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精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 前編

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精霊と人間の歩む道~風吹くウィール遺跡~ 前編

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●いざ、雷落ち蔦茂る遺跡へ


エリア(4一)

「ファイアー・イクスプロージョン!」
「ファイアストーム!」


 一行の進軍を阻むように、天井を覆う蔦の一部がうねうねと動き出し、その身で絡めとらんと迫る。
 しかし蔦はリンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)が放った炎に焼かれ、不快な臭いを放ちながら燃えかすを地面に横たえる。
「さあ、ずんずんと行きますよ〜」
 しゃがんで蔦の攻撃を避けていた神代 明日香(かみしろ・あすか)が、手持ちの銃型ハンドヘルドコンピューター(以下銃型HC)にマップ情報を登録し、立ち上がって先に進む。
「ま、待つんだな。少しは慎重になった方がいいんだな」
 銃を携え、周囲を警戒していたモップス・ベアー(もっぷす・べあー)が留めようとするも、明日香は真っ直ぐ進んでいく。
 このエリアは中心に向かって真っ直ぐ一本道なので悩むことなく進めるが、その分罠や襲撃に遭遇する可能性は高くなるだろう。
 だからこそのモップスの言葉なのだが、明日香は恐れ知らずなのか、それとも仲間を信頼してのことなのか、歩みを止めることなく進んでいく。
「先が思いやられるんだな……」
「わたくしたちのフォローが欠かせませんわね。ノルンさん、危なくなったらわたくしに任せてくださいね」
「夕菜さん、また私を子供扱いしてますね? だから私の方が年上だと……」
 神代 夕菜(かみしろ・ゆうな)と『運命の書』が何かを言い合いながら、明日香の後を追う。
「モップス、遅れるよ! そんな鬱屈とした顔してると、余計陰気臭くなるよ!」
「……これは直らないんだな」
 リンネに急かされて、溜息をついたモップスが一行の後を追う。


エリア(4二)

 正面の絡み合った蔦に向けて『運命の書』がファイアストームを放つと、出来た空間の先には周囲の蔦と色の違う蔦が、天井まで絡み合っていた。
 どうやら炎や氷、雷といった魔法ではこの蔦は破れないようである。
「でしたら、わたくしのこれで!」
 夕菜の取り出した輝く刀も、蔦の前に掻き消されてしまう。
「ここは後回しですね〜。ノルンちゃん、どっちに進んだらいいですかぁ?」
 東に向かう道、西に向かう道を前にした明日香に尋ねられた『運命の書』は、マッピングを終えた後でおもむろにサイコロを取り出し、転がす。ダイスの目は2。
「あっちですね」
 『運命の書』が指したのは、入口を正面に見て東側。
「それじゃ行くです〜」
 情報を登録して、明日香を先頭にした一行が進んでいく。


エリア(3二)

 蔦で凸凹とした地面に注意しながら、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が感覚を研ぎ澄ませ、周囲の異変を漏らすまいとする。
「この蔦、なんか脈動してやがるし……空からは雷が落ちてきやがる。注意が必要だな」
 ラルクが呟いた矢先、弾けるような爆音が響き、落ちた雷がまるで目覚めを促したかのように、数本の蔦が複雑な動きで立ちはだかる。
「っと、敵か! おっさん、これ燃やしちまって平気か?」
「さっき誰かがこいつを燃やした後があったぜぃ、盛大にやっちまいな!」
 秘伝 『闘神の書』(ひでん・とうじんのしょ)の助言を耳にしたラルクが頷いて、両の拳に炎を滾らせる。
「そうと来りゃ……うらぁ! 燃えちまえよ!!」
 踏み込みからのストレートを繰り出すラルク、炎を纏った拳に撃ち抜かれた蔦の欠片が、火がついたまま地面に落ちてそのまま燃え尽きる。
「てやんでぇ! 我の筋肉を甘くみんじゃねぇ!」
 絡みつこうとした蔦が、『闘神の書』の筋骨逞しい2本の腕で引き裂かれていく。不意打ちのない正面からの戦闘では、彼らに十分な分があった。
「ふぅ、もういねぇな? っと、分かれ道か。どうする、おっさん?」
「待ってろ、ええとこう来て、ここがこうなってて……」
 戦闘を終えて一息ついたラルクに尋ねられて、『闘神の書』が周囲の地理と、自ら情報を記していた地図とを交互に見比べ、そして口を開く。
「こっちにしとこうぜぃ。近い方から潰していけばいい」
 『闘神の書』が、長々と続く壁のように絡み合った蔦を右に見て、左を指す。


エリア(3一)

「ここは行き止まりみてぇだな」
 正面、そして左右が、無数の枝葉と蔦で覆われているのを確認して、ラルクが呟く。
「我がちぃとそこら辺探ってみるぜぃ。ラルクはこれからに備えて少し落ち着いてな」
 『闘神の書』が先行して周囲の探索を行う間、ラルクは呼吸を整え精神を落ち着かせる。
 ちょうど剣士が自らの剣を研いで回復させるように、身体に巡る気の流れを潤滑にし、繰り出す技にキレを取り戻していく。
「呼吸を意識…………うし!」
 最後に一つ、ぱん、と拳を打ち合わせるラルク。そこに探索を終えた『闘神の書』が戻ってくる。
「ここには何もなかったぜぃ。罠も大丈夫だ」
「そっか。じゃ、次行くか!」
 『闘神の書』の報告にラルクが頷いて、二人は次の場所へと向かっていく。


エリア(2二)

「ウィール遺跡……ここに来るのは久し振りになるのか。前来た時と随分変わっちゃってるなー」
 森崎 駿真(もりさき・しゅんま)が周囲を見遣り、過去の記憶を思い出しながら呟く。前の時はまだ植物の面影があった蔦だが、今はむしろ生物と表現した方が近いような、そんな様子を見せていた。
「へー、そうなのか。ま、何が待ち構えてようと、進むっきゃねえ! セリシアがあんな顔してんの見たくねぇし、オレたちでぱーっと解決しちまおうぜ! 大丈夫、オレたちなら出来るって!」
 キィル・ヴォルテール(きぃる・う゛ぉるてーる)がにかっ、と笑って言う。確たる根拠に基づいての言葉ではないにしろ、キィルの言葉はその気にさせるという点においては十分な効果を持っていた。
「そうだな! オレもきっちり一仕事終えて、いい知らせをカイン先生にできるよう頑張るぜ!」
 駿真が、今はイルミンスールで『アインスト』の報告を心待ちにしているであろうカイン・ハルティスのことを思いながら言う。
 そんな賑やかな雰囲気の中を、忍び寄る一つの影があった。
「!」
「どうした、キィル? ……危ない!!」
 突如動きを止めたキィルに振り向いた駿真が、視界に飛び込む太い蔦を認めた直後、キィルを庇って地に伏せる。
 蔦は彼らを薙ぎ払うつもりだったが避けられ、そのまま別の蔦に衝突して動きを止める。
「相手……するにはちょっと多いかな?」
 剣を抜いた駿真だが、うねうねと蠢く十数本の蔦を前に、この場で戦うことの不利を悟る。
「駿真、あっちだ!」
 キィルが、自らが感じ取った力の流れを頼りに、安全な方を指差して駿真に告げる。
「オッケー!」
 駿真が即座に了承し、二人は外壁に沿って遺跡の端へと駆け出す。
 蔦の数本が二人を追撃にかかるが、僅かのところで蔦は二人を捕まえられず、そして蔦と二人の距離は広がっていく。


エリア(2一)

「ふぅ、危ないところだったぜ。キィル、ケガはないか?」
 蔦が襲ってこないのを確認して、駿真がキィルを気遣う。
「ああ、大丈夫だぜ。じゃ、ここの探索を始めようぜ」
 キィルに駿真が頷いて、その三方を無数の枝葉と蔦に囲まれた空間を慎重に探索していく。
 そして二人は、周囲のものとは違う蔦を見つける。
「この蔦、どっかの蔦と繋がってるみたいだ」
 キィルの身体が、目の前の蔦が何らかの役割を担っていることを告げていた。
「じゃ、切ってみるぜ。キィル、周りの警戒頼むぜ」
 キィルを周囲の警戒に走らせ、駿真が意を決して蔦を剣で切り裂く。
「……どうだ?」
「……流れが変わった。あっちの方で何かあったみたいだ」
 キィルが指差したのは、彼らが通って来たエリア(4二)方面だった。


エリア(4二)

「……む……蔦が……」
 クルード・フォルスマイヤー(くるーど・ふぉるすまいやー)の前方で、他とは色の違う蔦の一部がまるで紐が解けるように崩れ、先に進めそうな空間が出来上がる。
 そして奥から漂う生物の、それも敵意をむき出しにしている気配を察知して、クルードの表情に警戒の色が浮かぶ。
「……この先に、敵が?」
 自らの後方に危険のないのを確認して、アシャンテ・グルームエッジ(あしゃんて・ぐるーむえっじ)がクルードの隣に立つ。直後、天井から爆音が響き、闇に包まれていた前方が一瞬だけ光を与えられる。
「うぅぅ……な、何今の、蛇を物凄く大きくしたようなのが見えたよ?」
 雷の爆音に怯えながら、御陰 繭螺(みかげ・まゆら)が自分の視界に映った何かに首を傾げる。
「……行くぞ……前は任せろ……背後は任せる……」
 クルードの言葉にアシャンテが頷き、互いに剣を抜く。
「ああ待って待って、ちゃんと準備して行かないとねっ!」
 繭螺が、クルードとアシャンテに加護の力を施す。淡い光に包まれた一行は、蔦を潜り抜けて先へと進んでいく。


エリア(4三)


「――――!!」

 金切り声を挙げて一行の前に現れたのは、全長約5メートルほどの蔦の集合体。枝葉を鱗のように纏い、中心部へ続く道を阻むように絡み合う蔦からその巨体を全て宙に漂わせ、『侵入者』たるクルードたちを追い払うべく、先端を勢い良く振るって襲い掛かる。
「…………!」
 敵の出方を伺っていたクルードは、その攻撃をまず左手に握った剣で受け止める。衝撃が身体を伝わる中、振るった右手の剣が蔦の枝葉を舞わせ、絡み合った蔦を何本か切り裂く。
「クルード!」
 アシャンテの珍しく逼迫した様子の声に気づき、クルードが間合いを取るのと、蔦の根元から伝播された電撃が先端から放出されるのは、ほぼ同時のこと。
 蔦の放った電撃は僅かにクルードを逸れ、外壁に衝突して爆音を奏でる。
「……く……」
 直撃を免れたクルードだが、身体を駆け抜けた電撃の影響で、運動能力が一時的に低下する。そこを見逃さず、蔦が自らの身体を振るって追撃にかかる。
「……やらせない!」
 クルードの前に飛び込んだアシャンテが、背中に据えた輝く刀を振り抜き、絡み合った蔦をまとめて切り捨てる。クルードを叩き潰すはずだった蔦はクルードの脇を吹き飛び、部屋の端でしばらく蠢いた後、動きを止める。
「大丈夫!? 今治してあげるからね!」
 光条兵器『鳳仙花』を携えた繭螺の癒しの力を受け、クルードが再び動きを取り戻す。身体を切断されてもなお暴れる蔦の体当たりを避け、二本の刀で枝葉を剥がし、蔦を切り裂いていく。
 そして、最初の半分くらいの長さになった蔦が、最後の足掻きとばかりに再び電撃を這わせ、放射の準備に入る。
「……同じ手は……二度は食わん……!」
 電撃が先端に到達する直前、その眼前に飛び込んだクルードの左から右へ抜刀した刀が煌き、蔦を上方へ跳ね上げる。放射された電撃が天井を穿ち、爆音と煙を立てる中、鞘を掴んでいた左手でもう一刀を抜き、ほぼ垂直になっていた蔦を両断する。地に落ちた半身はアシャンテの一刀で止めを刺され、残りの半身は樹液を迸らせた後、枯れるように崩れ去っていった。
「こ、怖かったねー。二人とも、お疲れさまっ!」
 繭螺の治療を受けた後、クルードとアシャンテは周囲の探索に入る。結果、ここと同じような作りの部屋が他にもあることを悟る。
 そこにはここで戦ったモノと同じ気配が漂っていること、そして奥にはさらに強大な気配が感じ取れるということも。

「う〜ん。とりあえず、みんなを待ってみよっか!」
 エリア(4一)から侵入した生徒たちは、エリア(4三)にてリンネ、モップスを交えて合流を果たす。
 必要な情報が伝達されていく中、リンネは一人、中央の闇を見据えていた。
(謎を解決して、そして、みんなで一緒に帰る。それが『アインスト』のリーダー、リンネちゃんのやらなくちゃいけないことだよね!)
 自らに言い聞かせるように心の中で呟いて、リンネが闇に背を向ける。
 
 かつては爽やかな風が吹き抜けていたウィール遺跡、しかし今はその面影もなく、鬱蒼とした雰囲気に包まれている。
 一体ここで何が起きているのか、その謎を解き明かす調査はまだ、始まったばかりである。