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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 第3回/全4回

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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 第3回/全4回

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願いをこめて


 ヨシオタウンがざわつき始めた中、ピラミッド建設の中心に立っていたいんすます ぽに夫(いんすます・ぽにお)が周囲を落ち着かせるため声を上げていた。
「だごーん様と良雄様が必ず助けてくれましょう!」
 ぽに夫が言えば彼が連れてきた、以前るるの家に行ったこのある『だごーん様秘密教団』の面々などがそれに倣い、世紀末だと叫んで錯乱気味のモヒカン達をなだめていった。
 この時ヨシオは混乱のどつぼにはまっていたのだが、タウンの住人にはクトゥルフ様が真の力を発揮する前兆と受け止められていた。
 静まりかけたそこに、様子を見に行っていた男が戻ってきた。
「生徒会と兵馬俑が攻めて来やがった!」
「なんだって!? やつら手を組ん……」
「これは好機です!」
 生徒会とミツエ軍両方から攻められたらひとたまりもない、と顔を青くしたモヒカンの声をぽに夫が遮った。
「生徒会は孫権さんが相手をしてくれます。そして兵馬俑を送ってくれるとは、ミツエさんも親切な方です。完成間近のこのピラミットの石材が向こうから来てくれるのです。さあ、感謝の気持ちをこめてぶっ壊しましょう!」
 高らかに言ったぽに夫はギャザリングヘクスで調合したまずい薬を飲むと、仲間達にパワーブレスをかけて兵馬俑と戦いやすいようにした。
「行きましょう、ピラミッド完成は目前です!」
 兵馬俑=石材を確保するため、モヒカン達を連れて意気揚々と出発したのだった。
 彼らが剣戟のする場所に着くと、生徒会軍の水橋 エリス(みずばし・えりす)らが兵馬俑と戦っていた。
 エリスはミツエ軍としてこれまで戦ってきたが、夏候惇・元譲(かこうとん・げんじょう)が、
「曹孟徳が何の考えもなしに敵に降るとは思えない」
 と、言うのでそれを信じて曹操を追って生徒会軍に加わったのだ。
 しかし、そうだからといってこれまで共に戦っていた者達に剣を向けることは躊躇われたため、バズラに提案したのだ。
「先に侵攻しているミツエ軍の兵馬俑を阻止してきましょう」
 と。
 兵馬俑を先鋒に乙軍本隊がヨシオタウンに乗り込んでしまっては、生徒会軍は余計な犠牲を払うことになる。そうならないために、自分達が兵馬俑を破壊しバズラ達が楽に入れるよう道を作っておこう、というわけだった。
 曹操は夏候惇に何も言わない。
 けれど、夏候惇は昔のように変わらない信頼を寄せていた。
 エリスの呪文の詠唱を邪魔させないよう、守るようにブロードソードを振るい、石兵を破壊する。
 そんな姿にリッシュ・アーク(りっしゅ・あーく)は軽く嫉妬した。
 誰だって好きな人には自分だけを見ていてほしいものだ。例え夏候惇が曹操に対して主従関係以上の感情を抱いていないにしても。
 エリスが氷の矢で石馬と石兵を貫いた直後の隙をつき、背後から石の剣を振り下ろしてきた石兵を、リッシュの薙刀が阻む。
 斬るというより叩き潰すといっていい石の剣に押されそうになるのをこらえたところを、脇から伸びた剣が石兵をまっすぐに突いた。
「正面からぶつかれば力負けするぞ」
「わかってるよ」
 夏候惇の言葉をうるさそうに返すが、内心はまったく違っていた。
 曹操に忠誠を誓っていても、むしろそういう奴だから惹かれてしまったのだと苦笑している。
「一気に片付けますよ」
 エリスがアシッドミストの詠唱に入ると、夏候惇とリッシュは左右を守るように武器を構えた。
 侵略者の阻止に来た、というよりピラミッドのための石材を集めに来たぽに夫達は、エリス達三人が壊していく兵馬俑のかけらを次々に運び出していった。
「壊してくれる人まで付けてくれるとは、まさに天の、いやクトゥルフ様の恵み!」
 ぽに夫は感激しながら信者達や町のモヒカン達と石材の収集に励んだ。
 そうして運び込まれてきた石材を、ピラミッドで待っていた石工達が形を整え、それを巨獣 だごーん(きょじゅう・だごーん)と共に積み上げていく。
 美しい四角錐が見えてきて、だごーんはワクワクしていた。完成したピラミッドを見てみたいと思っているのだ。
 すでにできあがっているピラミッド下部では、波羅蜜多ビジネス新書 ネクロノミコン(ぱらみたびじねすしんしょ・ねくろのみこん)が一人で黙々と石に装飾を施していた。
 緻密に彫られていく模様はどんなものか──ごくふつうの感覚を持つ者なら、おぞましさに眉をしかめただろう。
 魚と両生類を掛け合わせたような、神への冒涜のような異形の生物群。
 ネクロノミコンは、傍に置いたラジカセから流れる不気味な呪文に陶酔したような表情で、石鑿を操る。
「深淵の奥底にふさわしき、狂気の墓所の完成でございますよ……ヒヒッ」
 一人、ニヤリとする姿をもしヨシオが見たら、心の中で悲鳴をあげたことだろう。そしてこう言ったに違いない。
 ここは狂気の墓所ではなく天体観測所だ、と。
 それはともかく、別の見方をすれば、ここだけがピラミッドを中心に三つの勢力が力を合わせていたと言えよう。

卍卍卍


 どこまでも濃い闇が弁天屋 菊(べんてんや・きく)親魏倭王 卑弥呼(しんぎわおう・ひみこ)葛葉 明(くずのは・めい)の三人を飲み込むように押し包んでくるここは奈落魔道。
 ミツエが劉備達英霊に出会ったところだ。
 闇龍による世界の危機を回避するため、蒼空学園をはじめ多くの学生達が対抗手段を求めてここを訪れている。
 三人も途中まではそんな他校生達と共に歩いていたが、ふと気づけば彼らの姿は見えなくなっていた。
 息苦しささえ感じてしまう暗い道の先頭を行く卑弥呼は、ただひたすらに董卓を思っていた。
 卑弥呼はこの奈落魔道を黄泉比良坂になぞらえていた。
 それに基づいて考えた結果、董卓がいるのは根堅州国か黄泉比良坂の途中ではないかと思った。
 高天原をパラミタに、葦原中ツ国を葦原島と地球の中国に。
 黄泉比良坂はパラミタと地球を結ぶものに。
 正解かどうかはわからない。あくまで、卑弥呼個人の考えた。
 途中でわけのわからない魔物らしきものに襲われたが、戦いは避けて無駄に体力を消費することはしなかった。
 いつ果てるとも知れないでこぼこの道を前へ前へと進んでいると、不意に呼び止めてくる者がいた。
「あんたら、もうこの先には行かんほうがいいよ。引き返したほうがいい」
 無視できない力を感じた卑弥呼は仕方なく足を止め、声のしたほうへ向いた。
 道の端の岩に、真っ白な髪と髭をたくわえた年を取った男がいた。知性の光る目をしていて、まるで仙人を思わせる。
 ためしに、卑弥呼は董卓について聞いてみることにした。
「つい最近ナラカに落とされた董卓っ人、知ってる?」
「董卓? ああ、あの食いしん坊か。知ってるよ。あいつは、もっともーっと先のナラカで今でも魔物達と大食い大会でもやってるだろう。だが、あんたらはそこに着く前に別の魔物に食われてしまうだろうな」
 卑弥呼の心を見透かしたように彼は言った。
 卑弥呼は一瞬言葉に詰まった後、今度は火口敦のことを聞いた。
「……ザナドゥ、という魔族の国がある。そこにそのような名の者がいると聞いたことがあるよ。いやぁ、危険だから行ってはいかん! ここで行かせて死なせたら寝覚めが悪すぎる!」
「わ、わかったよ……」
 必死な老人に不承不承卑弥呼が頷けば、彼は安堵の息をついた。
 ここは董卓と火口敦の居場所がわかったことを良しとすべきなのだろう。
「どれ、途中まで送っていこう」
 とたんに笑顔になった老人にやや疲れながら、卑弥呼と菊は来た道を引き返すのだった。
 ふと、菊は明が出発時に言っていたことを思い出した。
「なあ、おまえ強い英霊見つけるって……いない!?」
 てっきり一緒にいると思っていた明の姿がどこにもなかった。
「ちょっと待って、連れがいないっ」
「何? そりゃいかん。どこではぐれた、どんな奴だ?」
 菊は明の特徴を教え、三人は老人を先頭に明の捜索に歩き出した。

 その頃、強い英霊を求めてここに来ていた明は、いつの間にか一人になっていたことに気づいていたが、慌てることなく辺りを窺っていた。
 が、何かがいる気配はない。
 ここが危険な場所であることはわかっているので、壁沿いに身を隠すようにしながら歩き、常に禁猟区を張って自分を目掛けてくる殺気に気を配っていた。
 つい先ほどまでは、向けられてくるいくつもの得体の知れない視線をひしひしと感じていたのだが、それももうない。
 明は足を止めた。
 そして、ポケットから英霊珠を取り出し手のひらで転がす。
「持ってきたこれ、役に立つのかしら?」
 ここに来るまでに出会った、いわゆる英霊に明は片っ端から声をかけていた。
 この辺で一番強い英霊は誰か、と。
 誰もが答えた。
「自分こそが一番だ」
 と。
「困ったなァ、もう……」
 一番の群の中から一番を選ぶのか?
 もう少し奥に行ってみようか、と英霊珠をしまって再び歩き出した時、後ろから呼ぶ声があった。さっきまでいた菊と卑弥呼だ。
 振り向くと、知らない人が一人増えている。
 先頭にいるその知らないおじいさんを、菊が追い抜いて明の前まで走ってきた。
「こんなとこにいたんだ。どう? 強い英霊は見つかった?」
「う……ん」
「……そっか。あのさ、これ以上は危険なんだって。気になるのはわかるけど、もう少し安全なとこで待ってみないか? おまえが死んだら元も子もないだろ?」
「戻らないと、あのじいさんがうざいんだよね」
 卑弥呼が明に顔を近づけてコソッと囁く。
 老人のことは知らないが、菊の言うことはもっともだった。
「じゃ、もう少し戻るよ。ここ、誰もいないしね」
 老人を道案内に戻る間、不思議と魔物に出会わなかった。
 そして、見覚えのあるようなところに出た瞬間、一瞬目の前が光ったかと思うと老人の姿は消えていた。
「ここなら比較的安全ってこと?」
「そうかもな」
 明の疑問に菊が答える。
「あたし達の用事はとりあえずは済んだんだけど、おまえはどうする?」
「もう少しここにいるよ」
 菊達と明はそこで別れることになった。


 三人が奈落魔道でそんな体験をしている頃、地上のイリヤ分校では。
 きつく蓋を閉めた瓶を手放すと、だいぶ経ってから水音がした。
「どうか無事で──」
 ガガ・ギギ(がが・ぎぎ)が祈りを込めて瓶を井戸に落としていた。
 届いてほしいのは、菊と火口敦。
 中身は近況を綴った手紙だ。
 時々、受け取っても困るようなものを詰めそうになったが、どうにか思いとどまっている──いや、もしかしたら一瓶くらいうっかりやらかしているかもしれない。
 それでも、想いは彼らの無事、ただ一つだった。
 もし、この瓶詰めの拾うことがあって、その時道に迷っていたなら、この手紙が道しるべになればいい、と。