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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 第3回/全4回

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横山ミツエの演義乙(ぜっと) 第3回/全4回

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邪氣を払え


 羽高 魅世瑠(はだか・みせる)達に続いてミツエ軍へ攻撃を仕掛けたルルール・ルルルルル(るるーる・るるるるる)
 ミツエは対抗するためにさらに兵馬俑を召喚し、加えて体長二メートルはありそうなイナゴを呼び寄せた。
 ミツエの近くにいた者は、彼女の表情に疲労の色がにじみ始めたことに気がついただろう。
 ルルールは後続の仲間のためにアシッドミストで兵馬俑の群を一気に溶かしてしまおうと精神を集中させた。
「ハーイ! みんなトロットロに溶けちゃおうね☆」
 火龍の杖を振ると高濃度の酸の霧が兵馬俑を覆う。
 ジュッと音を立て、身体のあちこちから蒸気をのぼらせる石の兵達。
 それでも石であるため痛覚などないので、腕が溶けて落ちても頭部が欠けても黙々と前進してくる。
「ちょっ、気味悪いんだけどっ」
「けど、あいつらを倒さないと久君が進めない」
 スラリと野分を鞘から抜く佐野 豊実(さの・とよみ)
「動きは鈍っているよ。大丈夫、いけるさ。それに、ちょうどいい目晦ましになりそうだよ」
 兵馬俑やイナゴが、と残すと豊実は一瞬のうちにルルールの隣から姿を消した。
 次の瞬間には、崩れかけた兵馬俑を数体ただの石に戻し、さらに奥に突っ込んでいく豊実の背があった。
「負けてられないわねっ」
 ルルールは再び火龍の杖を掲げ……ふと思う。
「ミツエちゃんが正気に戻ったら、私達どうなるのかな。だって、久くんと武尊くんは……あは、あははは。ま、いっかー」
 後のことは後のこととして、もうギャザリングヘクスも飲んじゃったし、とルルールは思考を無理矢理中断して、もう一度アシッドミストを放った。

 生徒会軍の攻撃をゴブリンや蛮族を指揮して防ぎ、自らも槍を振るう張角に氷術で作り出したと思われる氷の礫が飛んできた。
 張角がそれらを槍で打ち払った時、ヒュンッと空気を震わせて鞭が槍の柄に巻きついた。
「見つけたわよ、張角。そんな格好してるから探したじゃない」
 珍しくダークネスウィップを攻撃手段としたメニエス・レイン(めにえす・れいん)だった。
 嫌な奴に会った、と言いたそうに張角は顔をしかめる。
 ところで、彼は今、黄巾賊の印とも言える黄色の頭巾を被っていない。代わりに紅い頭巾を被っていた。
 張角を狙ってくる者の目を欺ければと悠久ノ カナタ(とわの・かなた)が勧めたのだ。
 張角ははじめ頭巾の色を変えることを渋ったが、
「黄巾賊の魂に紅い頭巾……両方備わり最強に見える」
 と、いうカナタの呟きにその頭巾を手に取った。
 カナタの言う、かつて紅巾賊というものがおり『水滸伝』における梁山泊の英雄が着ける紅巾にも影響を及ぼした、とか何とかいう話はよくわからなかったが。
「生徒会って、他よりはそれなりに居心地がいいのよね……だから、ちょっと協力しようかと思って」
 メニエスがウィップを強く引き寄せた時、紫電がピンと張った鞭を焼き切った。
 反動で後ろに倒れそうになったメニエスをミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)が支える。その間に突き出された剣もカタールで弾き返した。
「メニエス様、お怪我は?」
「大丈夫よ」
 メニエスはしっかりと自分の足で立つと、割り込んできた人物──緋桜 ケイ(ひおう・けい)にうっすらとした笑みを見せた。
「この人に気をつけてて正解だったな」
「あたしの邪魔する気?」
「邪魔っていうか……あんた、同じ鏖殺寺院メンバーの張角に攻撃できるの?」
 何か制限がついてなかったっけ、と尋ねるケイにメニエスは笑みを深くした。
「反応、しなかったのよねぇ。……ということは、張角は寺院の命で動いているわけじゃないってことよね」
 そうなのか、と張角を振り向くケイとカナタ。
 張角は憎々しげに鼻を鳴らして答えた。
「貴様の言うとおりこれは俺個人の行動だ。別に貴様が生徒会に与していることはどうでもいい。気に入らないのは神楽崎分校が生徒会と密になっていることだ!」
 百合園生でもない張角が何故そんなことを言い出すのかわからず、メニエスは怪訝そうに目を細めた。
 張角が続けた理由は、現代人では思いつかないものだった。
「神楽崎分校のトップは百合園だ。百合園では女官を育てるのが目的だとか。だったら女官の教育だけしていればいいのだッ!」
 張角の生きていた時代には、男性にとってそれはそれは恐ろしい刑罰があった。
 噂では百合園はそちらの方の人材も募集しているとか。
 張角はそれが許せなかったのだ。
 故に、そんな学校と親密にしている生徒会も敵ということだった。
「わらわにその苦しみはわからぬが……」
 気まずい沈黙の後、カナタがちらりとケイを見やる。
 メニエスとミストラルも何となくケイを見てしまっていた。
「そうだメニエス!」
 ケイは無理矢理話題を変えた。これほど嬉しくない注目はないだろう。
「あんた、生徒会は居心地が良いって言うけど最終的には鏖殺寺院を選ぶんだろ? だったら、ミツエのとこに来ないか? 今回張角は個人行動だけど、次もそうとは限らないし……」
 鏖殺寺院がミツエに肩入れする理由など、今のところ何も見当たらない。
 張角も苛立ちを吐き出してすっきりしたのか、メニエスがこのまま生徒会側にいようがミツエ側に来ようが興味なさそうだ。
 不意に、メニエスはローブの裾を翻して戦場から離れ始めた。
 ミストラルがすぐに追う。
 ケイが何度か呼んだが、メニエスは振り向くことなく去っていってしまった。


 攻撃が激しくなってくると、ミツエの説得のため時間もなくなっていく。応戦もしなければならないからだ。
 皇甫 嵩(こうほ・すう)劉 協(りゅう・きょう)はそろそろ言葉でどうにかする時間は終わりかと頷きあった。
 二人は、劉備やミツエの仲間達が押し問答を続けている中に入り込むと、ミツエへ向けて恭しく礼をしてからしっかりと見据えて言った。
「偽帝ミツエとはあなたのことですか。その伝国璽は当家伝来の家宝。よって、私に返還していただきましょう」
 劉協をしばらく見つめたミツエの口から「献帝か……」と小さくもれた。
「ふん、お前に渡しても何の意味もなかろう。また一族の滅びを見たいのか?」
「確かに私は兄も妻妾も守れませんでした。ですが、あなたのようにその力に乗っ取られるような無様な真似はしませんでした」
 辛い記憶を突かれたにも関わらず、劉協は取り乱さずに毅然と言い返す。
 皇甫嵩が援護するように続いた。
「そも天下は天下の天下なり。それを一片の虚器に頼って統治せんとは笑止極まれり! 道半ばにして斃れるも、権勢抗いがたく斃れるも己が選んだ道にござろう。いまさら冥府より彷徨い出て何をたくらむ邪霊ども!」
 ミツエの周囲に邪氣が満ちた。
「お前らとて亡者であろうが……」
「あなたと一緒にしないでください。真の玉座は臣民の心にあるもの。それに気づかぬあなたには、その伝国璽を持つ資格はありません」
 満ちた邪氣が劉協に絡み付こうとした時、風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)が身を滑らせてきて光条兵器をミツエに突きつけた。
「そんなに未練があるなら、僕を乗っ取ればいい」
 その言葉に息を飲むテレサ・ツリーベル(てれさ・つりーべる)。恐ろしい発言にみるみる青ざめていく。
 もしそんなことになったら……と、強張った表情でミツエを見れば、彼女は蔑むような笑みを浮かべていた。
「皇氣もないお前に用はないわ!」
「それなら仕方ありませんね……先ほどは止められましたが、もうこの軍にそんな余裕はないでしょう。さっさとケリをつけてミツエさんを返していただきます」
 やってみろと言わんばかりに、劉協に向けていた邪氣を優斗へ伸ばすミツエ。
 優斗の足が地を蹴り出すためにグッと踏み込んだのを見た瞬間、テレサの体は勝手に動いていた。
 優斗のミツエの間に割り込み、優斗を守るように両腕を広げた。
「ミツエさんの周りには、ミツエさんを大切に思ってくれる人がたくさんいるじゃないですか!」
 今まで一緒にいた自分達はお互いを支え合う仲間と思われていなかったのかと思うと、悔しくてたまらなかった。
 テレサはその目を覚まさせようと、ミツエの頬を打った。
 いまだ! と、光学迷彩で姿を隠してミツエの後ろにひっそりと接近していた皇甫 伽羅(こうほ・きゃら)うんちょう タン(うんちょう・たん)が、邪霊が宿っている伝国璽を取り上げようと掴みかかった。
「何をする、離せ!」
「離すのはあなたのほうですぅ……キャッ」
「義姉上!」
 取り押さえられまいと暴れるミツエの邪氣に打たれた伽羅を、とっさに見やるうんちょう。伽羅は「それより伝国璽を」とうんちょうを促す。
 さらにミア・ティンクル(みあ・てぃんくる)も伝国璽を奪いに手を伸ばす。
 ここで伝国璽をミツエから奪って優斗に差し出せば、優斗はきっと自分を認めてくれると思ったのだ。ミツエよりも、傍にいるべきなのはミアであると。
 しかし、ミアの狙いはうまくいかなかった。
 というのも、伝国璽争奪戦にイリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)も参戦してきたからだ。伝国璽を掴み取るには、まずこのライバル達を押し退けなければならなかった。
 皇氣のない者の体に乗り移る気はないとわかった今、イリーナが考えたのは無理矢理自分に取り込むことだった。つまり、多少苦しいだろうが伝国璽を飲み込んでしまおうと。
「お前には本物の女帝になってもらいたいんだ」
 一度掴んだ手は払いのけられたがイリーナは諦めなかった。
 ミツエは邪氣だけでなく魔法も駆使して抵抗した。
 邪霊に支配されているミツエは手加減の必要はなかったが、イリーナ達は違った。
 彼らの目的は邪霊をミツエから引き離すことだったので、どうしても本体への攻撃への力は緩んだ。
 ミツエもそれがわかっているのか、つけ込むように反撃をする。
 その間、ミツエ軍の指揮は桐生 ひな(きりゅう・ひな)諸葛涼 天華(しょかつりょう・てんか)がとっていたが、背後でこうも騒がれてはどんなに良い指揮官でも配下をまとめることはできない。兵馬俑やイナゴ、張角軍はともかくミツエについてきたパラ実生は明らかに気が散っていた。
 とうとう天華はここはひなに任せて前線に出ることにした。
 疲弊してきている張角軍に加勢し、また一部は反対側の李厳 正方(りげん・せいほう)のもとへ走らせた。
「おう、悪の親玉のおでましか」
 からかうような張角に、天華はすずしい顔で言った。
「世界の全てを敵に回したとしても、私のミツエに対する気持ちは変わらないよ」
「その忠誠心に、果たして気づいてもらえるかな?」
「あの邪霊なら、それを利用するだろうな」
「そんで、自ら利用されてやったってわけか」
 皮肉げに笑う張角を、天華は特に感情の窺えない表情で見ただけだった。
 ミツエをおかしくしたのは天華である、という噂は主にヨシオタウンに広まっている。今後、そこの住人に会ったら白い眼を向けられるかもしれないし、その前に味方の配下達から疑われて追われることもありうる。生徒会からはいらぬ揺さぶりをかけられるかもしれない。
 それでもいいと覚悟はできていた。

「ミツエ殿、いい加減観念なされよ!」
「そんなものに頼るなミツエ!」
 うんちょうが今度こそミツエを押さえ込み、イリーナが伝国璽を取り上げようとした時だ。
 軽い爆発音と同時にあたりが煙に包まれた。
 使った者ならわかる、煙幕ファンデーションの白煙だ。
 これには伝国璽争奪戦を一時休戦するしかなく、争っていた者達はいっせいに周囲を警戒した。
 劉備がミツエの傍につき、ひなは味方の壁の薄いあたりを見つめる。
 再び爆音と白煙があがった。
 その中から、ルルールや豊美、国頭 武尊(くにがみ・たける)の計らいにより今回のみD級四天王の位を受けて増えた配下達がこじあけた道を駆け抜け、夢野 久(ゆめの・ひさし)が切り込んでくる。
 いち早く気づいたひなが、ミツエに向けられた槍を防いだ。
「てめぇらに用はねぇ! 横山出せ、横山!」
「ミツエさんには手出しさせません!」
 押し返したひなだったが、先ほど煙幕を張ったシーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)が、今度は光術で目くらましをかけてきた。
 不意の閃光に思わず目をつぶったひなの脇を抜けていく久。
 ミツエの周りにいた者達は、先に攻め込んでいた魅世瑠達の部隊や久についてきた配下達の対応に追われている。アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)達の部隊との戦闘がどうなったのかは、久のいるところからはわからない。
 久はミツエの手にある伝国璽だけを見ていた。
 ミツエの闇に沈んだ目を見たとたん、久は怒りのままに怒鳴っていた。
「何を人任せにしてやがる、このヘタレが! てめぇで始めた喧嘩だろうが!? 最後までてめぇでやれや!」
 そして槍を野球バットのスイングのように振った。
 邪氣が久を貫こうを矢のように伸びたが、槍の先のほうが一瞬早伝国璽を弾き飛ばした。
 久もまた後方に吹っ飛ばされた。
 ミツエの手から離れた伝国璽は、くるくる回りながら宙を飛ぶ。
 落下地点にミツエが走り、そうはさせじと伽羅とうんちょうが前後から押さえ、イリーナが手を伸ばした。
 イリーナの手に伝国璽が収まると思われた時、まったく予期しない方向から撃たれた銃弾がそれを粉々に砕いた。
「ああーっ!」
 と、伝国璽を欲していた者からも破壊しようとしていた者からも、異口同音に声があがった。
 さらに、もう一度。
 それは、直後にミツエと劉備が倒れたからだった。
 ヨシオタウンでもバズラ隊でも同じように孫権と曹操が、何の前触れもなく突然倒れたことに周囲は騒然となっていた。
「ミツエ? 劉備?」
「二人とも、どうしちゃったですか!?」
 イリーナとひなが声をかけても揺すっても、ミツエも劉備もピクリとも反応しない。
 魅世瑠との攻防を止めて駆けつけた和希が呼びかけても同じだった。
 武尊も、まさかこうなるとは思わず、小型飛空艇から呆然と見下ろすしかなかった。
「武尊さん……」
 シーリルがそっと声をかけたことで我に返り、武尊は地上の久と魅世瑠達に退却の指示を出した。
 二人もまたその声でハッとした。
「フローレンス!」
「豊実さん、ルルール!」
 久と魅世瑠はそれぞれ仲間の名を呼ぶと、手早く兵をまとめて引き上げていった。
 武尊はさらに突撃を待つ猫井 又吉(ねこい・またきち)にも引き上げの連絡をした。
 そこで初めて武尊は曹操が倒れたことを知った。
「何なんだいったい……」
 武尊の呟きに答えてくれる者はいなかった。

 金剛で伝国璽の破壊とミツエ達が倒れたとの知らせを受けた剛次は、
「とうとうやったか!」
 と、大喜びだった。
 武尊が引き上げたことも気にしていない。
 また、バズラへの増援隊もじきに整うだろう。
 後はヨシオタウンを占拠するだけだった。
「……で、話の途中だったな。張角は個人的な事情で動いているのだったか?」
 剛次は一足先に戻ってきたメニエスと話しているところだった。
「ええ、そうよ。これからは、一パラ実生として生徒会に味方するつもり。──でも、もし寺院からの指令がきたら、そっちを優先するわ」
 メニエスはあくまでも鏖殺寺院のメンバーであることを告げた。
「そうか。まあいい」
「そこで……こういうのはどう? 非常勤の四天王なんてのは?」
「クッ……最終的に寺院につく者にそのような待遇をする気はないな」
「それは残念」
 たいしてそうでもなさそうなメニエスの軽い笑いが風に流れた。