だァ〜」
 子供達を前に力説する。
 ただ、世紀末の意味は分かってないらしい。
「頼もしいな」
 農家の次男がうんうんと頷く。彼も世紀末の意味はわかてないらしい。
「頼もしいね」
 見学に来ていたルリマーレン家の息女、ミルミ・ルリマーレン(みるみ・るりまーれん)もうんうんと頷く。彼女は世紀末かどうかなんて気にしていないらしい。
「ヒャッハァー働けない奴ァアガリを上げられない奴ァ優子様に頭から齧られちまうぜェ〜働け〜! 働け〜!」
 鮪は鞭――ではなく、鎌を振り回している。蔦が絡まっており、まるで鞭のようだった。
 子供達はきゃあきゃあ叫びながら、飛びまわって、種や籠、小さな道具を運んでいく。
「ゆうこさまってかいじゅう?」
「おおきいの? はねあるの? そらににげてもだめ?」
 怪獣ユウコサマを想像し、軽く怯えている子もいた。
「優子お姉さまは、齧ったりしないよ。よく(視線で)殺されそうになるけどね……! ミルミも鈴子ちゃんが一緒じゃない時は、極力近付かないようにしてるんだ」
 ミルミがそう言うと、鮪は軽く身震いして、鞭――鎌を振り回して大人しく雑草を刈っていく。
「おもいよおもいよ」
「とばないで、あるいてはこんだほうがいいんだよ」
 子供達は助け合いながら、作業を手伝おうとしているが、体が小さすぎてなかなか役には立てていない。
「ルリマーレン家農園と農家の連携はしっかりした方が収穫が上がるって信長のおっさんが言ってたぜ。これで秋には種モミ風呂だな!」
 鮪の言葉にミルミが首を傾げる。
「種モミ風呂? 花風呂みたいなものかな?」
「……まあ、深く考えなくてもよろしいかと。連携については、仰るとおりですね」
 ミルミに付き添っている執事のラザン・ハルザナクが苦笑する。
「ん? 妖精が育てた農作物、これは売れるキャッチフレーズの予感! ヒャッハァーいけるぜニューブランド! 種モミ袋のパッケージに可愛い妖精の女の子が『私達が育てました』とか書いて写ってりゃ俺なら買い占めるね」
「面白発想だね」
 子供達に指導している次男は鮪の案に笑みを浮かべながら、ミルミとラザンに目を向ける。
「この農園では商売のことあんまり考えてないんだよね。分校の方で直販する分はそういうことやると話題になっていいかも?」
「そうですね。印刷などが必要な場合は相談に乗りますので」
 ミルミとラザンの言葉に、次男は頷いて家に帰ったら1つの案として家族に提案してみると言うのだった。
「貧弱なガキ共だが、そん中でもテメェは全くなってネェぜ。もっと腰を入れて道具を使え」
 なんやかんや言いながら、鮪も面倒見の良いお兄さんの如く子供達の指導に当っていた。
「変なかみ、へんなかみー。ひっぱれひっぱれー」
「こっちにしまってある方のトサカの方がおもしろいー」
 ただ、全く尊敬されていなかったが。
「よし、次の仕事行くぞ! 今日はちゃんと働いたヤツには特別モヒカンをくれてやるぜ!」
「でもいらない!」
「カッコわるいし!」
「ださいとかキモッっていうんだよね、こういうの」
「なにィ!」
 鮪が子供達をひっ捕まえていく。
「ひゃっはー」
「ヒィヤッはあ」
「キャッハー」
 子供達は素早い動きで、鮪から逃げ回ったかと思うと、楽しげに纏わりついていく。
 きゃあきゃあ笑い、叫び、走り回り飛びまわりながら、鮪と子供達は敷地内のあらゆる仕事を体験して回るのだった。

○    ○    ○    ○


 トレーを両手で掴んで、そろりそろりと歩きテーブルへと到着をした子供は、ほっと息をついて、トレーの上のティーカップをテーブルに並べていく。
「おちゃ、どうぞ」
「ありがと〜」
 カップを受け取ったパラ実の春夏秋冬 真菜華(ひととせ・まなか)が、子供の頭を撫でてあげると、ぱっと顔を輝かせて、子供は嬉しそうに次のカップを取りに向かう。
「可愛いね。里親探してるんだってね」
 別荘に来る途中も、沢山の妖精のような子供達の姿を見かけていた。
 この部屋には神楽崎分校所属希望者――多くのパラ実生が集まっていたけれど、殆どの子供達が怖がることなく、こうして一生懸命接客をして回っている。
 真菜華は、元地球の百合園女学院に通っていた百合園生だった。
 堅苦しさがいやになって、パラミタでのパラ実に転校したものの……パラ実は野蛮な人が多く、やはり馴染めずにいた。
 そんな時聞いたのが、パラミタの百合園女学院の生徒会役員であり、パラ実の四天王でもある神楽崎優子が開くという神楽崎分校だった。
「分校、一緒に通いたい子、いるかな……? あたし自身まだ半人前だけど、パートナーと協力すれば、1人なら預かれるかもしれない……。神楽崎サンの管轄下の分校ならマリル、マリザさんの目も届くだろうし……」
 神楽崎優子はこの場にはいない。シャンバラ古王国の騎士だったというマリル、マリザの双子の姉妹達と、手伝いに来ている農家の方々への挨拶と相談を別室で行なっている。
「お菓子、どうぞ〜。はいっ」
 先ほどの子供が、今度はお菓子を持って真菜華の元にやってきた。
「ありがとー。隣、座らない?」
「ん、おわったらっ!」
 子供はそう答えて、またキッチンの方へと駆けて行く。
 一生懸命なその子の姿を見ながら、真菜華は後ほど優子に引き取ってもいいかどうか聞こうと心に決めるのだった。