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ゴチメイ隊が行く1 カープ・カープ

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ゴチメイ隊が行く1 カープ・カープ

リアクション

 
    ★    ★    ★
 
「よく来てくれました」
 裏通りのポスターと口コミで集めたバイトを前にして、『美しきゴンドラ乗りの会』の会長が言った。小太りのちょっと貧相な男で、どう見てもいい人には見えない。
 ゴンドラ乗りのバイトと言えば聞こえはいいが、条件が、暴れる客を叩きのめせる力というところからしてうさんくさい。しかも、口の堅い者限定とある。はっきり言って、実態は用心棒の募集である。当然、応募してくる方も、それと知ってやってくる荒くれ者たちであった。だが、なぜか今回は、錦鯉に詳しい者という条件がついている。これでは、何を企んでいるのかがもろバレだが、ここの会長は気づいていないのか、気にもしていないようであった。
「期待通りの腕っ節の強そうな野郎どもで……」
 そう言いかけて、会長が困ったような顔になった。
「ああん、何か勘違いしてるのが混ざってねえか」
 そう言って、会長は緋桜 ケイ(ひおう・けい)悠久ノ カナタ(とわの・かなた)シス・ブラッドフィールド(しす・ぶらっどふぃーるど)を睨みつけた。見た目、年端もいかない女の子二人と……、猫だ、猫。
「おうちに帰るなら今のうち……」
 悠久ノカナタにでかい顔を近づけようとした会長の目の前に、突然何かが飛び出してきた。鋭い物につつかれそうになり、会長はあわてて後ろに飛び退いた。もう少しで尻餅をつきそうになる。
「カァ!」
 威嚇するように羽ばたいていたカラスが、一声鳴いてから悠久ノカナタの肩に留まった。銀髪の前では、その漆黒の羽根がよりいっそう禍々しく見える。
「我に触れるなど、愚か者のすることよ。逃げ隠れしても無駄だぞ」(V)
 悠久ノカナタが袖をつまんだ右手を挙げると、使い魔が甘えるように嘴をすりつけた。
「人を見かけで判断しちゃいけねえぜ。こちとら、こう見えても百戦錬磨だ」
 緋桜ケイが、手のひらの上に炎を出現させながら言った。
「なんなら、ここを焼け野原に変えてもいいんだぜ」
 言いつつ、ゆっくりと手のひらを返そうとする。
「ああ、分かった分かった。あんたたち学生の力を侮っていたよ。後で、存分に暴れてくれ」
「ふーん」
 会長の言葉に、レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)はどう暴れるのかと興味を示したが、今はまだ無法者を装っていることにした。
 同様に、このゴンドラ業者の悪事の証拠を手に入れようとやってきたトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)は、さりげなく携帯でこの模様を録画していた。
 このゴンドラ業者は、ぼったくりの噂が高くてもともと客が少ない。初期は、会長が職にあぶれた者たちを集めて地道にやっていたそうだが、あっという間に今のような悪徳業者になってしまったらしい。それは、イケメンのお兄さんがカンツォーネを歌う船の方が、むっつりした強面の兄貴が漕ぐ船よりも若い女性の客が多いに決まっている。
「とにかく、こう見えても、俺はゴンドラ屋が好きなんだ。どんな手を使っても、この『美しきゴンドラ乗りの会』を潰させはしねえ。そのためにも、おめえたち、頑張って観光客が増えるよう戦ってきてくれ」
 いや、台詞から何が言いたいのか全然分からないが、とにかく緋桜ケイたちはオーッと適当に唱和しておいた。
「詳細は、沖にいる海賊船の船長が指示してくれる。頑張って、ヴァイシャリーを錦鯉の楽園にしてこい!」
「おー」
 会長に鼓舞されて、集まった者たちはぞろぞろと大型のゴンドラに乗り込んでいった。
「はいはーい、ちゃんと詰めて座りやがれなさいませです」
 本音と営業スマイルをごちゃ混ぜにしながら、ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)が乗り込んでくるレイディス・アルフェインたちに命令した。一足早く潜り込んでいたウィルネスト・アーカイヴスは、船頭として抜擢されていたのだ。
「船へは俺が案内するから、しっかりと漕げよ」
 目的の船から案内に来た船員が、ウィルネスト・アーカイヴスに言った。
「アイアイサー。しゅっぱーつ!」
 長いオールを振り回すと、ウィルネスト・アーカイヴスはゴンドラ業者の艀(はしけ)から船を漕ぎ出した。
 
「リナ、動いたね」
「ええ、出発よねぇ、ベファ」
 対岸からずっとゴンドラ業者の動きを見張っていたベファーナ・ディ・カルボーネ(べふぁーな・でぃかるぼーね)の声に、雷霆 リナリエッタ(らいてい・りなりえった)は満を持して、借りていた自分たちのゴンドラを漕ぎ始めた。
 同様に、上空で待機していた久世沙幸と藍玉美海も動き出す。
「気づかれないように、つけますわよ」
「ええ、大丈夫だもん」
 発見されないように距離と高度を保ちながら、久世沙幸と藍玉美海はウィルネスト・アーカイヴスの漕ぐゴンドラの追跡を始めた。
 
    ★    ★    ★
 
 工作部隊を送り出したゴンドラ業者の会長たちは、ほっと一息ついていた。
 出発したのは、すべてバイトとして雇った者たちだけだ。
 あくまでも、彼らは観光ゴンドラの会社員である。ぼったくりや客とのいざこざはあっても、それ以上の悪事は外部に任せている。というか、もともと生け簀襲撃は、彼らの発案ではない。単に、手駒を集める手伝いをしただけだ。
 そもそも、前回に続いて今回も使い捨ての兵隊を集める手引きをしたのは、以前に客としてついたある人物の要請によるものだった。
 利害関係が一致したわけだが、おかげで、ついこないだまではそこそこ客も来て儲かったのだ。それによって、潰れかけていた店も、なんとか維持できることができた。だが、付け焼き刃の景気など、いつまでも続くわけがない。
 夢よもう一度ということで、今度は会長の方から、その人物に話を持っていったのだった。
 むこうとしても、前回はかなりメリットがあったらしい。今回もすんなり話を受けてくれた。いや、話を聞いた時点から、主導権はむこうに移っている。
 とにかく、やり方がどうであれ、見かけによらず会長がゴンドラ屋が好きなのは間違いがなかった。
「おやじ、客だぜ、客」
 七尾蒼也に網を投げつけられた船頭が、のそりと会長を呼びに来た。
「会長と呼べと言ってあるだろうが、ボケが」
 相変わらずの態度で船頭を叱責すると、会長はいそいそと客の出迎えに行った。実は、正社員は、現在はこの船頭一人だけなのである。
「いらっしゃいまし。どのような御用件でしょうか」
「うむ。観光がしたい」
 藍澤 黎(あいざわ・れい)が、凛とした声で言った。
「うきゅう」
 そんな藍澤黎の横を、小さな謎生物がてててててと歩いてくる。
「なんだ、このちび……。ああ、これでもゆる族か」
 あい じゃわ(あい・じゃわ)の姿を見てちょっと面食らった会長が、ポンと手を叩いて納得した。
「貴様、我がパートナーであるあいじゃわに対して、その口の利き方は失礼であろう。仮にも客なのだぞ」
「へいへい。すみませんこって。それで、後ろの方々も、御一緒で?」
 会長は、藍澤黎の後ろにいるアリア・セレスティ(ありあ・せれすてぃ)佐倉 留美(さくら・るみ)ラムール・エリスティア(らむーる・えりすてぃあ)の三人を見て言った。
「一緒じゃないけれど、せっかくだから一緒の船に乗りましょうか」
「そうじゃのう、その方が安心じゃ」
 アリア・セレスティの言葉に、ラムール・エリスティアが同意した。彼女たちもゴンドラ業者を調査するためにバイトに潜入するつもりだったのだが、ちょっと条件にそぐわないと思って作戦を変えたのだった。客としてでなら、どんな格好でも怪しまれることはない。ただ、佐倉留美が暴走して何かしでかさないかと、ラムール・エリスティアは気が気ではなかったのである。他の客がいるのであれば、少しは佐倉留美も自重してくれるかもしれない。
「えーと。一応別グループですわ。できれば、わたくし、船の上でじっくりとお話を聞かせていただきたいんですけれどぉ」
 ミニスカートのお尻をふりふりしながら、佐倉留美が言った。その姿に、一瞬にして会長と船頭が鼻の下をのばす。
「よし、任せときな。ねえちゃんは、俺の船を独り占めにしていいぜ」
「こら、勝手なことを言うな……そうだな、この嬢ちゃんはわしがお乗せしよう。へっへっへっ、今でしたら、大運河名物、錦鯉が観賞できますぜ。もし、今日がだめでも、明日ならまた増えますから、なんなら今日と明日の二回乗っていただいても……」
 勝手に言い出す船頭を押さえて、会長が言い出した。
「ずっこいですぜ、会長」
「うるさい、会長だからいいんだよ。てめえは、謎生物のお相手でもしてやがれ」
 客そっちのけで、会長と船頭は言い合いを始めた。
「いい加減にしろ!」
 さすがに、この展開に藍澤黎が怒鳴った。
「貴様ら、客をなんだと思っている。あまりかんばしくない噂ばかり聞くから確かめに来たが、まさに噂通りであるな」
「なんだと、貴様、同業者のスパイか!」
 藍澤黎の言葉に、すかさず会長がすごむ。
「スパイではない、客だ!」
 藍澤黎に一喝されて、会長は軽く悲鳴をあげながら後ろに下がった。自分とは迫力が違う。それに、さっき同じように威嚇されたことが即座に思い出された。また何か出てきたのではやりきれない。
「パラミタの学生たちは、なんておっそろしいんだ」
 自分たちがやろうとしていることは棚にあげて、会長が船頭とともに悲鳴をあげた。
 ずいと、藍澤黎が前に出ようとする。
「それいじょうしちゃ、めーなのですよ!」
 あいじゃわが、藍澤黎のズボンを引っ張った。
「もう、やめて。今は、このおじさんをやっつけちゃうのは、まずいと思いますわ」(V)
「まあ、大運河に蓋はないと言われるが、粗大ゴミを不当投棄するのはまずいじゃろうからのう」
 さりげなく、佐倉留美とラムール・エリスティアも、遠回しで会長に脅しをかける。
「まあまあ、ゴンドラに乗ってゆっくりとお話を聞かせてもらいましょうよ」
 アリア・セレスティが、なんとか間に入った。
「いいだろう。話はゴンドラに乗ってからだ。だが、少しでも観光ゴンドラとして未熟な部分があったら、ビッシビッシと鍛えるから、そのつもりでいるのだぞ。それが、貴様たちのため、強いては、ヴァイシャリーのゴンドラ観光のためにもなるというものなのだ」
 藍澤黎は、会長たちに言い渡した。
「へ、へい。すぐにゴンドラを出させていただきやす」
 会長はそう答えると、中型のゴンドラに全員を乗せて出発した。
「ええっと、本日はお日柄もよろしく……」
 水路に漕ぎ出したゴンドラの上で、会長が観光案内を始めるが、まったくぎこちない。船頭の方も、漕ぎ方が荒いのでゴンドラが時々大きくゆれる。
「漕ぎ方がなっていないのだよ。こう、わきを締めて、力強く水をかくのだ」
 藍澤黎は、腕組みをしたまま船頭を睨みつけた。
「へ、へい」
 威嚇されて、船頭が焦りながらも、なんとか藍澤黎の言った通りにしようと努力する。
「ここが、最近錦鯉が名物となっております大運河でごじゃります」
 でっかい顔の汗を拭き拭き、会長が案内を始めた。
「どこに、錦鯉がいるのですか?」
 佐倉留美が、水面に身を乗り出すようにして訊ねた。
 突き出されたミニスカートのお尻に、すかさず会長の視線がむけられたが、素早くラムール・エリスティアがガードした。
「今日は、日が悪いようで。明日には必ず……」
 会長が言い訳する。
「錦鯉がいたとしても、ああいう人たちがみんな釣っちゃってるんじゃないの?」
 アリア・セレスティが、川岸に見えてきた執事ちゃんや立川るるたちの方を指さして言った。ちょうど、誰かが錦鯉を釣りあげたらしく、なんだか騒いでいる。
「なあに、たくさんいれば、少しぐらい釣られても大丈夫。あいつらは、転売目的みたいだけれど、全部捕まえられるわけはねえから、ちゃんとこっちまで泳いできますって」
「あいつらって誰のことです」
 会長の失言に、アリア・セレスティが詰め寄った。しまったと思ってももう遅い。
「すみません。本当は脅されてやったんです」
 いきなりゴンドラの中で土下座をして会長がすべて白状した。
 話を持ちかけてきたのは黒いスーツにサングラスの男で、生け簀を壊して錦鯉を盗むための人手をなんとかしてほしいと頼まれたというのだ。報酬に目がくらんだわけだが、おかげで逃げ出した錦鯉が大運河に入り込んできて、それ見たさに観光客が一時的に増えるという余録があった。どちらかというと、会長はこちらの方に味をしめたというのだ。
「愚かなことだ。そんな一時しのぎで、運営が成り立つのであれば、誰も苦労はしないだろう。よろしい、我が徹底的に指導をしてやろうではないか。それで、もう悪事には手を染めないと誓えるであろうな。さもなければ……」
「誓います、誓います。ですから、なにとぞヴァイシャリー警察には突き出さないでください……」
 藍澤黎の言葉に、会長と船頭は、何度もそう叫んだ。
 結局小悪党であるのに間違いはないが、極悪人とまではいかないようである。
「それは、あなた方次第ですわ。いいでしょう、ちゃんとできるか、わたくしたちがお客さんになって、見極めてあげますわ」
 佐倉留美が、大きく足を組んで言った。すかさず、ラムール・エリスティアがその前に正座する。
「私は、生け簀に知らせに行きます。悪い人たちに、好きにはさせない」(V)
 アリア・セレスティは軽身功を使うと、直接水の上を走ってゴンドラから岸へとむかった。
「やれやれ、せわしないことであるな。さて、まずは……」
 藍澤黎が、口を開いた。
「だいたい、ゴンドラが殺風景すぎるのである。これでは客が呼べまい」
 そう言って、藍澤黎が腕を振ると、ゴンドラの中が白いバラの花で満たされた。
「すごいですわ。どこから出しましたの?」
 佐倉留美が、ちょっと驚く。
「薔薇の学舎に属する者としては、これくらいできないとだめなのだよ。この程度飾りたてれば、カップルが自然と寄ってくるだろう」
 そう言ってから、藍澤黎はあらためて周囲を見回した。
「船頭がだめであるな。ムサい男では、客が呼べぬ。そうであるな、仮面などで顔を隠してしまえば、多少はましになるかもしれぬであろう」
 今度は、取り出した仮面を船頭の顔に被せる。
「さて、もう少し何かほしいところだが……」
 そこへ、ゴンドラが騎士の橋に近づいた。
「わあ、すごいのう」
 上に覆い被さるようにして現れた大理石の石橋に、ラムール・エリスティアがひっくり返りそうになるまで上を見あげて言った。日の光が遮られて、ゴンドラの中がちょっと暗くなる。
「よし、それをいただこう」
 藍澤黎が、ぱちんと指を鳴らした。
「この橋の下を通った恋人たちは、必ず結婚するのである」
「まあ」
 藍澤黎の言葉に、佐倉留美がちょっと顔を赤らめてうっとりする。
「そんな話、聞いたこともありませんぜ」
「今作ったのである。いやいや、探せば、あまり知られていないだけで、ヴァイシャリーには本当にそんな伝説があるかもしれぬぞ。とにかく、これを売りにして客を獲得するのだ。不確定な錦鯉などに頼ってはいけないのだ。それから……」
 完全に会長を自分のペースに巻き込みながら、藍澤黎はアイディアを出し続けていった。