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砂上楼閣 第二部 【前編】

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砂上楼閣 第二部 【前編】

リアクション

一方そのころ、藍澤 黎(あいざわ・れい)は、
中村 雪之丞(なかむら・ゆきのじょう)と話していた。
「先日は、ブルーノ殿には、じゃわ
 SPタブレットの便宜を図っていただき、ありがとうございました」
「別にいいのよ。たいしたことじゃないし。
 って、アタシがしたことじゃないけどね」
雪之丞は微笑を浮かべる。
「ところで、実は別件でお願いがあるのです」
黎は話を切り出す。
「今、じゃわとフィルラに、第六天魔衆とアーダルヴェルト卿の監視を行わせ、
 情報を探っています。
 雪之丞殿には、校長への仲立ちになっていただけないでしょうか」
黎の説明はこうであった。
パートナー達によって、確かな情報を掴むことができれば、それを使って交渉してもらえないかということ。
そして、もし失敗して、ことが公になれば、
「一部の薔薇学生が暴走した結果」と処分してもらえればよいというのだった。
「アンタ、前から思ってたけど、肝が据わってるのね」
「こういう問題は薔薇の病気と同じようなもの。
完治や根治は難しいですが、
特効薬の散布で騙し騙し病気を抑えて、
薔薇の樹勢を回復させて病気に打ち勝つようにもっていく事は可能です。
つまり必要なのは相手の頭を押さえる特効薬になる情報です」
(我は祖国では日本人の血が混じっているといわれ、
 日本では外人の血が混じっているといわれ、
 居場所を見つけられないでいた。
 だからこそ、今回こそ、
 砂上の楼閣であろとうも薔薇の学舎という居場所を失いたくない。
 此処にはそれぞれの希望を持って辿り着いた人がいて、
 ここで家族が出来た人がいる。
 精一杯守り抜く為にできる全てをしたい)
黎の真摯な表情に、雪之丞は言う。
「いいわよ。しっかり探ってらっしゃい。
 でも、万一、何かまずいことが起こっても、
 アタシもジェイダスもがんばってるアンタ達を切り捨てたりはしないから、
 安心しなさい」

 エディラント・アッシュワース(えでぃらんと・あっしゅわーす)は、黎に質問する。
「オレ、貴族さんが好きな蒼薔薇について
 調べたんだけどよくわかんなくて……。
 薔薇は黎ちゃんの専攻だし、
 パラミタと地球の薔薇の事、復習したいんだ」
エディラントは、図鑑を広げてみせる。
「地球の蒼薔薇って人が作ったんだよね?」
「そう40年をかけ、
 育種家が薔薇独自の色素・ロサシアニンを持つ青薔薇を作られたが、
 残念ながら色素情報が劣性遺伝で交配には向かなかった。
 バイオ技術で優性遺伝のデルフィニジンを入れた物も、
 デルフィニジンは紫〜青と色幅が広くてな。
 人々が満足する蒼薔薇は難しかったのだ」
「響ちゃん達が来場者の人に配ってる薔薇だよね。
 人の手であれだけ作れるってすごいことだよね。
 パラミタならどうかな。
 やっぱり希少だったり、人工交配だったりするのかな。
 お客さん喜んでるみたいだし、愛好家の人はいるってことだよね」
「パラミタでは、やはり希少ながら、
 野生で存在するようだな。
 ジェイダス校長も、薔薇園での栽培を行っている。
 お願いすれば学生でも入手可能だろう」
「うん、わかった!」
エディラントは大きくうなずいた。



吉永 竜司(よしなが・りゅうじ)のパートナー、アイン・ペンブローク(あいん・ぺんぶろーく)は、
アーダルヴェルト派の臣下や貴族に接触しようとし、
アーダルヴェルトの人となりや噂話、臣下からの慕われ具合を調査していた。
(長いものには巻かれろ、がわしの心情ですが、
 アーダルヴェルトは巻かれてもいい人物か気になりますな。
 金儲けのためとはいえ、殺されるのは割に合わないですからな)
リスクの大きな賭けには出ない主義のアインは、慎重になっていた。
もっとも、竜司は、「気に入らない薔薇学をタシガンから追い出したい」ことよりも、
「謙信を放っておけない」気持ちの方が強くなっているようであったが。
アインの調査の結果、
「アーダルヴェルト卿はおおむね善政を行っており、ここ数百年の間、大きな問題はなかった」
「血族に関することではいろいろあったが、それに触れてはいけないことになっている」
ということがわかった。
ヴォルフガング・モーツァルト(う゛ぉるふがんぐ・もーつぁると)は、アインの指示で、
タシガンの民のように振る舞い、音楽家としてファイフェル家に接触し、
ユリノを監視しつつ護衛していた。
姉、マリノ・ファイフェル――上杉謙信の本名――については触れずに、
適当に音楽や、タシガン文化についての話をする。
ユリノの現状を調査するモーツァルトだが、竜司やアインへは連絡するものの、
勝手に接触したことを知られぬため、謙信には伝えないつもりである。
ユリノの暮らし向きは、余裕があるように見える。
使用人の様子を見ても、彼女が主人として愛されていることが見て取れた。
絵を描くことを愛し、芸術好きのユリノと、モーツァルトは、音楽の話で盛り上がる。
「僕は父の教育を受けて作曲家になったんです。
 ユリノ様も、ご家族に絵を習われたりしたのですか?」
「私は……」
ユリノは、家族については多くを語らない。
しかし、どことなく寂しそうであった。



クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)は、
上杉謙信が薔薇学内で動きやすいように、
率先して受け入れるのを提案した。
地元と仲良くするのはよいことであるし、和解方法を模索しようとの名目であった。
パートナーのクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)は、
イエニチェリを目指す者として「文化祭の成功」、すなわち、
地元タシガンとの融和を目指す。
女性受け入れのため、他校の女子で警備に協力してくれる人と連携を取るようにする。
(剣の花嫁を奪われない為に契約を考えてる人が、
 安易に考えてないかちょっと心配なんだよね。
 それに、男性とキスだなんてボクはぞっとしない。
 だいたい、新たなパートナーと契約できるのがボクなのかクリスティーなのかを考えると怖い。
 クリスティーが契約できるなら、
 ボクの地球人としての意識は否定される事になる。
 ボクが契約できるなら安心できるけど、周囲に不信がられるだろう)
誰にも言えない事だが、クリストファーとクリスティーは、
契約した直後に身体が入れ替わってしまったのだ。
クリスティーが「地球人のクリストファー・モーガン」なのだが、
そのため、剣の花嫁についても思うところがあるのだった。

クリストファーは、文化祭に来場したジャルディニエに接触する。
(神子に対する寺院のスタンスは2つある。
 女王復活阻止の為に神子を抹殺しようとする長アズールと、
 神子によって女王を復活させようとするミスター・ラングレイ。
 神子を人工的に作り出すのは、どちらとも違うように見えるけど……)
「既知の神子は各パラミタ種族に1人だけな気がするけど、偶然なんだろうか?」
「それは違います。
 神子だった者にはさまざまな背景の者がいますから、
 同じ種族のものが二人以上いてもまったくおかしくありませんね」
クリストファーの問いに、ジャルディニエは答える。
「じゃあ、神子の絶対条件はパラミタ種族である事なの?
 そうである場合、肉体だけ、あるいは魂だけパラミタ種族である存在は条件に合致しないのかな」
「それは極めて例外的なことですので、よくはわかりませんが……。
 以前、地球人を人工の神子にする実験には失敗しています。
 しかし、なぜ、そのような話を?」
クリストファーは話題を変える。
「覚醒している人工でない神子が、今、近くにいるよ。
 彼女も、鏖殺寺院のメンバーだよ」
ミストラル・フォーセット(みすとらる・ふぉーせっと)について、クリストファーは言う。
その言葉に、ジャルディニエは、端正な顔を邪な笑みで浮かべた。
「それは好都合です。
 鏖殺寺院側の神子をさらに増やしてみせましょう」
そして、ジャルディニエは、去り際、振り向いて言う。
「ああ、それと、私は長アズールにも、
 ミスター・ラングレイにも従っておりません。
 彼らよりもっとよい方法があります。
 それが、神子を手に入れ、女王の力をコントロールすることなのです」
「……テレパシーでも使ったの?」
「いえ、あなたは面白いですから。
 私の楽しい計画を教えてあげたくなっただけですよ」
クリストファーを残し、ジャルディニエは歩いていった。



フィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)は、
アーダルヴェルト卿の周囲の監視のため、
屋敷を見張り、深夜の密会、郵便物などの密書が届けられていないかを注意していた。
「あの誇り高いタシガンの吸血鬼がそうそう他と馴染む訳があるかいな。
 あいつらにとって、自分以外のもんは支配するためのもんや」
フィルラントはつぶやく。
見張りを続けるうち、裏口から入っていく、少年と長身の男を発見した。
白菊 珂慧(しらぎく・かけい)ラフィタ・ルーナ・リューユ(らふぃた・るーなりゅーゆ)だった。
「あいつら、天魔衆の……!?」
フィルラントは、白菊達がタシガンにいることを、黎に伝える。

飛空挺で天魔衆の仲間とともにタシガンにやってきた白菊とラフィタは、
ラフィタの案内で、領主邸への近道を使って、
伯父であるアーダルヴェルトに接触しようとしていたのだった。
(ジャルディニエが言ってたアーダルヴェルトって、
 ラフィタの伯父さんのこと、だよね。
 そのひとが神子なら、ラフィタにも神子の血が流れてるってことなんだろうか。
 不思議な感じ)
白菊は思う。
ラフィタは、使用人の中で面識のある者によって、アーダルヴェルトと対面する。
「ご機嫌麗しゅう、伯父上?」
「ふん、いまさら挨拶にくるとはな」
アーダルヴェルトは冷たい視線を向ける。
「まあ、俺のことをお嫌いなのはよく存じておりますがね。
 天魔衆を捨て駒にするのは、おやめになるべきかと」
「『タシガン家の身内が、地球の要人の乗った飛空挺を襲撃』なんて、
センセーショナルすぎるもんね。
 アーダルヴェルト卿も、地球とわざわざ対立したいわけじゃないんでしょう?」
「し、白菊……」
ラフィタは、物怖じしない白菊に口をぱくぱく動かす。
そのことを理由に、ラフィタがアーダルヴェルト卿に消されてしまわないよう、
自分達がアーダルヴェルトに接触することを、
織田 信長(おだ・のぶなが)に伝えておいたのも白菊だった。
普段から、ラフィタへの扱いは酷いものの、
ラフィタとアーダルヴェルト卿の関係が悪い方にいかなければ、というのが、
自分も、「家族」への鬱屈のある白菊の思いである。
アーダルヴェルトは言う。
「状況が変わった。
 私は寛大なのだ。
 私が神子になれば、おまえがどうしていようとかまわん」
(伯父貴……そんなに神子になりたいのか?
 なぜ、そこまで執着されるのだ?
 もう少し思慮深い方だと思っていたが)
ラフィタは困惑するのだった。