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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 第3回/全4回

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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 第3回/全4回

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ヨシオのハートをつかまえて


 玉座の間にて。
『生徒会と手を組みましょう』
 志方 綾乃(しかた・あやの)の提案にヨシオはちょっと嫌そうな顔をした。
 その昔、ヨシオは生徒会にパシらされたことがあった。断るとあとが怖いので仕方なく使いをすませて戻ったが、労いの言葉一つなかった。
 生徒会からすれば、単なる一パラ実が自分のために働くのは当たり前のこと。それも、特に名も知らない、たまたまそこにいたヨシオなど働き蟻くらいにしか思っていない。
 暑い最中、重たいペットボトルを何十本も担いで来たというのに!
 ……でも、喧嘩を売っても勝てないからヨシオは悔しさと恨みを抱えて引き下がった。
 小さいと言えば小さい恨みだが、ヨシオはけっこう根に持っていた。
 そんな気配を感じ取った綾乃は、何とかヨシオをその気にさせようと言葉に力をこめる。
「よく考えてください。敗れたとはいえまだまだ影響力のある生徒会と、放浪のミツエ軍。どちらと手を組んだほうが得か、子供でもわかりますよ」
「む……しかし、喧嘩は当人同士で仲直りを……」
「敵はもう目前です。私に任せてください。この町を蹂躙させたりはしませんから」
 綾乃はそう言うと、サッと身を翻して玉座の間を後にした。
「生徒会とミツエ軍っすか……あ〜あ……」
 ヨシオは一人、悲しくため息をこぼした。
 出て行った綾乃と入れ替わるように袁紹 本初(えんしょう・ほんしょ)がヨシオの前まで歩み寄り、ふんぞり返って言う。
「何を悩むことなどあるか。ミツエを倒して伝国璽を奪い取れば、想い人にもモテモテですぞ!」
「そうだろうか?」
「そうですとも!」
 ヨシオにはいまいちピンとこなかった。
 本当にそうなのか、るるに聞いてみたかったが彼女は町の散策に出ている。
 後で聞いてみてもいいだろう。
 その時、配下が入ってきてミツエ軍から使者が来たことを告げた。
 追い返してくれるわ、と袁紹は息巻いた。

 使者は五人いた。
 袁紹はヨシオの座る一段高い玉座の手前で、五人を睨みつけていた。
「お目通りがかない光栄です。用件はすでにご存知のようですが、まずはこちらを。横山ミツエより友好の印です」
 愛想の良い笑顔でふろしきに包まれた二品を差し出すスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)
 ミツエの現状はあの通りだが、そういうことにしておいた。
 ヨシオの配下がそれを受け取り、ヨシオの前まで運ばれるとふろしきの結び目が解かれる。
 出てきたのは、『初心者でもわかる星の本』と立派な箱に収まった『天球儀』。
「ヨシオ様は星の好きな立川様のためにピラミッドを造っているとか。完成したピラミッドの展望台で、お二人が少しでも親密になれるよう応援したいと申しておりました」
「あの壮麗なピラミッドから見上げる星空は、さぞかしキレイでしょうね」
 ヴェルチェ・クライウォルフ(う゛ぇるちぇ・くらいうぉるふ)が後を継いだ。
「一緒に星の話で盛り上がって……」
「手が届きそうな星の下で『スキだ』なんて言われたら、ロマンチックよねぇ」
 打ち合わせをしたわけではないが、何故か息ぴったりで話を進めるスレヴィとヴェルチェ。どうやってヨシオの気を引こうかと考えた結果、行き着いたところが似ていたようだ。
「かつて歴代の王族達は、ナイル河の氾濫により職を失った農民達の救済措置として、この国家事業を行ったという……」
 クレオパトラ・フィロパトル(くれおぱとら・ふぃろぱとる)も感心したように言ったが、実際にヨシオを見てそのような高尚な思想は当てはまらないようだと思い直した。表には出さなかったが。
 ここまでのヨシオの反応を伺う使者に、彼は何かを思い出したようにぽつりと話し始めた。
「ミツエさんは以前、我をパシリに使った……」
 ギクリとする使者一同。
 実はミツエの印象は最悪だったのか!?
「暑い日で、何十本ものジュースを我一人に調達させたのだ。汗だくで帰った我に、ミツエさんはジュースを一本くれた。優しい人だと思った」
(あれ、董卓の分だったんだけどね……)
 董卓のために二本買ったのがヨシオに回ってきただけだ。
 董卓がいた頃、ミツエ軍にいた者はすぐに真実がわかったが、都合が良いので黙っていた。
 そして知らない者は、ミツエの印象が悪くなかったことに安堵した。
 まずい、と思ったのは袁紹だ。
「陛下、それは過去のこと。今のミツエは鏖殺寺院の張角なんぞと手を組んだ、見下げ果てた奴ぞ。鏖殺寺院は全シャンバラの敵である。よってミツエも全シャンバラの敵じゃ」
「あら、生徒会だって鏖殺寺院と仲良くしたことあるじゃない♪」
 董卓に誅殺槍を渡したのは鏖殺寺院で、その頃生徒会は寺院と手を組んでいたのだ。ヴェルチェはその戦いに参加していた一人だ。
「そんなことより、その生徒会はあの素敵なピラミッドを崩そうと狙っているの。ミツエちゃんは恋路を邪魔されたし、他にもいっぱい弄ばれたカップルがいるわ。失恋の痛手でミツエちゃん、ちょっと今トチ狂っちゃったし」
 ヴェルチェの目が潤む。バレないようにこっそりさした目薬効果だ。
「生徒会って、ヒドイと思わない?」
 一見ヨシオは無表情に聞いているだけだったが、内心は焦りまくっていた。
(生徒会に関われば、僕とるるさんの仲も……!? いや、仲どころかまだ告白もしてないっすよ!)
 ヨシオの焦りをよそに袁紹は、その失恋の結果を嫌味ったらしく突いた。
「そして今は邪霊なんかに乗っ取られて、今度は皇氣ではなく邪氣で人を脅すようになったか。その程度の能力しかないミツエなど……血筋と伝国璽と三将を取れば、残るは一斗の血だけじゃの」
 協力する価値などどこにもない、と袁紹は切り捨てるように言う。
「まあ、失恋の話はともかくとして……」
 話をスムーズに進めるため、一礼して進み出る高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)
「お会いできて光栄です。俺はミツエ軍についてるわけじゃないけど、この町の助けになればと思いましてね。まずはこの町の現状から。ここは交通の要衝としてミツエ軍、生徒会軍の両方から狙われています。二つの勢力を相手にすれば、勝つのは難しいでしょうね」
「ヨシオさん、見て、この子。かわいいでしょ」
 淡々と告げた悠司の横で、レティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)が明るい声で手を振ってヨシオの注意を引く。
 レティシアが『この子』と紹介したのは虹キリンだった。
 ミツエ陣営でポツンとしていたところ、ヨシオタウンに行かないかと誘ったらついてきたのだ。
「この子の模様、よく見て。星みたいだよね。星が好きなヨシオさんなら、気に入ってくれると思って」
 星が好きなのはるるだが、虹キリンの姿に焦りと混乱に陥りかけていたヨシオの心は和んだ。
「その虹キリンを我にくれるというのか?」
「うーん、虹キリンはミツエさんのだから、ミツエさんに力を貸してくれるならこの町のマスコットにもしてくれるかも」
(るるさん、虹キリンの星も喜んでくれるでしょうか?)
 虹キリンに、というわけではないが彼らの申し入れにヨシオの心は傾いていた。
 生徒会には良い印象はないし怖いが、ミツエは今は失恋で変になってるけどジュースをくれたいい人だ。
 袁紹はそんなヨシオの心情を敏感に察知して牽制をかける。
「騙されてはいかんぞ! イリヤ分校すら守れないミツエ軍はしょせん至弱。至弱と組んで生徒会と戦っても、共倒れになるだけじゃ」
 そういえばそうだった、とヨシオは半壊したというイリヤ分校の噂を思い出す。
(ピラミッドは完成間近っす。るるさんの喜ぶ顔が見れなくなるのは嫌っす。……ああ、どうしてこんなことに)
 苦悩するヨシオは、ふとしたはずみでミツエに関するある噂を思い出した。
 それは、ミツエは失恋の痛手で頭がおかしくなったわけでも、その隙をつかれて邪霊にとり憑かれたわけでもなく、何人かいる知恵袋の一人、諸葛涼 天華(しょかつりょう・てんか)に唆されているのだという噂だ。
 口のうまい天華に丸め込まれているのだと。
 その証拠に天華のパートナーである黄 月英(こう・げつえい)は愛想を尽かし、ミツエの目を覚まさせ天華を失脚させるために劉備と何やら画策しているらしいことも。
 どこまで本当かわからないが、怖い人より怖くない人のほうがいい。
 けれど、やはり怖い人に逆らった後のことを思うと不安でならない。怖くない人は、袁紹の言う至弱なのだ。
 頭がぐるぐるしてきたヨシオに、ヴェルチェが預かってきた封筒を差し出した。
 差出人は、諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)
 配下が封を切って取り出した手紙の内容はこうだ。
『イリヤ分校復興への助力と他勢力からの襲撃への相互保護を約束してくれるなら、ヨシオのるるへの恋愛アプローチのバックアップをしよう』
(恋愛アプローチのバックアップ……! かっこよく告白する方法を教えてくれるっすか!)
 中身を覗き込んだ袁紹は、手紙をピシャッと指で弾いた。
「保護してほしいのはおぬしらであろうが! 陛下、こやつらを受け入れてはこの町は滅亡しますぞ」
 袁紹の迫力にヨシオは顔を引きつらせて身を引いた。
 これはなかなか結論が出そうにないかと見たスレヴィは、それならと一歩引いた提案をしてみた。
「味方になるのが難しいなら、せめて敵にはならないでくれませんか? 中立を保ってくれるといいんだけど」
「中立……」
 ヨシオの脳裏に、喧嘩は当人同士で仲直りしないとダメだよね、と言ったるるの言葉がよみがえった。
(ミツエ軍と生徒会軍が戦ってる間に、防御を固めれば……。そのうちどっちも倒れてくれたら万々歳っすね……)
 何となく気が楽になったようなヨシオの表情に、スレヴィはもう一言付け加えた。
「ミツエは必ず姫宮達が元に戻し、ここへの進軍はやめさせるでしょう。……価値はないと思うけど、人質になってもいい。横山が元に戻ってもここを攻めるなら……」
「必要ない」
(何て恐ろしいこと言うんすか! そんなの受け入れて何かあったら面倒なだけっす!)
 ヨシオはスレヴィの言葉を遮った。
「少し、考えをまとめてくる。後ほどまた召し出す故、お前達も休むがいい。部屋へ案内させよう」
 結局その場でヨシオの返事をもらうことはできなかったが、時間稼ぎくらいの収穫はあったし、悪い印象は与えなかったらしいことはわかった。
 ヨシオの配下に部屋へ案内される途中、悠司はこっそり抜け出してヨシオを探した。
 当てずっぽうだったが、まだ通路を歩いていたヨシオの背を見つけることができた。しかも運良く一人だ。
 悠司はヨシオの前に回り込んだ。
「よぅ、久しぶり。カツアゲに付き合って以来だな」
 その言葉にヨシオは悠司のことを思い出した。ついでに使者の中にも知った顔があったことも。
「別に今のお前さんがあの時みたいに何もできない奴だなんて思っちゃいねぇよ。……ただ、一つ貸しはあったなって思ってさ」
 それだけだ、と言って悠司はレティシアがいるだろう部屋へ向かった。